【オリジナル漫画】『these stones』時計編 シナリオ[丸いグラスの向こう。森の中を進む人がまばらに見える。クリスという少年が望遠グラス越しにそれを見ている。]
クリス「───見つけた。」
[クリスは振り向かない。]
クリス「ササラギさん、見つけました。」
[クリスの背後。つまらなそうに欠伸をして帰ろうとする男の姿。]
クリス「……って、ちょっと」
クリス「帰ろうとしないでくださいよ」
[ササラギ、と呼ばれた男はピタリ、と止まるとクリスの方を向く。]
ササラギ「クリスくん。冗談でしょう?」
ササラギ「どうして私があんな君より弱い雑魚を相手にしなければいけないのですか?」
クリス「弱さの基準を僕にしないでくださいよ。仕方ないでしょう、『心臓』を持ってるんですよ?」
ササラギ「第一、あれが『心臓』持ちだという事実が残念すぎます」
ササラギ「本部の厄介払いも、まったく勘弁してほしいですね。」
クリス「……厄介なのはアンタなんじゃ……」
ササラギ「何か言いましたか?」
クリス「言ってません。」
クリス「ただ……」
???「ぎょえーーーっ お助けぇーーーっ」
[クリスが見張っていた方向と少し違うところから轟音と悲鳴が聞こえてくる。]
クリス「……え?」
クリス「今の声……って、ササラギさん」
[ササラギがいつの間にか消えていたのを追いかけようとしたクリスは持ち場を離れようとして躊躇い、自分が今まで見張っていた場所に目を向ける。しかし、急に目に強い光が映り込む。]
クリス「これは……」
クリス「っ、ササラギさん!」
[クリスは決意したように走ってその場から離れる。]
[ササラギの消えたであろう方向に森を進むクリス。走り抜ける途中で、折れた木や散乱したなにかの箱のようなものを見かける。]
クリス「あ!」
???「あ あーーーー くっ、クリスさん、危なぁーーい」
クリス「え」
[クリスに謎の影がかかる。彼に何かが襲いかかろうとした瞬間、なにかの影と彼の間に何者かが間一髪で飛び込んでくる。クリスは自分の顔を覆っていた腕をどかすと、その背を見た。]
???「間一髪だったねぇ、観察くん。」
クリス「……イーハイさん」
クリス「なんでここに……」
イーハイ「やー。オレも巡回中でさー。」
イーハイ「良いエモノがいたなぁー、なんて思ってたんだけど……」
[イーハイの視線の先。クリーチャーのようなものと格闘を続けるササラギの姿がある。]
イーハイ「ザンネンだけど、キミたちのエモノだったみたいだね。」
クリス「え……」
クリス「まぁ、はい。」
イーハイ「んんん?」
イーハイ「何でキミがそんな返答なのさぁ?」
クリス「……関係があるってわかったのは『ついさっき』なので。あなたにこれ以上は言いませんよ」
イーハイ「やだなぁ、同じムジナの仲間じゃないか。気になるなぁ。」
[イーハイはクリーチャーが放った流れ弾を撃ち落とす。]
イーハイ「ちょっとさー、ササラギくーん?」
イーハイ「仮にもキミの部下がいるんだからさぁー、もうちょっと配慮してくれても」
[流れ弾の数が増える。]
イーハイ「キミ、配属変えたら? カンゲイするよ?」
クリス「ははは」
[イーハイに向かって残骸が飛んでくる。]
イーハイ「だからぁー、部下はダイジにしなって。」
ササラギ「……………」
イーハイ「あれ? やっぱザコに興味ない?」
ササラギ「あなたは部下ではありませんので」
イーハイ「…………」
イーハイ「へぇー、ふーん、そう。」
イーハイ「良かったね、観察くん。」
クリス「えっ、ええ……?」
イーハイ「ところで、キミたちが助けに来たのかわからないケド、あの人良いの?」
クリス「あ」
???「く、くりすさぁ〜ん……」
クリス「ビッチューさん。無事でしたか?」
ビッチュー「なんとか無事でしたよ この方に助けて頂いてたんで!」
イーハイ「オレがカレを助けたくらいにササラギくんが飛び込んできたんだよねぇ。」
ササラギ「………………」
イーハイ「残念ながらカレが持ってきた商品までは守れなかったんだけどね」
ビッチュー「……………」
ビッチュー「あぁーーーー そうだぁぁ 俺の商品達ぃーーーー」
クリス「ここに来る途中で散らばってた箱ってやっぱり……」
ビッチュー「ウチの商品達ですよ……。とほほ……。」
[突然、クリスの首にササラギの腕が回される。]
クリス「ぐえっ」
ササラギ「帰りますよ、クリス。」
ササラギ「ビッチュー、然るべき処理を行いますから、同行を。」
ビッチュー「おおっ マジっすか いつも太っ腹ですねぇ」
イーハイ「ちょっと、ちょっと。」
イーハイ「お金のアツカイには気をつけないと……」
ササラギ「おや、あなたに言えた義理ですか?」
ササラギ「アレのお代にはいくらかかったんです?」
イーハイ「あー……ハイハイハイ。」
イーハイ「その指のとおりだったかなぁ?」
ササラギ「そうですか。」
イーハイ「あ、そうそう。」
[イーハイがササラギに何かを投げて寄越すが、ササラギは何故かクリスを前に持ってくる。]
クリス「痛ぁ」
クリス「普通に取ってくださいよ」
