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    うたこ

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    うたこ

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    画像一枚に収めれば良いと思ったけど読めるはずもないのでこちらに置きます。

    20231224聖夜の一枚蕎麦 なにもこんな日に残業をすることはないでしょう、と呆れたように言いながらサージュはマフラーの中に顔を埋めている。
    「別にいつだって仕事内容は変わらん」
     吐き出した白い息が白い光の中に溶ける。
     今夜は聖人の生誕を祝うために街は賑やかで輝いていた。木々には電球が飾られて、夜だというのにどこにも陰がないようにすら見える。いつも通りに仕事を終えて外に出たのに雰囲気が違っていて落ち着かない。
     本当は何も変わっていないのに。
     今だって貧乏人は腹を空かせて寒さに震えているし、病の床で苦しんでいる者もいる。それなのに目の前に広がる世界は浮ついていた。何もかもが幸福そうに見えるほど、光に溢れている。
     小さくルダンはため息をつく。浮つきそうになる心を吐き出す。
    「なんだって、貴様は手伝いなんか買って出たんだ?」
     普段なら生真面目なルダンをからかって仕事の邪魔をしてくるような男が、今日に限って事務仕事を残業までして肩代わりをしてくれた。雪でも降るのではないかと思ったが、空は晴れている。とはいえ、地上の光が眩しすぎて、星の光すらかき消しているから、暗い空にほんの数個の点が見えるだけだ。
    「少々、下心がありまして」
    「だろうな」
     意味ありげにサージュが笑う。
    「たいしたことじゃありませんよ。ルダンさんにとって悪いお話でもないと思います。ちょっと同席して欲しい店がある、それだけのことです」
     サージュの明るい色の髪が、光を通して輝いている。
     本来のこの男の髪の色は自分と同じ暗い色だったはずだ。
    「最近、お気に入りのお店があるんですが、聖夜限定のコース料理に逸品のデザートが付くんです。それが二種類用意されているんですが、一人で頼めるの、一個だけなんです。奢りますからデザートだけ譲ってください」
     そう言うと、ルダンの答えも聞かずにさっと背を向けて歩き出す。足取りが軽い。
     普段、口にしているのは大衆向けのチョコレートや焼き菓子なのだから食通というわけでもあるまいに。サージュが特別とか限定とか、そんな言葉に惑わされるような人間とも思えない。
     迷いなく進むサージュに着いていくと、こぢんまりとしているが小洒落た店に着いた。中にはテーブルが六つ、既に一つを残して埋まっている。扉を開けると、すぐにエプロンを着けた若い娘がサージュの顔を見て微笑んだ。
    「お待ちしておりました」
     予約席と書かれたプレートを手に取って唯一空いてるテーブルに案内される。確かにサージュはこの店の常連のようだ。サージュと一言二言軽口を交わすと嬉しげに彼女はくすくすと笑った。言葉も態度も軽すぎると思うが、ローカパーラの人事部員は見目が良い。街の中でお得意の嫌味な発言をするほど頭も悪くない。彼女には当たり障りの無い対応をしているはずだ。あの娘の様子を見るに、憧れのような感情を抱いているのだろう。
     周囲の席は女性同士や男女のペアで埋まっていた。
     白いテーブルの端はレースで飾られていて、窓には赤と緑と金のリボンが飾られている。頭取が見たら喜びそうなかわいらしさだ。男二人で来る店のような気がしない。見回せば女性の同伴をしている男はいるが、男二人はこのテーブルだけ。
    「別に俺じゃ無くても、貴様なら声を掛ければいくらでも食事の相手くらいしてくれる女がいるだろう」
     居心地の悪さを感じてそう言うと、目の前の男が呆れたような表情を浮かべた。
    「こんな日に誘ったら勘違いさせるだけじゃないですか。私、面倒くさがりなんでそういうの嫌なんですよね」
     手慣れた様子で運ばれてきたワインをグラスに注ぐと、ルダンの目の前に優しくそれを置く。柔らかなフルーツの香りがした。
     聖者の誕生を祝う日だった今日は、時代と共に大切な人と過ごす日に変わった。
     この日に一人で居たくないためにわざわざ恋人を作りたがる若者もいるという。
    「誰も人のことなんか見てませんよ。みーんな自分が幸せだっていうのを確かめたいような日です。私達に何か思われるとしたら、恋人も出来なかった残念な男達が傷のなめ合いをしてる、と哀れまれるくらいじゃないですか?」
