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    piyokko

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    piyokko

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    たぬき×リーマン その4
    家事のお手伝いさんとして働く為に都会にやってきた小さなたぬきの炭治郎が、普通のサラリーマンの冨岡さんと仲を深めていくお話
    小たぬき家訪問編

    あなたの主夫になりたくて!その4- 15 -

    「もう、びっくりしたわ。帰りの連絡くらいして下さい」
    「すまない。ちょっと驚かそうと思ったんだ」

    文句を言いつつ男に茶の入った湯呑みを差し出す母たぬき。
    男は炭十郎と名乗り、竈門家の主であると言う。その男の子供たちは父親の帰宅に喜び、見た事のある独特な舞を並んで行っている。
    冨岡は両親...正確には炭十郎を見て、違和感を舞の先頭にいる長男へと投げ掛けた。

    「炭治郎、お前の父親って...」
    「?どうしましたか、義勇さん」
    「...その、人間...なのか?」

    冨岡の質問に、炭治郎はぱちりと瞬きした。そしてどこか嬉しそうに頬を緩ませる。

    「そう、思いますよね。......なんと!俺達の父ちゃんは!」
    「に!」
    「ん!」
    「げ!」
    「ん!」

    ばーん!
    どこかのヒーローのように各々がポーズを構えて披露した。両親は微笑ましく見詰めてぱちぱちと拍手を送っている。

    「......そう、か」
    「えへへ...義勇さんビックリするかなって。すみません、今まで黙っていて」
    「サプライズしてみたかったの!」

    炭治郎と禰豆子は冨岡の方を見てにっこり笑った。
    炭治郎と話す際に、彼の両親の話題は何回かあった。冨岡はどちらもたぬき族だと思い込んでいたが、まさか父親が人間だったとは...。もし、冨岡の方から尋ねていれば、嘘が吐けない炭治郎からその話は聞けただろう。まあ、サプライズと言うのだから成功して良かったのか。

    「まあ、冨岡さんにお父さんのこと言ってなかったの?」
    「道理で、この姿を見て目を丸くする筈だ」

    炭十郎も納得したように笑いながら、子供たちの頭を撫でている。中にはたぬきの姿になって膝の上に寝転んでいる子供もいた、あれは末っ子だろうか。

    「炭治郎と冨岡くんはいつ向こうへ戻るんだ?」
    「明後日の朝には出るよ。義勇さんも有給を取って来てくれたんだ」
    「そうか。冨岡くん、改めて遠い所から来てくれてありがとう。今日はもう遅いけれど、明日にでも話が出来ると嬉しい」

    細められた優しそうな目も、相手を思いやる言葉もやはり似ている。

    「...はい。こちらこそ、お世話になります」



    すっかり夜も更けて、辺りには虫の鳴き声と、子供たちの寝息が聞こえる。

    「皆、もう寝たかな...」
    「そうみたい。お兄ちゃんとお父さんが帰ってきたし、初めて見るお客さんで相当はしゃいでいたものね」

    炭治郎と禰豆子は下の兄弟の寝顔を見て微笑む。その目は慈愛に満ちた温かなものであった。

    「さ、お兄ちゃんは隣の部屋に行って。冨岡さんが待ってるわ」

    炭治郎は兄弟達とは別の部屋を使い、冨岡と眠る事になっていた。最初はえへえへと照れながら嬉しそうに笑っていた炭治郎だが、家を出てから今日まで家の手伝いを主に任されている禰豆子の事を思うと、少し体が重く感じてその場から動けずにいた。

    「...やっぱり悪いよ。ずっと禰豆子に任せっきりだ、俺」
    「なに言ってるの。家を出るまではお兄ちゃんがずっと家の手伝いをしてくれてたでしょ。私たちには遊んでおいで、なんて言って...、手伝いくらい出来るよ。力仕事は竹雄が着いてきてくれるの、下の子達だって見よう見まねでやってくれる。お兄ちゃんが居なくてもみんな頼もしいんだから」

    そう言って眠る兄弟達の頭を撫でる。完全なたぬきの姿も居れば、手や足がたぬきになっていたり、顔が毛深くなっていたりと中途半端な化け方も居る。
    その中の、禰豆子の一つ下の弟である竹雄は年頃の為か周りに対し少々反抗的であり、夜は他の兄弟とは別の部屋に行き一人で寝ていた。それが、炭治郎が家を出て少ししてから同じ部屋を使う様になったそうだ。「姉ちゃんだけじゃ不安だから」と相変わらずのツンとした態度で、しかし禰豆子が頭を撫でるのは拒まなかったと言う。
    それを聞いた炭治郎は喜びを抑えきれず、感動の涙を浮かべながら眠る弟を抱きしめ撫で回した。

