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    1862ki

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    1862ki

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    お題「花屋」のやつ。
    さっきあげたやつ(曖昧な2色)の前の話。繋がってるからここにも置いておこうかと。

    #HCOWDC

    青色の恋文 夕暮れ時の道を歩く。腕を上げて大きく伸びをすると、先程まで丸まって惰眠をむさぼっていた身体がほぐれていく。横目で図書館の窓に映る自分を確認すると、いつも以上にぼさぼさになった頭が見えてぎょっとした。きっと部屋で寝かせてやったのだからと湊に猫の姿を撫でまわされたせいだろう。乱れた髪を手櫛で軽くなおしながら帰路を急いだ。

     バーの雑用係が主な仕事であるオレの勤務時間は夕方から深夜にかけてになる。すなわち、今ここにいる時点でほぼ確実に遅刻だ。とはいえ、オレと葵を引き取った変わり者夫婦が、彼らが所有するビルで半ば趣味でやっているようなバーなので、多少出勤が遅れたところで葵に長めの文句を言われるぐらいなのだけれど。カウンターに立つ葵と違ってオレの仕事はそれほど多くない。そもそも主に期待されている仕事は酔っぱらいや厄介な客の相手であって、雑用はそのついでなのだ。
    「ありゃ、だめかー」
     点滅していた信号が赤に変わるのを見て足を止める。このあたりの地図を思い浮かべ、さて、どのルートで帰るのがいちばん早いだろうかと首を捻った。
     このまま大通りを帰ってもいいのだけれど、この道は信号が多い上に歩車分離式のものがほとんどだ。徒歩なら細い道でもなんの問題ない訳だし、ここで曲がって公園や学校の脇を抜けていくほうが早いかもしれない。
     よし、そうと決まれば止まっていてもしょうがない。と、右を向いて次の交差点へ歩き出したところで、視界の端の青色が目についた。視線を戻して確認したその青は、かわいらしい花屋の店内で咲く花だった。


    「いらっしゃいませー!」
     明るい笑顔の小柄な少女が、元気な声と共に店の奥から出てくる。店の端で作業をしていた背の高い女性もこちらに視線を向けたが、ぺこりと頭を下げるとすぐに作業に戻ってしまった。
     いやはやしかし、花屋に寄っている場合ではないのだけど、ご機嫌とりに花束を持って帰るというのは有効だろうか。うん、もしかしたら有効もしれないという可能性に賭けよう、そうしよう。もう店内に足を踏み入れてしまったわけだししょうがないよね。なんて脳内で自分に言い訳を連ねながら、近づいてこちらを見上げる少女に目当ての花を指差しながら注文を伝える。
    「あの青い花につられて入ってきたんだけど、あれで小さいブーケをお願いできる? あんまり手持ちはないんだけど……」
    「わぁ、アガパンサスですね! すぐご用意します!」
     ぱああとまた一段と笑顔を輝かせた少女は指差した花とその他に数本の花を見繕い、カウンターへと持っていった。
    おれの目的の花がアガパンサスであることを知った瞬間に彼女の目がものすごくキラキラと輝きだしたような気がするのは何故だろう。

     おれが首をかしげている間にも、少女の手によって手際よくブーケが整えられていく。4本の花だけで作られた小さなブーケだ。頼んだ青い花以外に、小さな花がいくつも集まったような青い花と白い花が1本ずつ、そしてキキョウが小さなラッピングペーパーとリボンでまとめられる。名前が思い浮かばない2本はなんという花だっただろうか。
    「……できた! こんな感じでいかがでしょうか?」
    「ん。かわいいね。ありがとー」
    「えへへ、気に入っていただけて良かったです! アガパンサスとキキョウ、それとデルフィニウム、ブルーパフュームを束ねさせていただきました」
     花を指差しながら説明してくれた少女に代金を渡し、ブーケを受け取る。手に持つと、ふわりと花の匂いが鼻腔をくすぐった。これで青い目の男の機嫌が少しでも良くなればいいな、なんて思いながら、じっとこちらを見たままの少女にお礼を告げる。まだ何か言いたげな様子にもう出ていってしまってもいいのだろうかと迷っていると、少女は意を決した様子で口を開いた。
    「あの! アガパンサスって愛の花って言われていて……花言葉にはラブレターとか、恋の訪れ、知的な恋なんて言葉があるんです」
    「うん……?」
    「だから、えっと……、喜んでいただけるといいですね!」
    「……ふは」
     ぐっと胸の前で両手でガッツポーズを作り、応援してくれる少女に思わず笑みがこぼれた。
     どうやら恋人か好きな相手に贈る花束だと思われていたのだろう。だとすると、あの花が目当てと知って目を輝かせたのにも納得がいく。実際は違うのだけれども。いや、あながち間違いではないけどそれは今は置いておいて。
     ただまあ、この「恋人に花を贈る男の応援をしたい!」という気持ちがありありと浮かんで見える少女に「そんなんじゃない」と伝えるのもなんだか気がひける。……喜んでもらえるといいというのはその通りなのだし。
    「うん、気に入ってもらえたらまた来るねぇ」
    「はい!」
     嬉しそうな少女に笑って別れを告げ、外に出る。赤く染まる空には3羽の烏が並んで飛んでいた。市役所の防災無線からは、小学生の帰宅時間を知らせる曲が流れている。

     カァ、と鳴く声を聞きながら、今度こそ帰路を急ぐ。無事に持ち帰れるよう胸に抱え込んだ青いラブレターは、果たして役に立ってくれるのだろうか。
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    waremokou_2

    DOODLE #HCOWDC 2
    お題は「おぼろ月」でした

    登場人物
    ・吉川直幸
    ・中島修一
    「月が綺麗ですね」
     そう囁く声に、思わず顔を上げた自分が馬鹿らしい。この声らしからぬ標準語じみた発音はどこかぎこち無ささえ感じられるのがゲンナリするのは、おそらくそういった言葉を普段から息をするように無駄撃ちするこの男の自業自得である。ただ――この男がぎこちなく標準語でそう囁いたことにより、かつ見上げた先に薄ぼんやりと輝く朧月に、その言葉が響きどおりの意味だけではないのだという明確な証明になってしまった。と、いうのも――正直にいってこの男に、朧月の美しさなど理解できるとは思えなかったからだ。
    「曇ってるけど」
     だから、あえてそう返事をした。この男が誤魔化すように言葉を撤回すれば、この恥ずかしい言葉は仕方ないから忘れてやろうと思ったのだ。この春休みが始まってから、気がつけばほとんどの時間をこの男と過ごしている気がする。段々と、友人らしい距離感に慣れてしまった。そのままどんどん絆されて、今、重く、熱く、むさ苦しい腕の中に収まっているこの距離感が果たして友情というラベリングを許されるのか、もうわからなくなってしまった。表面上の関係は、契約した以上この男が言うなら俺と中島は恋人だった。中島がそう思っているなら、という不安定な環境下で成り立つ関係性はこちらの感情をひどく乱す。だからなお、一層自分がはっきりと拒絶の意思を示せないことに、自分に腹が立って仕方ない。
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