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    yotou_ga

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    少年アルジュナくんとバイオノイドなカルナさんの出会い。導入だけ書いて満足した。続かない。

    永遠の白

     機械が生み出す重低音が幾重にも反響する中を、幼いアルジュナは父親に手を引かれ歩いていた。
     廊下は静かだ。緑色のリノリウムの上に足音を残すのは、アルジュナとその父だけである。だから余計に、ごうんごうんという、肺の底に響くような音が恐ろしく、知らずアルジュナは繋いだ手に力を込めた。父が笑う。
    「緊張しているのか? 大丈夫だ」
    「はい、父上。ですが、今日はどうして私をここに連れてきたのですか?」
     ここは父の会社が運営する研究機関のひとつだ。一般には公開されていない施設である上に、最奥部へは研究者と一部の経営層しか入ることが出来ない。アルジュナはちらりと後ろを振り返る。父のIDパスで通り抜けた厳重なドアが、まだ遠くに見えていた。本来なら、アルジュナのような子供が来る場所ではないのだ。
    「見せたいものがあるんだ」
    「見せたいもの……」
     父の言葉を口の中で反芻する。一体何だろう。子供が見て分かるようなものが、こんな研究所の、こんな奥深くにあるというのだろうか。不思議に思いながらも、アルジュナは父に従って歩く。父がそうすべきと言うのなら、そうすべきなのだろう。
     迫り来るような両側の壁は白く塗られており、幾つも配管が通っている。ごうんごうんという音はここを伝ってきているのかも知れない。先へ進むに従い、音が大きくなっているような気がしていた。乗ったこともないのに、潜水艦の中にいるような気分だった。長い廊下を進み、心臓部を目指す。
     やがて大きな扉の前に辿り着いた。頑丈な扉の横にあるリーダーに父がカードを翳し、更に瞳孔と声紋で認証が行われる。ピー、と認証成功を示す音が鳴り、スライドドアが素早く開いた。
    「これ、は?」
     途端、室内の様子が目に飛び込んでくる。
     人だ。
     真っ先に認識したのはそれだった。真っ白な人。水の中に揺れる髪。閉じられた瞳。
     思わず呆けたアルジュナだが、手を父が引くのでハッとなり、慌てて室内へと踏み込んだ。それから漸く、部屋全体の様子を認識し始める。
     先ほどまでの廊下と違い、室内には多くの人が居た。皆白衣を着ているから、多分研究者なのだろう。部屋は配管と配線に塗れ、全体として薄暗い。パソコンのモニターと、何かの計器のランプと、中央に据えられた巨大なシリンダーのライトだけが部屋の光源だった。だからこそ部屋のなかにあって、シリンダーの存在が浮き上がって見える。
     そしてシリンダーの中には、人が浮いていた。指の先から髪の毛先まで真っ白な人間。青や黒のケーブルが身体中に取り付けられている。
    「彼は、一体……?」
     呆然と立ち尽くすアルジュナに、父は静かに言う。
    「彼はこの研究所で作られたアンドロイドだ。名を、カルナという」
    「カル、ナ?」
    「そうだ。正確には、機械と生体を組み合わせて作られたバイオノイドだが。この研究所で作られた最高傑作だ。今はまだ、その手前だが」
    「人間にしか、見えません。機械には、とても」
     或いは天使であると言われたほうがまだ信じられた。
     カルナと呼ばれたバイオノイドは、あまりにも完璧な姿をしていた。白皙は輝かんばかりで、揺蕩う髪は絹糸のようだ。男性としては細身の身体は、しかししっかりと筋肉が付いている。その指先まで、綺麗に整った形をしていた。
     瞳が見られないことを残念に思っていると、父にもっと近くで見るようにと促された。恐る恐る、シリンダーに近付く。父は着いてこなかった。
    「父上?」
    「良いから。もっと近付くんだ」
     そう言い置いて、父親は近くの研究員に指示を飛ばした。データを取るように、とかそんな風に聞こえたが、アルジュナにはよく分からなかった。ただ言われた通りにカルナへと歩み寄る。
     間近で見れば、ますます彼は美しかった。不意に直視しているのが恥ずかしくなり、彼の足下へと視線を落とす。足首にケーブルが巻き付いているのが目に留まった。白く形の良い足に絡み付くケーブルがまるで蛇のように見える。
    「名前を、呼んで」
     近くに居た研究員にそう声を掛けられ、反射的にアルジュナは研究員の方を向いた。彼はシリンダーを指さす。モニターとアルジュナを交互に見ながら、呼んで、と再び言われた。
     もう一度バイオノイドの顔を見上げる。薄い唇も、白い睫毛の生えそろった瞼も、今はしっかりと閉じられている。呼んだら応えてくれるだろうか。呼んだら、目を覚ましてくれるだろうか。期待を胸に、アルジュナはその名を唇に乗せた。
    「カルナ」
     しん、と室内が静まりかえった。誰かが息を呑むのが聞こえた。誰も彼も微動だにしなかった。カルナも、その瞼を震わせることはなかった。
    「……ダメか?」
     数秒経って誰かがそう言った。もう一度、と誰かが小さく叫んだ。もう一度呼ぶように、と先ほどの研究員に促され、ああ、自分はこのために呼ばれたのだとアルジュナは理解した。
     理由は分からない。ただ彼らはアルジュナに期待を掛けている。どういうわけか、カルナがアルジュナの呼びかけに応えるものだと期待しているのだ。
     何を馬鹿な、とアルジュナは眉を顰めた。たった今シリンダーの前に立たされただけの子供に、何故そんな期待をするのだろう。理屈が分からず、アルジュナは密かに唇を噛む。
     一方で、本当にそうなるとしたら、何と素晴らしいことだろうと思った。自分の呼びかけでカルナが目覚める。その瞼の奥を覗くことが出来るのなら。
    「カルナ」
     もう一度呼んだ。だが瞼は震えない。
    「カルナ」
     もう一度呼んだ。だが唇は動かない。
    「カルナ」
     もう一度呼んだ。だが指先は水に漂うままだ。
    「……カルナ」
     五度目ともなれば、室内には諦めのムードが漂っていた。やはりダメなのか、ご子息でも、実験は凍結せざるを、そんな言葉がざわざわと耳に入り、アルジュナは拳を握りしめた。
     期待に応えられないことが悲しかった。それが理不尽な期待であってもだ。それに、こんなに呼んでもカルナが目を開けてくれないことが、何故だか無性に腹立たしかった。
    「カル……」
     もう一度呼ぼうとしたとき。
     ド……ォォオオオン、と。
     何処かで大きな音がした。誰かが悲鳴を上げる。警報音が辺りに鳴り響いた。
    「どうした!」
    「分かりません! 研究所の何処かで爆発が発生した模様です」
    「馬鹿な! 一体何が」
     更に爆発音が二度、三度と続いた。アルジュナは父に駆け寄ろうとして、すぐ近くで発生した爆発の風に吹き飛ばされた。シリンダーに背中から叩き付けられる。
    「ぐ、ぅ……!」
    「アルジュナ!」
     父が駆け寄ろうとするが、入り口付近で爆発が起こる。父の身体が吹き飛ぶのをアルジュナは見た。父を呼ぼうとしたが、爆発の衝撃で壊れた巨大な配管から大量の水が流れ込んできた。
    「うわあ!」
    「ぐえ」
    「た、助けて!」
     悲鳴が聞こえる。部屋のドアが故障し、逃げだそうにもドアが開かないようだ。混乱の最中、更に室内で爆発が起こる。バリン! と何かが割れる音がする。室内にはどんどん水が流れ込み、あっという間に水位はアルジュナの肩を超えた。流れてきたガラスが足に刺さり、アルジュナは呻いた。
    「ぐう、……わ、ぷ」
     そして遂に水はアルジュナの身長より深くなる。必死で泳ぐが、焦りが邪魔してか上手く立ち泳ぎが出来ない。そして研究室の天井は他より高いのだが、それでも水が部屋を埋め尽くすのは時間の問題だった。
    「は、あ……、はあっ」
     顔に貼り付く髪の毛が邪魔くさい。周りの大人がどうなったのか、気にする余裕もない。ただ残り少ない酸素を求めてあがく。だが一方で絶望と諦観が胸にあった。だってもう、どうしようもないじゃないか。部屋からは出られない。水位は上がる一方だ。きっと助けは間に合わない。
     そうは分かっていても。
    「たす、け、て……」
     無意識にアルジュナは口走っていた。その直後、研究室は完全に水に沈んだ。



