いつかお前を傍に今日も今日とて時間は進む。日常は回る。
---だが、俺には決定的に足りないものがひとつだけ、確かに在った。
ナーザ様、ナーザ将軍、ナーザ、と自分の名を幾つもの声が紡がれる。内容は多種多様だ。時に定期報告であったり、時に書類整理だったり、時に晩飯の献立……否、最後は完全にバルドしか振ってこない完全な奴の私用だ。それ以外に誰があり得ようか。
そんな中、一人だけ「兄上様」と畏まったように声を掛けてきたのは肉親であり妹---メルクリアの声だ。
「どうした、メルクリア」
「…その」
話を振ろうか、振っていいものか。そんな戸惑いが彼女の表情から汲み取れる。ナーザはもう一度どうかしたのか、と聞いてみた。
「兄上様が先ほどから上の空のようなご様子でしたので、何かわらわがご迷惑になっておらぬかと考えてしまいまして……」
自分がそんなに上の空だったのか。いつも通りに各員に受け答えは熟していた筈だが。湧き出た疑問に考え込むその前に、いらぬ誤解を解いておかねば。
「メルクリア、お前は俺に何かしたのか?」
「い、いえ!」
「ならばお前が気に病む必要はない。違うか?」
そ、その通りです。萎んでいく実妹の声音に、やはり何かあるのかもしれない。そう踏んだナーザは三度同じことを問うてみた。
「……キリカが今どこでどうしているのか、気になさられておられるのではないかと、思ってしまいまして……」
「……!」
完全に虚を付かれた。面には出していなかった筈だが。
メルクリアは続けた。
「わらわも気になってしまうのです。あやつは鏡士の展開するこの鏡界に留まれませぬ」
いつでも会える訳ではない。人間と違って命を落とす心配はないにしろ、誰にも彼女がどこで何をしているのか知る術はないのだ。
本来ならば、傍に置くつもりだった。ナーザのそれは、キリカの鏡界に留まれない、どうしようもない現実が魔鏡結晶のように立ちはだかった。
『---大丈夫です。私は、大丈夫です』
別れ際に見せる、あいつの笑った表情が脳裏に過った。いつからか、それがどうしよもなく苦々しく感じるようになっていた。
どうしようもない。分かっていた、頭では。どうにかしてやらねばならなかった。だが、鏡界に招けば鏡界を展開、維持しているジュニアのアニマの侵食を防ぐことが現状なんの手だてもなかったのだ。
以前は黒衣の鏡士の鏡界に身を隠そうとして、その体質が仇になり鏡界に留まれない事そのものを問題視したことはなかった。寧ろ好機とすら考えていた。
だが現状はどうだ。傍に置きたい者を傍に置けないこの胸のざわつきは。メルクリアに言われるまで、まるで気が付かなかった自分のこの感情は。
---想いを交わし合った訳ではない。俺は死者、あいつは鏡人……互いに生きている人間ですらない。あいつもそれを理解しているからこそ何も言ってこないのだろうと、薄々は気付いていた。
だが、俺は---【ウォーデン】としての俺の心は。
諦めきれぬ。それだけだ。