Chetty's lullaby 不夜城のバーは夜通し灯をともし、眠れぬ人々がふらりと現れてる。そして幾ばくかの酒を舐めて、優しい闇にたゆとうのだ。
今夜はそんな眠れぬ人々の一人となったユウイチは、カウンターの隅に一人腰掛け、静かにグラスを傾けていた。
かすかに聴こえる静かなジャズは、チェット・ベイカーのChettys lullaby。甘くまろやかなメロディが、眠る間際の自分を甘やかすには丁度良い。
柔らかなソファに身を預けて思い思いに過ごす人々は、いつも意外と多いものだ。
真夜中担当のバーテンダーとすっかり顔馴染みであるユウイチは、いつものように眠れぬ夜の一杯を頼んだ。
コリンズグラスを氷で一杯に満たした、琥珀色の飲み物。ランプの光を溶かし、カウンターに影を透かす。
「おにーさん、隣空いてます?」
不意にかけられた誘いの言葉に、ユウイチが気だるそうに首だけで後ろを振り返る。声だけでわかる、仕事のバディにてそれ以上の関係でもある竜三である。
ユウイチの答えの返る前にスツールに勝手に座った竜三は、彼と同じのをと注文し、小皿のドライフルーツを1つつまんだ。
ユウイチが気だるげな様子で、竜三の方を見る。
「お前も眠れないのか?」
「ああ、何か疲れすぎてさ。寝酒ひっかけに来た」
「はちみつのホットミルクじゃなくていいのか?酒は傷に沁みるぞ」
からかうように、つんつんと自分の頬をユウイチがつつく。昼間任務でミスって、戦闘中にうっかり殴られたのだ。竜三は拗ねたように言い返した。
「だってユウイチ作ってくれなかったろ。一人でふらふら飲み行っちまって」
「眠いからってぐずるなよ」
わがままなこどもの素振りを見せても許される相手。竜三にとってユウイチはそういう存在だ。
うすらとできた隈は、確かにユウイチと同じくらいに濃い。
竜三がカウンターの奥から静かに差し出されたドリンクを受け取り、一口味見する。そしてきょとんとした顔でユウイチを見た。
「まさかの寝酒もノンアル?」
「もう飲まないと決めたんだ」
ロングアイランドアイスティーに見せかけた、普通のアイスティー。竜三はストローをくるくると回して、妙なところで生真面目な友人を微笑ましく思った。
今日の仕事ははっきり言ってうまくなかった。二人揃ってついていない方だとは思っていたが、不運に不運が重なった、まさしくbad dayであった。
ユウイチの頬に貼られた大きな絆創膏が本日の苦労を物語っている。竜三も今日は何を飲んでも口の中が染みて最悪だ。
「厄祓いに酒っていいのかな」
「どうだろな。元アル中にそんなこと聞くなよ」
ストローで氷をもて遊びながらユウイチが呟く。
そして二人同時に大きなため息をついて、顔を見合わせた。
ユウイチが目を細めて笑う。今し夜初めての笑顔だった。
「同時にため息ついたな、今」
「ああ。ホントしょうもないとこで息があうよな、俺ら」。
竜三が笑い返し、ユウイチの手に手をそっと重ねる。
「これ飲んだら帰ろ。やっぱホットミルク作ってよ」
「温めの甘口でな。息子より手がかかる」
ユウイチが微笑み、竜三の少し腫れた頬をそっとさすった。