    「ありがとう。ぐす、みんな優しいなあ、兄ちゃんは嬉しいよ、ううっ、」
    「う...ぐぇ、...」
    「ちょっ、お兄ちゃん...!」

    禰豆子が慌てて止めに入り、「寝てるんだから起こさないで!」と叱られた長男はそのまま部屋を追い出されてしまった。



    炭治郎が隣の部屋に入ると、布団の中に足だけを入れて座る男が一人、こくり、こくりと船を漕いでいた。

    「......ん、炭治郎か」
    「義勇さん、待っててくれたんですか?」

    冨岡は「何となく」、と返して眠たそうな目を向ける。炭治郎がそばに寄ると、眠気の限界が近付いたのかごろんと仰向けに寝転んだ。掛け布団を胸まで掛けてやり、ぽんぽんと軽く叩く。

    「今日はお疲れさまでした」
    「お前も...。俺はあした、きんにくつう...だ」

    段々、ふにゃふにゃと緩み始める冨岡の声。瞼はもう殆ど閉じていて、今にも眠ってしまいそうだ。

    「よしよし、もう寝ちゃいましょう。電気消しますね」

    蛍光灯から垂れた紐を引っ張ると、辺りには暗がりが広がる。窓の向こうから月の光だけが布団を薄く照らして、一日の終わりを感じさせるようであった。

    「おやすみなさい」
    「...んん、」

    昼寝など、同じ部屋で眠る事は何度かあったが、布団を並べて寝た事は一度も無い。炭治郎は若干の緊張に包まれていた。そろりとつま先から布団に潜ると、まだ暖まっていない布団のひんやりとした感触。隣の布団は暖かいだろうかと、チラリと見てみたが入る事はしない。いや、出来なかった。
    忙しかった昼間とは違い静かで穏やかな夜だ。この暗い空間で感じ取れるものは、月明かりや虫の鳴き声、冨岡から聞こえてくる寝息。嗅ぎ慣れた筈の家の匂いに冨岡の匂いが混ざって、何とも不思議な感覚だった。
    冨岡が寝返りを打ち、炭治郎の方を向く。

    「......きれい、」

    何時もは結われている長い髪が頬や首元に垂れ掛かっている。
    炭治郎は近くまで寄ると、腕を伸ばして髪を後ろに流してやった。擽ったかったのか「うぅ、」と軽く唸る冨岡に、手を滑らせて頭を撫でると眉間に寄った皺も消えていく。
    素直な人だ。綺麗な人だ。炭治郎の正体を知っても友達で居てくれて、家族と会う為に山まで登ってくれた。とても優しい人なんだ。きっと、冨岡でなくとも、そんな人間は沢山居るはずだ。ただ、出会ったのが冨岡だっただけだ。



    - 16 -

    「さ、今日もお野菜取りに行くわよ!」
    「おー!」

    小さな手を高く掲げて、家の隣にある畑へと行進するたぬきの兄弟たち。鍬を掲げる禰豆子を先頭に、小さな手はピンと伸ばし足を九十度に曲げて進む竈門隊。思春期真っ盛りの次男・竹雄は列から離れて冷めた視線を送っているが、禰豆子曰くあれは兄弟が転けないか見守っているとの事。そして、その最後尾に居る冨岡は欠伸を堪えながら重い体を必死に動かしている。

    「...か、体が痛い...」
    「実は俺もちょっときてます、へへ...」

    隣で歩く炭治郎も疲れ気味であった。
    竈門家の朝は早い。今日は残りの夏野菜の収穫、その次いでに冬野菜の栽培に向けて土いじりを行うらしい。「冨岡が来たら一緒にやりたい」と小さな兄弟たちからの要望に断れる訳もなく、誘われるがまま着いて行ったのだった。

    「わぁ~!見て見て、おっきいにんじん!」
    「すごいなあ!兄ちゃんも頑張るぞ!」

    炭治郎は兄弟を見守りながら、自身も畑に生えた蔓を掴み体重をかけて引っ張る。土の隙間から徐々に見える紫色。炭治郎の様子からして大物らしく、冨岡は周りの土をスコップでかき分け手伝ってやる。ぼこっ、と低い音を立てて抜けたそれはサツマイモ、蔓で連なっており数個ほど次々と顔を出していく。

