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    inu_one1111

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    inu_one1111

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    イチサマーメイド企画で書かせていただいた、学パロです。素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました。

    六月のマーメイド雨上がりの三時間目、灰色の空は気付けば白い闇へと変わり眠気を誘う。
    湿気を帯びた生ぬるい空気が漂う教室で、ぼんやりと窓の外を眺めた。
    窓際の一番後ろの席で一郎は空腹に耐えながら早く時間が過ぎるのだけを待っている。
    朝食はもう数ヶ月摂っていない。
    斜め前の席の教科書は、開いている所よりずっと後ろのページへと変わっていた。
    高校に入学して一ヶ月、誤解が誤解を生み、噂には尾ひれが付いて一郎の周りには誰も寄り付かななくなっていた。
    上級生にカツアゲされていたクラスメイトを助けたのは一ヶ月前、孤児で施設育ちなのも直ぐに教室中に知れ渡り、一郎は不良のレッテルを貼られクラスで浮いた存在となった。
    元々運動も勉強も中の中、それでも今までの人生は常に周りに人がいて、施設に帰れば弟達も仲間もいた。
    一郎の人生はこの一ヶ月でガラガラと音を立てて崩れていく一方だった。
    中学時代から始めた新聞配達や近所の八百屋の手伝いは先月で辞めた。
    施設のため、みんなのため、弟達のため、自分を育ててくれた施設長の力になればと、毎月施設長に渡していたバイト代はそいつのキャバクラの飲み代に消えていたのだから。
    それでも一郎は生きるため、数日前から新しいバイトを始めた。
    高校からも施設からも遠いピザ屋のバイトはキッチンのミスで出た廃棄ピザや余り物も貰えて、施設に帰る時間には誰もが寝静まっていて好都合だった。
    昨日も深夜までバイトしていたおかげで、欠伸が止まらない。
    集中力を欠いて口元を押さえながら視界を窓の外に移せば、まだ乾ききらないコンクリートの上を歩いてくる生徒に一郎は目を奪われた。
    真っ白な髪をした高身長の男は急ぐこともなく、ゆったりとした足取りで校舎の玄関へと向かっていた。
    何度か見かけたことのある浮世離れした顔立ちの生徒。
    三年の碧棺先輩は休みがちで留年しているのと噂もある。
    一郎と同じくこの学校では浮いた存在だ。
    傘を持たずにこんな時間から登校してきた先輩の後ろ姿を、一郎は見えなくなるまで目で追った。
    あの人もきっと生きにくいこの世界をモガキナガラ必死に生きる一人なんだと勝手に親近感を覚えた。
    早く大人になりたくて、自由になりたくて、時が過ぎるのを一郎はぼんやり窓の外を眺めながら待っている。
    高校を卒業して、成人の年齢にさえ達すれば縛るものは何もなくなって、施設からも、関わらなくて良い人達からも解放される。
    そこからはもう全部自分が選んで良いのだ。
    飯を食う時間も、食う物も、寝る時間も、行く場所も関わる人も。
    大学や一流企業にも興味はない。
    授業中、生きるために金を稼ぐ方法だけを一郎は空を見上げて考えていた。
    思い付くのはどれもゲスい商売や人を欺く方法ばかりで、自分の根底にある正しさと食い違う。
    在りたかった自分が崩れていくのを、もう一人の自分が静観している。
    最初のうちは怒りに震えていた自分が、今やもう何も思わなくなっている。
    こんな時、決まって思い出すのは三郎が生まれた頃のことだ。
    三郎に付きっきりだった母親が、ある日一郎と二郎におやつを作ってくれた日があった。
    それはなんだったかまでは思い出せない。
    微かな記憶の中で、あの日家中が幸せな匂いに包まれていたことだけは覚えている。
    いつか、自分もあんな匂いがする温かな家庭を築くのが密かな夢だった。
    心のどこかで自分には無理だとわかっていながら、まだ未来の自分に少しだけ期待をしてしまう。
    高校一年という歳が人生を変える激動の一年になるとは、この時一郎まだ知らずにいた。


