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    azusa_n

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    azusa_n

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    尻叩き。モクルクで本を出したい!の話序盤
    キリの良いところまで上げてる。

    ・多分めちゃくちゃ長くなる
    ・その内改訂した結果色々変わる可能性あり
    ・本編Aエンド、CD、公式動画全部ネタバレ配慮なし
    ・怪我したりする(治る範囲
    ・チェズめっちゃ出てくる
    ・原作程度の他のカップリング表現が含まれる(なんだこの注意)
    ・完成するまでにRつくか未定
    ハッピーエンドにする強い意志はあります。

    10月2日 14時50分。親子連れをメインに賑わう会場でチケットに示された席にたどり着いた。2枠並びで用意した関係者席は舞台全体が見渡せる席。目の前は通路で視界を遮られる事もない。
    舞台の方をじっと眺めていたルークが隣への気配でこちらを向いた。
    「チェズレイ! ミカグラ以来だな。元気だったか?」
    「ええ、お久しぶりです。ボスもお変わりないようで。……と言いたいところですが、少しお疲れのようですねェ。食事や睡眠を疎かにしているのでは?」
    「……あはは。君には本当に隠し事出来ないな」
    DISCARDに纏わる事件を共に解決し、春に別れてから半年近く。あの頃より少し痩せている。いや、やつれたと言う方が正しいだろう。少しは仕事量を調整するよう口を開こうとしたところで開演のブザーが鳴った。
    舞台に視線を戻せば司会役の女性が1人ステージでスポットライトを浴びている。
    公演の諸注意を伝える彼女を真剣に見つめるルークを見てしまえばこれ以上今伝えることは野暮だろう。

    すぐにニンジャジャンのショーが始まった。
    ミカグラ以降の旅路では、国を移動する度にヒーローショーかニンジャさんのパフォーマンスを行っている。当然公演は見慣れたものだ。
    子供向けの分かりやすい勧善懲悪。今更シナリオに思うところなどないと思っていたが、ワルサムライの演技に怯える子供達はともかく、ハラハラしながら舞台を見守るルークが周囲の子供と同様に熱い視線をしているのを見るのは興味深い。
    ルーク自身がミカグラで何度か見たものと流れは変わらない。それなのにどうしてこんなにも感情移入できるものかと感心する間にも劇は進んでいく。
    ようやく現れたニンジャジャンの姿を目に焼き付けるルークにはもう隣に人がいることも頭から抜けているのだろう。憧れのヒーローを見る視線はまっすぐで、一挙一動を見逃さないよう集中している。
    熱烈な視線は子供達と同じではない。それ以上の熱量を持っていた。


    閉幕後、ルークは拍手のし過ぎで赤くなった手をこすりあわせて、無人となった舞台をまだ見つめていた。会場の半数程が既に席を立った頃、ようやく現実に戻ってきたのを見計らい声をかける。
    「随分、熱中して見ていましたね」
    「ほんと、すっっっごかったからさ!」
    高揚感に頬を染めて、今日のハイライトを語り出す。

    「ボスは本当にお好きなんですねェ」
    「うん、大好き!」
    さて、その好きが指す中心はニンジャジャンか、それともその中身か。そう問えばどう答えるのか興味はあるが、またの機会にしておくとしよう。


    ■■■

    チェズレイに案内されたのは彼らの滞在するホテル最上階。
    スイートルームと言う馴染みのない場所は部屋と言うよりは家だ。
    キッチン、リビング、ダイニングに、大きな風呂。それから寝室に続くだろうドアが2ヶ所に見えた。

    窓からは先程の劇場が随分小さく見える。
    感嘆の声を上げているとチェズレイに微笑ましいものを見るようなテンションで笑われてしまった。

    モクマさんを待つ間にチェズレイがケーキを用意してくれた。秋のフルーツがふんだんに使われた目にも美しいタルトと久々に合う仲間との時間は格別だった。
    3人で食べられたら良かったのに、モクマさんが戻ってくるのはもう少し後だと言うのは残念だ。
    ケーキを食べ終わってもさっきのニンジャジャンの事や近況についてを話しているだけで窓の外が夕焼けに染まるまではあっという間だった。

