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    ラグナロクが終わり復活したヘラクレスの屋敷で暮らすことになったジャック。この幸せはいつか壊れてしまうと恐れたジャックはヘラクレスの記憶を消し逃げ出した。
    しかし、どうしてももう一度会いたくなって戻って来たジャックはヘラクレスの屋敷で庭師として働くことになる。

    #ヘラジャク

    主人と庭師(仮)いつもの通りに朝食を済ませた。身支度を整え、仕事に出かけるためにエントランスを出る。用意されている車に乗り込む前に、ふと庭に目を向けた。梯子に上り木の手入れをしている男の背が見えた。
    「うん?…あれは」
    見覚えのない後ろ姿に主人が足を止めたので、見送りのためについて来ていたバトラーがその目線を追い答える。「あの者は先日雇い入れた庭師です」と。
    こちらに背を向けて作業をする男は帽子を目深に被っていた。しかしその下からのぞく白銀の髪が風に揺れているのが分かった。
    「まだヘラクレス様には紹介しておりませんでしたね」と、バトラーは庭師を呼んだ。
    声をかけられ振り返った男は梯子を降り此方へとやって来る。帽子を取り深々と頭を下げた。
    「ヘラクレス様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。庭師のウィリアムと申します。精一杯務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
    頭を上げた庭師の顔は俯き加減で、長めの前髪が目に掛かっている。口元も髪と同じ色の口髭に隠され表情がよく分からない。
    「…ウィリアム?」
    「はい…」
    「あ。…あぁ、よろしく頼むよ。顔をよく見せてくれないか?」
    ヘラクレスはこれからこの屋敷で共に暮らす新しい使用人の顔を覚えようと体を屈めて庭師の顔を覗き込んだ。純粋な気持ちだった。目に掛かるほどの前髪が煩わしそうに見えた。
    「っ!…ヘラクレス様!?」
    庭師は慌てて後退り、帽子で下半分の顔を隠して主人を見上げる。深いシルバーグレーの瞳が困惑に揺れたのは左だけで、右目は髪に隠されて分からなかった。
    「悪い!…嫌だったか?」
    「い、いえ。少し驚いただけです」
    髪をはらってやろうかと伸ばした手が虚しく宙を舞う。
    バトラーが後ろから「そろそろお時間です」と声をかけた。
    「あ。あぁ、分かった。…では、またな。ウィリアム」
    促されたヘラクレスは庭師に向かって声をかけると、車へと戻って行く。
    「いってらっしゃいませ」
    ヘラクレスの背中に庭師の声がかけられ、深く頭を下げた気配がした。

    ヘラクレスの運転する車が出て行くのを、庭師は静かに見送っていた。
    「ふう…」と庭師は短く息を吐いた。寂しさとも諦めともなんとも言えない複雑な表情をして主人の出て行った門の方を眺めている。
    「…sir。やはり、あなたは忘れてしまったのですね。私のことを」
    庭師ことジャック・ザ・リッパーは自分に言い聞かせるように呟いた。
    「もう後戻りは出来ない、これは私の望んだことだ」
    たとえ己れがどれだけ傷付こうとも、私はあえてこの道を選ぶ。それが私、人類最大悪と呼ばれたジャック・ザ・リッパーには相応しい。
    私は再び梯子に登り庭木の手入れを始めました。

    私は以前、ヘラクレスに誘われてこの屋敷で彼と共に暮らしていました。私がこの屋敷を一度去ったあの日、あの直前まで彼は私を愛していた。忘れもしないあの優しい瞳、それは今でも変わっていなかったけれど。
    彼が記憶を無くしたのは私のせいだ。私が私の恐怖に勝てなかったから…。私は怖かったのです。この幸せがいつか壊れてしまう日が来るのではないかと。永遠なんて信じられなかった。あなたはこの先も変わらず私を愛してくれるのかもしれません。しかし、私とあの神様とではあまりにも住む世界が違いすぎるのです。私という一介の元殺人鬼があなたという伝説の英雄と恋をして許されるはずはないのです。私たちの恋に反対する者は数多くいるでしょう。すべてを捨てさせてまで、私を愛して欲しいと望むことは出来なかった。私の存在はあなたを貶めてしまう。あなたは私だけの英雄ではなく、全人類の英雄であるべきなのです。これは束の間の夢なのだと、私はもう十分あなたからの愛をもらいましたから。そう考えた私は、彼の記憶を消してここから逃げ出すことを考えたのです。私は面識のある数少ない神様のひとりに頼み、記憶を消す薬を手に入れました。

    仕事を終え帰宅した彼を出迎えて、共に夕食を取りました。私は何事もなくいつものように振る舞いました。彼が気づくことはないでしょう。だって私はあのラグナロク第四回戦で巧みに嘘を付きあなたを騙して勝利したジャック・ザ・リッパーなのですから。
    「そろそろ休もうか」
    ヘラクレスが優しい笑みを浮かべながら私を呼びました。私たちは同じベッドに入ります。彼は私が少しでも寂しさを感じることのないようにそうしてくれているのだと思います。現に私は隣にいる彼の温もりを感じることで心地よい眠りにつけている気がするのです。
    「おやすみなさい、ヘラクレス」
    私は彼の頬にキスをしました。彼も私の頭を優しく撫でると額にキスをしてくれました。
    「おやすみ、ジャック。また明日」
    「えぇ、また明日。sir、良い夢を…」
    私は、最後の最後まであなたに嘘をつきました。