     沈む。沈む。苦しい。誰か。
     水底に沈んでいく自分の身体を、流れ出した血液の筋が追い掛けてくる。がぼりと口の端から泡が溢れ出す。ああ、もうダメなんだな、と認識する。
     諦めきった身体から力を抜く。沈む。沈む。沈んでいく自分が見えているのは、まだシリンダーのライトが灯ったままだからだ。そういえば、カルナはどうなったのだろう。死にゆく思考の隅でぼんやりと考えた。
     そんなアルジュナの身体を、真っ白な腕が受け止めた。
     目を見開いた。
     カルナがそこに居た。沈み込んできたアルジュナの身体を両腕に抱え、彼は泳ぎ出す。その目は開かれていた。といっても片方だけだが。彼の顔の右半分は、爆発の所為か人工皮膚が吹き飛び、中の基盤や小さく瞬く発光ダイオードが丸見えだ。だがそれ以上に、アルジュナの目を惹いたのは、空の青さを写し取ったような、その空色の左目だった。
     アルジュナはそこで気を失った。



     父親の葬儀は雨の中行われた。
     アルジュナは兄ふたり、弟ふたりと共に参列した。母はあまりに憔悴しており来られなかった。黒い喪服を纏い、地に沈む父の棺に土をかける。
     そうして全てが終わり、皆が墓を去った後も、アルジュナは父の墓石を見詰めていた。
     あの爆発は、どう考えても事故によるものではない。何者かが意図的に爆発物を仕掛けたに違いなかった。いつか必ず仇を、と少年は墓石に誓う。
     その傍らで。顔の右半分に包帯を巻いた、真っ白な青年が、アルジュナの為に傘を差しながら、彼の背中をじっと見詰めていた。
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