    「おお、」
    「どれも良い大きさだ!焼いても蒸しても美味しいだろうなあ」

    その中の一番大きな芋を見せに回る炭治郎。下の兄弟たちは目を輝かせて見詰めている。

    「竹雄も見てくれ、この芋!」
    「...ハイハイ、見た見た」
    「これ!大きい!芋!」
    「分かったから!押し付けるな!」

    まるで子供同士のじゃれ合いだ。元気だなあと視線を送りつつ、冨岡は残りの収穫を手伝う。


    「いただきまーす!」

    採れたての野菜を使った朝食。サラダにも、味噌汁の中にも沢山入っている。和食の定番である焼き鮭と、米飯は昨日と違って白米に玄米を混ぜているようだ。

    「いただきます、」
    「おかわりあるからね~」
    「お、お構いなく...」

    炭治郎が家事代行に来てから朝食を取るようになったものの、冨岡の胃はそこまで広くは無い。唯一の自慢としては、同期の宇髄により勝手に行われた社内わんこ蕎麦大会で上位になった事くらいだ。あの時は何故か簡単に胃に入っていった。優勝したのはやはり甘露寺で、喜びのあまり数杯でリタイアした伊黒を振り回し彼の顔を青白くさせていた。

    「冨岡くん、早朝から申し訳なかったね。声を掛ける頃にはもう連れて行かれていたようだ。手伝ってくれてありがとう」
    「ふふ、とっても助かりました。おかげで早く次の畑作業に入れるわ」
    「...役に立てたなら、良かったです」

    他人...それも人の親に感謝を伝えられるのは、なかなか居心地が悪い。そして両親の言葉に子供達も反応し、「ありがとう」の連鎖が起きてしまった。純粋な眼差しが眩しい。冨岡は目を細めて「......こちらこそ」と言うしかなかった。

    「...そうだ。冨岡くん、この後よかったら二人で散歩に行かないかい?」
    「え、散歩...?」
    「見せたいものがあってね。...恐らく、家に居ても子供達の遊びに付き合わされるだろうし。そこまで体力は持たないんじゃないか?」

    炭十郎は苦笑しながら冨岡に小声でそう伝えた。確かに、筋肉痛で体を動かすのはつらいが、兄弟達の遊びに付き合うのと炭十郎とその辺を散策するのとでは疲労の感じ方が違うはずだ。冨岡は後者を取った。



    「ここに連れて来たかったんだ」
    「......祠、ですか?」

    冨岡が見たのは、古びた石の祠。所々にひび割れがあり、屋根の部分には苔が生えている。促されて冨岡が中を覗くと、動物を模した仏像が鎮座していた。尖っていただろう箇所は欠けたり削れたりしていて見た目は悪く、かなり不気味である。

    「これは狐だよ。もうぼろぼろで分かりづらいけど...」

    さっと屋根の砂を払い除けて状態を確認するかのようにその狐の像を見つめる。

    「...まだ小さな子供の頃さ。この近くに祖父母の家があって、遊びに行った日はよく山の中を散策していたんだよ。そうしたら、この祠の隣に、和服を着た知らない男が立っていたんだ」

    炭十郎は昔話を語るようにゆっくりと話し出す。ぬるい風が二人の間を通り抜けて、冨岡はその語りに耳を傾けた。

    「八月の盆に、数日だけ会っていた。非常に無口な人だったなあ。受け答えも曖昧で、こっちの話も聞いているのかさえ怪しい。けれど行く所に必ず着いてくる。木登りをすれば大きなクワガタを捕まえてくれたり、川に行けば一緒に魚を釣ったりしたよ。それと、危険な目に遭いそうになれば助けてくれるんだ。勘が鋭いのか、熊が近付くのを察知して安全な方へ連れて行ったりしてね」
    「...不思議な人ですね」

    そうだろう、と頷く炭十郎は懐かしむように口元を緩めて話を続ける。

    「いつも同じ場所に立っているものだから、家はどこかと聞いたんだ。でも指をさしたのはその祠でね、揶揄われたんだと思った。そうして彼に会う最後の日に、自分の家に帰るからここを離れる事をそれとなく言ってみたんだよ。案の定、反応は薄くてそんなものかなって思った。少し悔しくて、来年もここに来るから会いに来いと言い、手を振って別れたよ。最後に見た彼の顔は笑っていたような気がするけれど...どうだったんだろう」

    出会いから別れまでは呆気なく、ただの思い出として記憶に残るはずだった。

    「だがその翌年、彼は居なかったよ」
    「え、...そうなんですか」
    「あまりにも楽しみにしていたものだから酷く拗ねくって、親や祖父母に当たってしまった。すると祖母に彼の特徴を聞かれたんだ、ご近所に尋ねてみると言ってくれて。だから覚えている事を全て話して探してもらったんだが、そんな人はこの山に住んでもいなければ、誰の親戚でもないと言うんだよ」

    炭十郎と同じように、数日この辺を訪れただけの登山客だったのか?炭十郎はその疑問を直ぐに打ち砕いた。だって、それにしては道をよく知っているし、昔からずっとそこに居たと言わんばかりに馴染んでいたように見えたのだ。