    「おや、戻ってきたようですね」
    「モクマさん?」
    「ええ」

    客室のドアが開く音を聞けば早く会いたい気持ちが止められなくて客室の入口に向かった。

    「おかえりなさい、モクマさん!」
    「ルーク、お出迎えありがとね」
    仮面を脱いだ姿と会うのは半年ぶり。出会った時からヒーローだったモクマさんはやっぱり今日も格好良い。僕の目標で、憧れで、大好きな人。
    「お疲れ様でした。今日、とっても格好良かったです」
    「えへへ、そお? もっと褒めてくれていいよ」
    「じゃあまずは登場シーンから。 アニメ版完璧再現の登場ポーズが最高でした。僕も前にやってみたんですけどうまく角度が合わなくて」
    「え、ルーク、やって見せてよ」
    「本物見た後じゃ恥ずかしいですよ」
    会話をしながらモクマさんがドアを開ける。
    2つあるベッドの片方は朝抜け出したそのままのような形で、もう片方に荷物と上着を放り投げている。
    こんな使い方をチェズレイがするはずもない。……と言うことはこの部屋がモクマさんのもので、もう一方がチェズレイのものなのだろう。
    ……そうか、寝室は別なのか。細くゆっくり息を吐く。
    2人の邪魔をする権利なんてないのに何を考えているのかと胸が痛んだ。

    ダイニングから見えるキッチンでチェズレイが夕食の支度を始めていた。
    「何かお手伝い出来ることあるかな」
    「今日はお客様ですからゆっくりしていてください」
    「とは言っても……」
    モクマさんもキッチンに移動してしまった。確かに3人では狭いだろうけど、料理する2人を見ながらじゃ落ち着かない。
    「ここのお風呂広くて快適だよ。今の内に入ってきたら?」
    「それは……」
    たしかに気になるけど、いいのだろうか。
    「それとも、おじさんと一緒に入りたい? きゃっ、ルークのえっち!」
    「ひとりで入れますよ!」
    「そーお? じゃあ行ってらっしゃい。準備まだかかるし、ゆっくりしていいからね」
    流された気がするけど困らせたい訳じゃない。ありがたく一番風呂を頂いた。

    用意されていた室内着に着替えて戻ると、大きなテーブルに様々な料理が並んでいる。

    「お風呂、先いただきました」
    「ルーク、タイミングばっちり。もう出来るとこだよ。はい、こっち座って!」
    キッチンから一番遠い席に促されて座る。窓の外はすっかり夜空になっていた。
    「これルークの分ね」
    「ありがとうございます。……黄色い具入りのご飯…? なんでしょう、これ?」
    「栗ごはん。マイカじゃ秋の風物詩なんだ」
    「栗ってお菓子にするものだとばかり思ってました」
    「だよねえ。でもルークは絶対好きそうだなって思っててさ。機会があったら食わせたかったんだ」
    「楽しみです」

    ホテルで七輪は止められたとしょんぼりしながら話すサンマの塩焼きに、ミカグラ特産のキノコを使ったお吸い物。それからチェズレイが最後にテーブルに並べたのは揚げ立ての天ぷら。こちらも定番の海老以外に舞茸にサツマイモ、秋茄子と季節を反映したものが並ぶ。
    その他にも様々な料理の配膳を終え、向かいに2人が並んで座った。

    「ルークも俺と一緒のでいい?」
    「はい!」
    以前と同じどぶろくの入ったとっくりを掲げるモクマさんに大きく頷いてお猪口を差し出す。乾杯前だけど表面張力の働くギリギリまで注がれたそれを零さないよう少し啜った。酒精は強いが米の甘みも感じる濁り酒。何度かもらった懐かしい味だ。
    次いでモクマさんがチェズレイの方をちらりと見やればチェズレイがお猪口を構える。
    「……では、私も一杯だけ」
    「チェズレイが飲むのも珍しいな」
    「ええ、最近覚えまして」
    「……そっか」
    誰の影響かなんて言わなくても分かる。
    深くは掘り下げず、3人で同じお酒を掲げた。
    「じゃあ、乾杯!」

    半年前、時折四人で夕食を食べた時みたいで懐かしい。
    でも今は僕の隣は空席。眼前に並ぶ2人は仲良く並んでいるのに。
    遠くの皿から天ぷらを取るモクマさんの袖が触れそうな位置にある皿をチェズレイがそっと退かすのを視界に入れつつ杯を一気に煽った。喉が熱くなる。なにやらもやもやするのはさっき少し飲んだお酒のせいだと無理やり納得して、一番気になっていた栗ご飯を一口食べてみた。