     手酌で自分のグラスにもワインを注ぎ、くるくると回してサージュが目を細める。香りを楽しんでいるようだ。
    「それもどうなんだ」
    「いいでしょう、別に。他人の目なんか。気にするだけ無駄です。それに、本当のことなんてわかるわけもないんですから」
     それもそうか、とグラスに手を伸ばして一口飲む。
     若い酒だ。すっとするような爽やかさを感じて悪くない。サラダに続いて運ばれてきた肉料理にもよく合う。
     今日が何にも無い日常だったら同僚と飯を食っている、それだけだ。
     籠に入った小ぶりのパンを手に取って、バターを塗る。焼きたてのパンの上でバターは滑り、溶けて染みこんでいく。
     それなりに値の張る食事だが、庶民だって少し頑張れば手が届く値段だ。それなりの賃金が支払われる幻想銀行の人間なら月に数度訪れたところで気にするほどでも無い。美味くて、温かな食事を小綺麗で洒落た店で食べるというのは確かに幸せなことだ。
     パンを噛みしめると、表情が和らぐのを感じた。
     ルダンだってサージュだってそれなりの事情は抱えている。仕事は仲間とも言えないような、心を許すことができない同僚達と命がけで化け物の相手をするというハードなもの。不幸せだとは思っていないが、幸せだとも言える生き方じゃない。
     それでも、こんなささやかな贅沢であっけなく、この瞬間を、幸せだと思ってしまう。
     ふと、自分自身の何もかもをどこかの誰かのために差し出してしまったあの旧友は温かな食事に安らぐ心は残っているのだろうか、という考えが脳裏をよぎった。少なくてもローカパーラにそこまでの人間は居ない。目の前の人間だって大切にしていたという「正義感」という預けているが、それなりに人生を楽しんでいるように見える。
     白身魚のポワレの後にお待ちかねのデザートが出てきた。
     聖夜をイメージしたのかどちらも白い。クリームで飾られたケーキと、ホワイトチョコレートが雪のように積もったケーキ。テーブルにこれを置いていった娘は「自慢の限定品です」と言っていた。
     紅茶と共に置かれたチョコレートケーキを、約束通りサージュの方に滑らせる。
    「一口だけなら差し上げますよ?」
     ティーカップを上品に傾けながらサージュがにんまり笑う。
     まぁ、そう言うならともう一度皿を引き寄せて、新品のフォークを手に取る。ケーキの端に刺して一口サイズで掬いとった。チョコレートとは言え、ココアバターの油分だけを取りだしたホワイトチョコレートには甘さしか無い。それが口に入れた瞬間、スポンジもろともしゅるりと溶けた。
    「美味いな」
    「でしょう?」
     自分の手柄のようにサージュが言って、一口分減ったケーキを攫っていった。
    「糖分は脳にダイレクトに効く快楽物質ですから」
     いつも通りの曖昧で真意の読めない笑みを浮かべながら、サージュがゆったりと自分のケーキを口に運ぶ。それを見ながら油分と砂糖の甘さを香りの良い紅茶で流し込んだ。
     口に含むだけで幸せになれる、その甘さが茶葉の渋さと入れ替わる。夢から覚めて現実が見えるような気がした。
     テーブルの上に置かれているロウソクの淡いオレンジ色の光がゆらゆらと揺れる。
     ナーセラは今、どうしているだろう。何を感じているのだろう。
     一人だろうか、それとも誰かと一緒だろうか。
     今日は、大切な人と共に過ごすと言われる日だ。
    「偽物だろうが見せかけだろうが幸せだって信じれば、人間は幸せですから」
     胡散臭い笑顔で、同僚がそんなセリフを吐いた。
    「信じても信じなくても、現実は何も変わらないだろうに」
    「そう言える人間って、少ないんですよ」
     一つを食べ終え、サージュがもう一つのケーキに手を伸ばす。
     まがい物のキラキラした幸せの中、あちこちのテーブルから人々の笑い声が聞こえてくる。
     背中を預けても良いと思ったあの男は、幸せのひとかけらを信じる心は残っているのだろうか。街に広がる光を、光として見ることはできるだろうか。
    「少なくとも、私は今日、ルダンさんとご一緒できて幸せだったと思えますけどね」
    「心にも無いことを……」
     サージュがくすりと笑う。
     そして「やっぱり、おいしいですねぇ」とホワイトチョコレートのケーキの最後の一かけを口に入れた。
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    うたこ