イーハイ「だからぁ、部下はダイジにしなってー。」
クリス「……これは?」
イーハイ「この『心臓』ちゃんの遺体についてた♪」
[イーハイは体が真っ二つにされた死体を掲げる。クリスの手の中には時計。]
イーハイ「キミたちが良いなら、後はオレたちがやっておくケド」
イーハイ「良いの?」
ササラギ「好きになさい。」
[イーハイはまっすぐとササラギを見るが、ササラギはイーハイを見ていない。]
ササラギ「帰りますよ」
[ササラギはクリスとビッチューを引きずっていく。]
イーハイ「あららぁ。」
イーハイ「ホンキでキョーミないってカンジ。」
イーハイ「コレも良いのかなぁ?」
[イーハイの手にはこぶし大の石。]
イーハイ「どう思う? 『ノムレスの心臓』ちゃん?」
These Stones
クリス「た……ただいま戻りました……マッキンリー副隊長」
[スタスタと何も言わず歩いていくササラギと、何やら個性的な挨拶をかますビッチューを後ろに、クリスがとある人物に、疲れ切った様子で声をかける。とある人物は洗濯物を手に持ったまま振り返る。]
マッキンリー「おお! 無事に帰ったか。ご苦労だったな。」
マッキンリー「……って、どうした?」
クリス「と……途中までウチのトンデモ隊長に引きずられてきたんで……」
マッキンリー「アイツ……」
マッキンリー「いや……待て。……ってことは、」
マッキンリー「何かあったのか?」
クリス「はい。」
クリス「間違いありませんでした。」
マッキンリー「やっぱり、『心臓』絡みか……」
クリス「それから……これ。」
[クリスはマッキンリーにイーハイから渡された時計を渡す。]
マッキンリー「……そうか。」
マッキンリー「ご苦労だった。」
クリス「……犠牲者が増えてきてしまいましたね」
マッキンリー「ああ。そのうち行方不明者を上回らなきゃいいがな……」
マッキンリー「ところでお前ら、なんかビッチューのやつを連れてきてなかったか?」
クリス「あ、実は森の中で『心臓』持ちに襲われてて」
???「お、お、お、おじさぁぁぁん」
[近くの建物への入口の扉が勢いよく開き、ある女性が息を切らしながらその姿を現していた。]
???「どーーいうことぉっ」
???「ヒールタカマツ社から『この度は我社の損失の補填をしていただきありがとうございます』とかいう謎の通信が来たんだけど」
マッキンリー「……はぁ」
クリス「そういえばさっき、ササラギさんが『然るべき処理を行う』とかなんとか………」
???「うぉぉぉい あのバカ糸目の税金ドロボーは何処だぁっ」
???「あいつ、儂の家を潰す気かぁぁっ 今度は何をしやがったァァ」
[違うところからバタバタと走る音。一人の男性が女性の出てきた建物の別の入口に突入するのが見える。]
???「いやぁーっ どうしたらいいのーっ」
???「私達明日から非常食の乾パンを切り詰めて食べる日々がぁーっ」
マッキンリー「マフィー、落ち着け。」
マフィー「で、でも……」
マッキンリー「いいか。」
マッキンリー「乾パンはマシだ。」
マフィー「いやああああああ」
マッキンリー「水道が止まらねぇことだけを祈るしかねぇな」
クリス「死活問題過ぎませんか」
[何かをつぶやきながら建物へ戻っていくマフィーを見送るマッキンリーとクリス。]
マッキンリー「しかし……、また『心臓』か。」
マッキンリー「今回は単体か?」
クリス「はい……とは言えないかな、と……。」
マッキンリー「? どういうことだ?」
クリス「僕たちは最初、その時計の持ち主ではない個体を発見していたんです。」
マッキンリー「倒したのか?」
クリス「倒していません……」
クリス「本体がいたんです。」
マッキンリー「なるほど………。」
マッキンリー「本体を『視た』のか。」
クリス「はい」
マッキンリー「それなら、連日の商隊襲撃事件も片付いてくれるといいんだがな。」
クリス「波長が同じだったので、大丈夫だと思います……」
マッキンリー「………そうか。」
マッキンリー「だが、また同じことが起こらないとは限らない。」
マッキンリー「……前例もある。」
マッキンリー「すまないが、しばらくお前の『眼』に頼りっきりになるだろうな……。」
クリス「いえ、」
クリス「そのために僕はここにいるんですから。」
マッキンリー「……すまないな。」
マッキンリー「他の隊員も何事もなければ明日には戻ってくる。それまでは休んでいていいぞ。」
マッキンリー「どうせ、ヤツからは何も言われてないんだろ?」
クリス「いつも通りです」
マッキンリー「じゃあ、好きにしててくれ。夕飯は呼ぶからな」
クリス「分かりました。お夕飯楽しみにしてます」
[その場を離れるクリス。マッキンリーは彼の後ろ姿を見送ると、手元の時計を改めて見る。彼の目に時計の数字盤に刻まれたロゴが映る。]
マッキンリー「……こいつは……」
[マッキンリーの手首には同じロゴが刻まれた時計がつけられている。]
マッキンリー「そうか……あの人が作ったのか。」
[マッキンリーは砂埃に塗れた時計を握りしめる。【1話終了】]