猟犬と大猫エルダーの猟犬と御大の大猫。連合の日本組織の重鎮二人のボディーガードは、裏で密かにそんな風に呼ばれている。
寡黙であまり表情を変えないユウイチと、時に自分の主さえも振り回す竜三。並び立つ双璧でありながら、どこか裏に入る前の穏やかさを漂わせているからだ。
「センセ。はい、イタリア土産」
任務から戻ってきた竜三が、空港の袋を石川に差し出す。
中身はブランドもののチョコレート、まじまじとパッケージを眺めた御大はあごひげを撫でて笑う。
「妙な気を遣いおって。ヴェネツィアのネズミ退治だけで十分であったのに」
「観光客装ってんだから、土産のひとつもないの変じゃん」
ユウイチもまた、こちらは高級そうなブランドの袋を父であり、主である茂に差し出す。高級革製品の店で買った手袋。
「新しい手袋が欲しいって言ってたの思い出して…どうだろう?」
「ああ、ありがとうな。とても具合が良い」
黒の革手袋をはめ、愛用の仕込杖を握って心地を試す。その様子をどこか憧れの顔で見つめるユウイチに、石川が呆れた顔をした。
「仕事で推しへの貢物なんぞ買ってくるな、たわけが。
お前はお前で、食い物以外の何かないのか」
「うめーんだよそれ!土産にけちつけんじゃねぇよ」
石川が竜三にかみつき、竜三が石川にかみつき返す。昔から変わらないそのやり取りに、木村父子は久しぶりに和やかに笑った。
「先生方は、昔から変わりませんな。何だか安心させられる」
茂の言葉に、ユウイチが微笑みながら頷く。そんな二人に石川が呆れた顔をした。
「お前らこそ、こんな時勢で昔語りなんぞよくできるな。そのマイペース、ぶれなさすぎて空恐ろしいぞ」
「おや、痛いところを突かれますな」
茂が穏やかに微笑んで頷く。この中で一番優しそうに見えるが、最も修羅場を潜ってきた男でもあった。
「さて、戻ってきたばかりで悪いが早速次の仕事の話だが」
茂の言葉に竜三が眉を潜め、ユウイチが姿勢を正す。さすがの竜三も、茂に対しては石川へのようにごねたりはしない。
「オーナーの名代として、連合の集会に出席することとなった。それにボディーガードとして同行するように」
「「了解しました」」
「それでは15時から次の仕事に向かう。それまで短いが、ゆっくり休んでおきなさい」
そう言って二人を下がらせ、石川と茂だけが部屋に残る。
茂が目を細めて満足そうに頷いた。
「だいぶ良いパートナーになってきたようだ。二人で組ませて正解だったようだ」
「似た者同士、仲良く助け合って傷も舐め合っておる。
あいつらは強いのと競うより、 守るために戦う方が強くなれるのだろうよ」
石川がそう言ってチョコレートのパッケージを破り、茂に差し出す。茂がひとつをつまみ、口に放り込む。
「これでお互い、心残りなく好き勝手できるな」
「そうですな…とはいえ、孫の成人までは死ぬ積りはないですが。先生もワタルにお祝いを下さるまではどうぞ息災で」
「実は竜三系だったか、お主は」
ちら、と視線を交わして呵呵と笑う。しぶとく老長けた男たちは、まだまだ現役であった。