恥ずかしハロウィン しまった、と思った時には、廊下の向こうから歩いてきたサモナーとすでに目が合っていた。
「あれ? クルースニク先生、なんかすごい恰好してる」
さらりと言われた言葉は嫌味でも揶揄でもなく、純粋な驚きと感心なのだと、分かってはいる。相手の性格を考えてみれば十分分かることだ。純粋な気持ちで言われたそれを、こちらも肩の力を抜いて受け止めればいいだけなのに、今すぐこの派手な衣装を脱ぎたくて仕方なくなってくる。
今日から交換留学生が来るなんてことは、前々から分かっていた話だ。神宿学園からやってくるその留学生が、いったい誰であるのかも。職員室近くの廊下をうろうろしていたら当の本人と鉢合わせしそうなことくらい、予測できて当然だった。
何でもない時なら構わないが、この恰好をしている時に顔を合わせるのはあまりにも気恥ずかしい。
「なんや自分、今日からこっちに来るんか」
「そう、なんか交換留学? とかいうのに選ばれちゃって」
自分の至らなさに内心舌打ちをする俺の横で、サンダユウ「先生」はいつもと変わらない調子でへらへらと笑いながらサモナーへ気さくに話しかけている。そちらも生徒たちから押し付け……勧められた派手な衣装――仰々しいだけでなく、肌の露出が多い――を身にまとっているというのに、何ら恥じたり照れたりする様子がなかった。
「大変やな、こないな時期に。うちの学校、今フェスの直前でばたばたしてんねん」
「そういえば学内のイベントがあるんだってね。校舎に入ってからここまで来る間に、いろんなクラスで衣装づくりとか飾りつけをやってるのを見てきたんだよ。どれも力作。みんなすごいね」
自分を納得させるように話して、サモナーはにこにこしている。いつだって無邪気で裏表のない、素直な性格だ。心が洗われるようだと見とれているうち、ふいにサモナーが俺の方を振り仰いで驚いた。
「でも先生たちまで衣装を着るとは思ってなかったから、ちょっとびっくりしちゃったな。ね、よく見てもいい?」
尋ねながら、けれど俺が許可を出すより先にこっちへ歩み寄ってくる。それはまるで飛びつくような勢いで、止める間もなかった。
「うわぁ、やっぱりすごい服! 先生の趣味?」
「いや……これは……」
ジャケットは襟が大きく、肩や腕に銀の刺繍が踊っている。袖にフリルのついた服を着たこともなければコルセットをつけたこともない。ごついシルバーの指輪や、実用ではなく装飾のためのベルトがいくつも付けられたブーツも気恥ずかしかった。
生徒たちに着てくれと頼まれたから袖を通しただけのことであって、自分の性格に合っているわけでもなんでもないのだ。あまりの気恥ずかしさに言いよどむ俺をよそに、サモナーはなんだか楽しそうにしている。白いシルクのシャツに顔を寄せてしげしげと眺めては、邪気のない声で「なんかどきどきするね」などと呟いていた。
「教室とか食堂とか覗かせてもらったけど、歌舞輝蝶学園ってうちの学校とは全然違うね。窓の飾りとかシャンデリアとか豪華できれいだし、石造りの床に真っ赤なカーペットもすごいし、本当にお城みたい」
だからさ、と付け加えたサモナーは、至近距離から俺の顔を見上げてにっこり笑う。
「先生のその恰好も、すごくよく似合ってるね」
まっすぐに相手を見つめて、そんな風に直球の台詞を口にできるとは。あまりの豪胆さに、思わず言葉を失う。一介の高校生だと思っていたが、その認識は改める必要がありそうだった。
とにもかくにもそんな感想をもらったからには、無言でいるわけにもいかない。不器用に視線を逸らし、唇をなめ、なんとか言葉を絞り出す。
「自分では似合っているとは思わないが……」
「そうなの? ……ほんとは、結構前から『クルースニク先生がうちの学校の先生になってくれたら嬉しいのに』って思ってたんだ。でもこんな恰好が似合う先生は、やっぱり歌舞輝蝶の先生だよね」
ひとりごとめかして呟くと、ひっそりと笑ってみせる。苦く笑う横顔は年甲斐もなく大人びていて寂しげで、心臓をわしづかみにされてしまう。言葉をなくして立ち竦んだ。
「なんやなんや、えらいアッツイこと言うんやなぁー! 儂にはそういうこと言うてくれへんのんか?」
場の空気を切り替えたのは、またしても同僚の明るい声だった。
「ん……サンダユウ先生も似合ってると思う」
「いや塩対応すぎるやろ! 言い方が全然ちゃうやんか」
「もう、ほっといてよ!」
本心をろくろく見せず、いつまで経っても食えない男に救われるなんて、俺もどうにも情けない。やりきれなさを積み重ねていく俺をよそに、同僚は肩を揺すって笑いながらふざけ続けている。
わざとつれない態度を取ってサンダユウに付き合っていたサモナーが、ちらりとこっちへ視線をやった。目が合うと、照れたようにはにかむ。知らずのうちに、俺の喉がぐうと鳴った。