酒飲み「先生、笑って~」
大層機嫌良く、行儀悪く酔っぱらった竜三は、何が楽しいのかへべれけの顔をスマホで撮影している。
酒臭いゴリラに肩を組まれ、強引に小さい画面に収まるように撮られて思わず無の顔になった。
「お前、それをどうする気だ」
「仁に見せるー」
「バカ、止せ」
へへへ、と笑いながらしでかした。絶対に、ろくでもないことになる。
複雑な顔をする仁、そしてそれを見る志村、その怒りの矛先の向かう先は…地獄のドミノ倒しの幕開けだ。
「お前、ほんっとにやらかしてくれたな」
「何でぇ?」
戦犯はふにゃふにゃと横になり、すやすやと眠り始める。
「なるようにしか、ならんか」
気付けのように飲んだ酒は、苦かった。
カランカランと、ベルが大きく鳴る。最後の客を送り出した後に入ってきたのは、仁であった。カウンターの中で片付けを始めるか、と袖を捲っていたテンゾーは驚いた顔で仁を見た。
「どうした。今日はシフト休みだろ」
「客として来た。飲ませてくれ」
もうすぐ、日付が変わる。そんな時間に過保護な保護者は何も知らんのか。
どのように行動すれば保護者を怒らせないかと頭を過ったが、テンゾーは仁の顔を見て、その考えを消し去った。
いつもだいたい穏やかな好青年が、見るからに荒れて落ち込んでいる。
テンゾーはその非常事態に、グラスを2つ取りだし、残った惣菜を見繕って温めた。
「悪いな、残り物しかないが食うか?」
「食う」
仁がぐっ、とグラスを傾けチキンにかぶりつく。夜中のやけ食いやけ酒とは、今日は随分悪い子だ。
「竜三が、先生と飲んでる写真を寄越したのだ…」
「うん」
「それを見たとき…何かモヤモヤした気持ちになった。友達なら、楽しそうだな、とか俺も呼べとかそんな風に思うだけだろうが…何か、頭が熱くなって…」
「…うん……」
テンゾーはパエリアの残りを食べながら頷いた。その感じは自分にも覚えがある。
嫉妬とか、寂しいとか。自分では何ともできない、たちの悪いやつだ。
「…今までずっと、竜三の隣には俺がいたのに」
「んー……」
グラスを空けて、今度はしょんぼりとしたので、テンゾーはもう一杯注いだ。
「寂しいな…俺も若い頃はそういう思いをしたこともあったよ」
テンゾーが手を伸ばし、仁の頭をぽんぽん、と撫でる。仁がよしよしを享受してから、顔をあげた。
「テンゾーさんは優しいな。先生よりずっと性格も良い」
「御大と比べられてもな。まあさ、今日は飲め。気がすむまで付き合うぞ」
「テンゾーさん…」
はや、少し頬を赤くした仁が感激した顔で言う。
弱った奴はどうにも見過ごせない。テンゾーは温めたミネストローネを差し出しながら、本腰をいれて向かい合った。
「おかしら!飲んでる」
突然の通知音、スマホを弄っていた白と青が色めき立つ。今日は良い魚を手に入れたから鍋で飲む、と4人で集まった。犬とねこと遊ぶ白と青をよそに、いつまでも飲んでいた医者の伊吹と、元傭兵の十郎は顔を見合わせた。
「ラインか」
それぞれのスマホにも通知が来ている。何やらかわいい系のポーズをとる竜三と抱き寄せられた石川御大。家飲みらしい。竜三の、ちょっとよれたTシャツからのぞく胸は今日もすごいでかい。谷間がある。谷間には毛が生えているが思わず見てしまう。
「立派な大胸筋だな」
「なんかつい目が行くよな」
わざわざ拡大してそこを眺めていると、しばらくしてテンゾーと仁の写真が現れた。
夜のテンゾーの店、仁とたぶんテンゾーの見切れた映像。初めての自撮りのように傾いた画面。こっちも楽しくやってる、と添えられた仁のメッセージの日付はとおに変わっている。
ムードのある店内でぴったりと身を寄せあってるテンゾーと仁。心持ち逃げの体制のテンゾーの腕をぎゅっと抱きよせる仁のほんのりとろけた顔はレアだ。
伊吹と十郎は再び顔を見合わせた。
「匂わせみたいな画像だな。張り合ってんのコレ?」
「ぶれてるし、酔ってるしただ撮影下手なんだろ」
伊吹が怪訝そうな顔で顎髭を撫でる。
「にしてもこりゃあ…あの過保護殿が見たらよ」
「…気にするな、百鬼帯の話だ。黄金で右往左往してる俺らにゃ、雲の上で嵐が起こるだけだから関係ない」
「うん…それもそうだな…そうあってくれ」
そう言って二人、遠い目で白と青を見る。
ラインには酒に反応した行善がオススメのつまみレシピを乗せ、白青がおれに作れ!と伯父御が仁に迎えに行くから返事をしなさい!と呼び掛けて無視されている。
「オンライン飲み会するか!」
「お前までやらかすのはよさんか」
混沌にきゃっきゃする白を伊吹が嗜める。
「今日も平和だな」
牢人ふたりは通知を切って、再び酒を飲み始めた。