    早くも梅雨入りを果たした今年の六月は、異常気象も相まって不安定な天気が続いていた。
    気温差も激しく、生徒達は皆シャツの上にベストやカーディガンを羽織っている。
    学生服以外を持ち合わせいない一郎は学ランの袖を捲るか、シャツ一枚。
    なりふり構うより、一郎には欲しいものがある。
    現金だ。
    四時間目は腹の音がならないように空腹に耐えながら寝て過ごす。


    昼はいつも購買のパンを齧る一郎が今日は弁当を持参していた。
    と言っても昨日の固くなった残りピザ。
    腹が脹れりゃなんでもいい。
    誰かがテーブルを囲んで食べるはずだったピザを屋上で一人、噛み締める。
    それでも十分美味かった。
    自分の力で手に入れたものを誇示するように、外の空気を吸い込んで青空を見上げた。
    その時ガチャリとドアが開き、屋上に誰かが入ってきた。
    銀髪のあの後ろ姿は、見まごうことなく碧棺先輩だった。
    真逆へ歩いて行った先輩は端の方でパンの袋を開けた。
    視線が落ちる瞬間、長いまつ毛がふわりと頬に影を作り、大きく口が開いた。
    その繰り返される動作から一郎は目を逸らせずにいる。
    すると手元のパンに向けられていた視線が斜め右にゆっくりとスライドして一郎をとらえた。
    「チッ、先客かよ」
    立ち上がろうとした左馬刻より先に一郎が腰を上げ、ドアへ一歩踏み出した。
    「俺、もう行くんで。ごゆっくり」
    さっき勝手に生きにくい同盟に加えた一員を屋上に残し、階段を駆け下りた。
    少しでも安らげる場所が、あの人にも必要だから。

    一度青空を見せた空は午後に再び、白く澱んで、分厚い雨雲が空を覆った。
    午後の授業も適当にやり過ごした一郎は、ホームルームが終わると共に教室を出た。
    途中、学校に置きっぱなしにした傘のことを思い出したが、一郎はそのまま足を止めなかった。
    降られたらそれまでだ。
    商店街にはコンビニや雨宿りできる所もたくさんある。
    カラオケに吸い込まれていく同級生グループを横目に脇道に入る。
    最近は人が少ない道ほど気分が落ち着いた。
    今日もほとんど誰とも会話しないまま、学校を後にして今に至る。
    唯一の娯楽はラノベを読むこと。
    バイトもない今日は旧作が安く手に入る古本屋へ足が向かっていた。
    ツンと手の甲になにかが触れた感触に立ち止まると、雨粒が肩に落ちて、今度はぽつん、と耳元で音を立てた。
    足早に歩き出した一郎は数メートル先の古本屋を目指し、下を向き徐々に小走りで目的地へ足を進めた。
    顔を上げると古本屋の軒下に傘を持たない碧棺先輩が空を見上げて佇んでいた。
    「おまえ、昼の…」
    「碧棺先輩も傘もってないんスか」
    「学校に忘れてきちまった。つか、名前」
    「あぁ、先輩は有名人っスから。俺は、山田一郎っていいます」
    「ほぉ。雨ならやっぱ休めばよかったぜ」
    「なんで?」
    「俺は雨の日は外出ねぇんだよ」
    「フッ、ハハハッなんだそれ。これから梅雨になるっていうのにずっと家から出ないつもりなんスか?」
    あからさまに怪訝そうな顔をした左馬刻は一郎を無視して再び空を見上げた。
    ザァーザァーどんどん激しくなる雨音と共に風も吹き、やがて横殴りの雨が二人のシャツの袖を濡らした。
    ため息をついて半歩後ろに下がった先輩はさっきより顔色が悪く見える。
    「止みそうにないっスね。ちょっと待っててください」
    向こうの大通りに出たとこにあるコンビニまで、一郎は走った。
    「先輩送ってきますよ」
    「てめぇなんで一本しか買ってこねぇんだよ」
    傘を差し出した一郎を左馬刻は睨みつけると舌打ちをして目を逸らした。
    「先輩は濡れないようにしますから」
    降り止まない雨の中、しばらく遠くを見ていた左馬刻は差し出された傘にようやく入った。
    「たりめぇだ。てめぇが濡れろ」
    傘を持つ一郎は自分は半分以上濡れながら、商店街を歩いた。
    近くで見ると透き通るような先輩の肌は昼間よりずっと青みがかって見える。
    「先輩、体調悪いんスか」
    「…いや、別に」
    その時、ちょうど軒先テントに溜まった雨水が傘目掛けて落ちてきた。
    バッシャーンと大きな音を立てて水は跳ね上がり、先輩の足を太腿まで濡らした。
    「んっ」
    しゃがみ込んだ先輩は足を押さえて蹲っている。
    「大丈夫っスか。立て…」
    立てそうにない先輩の肩に触れると体は冷えきっていて、次第にガクガク震え出した。
    「先輩、ちょっとだけ我慢してくださいね。これ持って」
    「…やめろ」
    最初は横抱きを嫌がり抵抗した先輩は腕の中でぐったりとしている。
    こうしてる間にも透けたシャツがピッタリと張り付いて、体温を奪っていく。
    「足痛てぇんだろ」
    「その持ち方…やめろっつってんだろ」
    更に雨足は強まり、役に立たない傘は先輩が辛うじて握っていた。
    目を閉じたまま苦しそうに唸る先輩をおぶって一郎は走った。
    水を吸った制服でアパートの階段をなんとか上がり、ポケットから取り出した鍵で玄関を開けると、そこは薄暗い殺風景な部屋だった。