    静かな寝息を立てて眠る彼を起こさぬように私はベッドを抜け出しました。念のため彼の飲む水差しの中に眠り薬を入れていました。私のいた痕跡を残さぬように荷物をまとめます。もともと私は物を多くは持っていませんから荷造りはすぐに終わりました。
    もう一度、彼のベッドに近づきます。今度は彼の唇にそっとキスをしました。これが最後の口付け、別れをあなたに告げることなく去ることを許してください。
    「…さようなら、私の愛しい人」
    私は手に入れた薬瓶の蓋を慎重に開けると、薬が回る前に逃げるように屋敷を出ました。これであなたが私の存在を気に病むことはないでしょう。これで、私がいなくてもあなたは変わる事なく幸せでいられる。私は遠い地であなたを思い一人静かに暮らそうと思っています。

    しかし、いざ一人で暮らし始めると思い出すのはヘラクレスのことばかり。本当に私はなんて欲深い人間なのでしょう。思うだけでは飽き足らず、どうしても彼に会いたくて仕方がなくなってしまったのです。あの神様には記憶を捨てさせて、自分は勝手にいなくなったくせに今度は会いたいだなんて。つくづく自分という人間の欲深さを呪いました。
    ひと目見たら今度こそ彼の元から去るのだと決め、私は再び彼の住む屋敷へと戻ったのです。出掛ける彼の姿でも見えないだろうかと、屋敷の外で様子をうかがっていましたがなかなか出て来そうにありません。私はもどかしさに門の前まで行ってみることにしました。あぁ、全く何という悪運の強さでしょうか。ヘラクレスの屋敷の門には庭師募集の張り紙がしてあったのです。
    「…あの、すみません」
    私はすぐに門番に声を掛けました。そして屋敷の中に通されバトラーと話をし、お得意の嘘であっけなく雇用が決まりました。住み込みで庭師として働くことになったのです。またこのヘラクレスの屋敷で、彼と同じ屋根の下で暮らすことになりました。

    また、ここに戻ってきてしまった。しかも、こんなにもすぐに。しかし、彼はもう私のことを忘れているはずだ。思わぬ幸運に飛び付いて彼の側で暮らせる道を手に入れたが、私を忘れた彼はもう私の事は愛していないのだし彼を諦める良いきっかけになるかもしれない。今度は彼の恋人としてではなく、一使用人として遠くから彼のことを見守ることしか出来ないのだ。振り向いてもらえないし、もしかしたら笑いかけてもらうことさえ叶わないかもしれない。己れがどれだけ傷付こうとも神様のそばにいられるのならそれでいい。この私の願いがすべて叶うなんてなくていい。たったひとつだけ、それだけでいい。他の全てを犠牲にしてもいいから、私をヘラクレスのそばにいさせてください。

    ヘラクレスの屋敷、その使用人部屋で目が覚めたジャックは辺りを見回して思う。そうだった、新しい生活が始まったのだと。「おはよう」、「調子はどうだい」、と口々に話しかけられてジャックは戸惑う。以前この屋敷で暮らしていた時分には、ジャックはずっと部屋に閉じこもっていてヘラクレスが帰るまで決して外に出ようとしなかった。あいつは殺人鬼だと蔑まされるのが怖かったからだ。だからほとんど話をしたことがない。しかし、ヘラクレスと同じく記憶を消された使用人たちはジャックのことを庭師のウィリアムだと思っているので普通に接してくる。なんだか少し可笑しいような、不思議な気持ちだった。しかしこいつは怪しいと思われてはいけない、ジャックはとりあえず使用人たちに調子を合わせて当たり障りのない返答をした。
    ヘラクレスもヘラクレスだが、その使用人も使用人だ。とにかく人が良い。皆純粋にジャックのことを心配し、善意で声をかけているのがこっそり色を見てよく分かった。以前は…。いや、以前は軽蔑や侮蔑の色を見るのが嫌で彼らとほとんど顔を合わせていなかった。だから、以前の彼らが自分にどんな感情を抱いていたのか知らない。「どうかした?」メイドに声をかけられジャックはハッとする。つい考え事をしてしまっていた。
    「いいえ、なんでもありません」お得意の作り笑いで返すと、彼女は「そう。分からないことがあれば聞いてね」とそれ以上追求はしてこなかった。
    一通り使用人たちと話した後、私は庭に出た。ヘラクレスに誘われなければ外に出ることのなかった私は、この庭に馴染みはない。彼の帰りを待つ間に時たま庭を眺めるだけだった。
    「さて、どこから始めましょうか」
    バトラーからは好きにして良いと言われている。庭師はいつから不在なのか知らないが、伸びた枝や雑草が目に付く。やり甲斐のある仕事だ。時間も、たぶんたっぷりあるはず。経験はないが、懸命にやろう。あの神様が喜んでくれると嬉しい。
    手始めに屋敷の近くの木の枝を切ることにする。梯子に上ると、屋敷の二階ヘラクレスの部屋が見えた。カーテンが風に揺れてチラリと一瞬オレンジ色の後ろ姿が見えた。
    「…あっ」
    思わず声が出ていた。心臓の鼓動が速くなったのが分かった。彼が、いた。
    「ヘラクレス…」
    一瞬だったが、分かった。変わらないあの神様の姿。彼の記憶を消して屋敷を飛び出した後、久しぶりに見る愛しい神の姿に胸が熱くなった。

