ルークは朝から微熱で、ぼうっとしている様子だったため、オフィスで留守番をしていた。
リビングのテレビに映る『失われたマイカの里』特集を眺めている。
マイカの歴史や風土について、インタビューを交えて伝えているのを横目に朝食の後片付けを済ませた。
「チェズレイ、僕達がマイカに行った時の巫女の歌流すってさ」
「スイ嬢の儀式でしたらマイカの宣伝にはもってこいでしょうね」
ルークの隣に座ると、丁度歌い始める所だった。
「……ッ…」
「ボス…?」
「なんか、くるし」
胸をかきむしるような動きをしている。
巫女の歌と発作。最悪の組み合わせだ。
テレビの電源をオフにする。
この症状はカジノへの潜入メンバーだったことが原因か、それとも他の要因か。
いや、理由は今はどうでも良い。
ルークを見れば、シャツのサイズが合っていない。
小さいサイズを無理やり着てしまったようなボタンの張りつめ方だ。
それ以外にも違和感がある。
……否、違和感しかないのだが。
「ボス、前を寛げますよ」
小さく頷いたのを合図にシャツのボタンを上から外す。
ふたつ、外したところでふわりと甘い香りが漂う。香水の類はつけていなかったと記憶しているのだが。
素肌を見て、目を逸らしたかった状況を把握出来てしまった。
これは、パニックにならないよう取り計らうのが先だろう。
「ボス、目を閉じてください」
「うん…」
瞼が下ろされたのを確認し、ボタンを外していく。
男性にあるまじき柔らかな乳房が露わになった。
ボタンを外したときに触れた感触は、どうやら幻覚ではないようだ。
ジャケットを脱いで、前後逆さにルークにかける。
いくら非常事態だと言っても流石に今の身体で胸をずっと露出している訳にもいかないだろう。
「……ん…。楽になった気がするけどなんか。 ……、あれ?」
ルークが喉に触れた。いつもより高い声が気になったようだ。
そう、原理は分からないけれど、目の前にいるのは女性だ。しかし、ルーク・ウィリアムズその人である。少なくとも精神面は。
「意識ははっきりしていますね」
「ああ、大丈夫」
「良かった。 ……では、目を閉じたままゆっくり呼吸をしてください。両手を下ろして、リラックスして」
「…なあ、チェズレイ。もしかして僕、そんなに悪い状態なのか?」
「いいえ、私の見立てでは命に別状はないかと。
ただ、おそらくかなりショッキングな話をすることになります。心の準備が出来てから目を開いてください」
「……ああ」
深呼吸を二度。それから目を開いた。
いつもより目が大きく丸く、睫毛が増えているように見える。
「ボスの身体は今、女性のものになっています」
「は?」
ぽかんと口を開けてこちらを見る。
…
「なにを言っているのかわからない。 そうでしょうとも。私も困惑しています。
まずはご自身の胸を確認して、触れてみてください」
「…うん」
ルークはジャケットをめくったところで動きを止めた。
まばたきを繰り返した後、恐る恐る胸に触れた。
「…え、なんで、これ。……チェズレイが変装の服を着せたとか? それとも催眠?」
「残念ながら、私はなにもしていませんねェ…」
「そう、だよな。 じゃあこれって…?」
「タイミングを考えれば、DISCARDの仕業と考えるのが妥当ではありますが、確定ではありませんね」
「……戻る方法なんて」
「まだ分かりません」
「だよな…」
「ひとまず、どう変わったのか確認してみましょうか」
「ああ」
「胸だけではなく、肩幅や骨格自体が違いますね。女性らしい曲線的な体つきになっています。
喉仏もなく、背も縮んでいる。声もいつもより高い。聞こえる声に違和感があるでしょう。
顔つきもいつもより少し変わっています。
おそらく下半身についても」
ルークが突き動かされるように股間に手を置いた。さあ、と顔色が青くなったのが分かる。
そのままベルトを緩めて下着をずらして数秒、ルークが全く動かない。
つまり、なかったのだろう。
男性としてのアイデンティティが。
「ボス……、お気を確かに」
「…………ほんとにない…。…なんで」
「代わりのものがついているか確認しました?」
「どうせ見たってあってるか分からないよ…」
「……私で良ければ確認しましょうか?」
「……ええと…。 …そうだな。もし暫くこのままだとしたら確認しない訳にはいかなそうだし…。それなら女性に頼む方が……。……いや、それは」
「ええ、女性のものと形が違った時に怖がらせてしまう可能性もありますし、『これはあなたの物と同じか』と尋ねるのはかなり高度なハラスメントになるでしょうね」
「だから心を読まな……それどころじゃないな。君に頼むのが一番だと思う。お願いできるか?」
「承りました。身体測定もしておきましょう。
いつまでもこの格好でリビングにいるのは良くないかと思いますから、ボスのお部屋で」