捜査の帰り道。
「腹減ったね。 今日は…、あー、そうだ、あそこ行ってみる?」
「回転寿司、スシダロー……ですか。すみません、僕、生魚は食べつけなくて…」
「そうだったか。んじゃ………いや、ルーク。もしかしてお前さん、寿司って生魚しかないと思ってる?」
「え、違うんですか?」
「寿司は米に生魚乗っけただけだと思われたらもったいない。そうじゃなくてうまいのもたくさんあるんだ。ちゅうことで、今日はここにしよ。生魚じゃないのもあるし、奢るからさ」
「モクマさんがそういうのなら……」
数分後、店内。賑わう店内のボックス席に向かいで座った。
右から流れるレーンの席にて、右がルーク、左がモクマ。
「おお、本当にお皿が回ってる…! 初めて見ました。」
「いろんなネタがあって、選ぶの楽しいんだよね」
「たしかに。 ええと、あれがツナで、次がサーモン、ですよね。……やっぱり生魚が多いような。」
「まあ生魚が多いのはたしかだよ。 だから、今日はおじさんのオススメでいかが?」
「お願いします」
モクマが注文用のタッチパネル端末を操作する。
「ルーク、エビとかタコは食べれるっけ」
「エビは食べますよ。 …タコって……あのうねうねしてるやつですよね。あれ食べれるんですか?」
「お、タコも初体験? 嫌じゃないなら試してみよっか」
そのままタッチパネルを操作していくつか頼む。
「来るまでちいとかかるから、その間にお茶飲んでよっか」
湯飲みに粉茶を入れて、お湯を入れてルークに渡す。
「このお茶、なんか落ち着くんだよねえ。熱いから気をつけて」
割り箸で粉茶をかき混ぜるモクマの真似をし、一口。
「ティーポットを使わなくてもおいしく作れるんですね」
「便利だよねえ」
説明してるとテーブルに清酒の瓶とグラスが二つ届く。
「…えへ。お茶もいいけどお酒ちゃんのが落ち着くんだもん」
「もう捜査終わりですし構いませんが」
「ありがと。米でつくる酒、寿司に合うんだもの。ルークもどっちも試してみてよ」
「ありがとうございます。」
お互いのグラスに酒を注いだところでタッチパネルから注文品が届く旨のアナウンスが流れた。
ルークも後ろを振り返るとエビとタコ、タマゴが予約の色付き皿で流れてくる。
「ルーク、その青いやつに乗ってる皿取って!」
「これですか?」
そっと両手で皿をとるルーク。3枚目はモクマが取って、テーブルに並べた。
「意外と速いんですね」
「子供連れなんかは取るのも楽しんでるよ。アトラクションみたいでいいよね」
「はい」
初体験のルークも楽しそうでモクマの目許が緩む。
「ちゅうことで、まずは基本の海鮮……の中で火を通してあるネタ。色々食べてほしいし、今日はわけっこしよっか」
「お願いします」
「まずはルークも食べ慣れてるエビから。上に乗ってる具をネタって呼んでる。こいつにちょっと醤油につけて、酢飯とネタを一緒に食べる。尻尾は残してね」
モクマが一貫を見本代わりに食べて見せる。
ルークもそれに続くが、箸で寿司をひっくり返したところで、その皿の上に落としてしまう。
「ん…。 難しいですね」
「箸を使うようになったのもこっち来てからだっけ? 上手になったよねえ」
「失敗したところで褒められましても」
「はは。寿司は手掴みで食べるのも有りだよ」
「あ、ひっくり返すところさえできれば大丈夫そうです」
ネタが下になったまま、初めての寿司を口に運ぶ。
「エビの甘さとごはんがぱらぱら口の中でほどけるのが絶妙に合ってますね。んん……。っ、なんか、鼻に…!」
「ワサビ利いちゃった? お茶飲んで」
「なるほど、これが寿司……、ですか」
お茶を飲んでふう、と一息ついて目尻の涙を拭う。
「あー、次からサビ抜きのがいい?」
「いえ、これはこれで合う気がするのでもう一度試してみます」
「そっか。次食べてみて合わないと思ったら教えて」
「はい。 でも僕にとっての問題はワサビより醤油をつける難易度かもしれませんね」
「それなら、タネの上に醤油かけるのが一番てっとり早いかな。食べやすいのが一番だ」
「なるほど。今日はその形式でいただきますね」
「うん。 んじゃ、次はこれ。タコ食べてみよ。ちいと食べ応えのあるネタだからよく噛んでね」
醤油を数滴ずつ上にかけて、モクマが食べてみせる。
「ん、不思議な弾力で……、…噛むと味が増える気がします。 この甘くてちょっと酸っぱいごはんと一緒に食べるの相性がよくて…」
「…うまい?」
「とても!」
「玉子は醤油、お好みで。これにはかけない方がルークの好みに合うかもなあ」
「…結構甘い味付けの玉子ですね。しかもこの酢飯、普通のごはんよりぜったい合ってます。…あまりにもうまい…!」
「はは、これぜったい気に入ると思ったんだ。もう一貫食べる?」
「是非!」
二つ目の玉子を笑顔で頬張る姿を肴に酒を飲む。
次に注文したのは穴子。
「こいつは醤油じゃなくて甘ダレで食べるんだ」
「モクマさん…! これ! すごいです!あまりにもうまい……!