    咀嚼をして暫くして、目を見開いて正面に座るモクマさんを見た。
    「……、…! …ん! これは…!」

    ごくん、と喉が鳴り、口が空いたと思えばすぐまた箸を動かさずにいられなかった。以前より少しは上達したものの、まだぎこちない箸使いで必死に食べ進める。
    「おいしい?」
    モクマさんの問いに何度も頷く。茶碗の中身は半分もなくなっていた。
    「うま……、あまりにもうまーい!」
    「出たね。うんうん、これ聞くために作ったって所、あるかも」
    モクマさんがテーブルに肘をついてこっちを眺めながらお猪口を傾ける。
    「栗がほくほくして、甘くて! これ、栗だけで食べてもおいしいのに炊き込みご飯の出汁で味が際だつんですね。ハーモニーがたまらない…! ごはんも普通のと違いますよね、いつものよりもちっとしていて…!」
    「気に入った?」
    「はい、とっても!」
    「うんうん。いっぱい作ったから持って帰っていいからね」
    「ありがとうございます!」

    次に箸を伸ばしたのは熱々の天ぷら。
    「こっちの天ぷらも、うますぎる…! 薄い衣がサクサクして、プリプリの海老のうまみが全部閉じこめられてる。……隣のは、サツマイモか!こっちもホクホクして、あまりにも…うま…」
    「喜んでいただけて良かった。少しお疲れのようでしたから食欲もないのではないかと心配していたんですよ」
    「あはは、ミカグラでおいしいもの食べ過ぎたせいかな。舌が肥えちゃったのかも。最近はあんまり食べたいもの思い付かなくてさ。まあ、たしかに忙し過ぎて忘れてることもあったけど」
    「ルーク……」
    「ボス……」
    心配させるような事を言う気はなかったのに口が滑る。
    お酒のせいか、それとも2人に会えた安心感からなのか。
    ひとりで食べる食事がどうにも味気なくて食が進まないなんてどうしようもない話が出てきてしまった。
    「でも、今日のすっごくおいしくて。いくらでも食べられそうかも。2人とも、ありがとう」
    「フフ、どういたしまして」
    「こっちこそ。来てくれてありがとね」

    その後も一つ一つの料理と酒の席は続く。
    初めて食べるサンマは身がボロボロになってしまい、他の2人の綺麗な皿と見比べて首を傾げてみたり、内臓まで食べるモクマさんにびっくりしたり。
    ここがおいしいんだと言う言葉につられて少し食べてみたけど……、…うん。僕には合わなかった。
    それも含めてこんなに楽しい食事は久々で、箸も会話も止まらない。

    「以前見たときよりさらに技のキレが上がって更に格好良くなってましたね。ただの殺陣だってわかってるのに、風の刃が本当にあるみたいで」
    公演中の一挙手一投足について思い出す。
    「はあ、本当に格好良かった……」
    「なんかそれ今は違うって言ってない?」
    「え、モクマさんはいつも格好いいですよ」
    「えへへ、そーお?」
    「はい。本当に、明日は公演がないのが残念すぎます。せっかくモクマさんがエリントンでショーしてくれるのに見れるのが一回だけなんて」
    モクマさんが出演する公演は二週間。もう折り返しに入っていて、明日は休演、明後日以降は僕が日勤のため公演時間と合わない。
    「まあ、お仕事なら仕方ないよね。天気も悪いし明日は公演があっても中止だったかもしれないけど」
    「……天気、悪いんですか?」
    「大雨に寒波の予報でしたね」
    「マジかぁ……」
    「おや、ボスは天気予報は確認しなかったのですか?」
    「……今日の公演まで天気が保つかってところは見てたんだけど、……うわ、もう降ってる」
    2人から目を逸らすと、大きな窓に雨粒が見えた。もう降り出しているようだ。
    「明日の朝まで降り続くとのことですよ」
    「……ほんとだ……。帰れるかな……」
    僕の呟きに2人が顔を見合わせた。
    「うん? ルーク泊まってくつもりじゃなかったの? ここからだとかなり遠いよね」
    このホテルから家まで数時間。もう少しゆっくりして帰ったら、着く頃には日付も変わっているだろう。
    「え、お邪魔じゃないですか?」
    「そんな、私達がボスを邪険にすることがあるとでも?」
    「そうそう。どうせベッド余ってるし」
    「……余っている分は荷物置き場になっていましたがねェ」
    「えへ。まあ、退かせばいいだけだしさ」

