「お願いはじめちゃん! 君しかいないの!」
あーあ。これが夜のお誘いとかだったら喜んで承諾するのになぁ。よりにもよってさ……。
「そう言われても、地獄の周回連勤は勘弁してよ。マスターちゃん」
「うぅうう。本当、申し訳ないとは思ってるよ。でも、今回セイバーで適性なサーヴァント、はじめちゃんだけなんだもん」
もん、って。そんな上目遣いで言われちゃあクラっと来……いや負けるな僕。
「そうだ。山南さんがようやく来てくれるって話上がってなかったっけ」
「呼ぼうとしたよ。でも、来てくれる気配なくて……」
「あららぁ……」
「うちの沖田さんは水着とアルターエゴのオルタさんしかいないし。だから、はじめちゃんしかいないの!」
でた。マスターちゃんのおねだりMAXモード。上目遣いに涙目がプラスされて、ひんひんと小動物みたいな声を溢しながら、相手に抱きつく。数回見かけたことがあったが、実際にやられたのは初めてだ。幸いにも通路には誰もいない。マスターちゃんは気にしないだろうが、僕は気にする。
感想としてはなるほどなぁ……と、いったとこか。さりげなく胸元に頬をすりすりさせてくるのがあざといことこの上ない。目線を合わせようものなら、マスターちゃんの大きな潤んだ目に捕らわれそうだ。勝手に早くなっていく己の鼓動が煩くてかなわない。あと、予想外にも回された腕が力強く、地味に背中が痛い。やっぱりマスターちゃんも男の子なのだと、どこか安心した気持ちになる。
「熱烈なおねだりありがとね」
覚悟を決めて顔を合わせて言うと、眉をあげて喜んだ表情をされた。一瞬、腕の力が緩んだのを確認から僕はお得意の笑顔を振るまう。
「でも、ごめんね。たまになら付き合うからさ」
そう言いながらやんわりと抱きつかれていた腕を外す。マスターちゃんが何か言いたそうに口を開いたけれど、僕の貼り付けた作り笑いを見て、押し黙った。
それから叱られた子供みたいな顔をして、ゆっくりと離された腕で自分を抱いた。さすがの僕もこれには胸が痛んだ。マスターちゃんを傷つけておいて罪悪感を覚えるなんて虫がよすぎるな。ずるい僕は最後に頭を優しく撫でつけ、背を向けて歩を進めた。
「っま、待って!」
後ろからマスターちゃんの声がする。まさか呼び止められるとは。でも振り返らない。歩くスピードを緩めず、返事もしない。
「待ってよはじっ……、はじめくん!」
「!?」
え、なに。あの子、なんて言った?
あまりの衝撃で足が止まるどころか、振り返ってしまった。目が合ったマスターちゃんは嬉しそうに、それでいてどこか恥ずかしそうに両手をもじもじとさせていた。その様子に釣られて、頬が熱くなっていく。
「え……と、どうした、の? マスターちゃん」
「だってこうでも言わなきゃ振り返ってくれないと思ってさ……はじめくん」
やばい。再度、面と向かって言われたら破壊力がえぐい。ちゃん付けがくん付けに変わっただけなのに何? 生前でも呼ばれたことあったっけレベルじゃない? ドキドキしすぎて変な汗出てきたんですけど。
「ふふ。目、泳いでる」
「そそそんなわけないじゃん。冗談言わないでよ」
「へへへ……ね、傍に行ってもいい?」
わざわざ聞かなくても、呼びかけに応えた時点で僕は負けてる。しょうがないか。周回地獄、やってやろうじゃないの。
変に肩肘張ってたものを捨てて、観念した僕からマスターちゃんへ歩み寄り、そのまま次の周回先へ同行した。翌日から全身バキバキになったのは言うまでもなく。