メルヒェン 序章
伊波桜子は絶叫した。ほとんど同時に体から力が抜け、床にできた本の海に倒れ込む。
反射的に本を蹴ってこの場から逃れようとしたが、足場が不安定なためにそれも叶わない。悲鳴をあげながら足元に目を向けた桜子は、直後に目が合った顔を見て更に叫んだ。
――その顔は、本の表紙に浮かんでいた。苦悶の表情を浮かべ、大口を開けている。
よく見れば、床中にあるすべての本がそうだ。この空間の宙に浮かぶ本も、全容が見えない本棚にぎっしり収められた本も、おそらく。
「――怖がっている場合じゃないですよ、桜子ちゃん」
声を掛けられ、桜子は思わず振り返る。混乱する頭でそんなことをされたので、判断能力が鈍っていた。
目の前には、司祭服を着た少年が佇んでいる。年のころは桜子と同じくらいだろうか。鼻から上は無機質な仮面に覆われていて、表情は分からない。口は真一文字に閉じられ、冷たい雰囲気を感じさせた。
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