長い夏の終わりはあっけなく、気づけば朝方にかすかに寒さを感じるようになってきた。
日本を離れ、遥か欧州の水の都市。バカンスシーズンも過ぎた街は、ようやく静かな秋の日常を取り戻そうとしていた。
まだ太陽も低い早朝。駅のそばの宿から外に出て、水辺に立つ。煙草に火をつけ深く吸い込めば、ひやりとした日本とは違う風の味がした。
裏稼業に足を踏み入れて随分とたつ。白い死神に組織を潰され、家族を壊された父が、幼い俺を守るために連合に与したように。
復讐を果たした俺たちは再び裏の世界で狙われる側となり、息子と父…家族を守るために、俺もまた連合の徒となったのだ。
復讐を巡る因果は、父と俺があの世まで持っていくと二人誓った。その選択に後悔はない。
「ユウイチ、早いな」
後ろから名を呼ばれ、肩越しに振り返る。親友であり、今はバディとして組んでいる竜三が眠そうな様子で欠伸をした。
いつもは束ねている長い黒髪は下ろしたままだ。
昨夜、その髪に顔を埋めて何度も彼を抱き、また抱かれもした。ほんのりと赤らんだ気だるげな目元に、腹の底が不穏にざわつく。
「何だか腹が減ってな。食えるもんがないかとふらついてた」
「昨日ベッドを共にした相手より飯かよ。そういう男はさっさと捨てとけ、ってセンセが言ってた」
からかうような声音に怒りはない。そこまでウェットな関係でもないのだ。
「ん」
片手に提げていた袋を差し出す。竜三がそれを受け取り、中を覗いて目を輝かせた。
朝の散歩の合間に見つけた店のブリオッシュ。部屋で食おうと二人分買ってきたのだ。
はちみつを挟んだやつと、チョコレートクリームを挟んだやつ。まだ仄かに温かいから、甘い香りがただよってくる。おまけにふわふわと柔らかい。
「一つずつな。お前も腹を空かしているだろうと思って買った」
「前言撤回。いい男すぎ」
竜三がこちらに手を伸ばし、たばこを奪って唇を重ねてくる。
「ん……」
ちゅ、くちゅ、と気持ちいいところを探りながらのキスに、自然とこちらも応える。肌寒いと思っていたところに、ちょうどいい熱量。差し出されたからだで暖をとるように抱き締める。
そして火の点る寸前まで堪能し、唇を離した。
竜三が俺の背に腕を回してホテルの方へ向けさせる。
「部屋戻って早速食おうぜ」
「ああ」
竜三の足取りが軽いのが見た目にもわかる。どんなときでもうまい飯をしっかり楽しむ。そういうところが気に入っていた。
「はちみつとチョコ、どっちもうまそうだな…半分こしねえ?」
「構わんよ」
「で、時間あったら今の続き」
「…あったら、な」
俺の答えに竜三が猫のようにぺろりと唇を舐めてきた。御大の大猫の呼び名のとおり、気まぐれで抜け目がない。
その一押しで軽く炙られて、相変わらず自分は修行が足りないなと思うが、今更である。