「いや、なんか懐かしい声が聞こえた気がしてさ」
恐らく隣のカフェのテラスにいるが、細かい席の特定はしていない。どうして足なんて止めてしまったのか。ルークが気にするから応える必要ができてしまった。
昔、同じ職場で働いていた女性の声だった。
同僚たちが俺と彼女の事をくっつけようとしていた気がして、適当な理由を付けて辞めた店。
ブロッサムなんて観光地なんだから、知人に会う可能性はゼロじゃないのは当然だが。
「お知り合いの方がいたんですか?」
「んー、多分ね」
「探してみますか?」
「いんや、俺が考えた人だったとしても、もう覚えてないだろうし」
足を進めようとしたのにルークが止まったままなので、仕方なく3歩進んだところで立ち止まった。
顎に指をかけて『捜査』していたルークが顔を上げた。
「そうですかね。……モクマさんは色々な土地を回ったと聞いていますし、たくさんの人と出会ったと思います。その中で、一瞬声を聞いただけで思い出す相手って、かなり特別なのではないでしょうか」
「ルークはまっすぐで気持ちいいねぇ」
一度縁を結んだ相手とは会いたいものに違いない、会いに行くべきだと純粋な善意で言ってくれてるのはわかる。しかし、話しかけたところで起こるのは面倒ごとだけだろう。そう思う程度には、もう情が湧かない相手だ。
「ま、こんなおじさんで記憶を上書きするより思い出は若いクールな俺のままのがいいよ」
「僕は昔のモクマさんを知りませんが、今のモクマさんだってとっても素敵ですよ」
「はは、ありがと」
まだなにか言いたそうなルークの口に人差し指を当て、言葉を止める。
「でもせっかくのルークとのランデブー、邪魔されたくないじゃない」
冗談交じりに言って、極軽くデコピンをして。
ルークははたと気付いたように声をひそめた。
「……もしかして声をかけられない理由でもありました?」
「うんにゃ、大層な理由なんてないけど」
お前さんに勘違いされたくないだけで、と心の中で続けた。
通り過ぎる途中、こちらを見ている気配を感じてひやりとしたが、元気な子供の声が聞こえたタイミングで視線が逸れた。幸せそうで何よりだ。