ひととせの呪い「イレブン、二十一歳の誕生日おめでとう!」
仲間たちの朗らかな声が復興中の家屋に響いて壊れてしまうのではないかと不安になるほど、一斉に、そして盛大にあげられた。
かつてはエマと共に誕生日を祝われていた彼だが、ロウと出会って本当の誕生日を知ることとなった。だが、態々今までの誕生日は間違いだったので、と幼馴染や育ての母に伝えるのはやさしいかれにとって気が引けるものだった。そのためイシの村では十六歳までと同じように、エマとともに村人やペルラとお祝いをし、旅をともにした仲間たちとは本当の誕生日を祝う、というのがこの数年の恒例行事となっている。
そのはじめ、一年で二回も誕生日を祝われるなんてずいぶん得だな、と、カミュはイレブンが無駄な罪悪感にのまれぬよう、茶化して言った。カミュの優しさにすぐ気づいたイレブンは「これも勇者の特権かな」と、相棒のそのやさしさに報いるように笑ってみせる。
世界を救う長い旅が終わったのち、かれらはそれぞれの人生に戻っていった。
グレイグとマルティナはデルカダール城へ戻り、勇者パーティの仲間ではなく、将軍と王女として日々を過ごしている。シルビアはソルティコを拠点としながら今も各地をまわってパレードをしていた。時折ジエーゴとも剣を通わせており、父子関係も剣の腕も相変わらずのようだ。ベロニカとセーニャはラムダに戻り、子どもたちに魔法を教えながら勇者との旅の顛末を毎日人々に話さなければならず大変だ、と漏らす。カミュはマヤをメダル女学園に通わせる学費を工面するため、各地で生き残りの魔物を討伐するなどしながら人々の手伝いをし、放浪しつつ生きていると言う。――そして、ロウは。いまかれらが集っているこの場所、かつてのユグノア王国の復興に取り組んでいた。
国の復興とは、当然簡単なものではない。人を集め、資金を集め、物を集め、すべてを整備していかなければならないのだから。旅の終わりから数年が経過していたが、未だその地の姿は国と言えるものではなかった。
だが、エレノアとアーウィンの墓碑は当時よりも立派なものに作り替えられ、ユグノア城跡に佇んでいた。また花壇や水路がそこかしこにできていて、郁郁たる香りと時折鼓膜を揺らす水流の穏やかな響きたちはみなをほころばせた。壊された建物ばかりを毎日見るのはかつての民たちを思い出してつらくてのう、まずは形だけでもきれいな場所を増やしてみたんじゃ、とこぼしたロウの顔をみなが覗き込み、そして女性陣は口々に「ナイスアイディアね」「穏やかな心を保つことは大切ですから」「ちゃんと季節に合わせたお花で素敵よ」「きっとエレノア様もアーウィン様もお喜びになられると思います」と小さく縮こまった背中を励ました。
「いやはや、年を取るとすぐに暗い話をしてしまうわい。せっかくの孫の誕生祝い、盛大にせねばいかんというのに」
ロウはそう気を取り直して、ぐるりと円を描くように並んだ仲間たちを座らせ、みなに近頃の様子を問い始めた。イレブンの誕生日に皆が集うのは当然かれの誕生日を祝うためでもあったが、同時に仲間たちの近況報告も兼ねているもので、全員がそれを楽しみにしている。だからこそイレブンは、一年に二回のお祝いを断ったりせず受け入れられているのだった。
そして各々が持ち寄った祝いの品の中ですぐに食べられるものたちは、まずイレブンへ多めに、そしてみなに配られていった。ダーハルーネのレモンパイに、ナッツの練りこまれたチョコレート。ソルティコの多種多様な酒と、魚を使ったたくさんのつまみ。豪華な食事と再会の喜びに酔いしれて、賑やかな夜は更けていった。
いつかの夜のキャンプを思い出しながらユグノアの地にテントを張ってかれらは寝静まっていたが、ふとイレブンは梟の鳴き声に目を覚まし、暗闇に目を凝らした。ひとりひとりの寝顔を確認してゆく。足りない。その並びにはカミュのあの、いっとう目立つ青髪がなかった。
みなを起こさぬよう、そっとイレブンはテントを出てあたりを見回す。瓦礫の上に軽く腰を掛けて、その青髪は空を眺めていた。
「! すまねえ、起こしちまったか?」
「ううん、勝手にボクが起きただけ。……カミュはどうしたの?眠れないの?」
「いや、なんだか……」
カミュは後頭部を搔きながら身の置き場のないようすで足を組んだ。
「おまえに会ったら言いたいことが沢山あった気がするんだが、どれもちっぽけに思えてきちまった。あの旅を思い出したらな。でも話したかった、おまえと」
「っ、カミュ」
「……おめでとう、イレブン。もうおまえと出会った頃のオレの年齢を越しちまったなんてな」
「ありがとう。本当に、あっという間だった。でも」
でも……、ともう一度言って、イレブンは動きを止めた。止まった唇の続きを待ちわびるように、カミュは余裕を欠いた仕草で何度か腕を組みなおしている。イレブンが言いたいことについて、カミュには心当たりがあった。
「……きみに会えない一年間は、去年と同じくらい、いや、もっと……長かった。いくら数えても、その日が来ないんじゃないかって思えるくらい。ボク、やっぱりきみが好きだ。今でもそれは変わらない。カミュは……カミュは、ボクのことまだ、恋人にできない?」
「ははっ、誕生日と言えば、毎年お決まりの告白だな」
「茶化さないでよ」
「……わからないんだ。オレがどうこたえるべきなのか。毎年先延ばし先延ばしにしちまって悪いな。イレブンが大切なのはオレにもわかってる。でも、まだ……応えられない。ごめんな」
「いいよ。ボク、いつまでも言い続けるし、もう大人だから。言い続けるだけはもうやめた」
きっ、とその眉が凛々しくあがって、咎める隙も与えずに逞しい両腕がカミュを包む。そしてそのまま勇者のくちびるは、抵抗しないカミュの頬にそっとふれた。
「気合入れておいて、頬かよ」
「何それ? 口のほうが良かったの?」
「……そうは言ってない」
「口は来年の誕生日プレゼントとして、予約しておくから!」
イレブンは捨て台詞を吐くかのようにして、カミュの返事も聞かずにバタバタとテントへ戻っていった。
「予約、か」
カミュはため息をつき、夜闇のおかげで赤くなった顔が見られずに済んで良かった、と安堵した。お祝いの日だというのに「祝いの日のいつもの告白」がなく今日が終わってしまうことばかりが気が気でなく、真夜中にテントから這い出た自分のことをそろそろ観念して受け入れる時期が来たのかもしれない、と思いながら。
来年もきっと、勇者はこうやって呪いをかけに来るだろう。けれどそのひととせを待ちきれないのはもう、こちらのほうだ。
了