    「名前も家も、来年に聞けば良いと思っていたから、それはそれは落ち込んだ。そんな自分を見兼ねた祖母がね、機嫌を取ろうとご先祖さまから託されたって言う宝物を見せてくれたんだ。大事に引き出しに仕舞っていたそうで、開けてみなって小さな鍵を渡してくれたんだ。するとどうだろう、驚く事にある物が入っていたんだ」

    そう言って、炭十郎は耳に着けた「それ」を指で摘む。

    「......それ、ですか」
    「ああ。自分もとても驚いたよ。...なんせ、これは彼の耳に着けられていたものだからね。祖母に聞いたら、ご先祖さまの内の一人が昔、狐から譲り受けたと言っていたらしい。自分が見た男の姿はただの人間だったように思えたんだけれどね」

    薄々勘づいてはいたものの、男が身に付けていたピアスが祖父の引き出しの中にあった事で、当時の炭十郎は混乱しただろう。冨岡の目から見ても、同じものが二つあるとはあまり思えないようなデザインだ。

    「気が動転したまま、もう一度ここへ来てみたんだ。すると祠の扉が開いていた。こんな村みたいな所じゃ神道を信じるお年寄りが多くてね、そこそこに詳しかった自分は誰かが開けてしまったのだと思って冷や汗を流したよ。慌てて扉を閉めようとしたら、ビクとも動かずに閉まらないんだ。まるで自分に中を見ろと言っているかのようにね。...そして、恐る恐る覗き込んでみたら、」

    そこには狐の像があったんだ。

    不思議な夏を二度も過ごした炭十郎は、その数年後に彼の祖母が亡くなる際、例のピアスを「あなたが持っていなさい」と渡されたそうだ。何かの縁だと思った炭十郎は、高校の卒業を機に耳に穴を開けてそのピアスを着けた。それ以来、いつも身に付けているらしい。

    「それから大人になって、墓参りでここに来た時に葵枝に出会ったんだ。その時の彼女は人間の姿でね、独りで行く宛ても無く、田舎の家を転々と回って家政婦の真似事をしていたらしい。綺麗な人だったから、家に来ないかと声を掛けたら快く了承してくれて...それで今に至るって所かな。まあ、彼女が狸族であんなに小柄だったのは驚いたけれど」

    にこにこと語る炭十郎。
    その口ぶりからして、葵枝は違和感無く人間に化けられるらしい。
    正しく、狸に化かされたのではないだろうかと冨岡は思ったが、流石にこの男の前では失礼にあたると口を噤んだ。

    「葵枝との出会いは運命とすら思えたよ。あの日の彼が、ご先祖さまが出会った狐だと確信する事も出来た。この不思議な縁を大切にしていこうと思って、この土地で暮らしているんだ」

    こちらを真っ直ぐ見つめて、意を決したように炭十郎は告げる。

    「これをね、炭治郎に渡そうかと思っている」
    「えっ...そのピアスを?」

    急な展開だと冨岡は目を瞬かせた。大切に着けていた物を息子に渡すと言うのだ。

    「あの子に継いで欲しいんだ。父親達の思い出を押し付けるようだけれど...人間と他の種族を結ぶ物としてあの子に持っていて欲しい」
    「...本人達がいいと思うなら、良いかと」
    「ああ。...丁度、炭治郎も良い人と出会えたようだからね」
    「え?」

    炭十郎は微笑んだまま冨岡を見ている。優しい赤の瞳は、何かを見透かしているかのようだが、冨岡には妙な居心地の悪さしか分からなかった。



    - 17 -

    「前から、炭治郎に冨岡君の事を聞いていたんだ。あの子は知り合いも多い方だが、その中の一人についてよく話してくれるのは珍しい。君をとても気に入っているようだ」

    祠からの帰り道。
    先程まで昔の思い出話をしていた炭十郎は、今度は炭治郎と冨岡について話を振ってきた。

    「そう、ですか。...何か、炭治郎にとって珍しいものがあったんでしょうか」

    確かに、気に入られているというか、懐かれている自覚が冨岡にはあった。
    最近では顔を見ない日は殆どなく、休日はいつも一緒に出掛けている。
    家事代行サービスの利用者として、また友人として炭治郎には感謝しているが、何の面白みもない普通の男をここまで気に掛けるなんて変な奴だと、今でも思っている。物好きとは彼の事を言うのだと最近学んだばかりだ。

    「はは、そうだろうね。自分もこうして話してみて、面白そうな人だとは思ったよ」
    「面白そう...?」

    冨岡にはその意味がよく分からず、眉を寄せて炭十郎を見る。しかし、彼はにこりと笑うだけで教えてはくれない。

    「冨岡君と炭治郎は相性も良さそうだし、自分としては安心している。一見まったく逆の性格に見えるけれど、根底にあるものはきっと同じだ。これからも仲良くしてやって欲しい」
    「...はい」
    「炭治郎について何か知りたい事でもあれば、何時でも聞いて欲しい。父親としてあの子のことはよく理解しているつもりだ」