    風も強いのか、窓に当たる雨が増えて大きくなっている。
    ……なにより、帰るのがもったいない気がするし。

    「……じゃあお願いしていいですか?」
    「もちろん! おやすみだもんね。朝まで飲んじゃおっか」



    ■■■



    朝、半覚醒の状態でなにか暖かいものを抱き締めているのに気付いた。温かくて、落ち着く感触で、手に力を込めた。
    まだぼんやりとしたまま目を開けると、白と言うべきか、銀と言うべきかの毛並み。
    まるでモクマさんみたいな、と思ったところで急速に意識が覚醒した。
    まさしくその人を抱き締めていたのだから。
    「なっ……!」
    抱き込んでいた手を離して離れようとしてベッドから落ちそうになったところをぐい、と逃れようとした対象に引っ張られて持ちこたえる。
    「いきなり動くと危ないでしょ」
    「あ、ありがとうございます……」
    あくびをかみ殺しながらモクマさんが続ける。
    「まだ寝てていいのに」
    「いや、すっごく覚めちゃったので……。ええと、おはようございます…?」
    「ん、おはよ」

    ……ベッドが余分にあるから泊まっていいよ、という話だったような気がするんだけど、なんで同じベッドにいるのか。

    「……あの、お恥ずかしながら昨日の夜の記憶が曖昧で」
    「忘れちゃったの? んもう、あんなに激しかったのに」
    「え、僕、なにしちゃったんですか」
    思わず自分の体に触れた。……とりあえず服は、着ている。
    ほっとしたような、なおさら抱きついていたのがいたたまれないような。

    「ルーク寝ちゃったから運んだんだけど、荷物退かすのめんどくさくなっちまって」
    「うう、ご面倒おかけしました」
    「いいのいいの。なんかルーク良い夢見てたみたいで起こすの忍びなくてさ」
    「え、寝言とか言ってましたか?恥ずかしいな。フレンチトーストがたくさんあって、どのジャムをつけようかって迷ってて」
    「なるほど。そいつは良い夢だ。……トーストがたくさん…ね」
    よくわからないけど、なんだか安心したみたいだ。
    「はい!モクマさんがはんぶんこしてくれて色々試せたんです」
    「そっか。正夢にしちゃう?」
    「いいんですか?!」

    チェズレイは相変わらず朝は食べないようで、2人でフレンチトーストを作って食べた。
    ブルーベリージャムもマーマレードも、アイスクリームも添えた特別仕様のそれは幸せの味がした。


    楽しい時間はあっという間で、すぐ帰る時間になった。

    「今日の思い出だけてしばらく頑張れそうです」
    「俺も楽しかったよ」
    「ボス、こちらお土産です」
    「……ありがとう。でもなんでスーツケース…?」
    二泊分くらいの大きさのスーツケースを渡された。持ち上げて見ると、とても重い。
    「ただの箱より持ち帰りやすいでしょう?」
    「いや、そういうことではなく……」
    「ボスが元通りにするのは難しいかと思いますので、くれぐれも帰宅してから開けてください」
    「……ありがとう」
    なんだか物騒なものも入っている気がする。帰ったら確認しなきゃ。

    「今日やたら寒いし、風邪とか引かないようにね」
    ぐるぐると黒いマフラーを首に巻かれた。これは潜入の時に使っていたものではなかっただろうか。
    「これって、モクマさんの……」
    「新品じゃなくてごめんね」
    「いえ、とても嬉しいです」


    帰り道、まるでモクマさんに包まれてるみたいな匂いにクラクラして記録的寒波を感じる暇もなかった。
    大事なものだと思うし返したいけど、次はいつ会える事やら。

    尚、家に帰って確認したお土産は今日の夕食と、会社でも手軽に栄養を採れる保存食。……それに加えて最近息詰まっていた捜査に役立つ資料をまとめたファイルと、エリントン付近での武器密輸に関するデータだった。
    明日からも忙しくなりそうだ。




    それから一週間と少し。
    お土産のおかげで犯人の特定、確保をして取り調べと忙しく過ごしている。
    モクマさんの出演する公演も終わったし、2人はもうエリントンを離れたのだろうか。そんなことを考えながら警察署を出たところで電話がかかってきた。チェズレイだ。

    「ボス」
    「チェズレイ。どうかしたのか?」
    「冷静に聞いてください」
    声音が硬い。なにかトラブルだろうか。
    「……うん」
    「モクマさんが病院に」
    「っっ! どこの? 状態は?」
    「場所はそちらに送りますね。容態は……まだ検査中ですから私からはなんとも…」
    「…教えてくれてありがとう。行ってくる」
    会話する時間も惜しくて通話を終わらせた。
    場所はエリントンの市街地にある病院。ここからなら一時間かからずに着くだろう。
    会う機会があれば返そうと持ち歩いているマフラーがやたらと重く感じる。いつも着ているこのコートもそうだ。
    大寒波の影響で今もとても寒くて、いつかのクリスマスを彷彿とさせる。今の僕はもう、あの日コートを借りたから父が死んだわけではないと知ってはいるけど、それでも。
    モクマさんまで失ってしまうのではないかと思うと怖くて仕方なかった。