    玄関に下ろすと先輩は苦しそうな表情のままおもむろにベルトを外し制服のスラックスとパンツを下げる。
    「ちょっ、待って」
    「……っるせぇ…」
    ベルトの下からは薄水色の硬い皮膚が覗いて、そのもっと下はびっしりと艶やかな鱗が張り付いている。
    眉間にしわを寄せ、先輩は直ぐにベルトを外し制服のスラックスを脱いだ。
    「ちょっ」
    腰からつながる足は一本に繋がり水色の鱗に覆われその先には尾びれが付いていた。
    「ベッドまで…いや、風呂まで」
    「うるせぇ帰れ!」
    泣き叫ぶような怒鳴り声に、一郎は言葉を失い外に出た。
    初めて生きた人魚をこの目で見た。
    日本でははるか昔に絶滅したと言われている人魚は、伝承の中で人々に厄災をもたらす生き物として語り継がれ、住処を追いやられた末にその姿を消したとされている。
    傘も持たず出てきてしまったせいで、またびしょ濡れになりながら、とぼとぼと来た道を戻る。
    雨の中、どこまで行ってもあの光景が頭から離れなかった。


    翌朝、他の生徒に混じって登校してきた先輩の姿を見つけ、思わず駆け寄った。
    「先輩、もう体は大丈夫なんスか」
    「おぅ」
    何を言っても先輩はまっすぐに前だけを見て、目も合わせようとせず、適当な相槌打つだけだった。
    学校に着いた後も、先輩はこっちを気にすることなくさっさと上履きに履き替え三年の教室へと階段を上って行った。
    スラリと伸びた足を見ても、昨日見た光景が思い出され、また先輩のことでが頭がいっぱいになっていた。