    自身の胸を軽く叩き、頼もしさをアピールする炭十郎。それも炭治郎に似ていて危うく噴き出しそうになった。
    あいつについて知りたいこと
    ......。冨岡は、ある質問をしてみた。

    「......あの、炭治郎には、...お、想い人?が居るそうですが」
    「...うん?そうだね」

    やはり炭十郎は知っていたらしい。子供からの信頼が厚いのだろう、誰が好きだとかどうとか、親子間では気まずい内容でも話せるのは良い事だと思う。
    余談だが、冨岡には姉が一人居る。ふわふわとした雰囲気で優しい性格ではあるが、姉が結婚して実家を出てからと言うもの「義勇は好きな人いないの?」と訊かれるようになった。友人が少なく恋人も出来る気配の無い弟を想っての事だと分かってはいるのだが、同じ事を訊かれてはとても気まずい思いをした。とは言え、姉は冨岡にとって大切な家族であり、今でもメール等でやり取りしている。因みに、例の質問が書かれたメールには返事をしていない。

    「そのことで...俺が協力すると言ったら、何故か怒っていて...。ただ、その話をした時は炭治郎が熱を出していたから、本人が覚えているかどうか分からない...」
    「うーん...そうか。そうかぁ...」

    炭十郎は笑みを浮かべたまま、少し困ったように眉を下げた。...何でもと言われたから聞いてみたが、少し踏み込み過ぎただろうか。

    「...あの、やっぱり忘れてください」
    「......冨岡君に、ひとつお願いしておこう」

    炭十郎は立ち止まり、後ろに居る冨岡の方を向く。穏やかな口調、いつもと変わらない表情の筈なのに、感情が全く読み取れなかった。どこか冷やかさを感じて緊張が走る。

    「炭治郎は...本人がよく言っているかと思うが、大人なんだ。どうかあの子の言葉を、子供の戯言のように捉えないで欲しい」
    「え...、戯言?」
    「ああ、今すぐに解らなくて構わない。炭治郎の言葉に少しでいいから向き合ってくれないか」

    それじゃあ行こう、と炭十郎は再び歩き出す。冨岡は先程の言葉の意味を考えながらその後を追った。



    「あ、そうそう。昨晩、子供たちが踊っていたのを見ただろう?」

    再び、話題を変えて話し掛ける炭十郎。「踊り」という言葉に、ある光景が頭に浮かび上がった。

    「...あの、一列に並んでやる妙な踊りですか」

    冨岡は、盆踊りのような動きをするたぬきの兄弟を思い出した。また、炭治郎が一人で行っていた所も何度か見ている。あれは狸族として何か意味があったのだろうか。

    「はは、確かにあれは少しお粗末かな。あの踊りは、この辺に伝わる舞踊だったんだよ。...もしかしたら、彼も舞っていたかも知れないね」
    「舞踊...だったのか」

    珍妙な動きしか見ていない為、本来の踊りが気になる。それを読み取ったのか、炭十郎は口角を緩く上げた。

    「随分と前だが、自分も踊った事がある、後で見せてあげよう」
    「...!よろしく、お願いします」



    - 18 -

    竈門家へ戻っては、小さいたぬき達の「遊んで」コールを浴び、家庭菜園で培ったであろう腕力に負けてまた外へと引き摺られた。

    「あら!義勇さん、お散歩から戻って来てたのね。お帰りなさい!」
    「禰豆子か、ただいま...」

    遊んだのか遊ばれたのか、子供達の相手をしていた冨岡は体の悲鳴が聞こえるからと退散。そして逃げた先には洗濯中の禰豆子がいた。冨岡のよれよれになった服を見て、彼女は困ったように笑う。
    そして、何故か禰豆子も冨岡を名前で呼んでいた。近所の子供が言うような「ぎゆーさん」という呼び方に聞こえる。

    「あの子達ね、もう...ごめんね義勇さん」
    「いや、大丈夫だ。...なかなかの力強さだった」

    竈門家に洗濯機はあるものの、畑仕事の際に汚れた衣服は手洗いする他無い。小さな手で懸命に洗う姿を見て冨岡は手伝う事にした。竈門母を手伝っても断られるだけだったが、禰豆子は遠慮する素振りを見せたものの最後には「お願いしてもいいですか?」とはにかむのだった。


    以前より冨岡には、小さな体を持つ炭治郎がどうやって洗濯物を干しているのかという疑問があった。家事代行で何度も洗濯を頼んでいるものの、冨岡はその様子を見ていない。梯子なんて置いていないし、一体どうやって高い所へ物を持って行くのか。炭治郎と差程背が変わらない禰豆子が目の前に居て、これからその答えを知ろうとしている。この機会を逃す訳にはいかないと思った。