身がふわっと柔らかくて、甘い醤油のタレとこのごはんのバランスが絶妙で!」
「うまいだろ?」
とろけるような視線を残ったもう一貫に向けるものだから、そっとルークの方へ皿を寄せた。すぐにありがとうございます、と笑顔で口にして、穴子寿司をゆっくりと噛み締めた。
「今まで生魚乗っけただけだと思っていたのが恥ずかしい…」
「まあ、そういうのがメインなのは間違いないからねえ。今の内に出会えてよかったじゃない」
「はい、本当に。」
「お、きたきた。ルーク、それ取って。熱いから気をつけて」
次に届いたのは茶碗蒸し。
「これは…? とてもいい香りがしますね」
「茶碗蒸し。んーと、ダシで作ったプリンみたいなもんかな。甘くはないけど。」
「プリンですか! いただきます」
スプーンの上でぷるぷると震えるのをそっと口に含む。
「……! これは、なめらかな舌触りで、出汁のうまみが玉子の優しい味にぴったりで…、あまりにもうまぁい…!」
「はは、笑顔が溶けてら」
「おっ、なにか入ってますね。このピンクと白の物体は…?」
「かまぼこって言うの。魚のすり身を蒸したもの。」
「優しい味ですね。つるっとしてるのに弾力があって、ぷるぷるの本体との対比が良いです」
「他にも色々入ってるよ。宝探しみたいで楽しいよね。しっかり蒸されてるからルークも安心だしさ」
「エビに、鶏肉、きのこに…、…これは?」
「…あ、そのマメみたいなやつはもしかしたらルークは苦手かも。銀杏ちゅうて、イチョウの実。酒飲みにはこの味、クセになるんだけどね。」
「…ほくほくしてて、ちょっとくさみ…癖?が……」
「無理せんでいいからね…」
「でも口に入れた分は流石に……」
しばらく咀嚼した後、しっかり飲み込む。
「えらいえらい。」
「でも、なんかこれがあるから味が引き締まっている感じがします」
「お、ツウな感想だね。ま、苦手なら次から俺が食べたげるよ」
「…慣れるまではお願いするかもしれません」
「後ナマモノじゃないのだと…いなり寿司とか、かっぱ巻き、かんぴょう巻きとかかな。」
「えっ、かっぱ……食べれるんですか?」
「あ、ちがう。かっぱの好物のきゅうりを巻いた細巻きだ。食感がいいんだよね」
「なるほど。 モクマ巻きなら何巻かれるんでしょう?」
「お酒ちゃんは巻けないからどうしようね。塩辛でも巻こうかな。 ルーク巻き……は、ロールケーキかな?」
「そうですね。チョコレート味のクリームのロールケーキがいいです」
「まあ、流石にロールケーキは酢飯にゃ合わんからなあ」
「オハギもあるので、いけるのでは…?」
「うーん、……機会があれば試してみて」
茶碗蒸しを食べる間に回ってきたかっぱ巻きとかんぴょう巻きを二人で食べる。かんぴょうの甘い味付けも随分好みに合致した様子だ。
「この辺が基本の寿司。 普通の寿司屋じゃ邪道って言われるやつもあるんだが、これはこれで人気だよ」
「それはどのような?」
「ハンバーグとかコーンとか、ツナマヨとかエビアボカドとか。多分ルークはみんな好きだと思うな。自分で選ぶのも楽しいし、選んでみるかい?」
「はい!」
「頼む前にナマモノ混ざってないかこっちでも見るから安心して」
タッチパネルをルークに任せて、モクマはレーンを流れるマグロやしめ鯖を自分用に取る。
「……しめ鯖…、も、生とはちがうが加熱はしてないからルークにゃ厳しいか。」
「考えさせちゃってすみません」
「いんや、俺も楽しんでるから大丈夫」
タッチパネル端末で最初からメニューを順に見ていくと、それまでの寿司とは違うページが表示された。
「……え、ラーメン…?」
「ああ、うん。回転寿司屋って、うどんとかラーメンとかも結構充実してるんだよね。寿司が合わなかったらそっち食ってもらおうと思ってたんだ」
「なんでもあるんですね」
「魚の出汁のやつが多くて侮れないよ」
「そっちも食べたくなってきました。 …って、これはっ!」
ルークが息を飲んだところでモクマもタッチパネル端末を覗く。
パフェ、ケーキ、プリンにアイスクリーム、わらび餅とスイーツが立ち並ぶ。
「あ、見つけちゃったか」
パフェの中からひとつ、さらにケーキにアイスクリームと躊躇なく注文をしていく。
到着したスイーツが空になると、ルークが真剣な表情でモクマを見詰めた。
「…モクマさん。 ここ、また来ましょう。一回じゃ食べ尽くせないです」
「うんうん、ルークとのランデブー、いつだって歓迎だよ」