    放課後、一郎は校門を出た所で先輩を待った。
    「あの、先輩、俺先輩とちゃんと話したくて」
    「話すことなんてねぇよ」
    「昨日のあれ…」
    先輩の顔色が変わった。
    「脅すつもりか?」
    「知ってたらあんな雨の中…雨宿りして傘もちゃんと二本買った。ごめん」
    「あ、いや…俺も昨日の礼言いそびれてた。ありがとな」
    「先輩が雨の日に家から出ない理由わかったから、これからはさ雨の日俺が飯届けますよ」
    一人暮らしが長い左馬刻にはそれなりに家事をこなす生活能力も生きる術も高校生の一郎よりは持っていたはずなのに、ほんの少しの興味だった。
    「頼んだぜ一郎くん」
    曇天の下、初めて見るその一瞬の笑みに一郎はまた目を奪われた。
    目だけではない。もう一度、いや何度でも見たいと思うほどに体内の全てをかっさらわれたような気分になった。
    少し先を歩く先輩を追い越し顔をのぞき込むといつもの仏頂面に戻っていたが、一郎の足取りはまだ軽いままだった。
    「先輩は一人暮らしなんですか?」
    「あぁ、妹が別の施設に引き取られてからは一人だな」
    たった一人、あの薄暗い部屋でひっそりと生きてきた先輩になら、いつか自分のことも話せるかもしれないと、一郎は頭の中で距離感を探っていた。
    離れがたくて、どんどん施設からは遠ざかっていく道を並んで歩く。
    途中家はどこかと聞いてきた先輩には同じ方向だからと適当なことを言い、結局先輩のアパートの下まで来てしまった。
    「じゃあな」
    「また明日」
    アパートの鉄の外階段を登りながら振り向きもしないままひらりと手を上げて先輩は言った。
    「晴れたらな」
    「晴れたら学校で、雨でも来るから」
    一瞬目を丸くした後、思い出したように苦笑いをして、アパートのドアは閉まった。
    別れてからの帰り道、一郎はスマホのお天気アプリを起動した。
    今朝テレビから流れる声で聞いたもうすぐ梅雨入りの情報を手元のスマホで確かめると、たまらず走り出していた。
    バイトの予定しかなかったスケジュール帳に雨マークを書き込み、その下には左馬刻の文字を入れると六月の予定はすぐにいっぱいになった。


    雨の午前中、いつもは眠気に耐えるだけのつまらない時間が楽しみになったのは数日前からだ。
    授業中にメッセージアプリから「今日何食べたい?」と送信すると直ぐに既読が付いた。
    「ポテト」
    「ハンバーガーとポテト買ってくな。飲み物は?」
    思わずスマホ片手に顔が綻んで、口元が押さえようとしたその時、教師から名指しでの苦言に一瞬で正気に戻った。
    「山田!何ニヤけてるんだ。授業に集中しなさい」
    クラスの生徒は皆一郎を見た。
    あの山田一郎が笑うところを皆見てみたかったのだろう。
    一郎はスマホを覆い隠すように突っ伏して、先輩からの返信を待った。


    毎回釣りは要らねぇと金をよこす先輩に奢られる形で一郎も殺風景なアパートで一緒に夕飯を食べることが増えた。
    最初は口数が少なかった先輩も今や色んな話をしてくれる。
    先輩が明日提出の課題を机に忘れたと言えば、一郎は三年の教室に忍び込んで、課題のプリントも
    届けた。
    さっきまでうとうとしながら隣で課題を解いていた先輩は遂に眠ってしまった。
    長いまつ毛に指先で触れたくなるのを我慢し、自分の学ランを肩からかけて寝顔を覗く。
    ずっと見ていたいけど叶わないから、一郎はスマホでその寝顔を撮った。
    カシャという音に目を開けた先輩は不機嫌そうに「何撮ってんだよ」と言ったきり、顔を伏せて再び眠ってしまった。
    この時間がずっと続けばいいのに。
    生きにくい二人の、二人だけの世界。
    家の中で生き、たまに外に出る。
    そんな生活がしたいと夢を見た。


    次の日も次の日も雨が続いた。
    バイトがない日は学校が終わると飯を買って先輩の家へ急ぐ。
    梅雨入りしたおかげで今週はずっと雨。
    「単位やべぇかも」
    「じゃあ、俺が一緒に登下校するから学校行こうぜ」
    翌朝、雨合羽を持ってく迎えに来た一郎にダセェと暴言は吐いたが、その日は二人とも雨合羽で登校した。
    六月に入ってから、一郎の当たり前の日常は大きく変わった。
    隣を歩く先輩に話しかける度、背景には青や紫に彩られた紫陽花がビニール傘越しに映る。
    今まで見ようとしなかっただけで、世界にはまだキレイなものがこんなにあったんだと気付かされた。
    どうか、来月の自分の誕生日には雨が降りますようにと、一郎は密かに願った。