    「...ふう!これで今日の分は終わりね。手伝ってくれて助かったわ!ありがとう義勇さん」
    「......、」

    冨岡は呆然とした顔で禰豆子を見ていた。
    まずは洗濯物の中からシャツを一枚抱えて、両端を持って広げながらシワを伸ばす。これは普通だ。冨岡も同じように他の衣類を取ってシワを伸ばす。次に、そのシャツを物干し用のハンガーに掛けていく。これも普通だ。冨岡も手に取り服を掛ける。
    問題はその後だった。禰豆子は服の掛かった数本のハンガーを手に持つと、地を蹴って高く飛び干し竿へ目掛けて思い切り投げた。衝撃によりガシャンと音が響き、見事に全てのハンガーが竿に引っ掛かった。隣に居た冨岡は思わず目を見開いた。彼女は集中力が高まっているのか目をカッと開き尻尾をアップテンポなリズムで揺らしながら、巧な手捌きで次々と衣類を干し竿に掛けていく。
    冨岡も慌てて手伝うが禰豆子の速さには追い付けず、結局殆ど彼女がやってしまった。ひと通り掛け終わると禰豆子は額の汗を拭う。ふう、と息を吐く彼女の表情はとても輝いていた。

    「その...、大して役に立てなかった」
    「え?何言ってるの!お手伝いしようかって言ってくれて、私嬉しかった!」

    禰豆子の顔立ちは母親によく似ていると思っていたが、歯を見せてにっこりと笑う彼女の顔は炭治郎にそっくりで眩しかった。


    そのまま禰豆子に誘われて、縁側で二人寛ぐ。
    話題作りが苦手な冨岡は、体は小さくとも年頃であろう彼女に何て話を振ればいいか頭を悩ませていた。すると、ふと思い出したのは、この家の近所の話である。

    「...近所にご老人が住んでいると聞いた。畑の近くにあった家がそうなのか」
    「ああ、あの家ね!おじいさんとおばあさんの二人で住んでいて、たまに息子さんが帰ってくるの。今は丁度その息子さんと旅行に出ているんだって」
    「そうか...」

    すっかり世間話になってしまった。これで良かったのだろうかと不安そうに彼女をちらりと見ては視線を逸らす。

    「......。ねぇ、お兄ちゃんとの出会いってどんな感じだったの?」
    「...炭治郎との?」

    今度は禰豆子から話題が振られた。少し目が輝いて見えるのは何故だろうか。

    「うん。お兄ちゃんから聞いた話だと、夜道でお兄ちゃんが転けそうになった所を助けてくれて、そこからのお付き合いらしいけど...。義勇さんからお兄ちゃんへの印象ってどんな感じだったのかなって」
    「ああ...、」

    冨岡はぽつりぽつりと話す。
    最初は炭治郎が小さな子供だと思っていたこと。やたらお節介で真面目な性格だと思ったこと。彼が家事代行をするようになってから冨岡が健やかな生活を送るようになり同僚から質問責めに遭ったこと。飲みの席で人に化けた炭治郎の写真を見せると女性社員から可愛いと持て囃されて、それを本人に伝えると少しいじけていて慰めたこと。
    炭治郎の実の妹相手には恥ずかしかったが、彼について話す機会が無かった為かこれまでの出来事を語った。最初はただ時系列に淡々と話す冨岡であったが、禰豆子は非常に聞き上手で話を折らない程度に質問をして深掘りしていき、冨岡の炭治郎に対する感情を読み取っていく。

    「...なんだ。お兄ちゃん、大丈夫じゃない」
    「...?大丈夫、とは」
    「ふふ。仲が良さそうでよかったなって思ったの。それだけよ」

    どうやら禰豆子は兄と違ってはぐらかす事が出来るらしい。もしかしたら、あの変顔をするのは彼だけなのかも知れない。

    「これからもお兄ちゃんの事をよろしくお願いします」
    「こ、こちらこそ...」

    ぺこりとお辞儀をする禰豆子に、冨岡も背筋を正して頭を下げる。

    「私達からもよろしく頼みます」
    「えっ、」

    障子が開く音に反応し冨岡が振り返ると、竈門家の両親が揃って座っていた。何時から居たのだろう、気配も感じなかった。
    人間の竈門父は畳の上に胡座をかいており、狸である竈門母はその隣にちょこんと正座して尻尾を揺らす。二人ともにこにこと笑っている。

    「お、お父さん!?お母さんも...!」
    「すまない。盗み聞きするつもりは無かったんだが...」

    昨晩にも聞いたような台詞で謝罪された。絶対に最初から聞いていただろうに。少し困った様に眉を下げる所が炭治郎にそっくりで、しかもその炭治郎の親である。冨岡は文句も言えず何とも複雑な気持ちになった。