    あんなことをしでかした後だから面と向かって顔を合わせるのは心苦しい。記憶のないヘラクレスたちに自覚はなくとも、自分は悪いことをしたと思っている。しかし運悪く主人に鉢合わせることもなかったので、庭師として屋敷に住み込んで数日の間は庭の隅から屋敷を出ていく彼の後ろ姿や窓辺に立つ横顔を見かけ、穏やかそうに過ごす彼の姿にそっと胸を撫で下ろした。このまま遠くから彼の姿をずっと眺めていたいと思った。そして時々は挨拶程度の会話をする機会をもらえたら嬉しいとも…。

    そんなふうに思っていたのに、やはりそう上手くはいかないものだ。彼と話す機会は唐突にやってきた。ヘラクレスが庭師のふりをしている私を見つけ、バトラーが新しい使用人として紹介した。てっきり挨拶程度の話で済むものと高を括っていたら、あろうことか彼は私の顔をよく見せて欲しいと覗き込んで来たのだ。突然、すぐ近くまで近づいて来た彼の顔にすっかり私は動揺してしまった。恐らくは不信感を抱かれてはいないだろうが、今後も十分気を付けなくては。
    自身の右目にかかっている髪をそっと撫でる。あの時、前髪に触れようと伸ばされた大きな手に懐かしさと愛しさを感じた。またあの手に触れて欲しいと思ってしまう。
    けれど、それはいけないこと。このまま主人と、いち使用人としての関係を続けていくしかない。彼に思い出されたらこの関係は終わりを迎える。そうしたら、もう二度と会うことは叶わないから。

    「おーい!ウィリアムー!」
    私がヘラクレスに新しい庭師であると紹介された翌日、彼に笑顔で手を振られ私の目論見が早々に外れたことを知りました。庭の隅から彼の姿を遠目に見てたまに挨拶程度の会話をする、そのくらいの距離感を保ちここで暮らしていこう、そんな私の浅はかな計画は早くも崩れ去ったのです。
    庭の花壇に私の姿を見つけて、嬉しそうにニッと笑ったヘラクレスが私のいるところへ大股で近づいて来ます。私の名乗った偽名も一度で覚えてしまったようです。本当はこの場を逃げ出したかったけれど、それでは怪しまれるので私は仕方なくその場に立ち尽くしていました。
    「…ヘラクレス様、何か御用でしょうか?」
    「明日は仕事が休みだから、お前の歓迎会をしようと思うのだが」
    「…へっ!?…わ、私のですか?」
    なんとか格好をつけて落ち着いた様子を装い何か用か?と聞いたのに、余りの予想外の返答に声が裏返ってしまいました。
    「嫌か?嫌なら無理にとは言わないが」
    主人に寂しそうな色を見せられて、私は慌てて弁解をします。
    「い、いえ!嫌という訳ではありませんが。…私などのために、わざわざそのような場を設けていただくのは申し訳ないのです」
    私は正直な気持ちを述べました。すると、主人は。
    「そんな大それたものではないんだ。俺は休みの日などは時々皆と一緒に食事をするし。屋敷の掃除を手伝ったり、菓子を食べながら談笑したりもする」
    ヘラクレスは真っ直ぐに私の目を見ていました。
    「俺の考えを押し付ける訳ではないが、ここではみな家族だと思っている。だから新しい家族のお前とも時間を共有したい。嬉しいことは皆で分かち合いたいし、困った時は助け合えればと思っている」
    寂しそうに笑った顔と、私を見つけた時の嬉しそうな顔を交互に思い出して私の心は揺れ動きます。元来ヘラクレスとはそういった性格なのでしょう。私だけが特別ではない、私も他の使用人と同じように気にかけてくれているだけのことだと言い聞かせました。
    「お心遣い感謝いたします。ではお言葉に甘えて、少しだけなら…」
    「そうか!良かった」
    ホッとしたように、ヘラクレスが笑顔を見せます。その顔を見て私は安心しました。
    「では。明日、楽しみにしている」
    バトラーに呼ばれ、ヘラクレスが屋敷へと戻って行きます。太陽のように明るい笑顔をきらきらと輝かせて。
    「良かった。あなたに寂しい顔は似合わない。笑っていて、ヘラクレス…」
    つい歓迎会を了承してしまったけれど、大丈夫だろうか。ヘラクレスは大それたものではないと言っていたけれど、今日の様子では話しかけて来ないということはまずないだろう。彼と話すことは嬉しいが、それに流されてはいけない。思い出されるわけにはいかないのだ。
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