    雨は止んでも蒸し暑くジメジメした日が続いていた汗ばむ放課後、校庭脇の花壇に水をかけていた整美委員の男生徒達はホースを振り回し、はしゃいでいた。
    女子達が花壇の植え替えをする間、生徒同士追いかけ回しホースの水をかけ合ってはキャッキャと叫ぶ男子の声が響いている。
    一郎は今周りの声が耳に届かないほど、緊張していた。
    雨が降らなくても自然と一緒に登下校するようになった先輩に一郎はこの後告白する。
    そばにいられる時間が増えれば、もっともっとと欲が出た。
    女子にモテる先輩は昼休みや放課後、よく手紙をもらったり、女子に追いかけられたりしている。告られるのもしょっちゅうだ。
    一郎は胸のモヤモヤの正体に気が付いてから、どうにかこの想いに答えを出そうと悩んでいた。
    そんなことも知らずに隣を歩く先輩の横顔にピシャッと水がかかった。
    「…っ」
    「大丈夫か?」
    シャツの肩で頬を拭うと、先輩は何も無かったように歩き出した。
    女子生徒達は男子に詰め寄り揉め始めたが、整美委員の女子達がタオルを持って先輩の周りに群がると男子の一人がニヤニヤしながらバケツの水を先輩にぶっかけた。
    「みんなのタオル使って貰えて嬉しいだろ」
    「てめぇ何しやがる!」
    先輩はその場にしゃがみ込み、怒鳴って掴みかかろうとした一郎のスラックスを掴んだ。
    「やめておけ」
    「っチッ」
    一郎は男子生徒を睨みつけるとおぶって先輩の家まで走った。
    「おまえ、なんでそこまですんだよ」
    「そんなの先輩のことが好きだからに決まってるじゃないっスか」
    必死に走る一郎の吐息と行き交う車の音にかき消されそうな告白に返事が返ってくることは無かった。


    玄関で服を脱がせると、横抱きにしてバスタブに向かう一郎の顔を先輩はただ黙って見ていた。
    「苦しいんだろ」
    「あぁ、水…水に…塩」
    バスタブに体を下ろして蛇口を捻ると艶やかな鱗にパシャパシャと水が跳ねる。
    塩を入れた水に浸かると段々と尾びれが足に戻って来た。
    「じゃあ、部屋で待ってる」
    浴室のドアを閉め、殺風景な部屋で一人待つ一郎はそわそわとソファの前を行き来して、すりガラスの向こうを振り返った。
    一度濡れた足は塩水に浸からなければ戻らない。
    それはこの前ここで飯を食いながら聞いたばかりだった。
    シャワーを浴びて戻ってきた先輩は無言のまま、一郎の顔を見つめ近づいた。
    「ありがとな」
    照れたように俯き、タオルで髪を拭く先輩の肩を掴んで一郎は再び勇気を振り絞った。
    「あの時のこと無かったことにしたくないから、好きだ」
    首に手を回すと、目が合った。
    どちらともなくキスをして、足に触れるとそこはまだ冷たかった。
    「寒くねぇの?もう少し触ってもいいか?」
    「おぅ、好きにしていいぜ」
    「本当に?」
    突然大きな声を出した一郎に先輩は腹を抱えて笑いだした。
    「必死すぎ」


    それから雨の日は決まって放課後、先輩の部屋のベッドで体を寄せ合うようになった。
    電気も付けないまま薄暗い昼間に、日当たりの悪いアパートでキスをして抱き合って声を漏らす。
    ベッド横の小窓からは見える雨粒は二人の熱で曇り、結露した窓に一郎は指で文字を書いた。
    『左馬刻 すき』
    バーカ、と笑い転げる左馬刻の体を押し倒し、何度もキスをする。
    ずっとこのままでいられたらいいのに。
    窓は再び曇り、文字は垂れてすぐに読めなくなった。
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