    「ごめんなさいね。冨岡さんの話が気になっちゃって、つい」
    「もうっ。いくら義勇さんが恥ずかしがり屋だからって、お話しているところを盗み聞きするのはよくないわ」
    「そうだな、すまない冨岡くん。大人同士では聞き出せない本音を知りたくてね...」

    しっかり者の長女に叱られて素直に謝る父親、関係はとても良いのだろう。しかし、禰豆子の口から発せられたある部分が引っ掛かる。

    「は、恥ずかしがり屋...?」
    「義勇さんって『しゃいぼーい』ってやつなんでしょ?お兄ちゃんは鼻がいいし気配り上手だから相性バッチリね!」
    「あらあら、禰豆子ったら」

    ピッと親指を立ててサインを向ける禰豆子。
    ......冨岡がシャイボーイで炭治郎と相性バッチリ?
    冨岡の頭は竈門家に来て何度目かの混乱に襲われた。
    確かに、社交的ではないと自覚があり、周囲に言葉足らずだと言われてきたからきっと無口だと思われているのだろう。だが別に恥ずかしがり屋だとか引っ込み思案だとかいう訳では無いと思っていた為、禰豆子の発言には目を見開いた。

    「...ど、どういうこと、」

    母親と娘のにっこりした笑みから逃げるように父親の炭十郎の方を向けば、相変わらず何を考えているか読めない笑みを浮かべている。

    「改めて、炭治郎をよろしく頼むよ。義勇くん」

    ...何故、この家の者はさらりと名前で呼んでくるのだろうか。



    - 19 -

    「炭治郎にこれを貰って欲しい」

    そう言って差し出された大きな耳飾り。炭治郎はきょとんとした表情で父親の顔を見る。

    「これって、父ちゃんが大事に着けていたピアスじゃ...」
    「うん。ご先祖さまの形見みたいなものでね、...父さんの宝物だ」

    どこか愛おしむように手の上を数秒程見つめ、決心したように炭治郎の小さな手を取ってそこに乗せた。

    「えっ!そ、そんな大事な物受け取れないよ!」
    「はは、お前は優しいな。嫌だったら、ちゃんと要らないと言うんだよ。これは父さん達が思い出を押し付けたいだけなのだから」

    炭十郎は笑う。息子の反応が嫌がるものではなかったのが嬉しかったのだろう。

    「うん...?そのピアス、確かに模様はかっこいいし、父ちゃんによく似合っていると思ってたけど...。俺に似合うかなあ?」
    「おや、そう思っていてくれたのか。嬉しいよ。炭治郎にもきっと似合うさ、だって父さんの子だから」
    「そっか...。あ、あの。義勇さんはどう思いますか?」
    「......ん、んぐ。ぐ...」

    傍で聞いていた冨岡は、焼き芋を黙々と食べていた。冨岡が禰豆子と話していた時に下の兄弟たちと落ち葉を集めて焚き火を起こし、収穫した芋や野菜を焼いていたらしい。
    こちらに話を振ってくるとは思っていなかった冨岡は芋を喉に詰まらせないように「待て」と手で合図する。そして茶を啜り落ち着いた所で先程の問いについて口を開く。

    「...似合うかどうかは分からない。センスが無いのは知ってるだろう」
    「んん...?あぁ、義勇さんが、服屋さんでマネキンの着てるやつを一式買ってるのって、そう意味だったんですか?」
    「えっ......ウン」

    自虐的な発言で保険を掛けたつもりが、炭治郎の追い討ちを喰らい見事に撃沈する。しかも、嫌味ではなくただの純粋な答え合わせであるのがまた悲しい。

    「薄々分かっていたなら、何で聞いたんだ」
    「えっ、えっと...直感的に有りか無しか聞きたかったんです!か、カッコよく見えるかなって...思って...」

    声が尻すぼみになり、もじもじと尻尾を揺らす炭治郎。冨岡の心臓がきゅっと絞められたような感じがしたのは何故だろう。そう言えば、この小たぬきは自身を格好良く見せたいんだったと思い出す。手を伸ばして赤みの強い髪を撫でた。

    「...お前の髪色には合ってる、と思う」

    元々ピアスを身に着けていた炭十郎と親子なのだから当然の事ではあるが、それでも炭治郎には伝わったらしい。満足そうに頷き、父親に向き直る。

    「...じゃあ、このピアス貰うね。大切にするよ」
    「ありがとう炭治郎。勿論、何時も身に着ける必要は無いし。仕事によっては外すように言われる事もある。その辺は職場に聞いてごらん」

    にこやかに炭治郎を撫で回し、常識のある父親としての助言をする。人を驚かしたり盗み聞きしたりと自由人だと思っていたが、教育の面では模範的なしっかりとした人間なのだろうと冨岡は静かに感心していた。