    電車の乗り継ぎはスムーズだったが駅についてからは渋滞していて、タクシーでは時間がかかりそう。
    そんなもの待っていられなくて、走った。
    赤信号にすら腹が立つのだから相当気が急いているのは分かるがどうしようもなかった。
    もうすぐ着くと思ったのに、病院の入口が見えたところで呼び止められた。
    「え、ルーク? こんなとこでどうしたの」
    「今急いでるんです、モクマさんが入院して」
    そのまま走り去ろうとしたのに腕を掴まれた。
    「んん? 落ち着いて」
    「だってはやく行かなきゃ」
    「ルークはだれのお見舞い行くところだった?」
    「モクマさん」
    こんなところで止まっている場合じゃないのに。病院の入口の方に体を向けたまま答えた。
    「……俺の名前は?」
    問いかけに振り向く。
    どうしてその姿が目的地だと気付かなかったのだろうか。慌てるにも程があるだろう。
    「……モクマさん……です。……えっと、あれ、容態が悪いって」
    「いや、人間ドックを受けただけだよ」
    「…じゃあ、怪我してないですか?」
    「なんも。心配かけてごめんな」
    「よかったぁ……」
    張りつめた糸が切れてへたりこみそうになったところを抱き留められた。ちゃんと温かい。生きてるんだ。目頭が熱くて涙をこらえられなかった。先日の朝にしていたように、今度は意図的に抱き付いた。

    「また、僕は大切な人を失うかと思って。寒くて、服を借りて、いなくなって」
    「うん、ごめんな。辛いこと思い出させちまった」
    背中をぽんぽんと緩く叩いてあやされる。
    僕が落ち着くまでずっとそうしてくれた。

    暫くして、落ち着いたところで近くの公園のベンチに移動した。
    「チェズレイに教えてもらったの?」
    「はい。モクマさんが病院にって……」
    「詐欺師にしてやられちまったか」
    「思い返してみるとたしかに言ってることは合ってるんですよね。僕が早とちりしただけで」
    病院にいて、検査中。たしかに合っている。冷静に聞いてくださいと言う前置きがいかにも重大な事件が起きたようで冷静じゃなくなってしまったのが敗因だと思う。
    「あいつの口車にゃなかなか勝てんよ。 あー……もしかしてこれも誕生日プレゼントの一環?」
    「え、今日誕生日なんですか?!」
    聞き捨てならない言葉に思わず聞き返す。
    「そうなの。それで色々検査してこいって」
    「どうしよう、僕、プレゼント何も用意してないです。そうだ、ケーキ! この辺りならどこのお店が」
    「いやいいから。お前さんがいてくれれば充分すぎる」
    「でも、知ったからには何かお祝いしたいです」
    好きな人の誕生日なんだから。……チェズレイには教えているのに僕はそうでもないという時点で脈はないんだろうけど。
    「ふむ。……そうだなあ、検査の都合でおじさん今腹ぺこで。一緒にごはん食べてくれる?」
    「え、そんなことでいいんですか?」
    「うん。チェズレイは人を焚きつけといてどっかに出かけちゃったみたいだし、1人で食うの味気ないからさ」
    「そんなの僕からお願いしたいくらいですよ!」
    「ありがと。じゃあ行こっか。この辺の店知ってる?」
    「たまに来ますから多少は」
    「んじゃお任せしてもいい? ……あ、そういえば今日は胃カメラ飲んだからお酒ちゃんはダメなんだってさ」
    「ではお酒はなしで、なるべく消化に良いものにしましょうね」
    「はあ、せっかくルークと一緒なのに残念だよ」
    「僕は食事できるだけで嬉しいですよ。でも、今度またお酒もご一緒してくださいね」
    「もちろん」
    意図せず会えて、食事も出来て、次の約束まで。今日はすごいラッキーデーかもしれない。

    「あ、ちゃんと言ってませんでした。
     お誕生日おめでとうございます、モクマさん。あなたが産まれて、今日まで生きていてくれてありがとうございます」
    「…今日まで生きていてくれて、か」
    「えへへ、ちょっとクサかったですかね。でも本心ですよ」

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