    DONEにーちぇさん(@chocogl_n)主催の合同誌に載せていただいた、ディアエンのダンシャロです。
    エンブレムの最後は悲劇的な結末になることが確定しているので、互いを思う二人に幸せな時間がありますようにと思い書きました。書いたのが8月でGAの発表もまだだったので、今開催中のイベントとは雰囲気が異なるかもしれないです。
    インターリフレクション 白く清潔なテーブルの上に置かれたマグカップから、フルーツの香りが漂う湯気がふわっと湧いた。ほのかに異国のスパイスの匂いも後から追いかけてくる。
    「先生、ヴァンショーです。あったまりますよ?」
     この香りは昔、嗅いだことがある。
     何百年も前の風景、ガス灯や石畳の町並みが一瞬だけ脳裏に浮かんだ。へにゃっとした緊張感の無い少年の笑い顔と一緒に。
     懐古趣味なんてらしくねぇなぁ。
     頭に浮かんだ人物と風景を追い払ってマグカップに口を付ける。
     甘い。
     ヴァンショーは葡萄酒に柑橘系の果物とスパイスを加えて煮るのが一般的だが、出されたものには甘いベリーがたっぷりと入っていた。この医療都市にそびえ立つパンデモニウム総合病院には、もちろんしっかり空調が完備されている。真冬の今も建物内に居る限り、さほど寒さは感じない。大昔、隙間風の入り込む部屋で飲んだヴァンショーとはありがたみが随分違う。
    9331

    うたこ

    DONE黒猫男子きょう何食べたい?企画のお話。
    さじゅさんとう゛ぃれさんが出ます。
    たいやき。 飽きませんか? と聞かれて何のことを聞かれているのか分からなかったのは昔の職業のせいだろう。昔はそこそこ真面目にお仕事をしていたから、当たり前だと思っていたのだ。
     そういうもの、だと思って居なければ飽きるかもしれない。張り込みなんて。
     言われてみれば、ほとんどの時間は、動きの無い現場をただ見張っているだけだ。退屈でつまらない仕事だ。
     厄介な資産を回収してこいとルダンに命じられて、面倒そうだけど、仕事だからしょうがない。サボりながらやるかと出向いた先には先客がいた。資産を持っているのは没落貴族の娘だそうで、その資産というのは値の張る宝飾品だそうだ。よくある話だが、家宝の古式ゆかしく豪華なアクセサリーには多くの人の恨み辛みが宿っていた。よって幻想銀行に相応しい資産というわけだ。持ち主を不幸にするとか、取り殺すとかそういうアレ。まだ彼女の家が栄華を誇っていた頃にはその家宝の宝石を巡ってどろどろした争い事がたくさん起こったのだそうだ。そうして沢山の怨念を取り込んだ宝石は意思を持つようになったのか、更なる不幸を呼び始めた。彼女の両親も、突如気の触れた侍女に刺し殺された。
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