    「うん、そうする。...でも、父ちゃんは職場に外せって言われてたけど常に着けてたよね?」

    前言撤回。冨岡の住むアパートの管理人・鱗滝に鍛えられた判断力の速さにより先程炭十郎に向けた感心は無かった事となった。
    息子の純粋な疑問に炭十郎の手の動きも止まる。

    「まぁ、それはそれ...にはならないか。あはは...」



    「に、似合いますか...?」
    「...まあ、似合うと思う」

    炭十郎の「ピアスだから耳に穴を開けないといけない」との発言にピタリと体を硬直させたかと思えば、途端に震え始める小狸。尻尾の形がピンと張り、毛がぶわりと逆立つ。大きな瞳にいっぱいの涙を溜めて身構える姿勢を見ると、流石に可哀想になってきて冨岡は声を掛けたのだが、「大丈夫、痛いのは一瞬さ。ちゃんと肌に優しい針も買ってある。いやあ、今は家で簡単に出来るから便利だなぁ」などと息子の事を想っているのかいないのか、ただ恐怖心を煽るような発言ばかりをする炭十郎。更に用意周到な彼はその言葉通りピアス穴を開ける為の道具を手に持っていた。最初から開ける気満々であったのだ。炭治郎が拒否をしてもあの手この手で迫っていたのかと思うと少々残念な父親である。
    昨晩の事もあり腕力では敵わない悟った冨岡は、呆れたような表情を炭十郎へ向けながら「直ぐに戻る」と言い助け を求め小走りで部屋を出た。


    冨岡が部屋に戻ると、いつもの微笑みを浮かべたままにじり寄る男と、壁に背をつけて口元をきゅっと結びぶるぶると震えている小さな子供(大人)が居た。

    「炭治郎っ!」
    「ぎっ、ぎゆーさんん...うぅっ!」

    冨岡が戻ってきた事に少し安堵したのか視線を向ける小たぬき。「助けて!」と全身で表現いるかのようにジタバタと動いている。

    その時だった。

    「待ってください!どうせ留め具を新しい物にするのだから、ピアスでなくてもいいと思うの」
    「か、母ちゃん!」

    冨岡と共に入ってきた救世主、葵枝が彼等の間に入りピッと小さな手で制止する。炭治郎は潤んだ瞳で葵枝の腕にしがみついた。


    その後、ピアスだった留め具をイヤリングに交換すると言う母親のファインプレーにより事なきを得た炭治郎。からりと小気味いい音を立てて揺れる耳飾りを冨岡に見せて反応をうかがっていた。

    「えへへ...似合っているなら、嬉しいなあ」



    その夕方。
    冨岡はたぬき兄弟やその母親と共に庭の縁側に腰掛け、炭十郎による例の舞踊を見せてもらった。あの盆踊りのような動きは無く、本来は神に奉納する為の神楽であったと言う。当時は祭具を使用していたであろう彼の手には鎌が握られており、空中で円を描くように振り回す。「滅多にするものじゃあ無いから失敗したらすまない」といつもの調子で笑っていた炭十郎だったが、まるでこちらが見えていないかのように集中しており緊張感が伝わる。冨岡は瞬きするのが惜しい程、その神楽を見つめていた。

    脚を止めて舞の終わりを感じ取った途端、ぱちぱちと拍手が響く。

    「父ちゃんすごい...!」
    「かっこよかった!」

    頬を上気させるほど興奮しているたぬきの兄弟たち。炭治郎の方を見ると目がきらきらと輝いていた。



    翌朝。竈門家の大家族に見送られ、炭治郎と冨岡は行きと同じ道を慎重に進み下山する。

    「山道は慣れないな...」
    「お疲れさまでした、義勇さん!怪我は無いですか?」
    「ああ...、疲労はあるが」

    かえりの電車を待つ間、冨岡はベンチに座りぐったりと背もたれに体重を預けていた。
    山は登りより下りの方が怖い。冨岡も坂道で何度か足を滑らせそうになり、辺りの木に捕まるなど対処していたが幾分肝を冷やした。元剣道部の足腰でこれなのだから、もう少し鍛えておくべきか。

    「...筋トレでもするか」
    「え、トレーニングするんですか?どうして...」
    「それは...、」

    何故、鍛えなければと思ったのだろう。冨岡は次の機会について考えていたのだ。「また遊びに来てね」と少し寂しそうな顔をしながらも大きく手を振っていた禰豆子たちを見たからかも知れない。
    炭治郎も理由を悟ってしまったのか、ぽっと頬を染めて嬉しそうな顔を見せた。

    「...また、一緒に来てくれますか?」
    「...うん」

    次に来る時は長期休暇が良い、と小さく笑った。
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