タイトル未定「ああ、よかった! あなたが俺の同室だろうか」
穏やかな声をかけられたので、大倶利伽羅は面食らって入り口を凝視した。
淡い京藤色の髪に橄欖石の瞳。それを引き立たせる金色の装束を着た青年が、まるで柔らかい月のように佇んでいた。
こんな真昼間に月も何もないだろう、と我に返った大倶利伽羅は顔を逸らす。それを見た青年は、困ったように首をかしげた。
「すまない……もしかして、部屋を間違えてしまっただろうか。鶴丸国永という刀から、左腕に龍のいる刀が同室だと教えてもらったのだけれど……」
ああ、あいつは余計なことを。大倶利伽羅は、旧知に向けて内心舌打ちをした
たしかに、審神者からノルマの関係で立て続けに新入りが来ると聞いていて――自分の希望が通るのは、最低でもひと月先だと聞いてはいたけれど。
「……いや、合っている。だが、悪いが慣れ合う気はないのでね。挨拶は必要ない」
そう、かりそめの同室だ。ひと月も経てば解散するのなら、必要最低限の付き合いでいいだろう。
そう思って突き放したことを言う大倶利伽羅に向け、青年は柔らかく笑った。
「そうかい? ……でも、せっかく同じ空間で過ごすのだからね。俺の気が済まないから、せめて自己紹介だけでもさせてほしい」
そう言うと、青年は居室に足を踏み入れた。大倶利伽羅に向かい合う様に正座すると、折り目正しく頭を下げた。
「初めまして。先程顕現した蜂須賀虎徹だ。――どうか、これからよろしく頼む」
1
呼ばれていたような気がした。
――刀剣男士として顕現を。
――歴史の守護を。歴史修正主義者の討伐を。
その声に導かれるままに、ないはずの手を伸ばした。
桜の渦に形作られて、褐色の腕が視界に現れる。続いてもう片方の手を伸ばせば、そこには龍が見えた。
――あれは、己の刀身に刻まれたものではなかったか。
それがどうして、ヒトの肉体に刻まれているのだろう。こんな、腕に巻き付くように。
そう思っていると、声は教えてくれた。
自分が何者であるかを。
自分が何をなすべきかを。
そして、仕えるべき主のことを。
そこまで聞き終えると、また誰かに呼ばれた。先程までの声とは違うものだ。
なんとなくそうするべきだと思って、その方向に足を踏み出す。その瞬間、桜吹雪とまばゆいばかりの光が辺りを包み込んだ。
※
目を開けると、随分と懐かしい部屋が迎え入れてくれた。
といっても、自分はこの部屋自体は知らない。それでも懐かしいと思えるのは、その部屋が自分の打たれた場所にとても良く似ているからだった。
――ここは、鍜治場か。
土と鉄の匂い、それに水の気配。懐かしいと思える感覚に包まれた部屋を見渡すと、ふと第三者がいることに気づいた。
それは子どもに見えた。灯のように力強く、それでいて無垢な鼈甲色の瞳。それによく調和する群青の髪が印象的だった。
白を基調とした衣装、そして髪より鮮やかな青のマントが鮮烈に印象に残る。派手でありながら洒落た格好をした子どもは、こちらを見るなり満面の笑みを浮かべた。
「遅参だなあ――大倶利伽羅!」
言葉とは裏腹に、子どもは嬉しそうに地を蹴った。こちらに飛びついてくるのを、慣れない肉体で受け止めてやる。
「へへっ」
子どもは相変わらず嬉しそうだ。容赦もせずに体に回した腕に力を込めるので、苦しくてしょうがない。それに多少なりとも辟易しながら、彼――大倶利伽羅は少年の名を呼んだ。
「貞――太鼓鐘貞宗。少しは手加減しろ、窮屈でかなわん」
「おっ! 俺のことわかる? でも、俺も伽羅のこと分かったんだからそんなもんか!」
「……はあ」
名乗りもしないうちから正体を見破ったのが嬉しかったのか、太鼓鐘貞宗は顔を輝かせて大倶利伽羅を見上げる。それに、大倶利伽羅はため息を返した。
「さっさと離れろ」
「ええー!」
埒が明かないと突き放せば、太鼓鐘はわかりやすく頬を膨らませた。いかにも不満といった様子だが、別に怒っている風はない。彼は随分とわかりやすいようだ。
「……お前がいるということは、ここが本丸という奴か」
大倶利伽羅は、鍛冶場を見渡した。顕現する直前、自分の中に「知識」として流れ込んできた情報を思い出した。自分が人の肉体を得た今、使えるべき主と「仲間」たる刀剣男士たちと共にする拠点だ。
「そうだぜ。で、先程主がお前の依り代である刀を鍛刀し、顕現したからお前が来た。いやあ、またお前と一緒にいれるなんて嬉しいぜ! よろしくな、伽羅!」
大倶利伽羅の問いに答えた太鼓鐘は、心底嬉しそうに笑った。それを、大倶利伽羅はどこか他人事のように見る。
「……慣れ合うつもりはないがな。それでいいなら好きにしろ」
「まーたそういうこと言うー!」
太鼓鐘の表情は良く変わる。感情豊かというべきか、嘘がつけないというか。彼の刀身のように、まっすぐな性根が強く出ているのだろう。
「で、その主……審神者とやらはどこにいる。知っているんだろう」
「あ、そうだな。案内するぜ、ついてきてくれ!」
大倶利伽羅の問いに、太鼓鐘は踵を返した。彼の後をついて鍜治場を出て、長い廊下を歩く。
本丸はずいぶんと広い場所のようだった。城のようだと思ったが、鍜治場は独立した施設になっているらしい。
そんな場所を出て、二振りは母屋へと向かった。母屋は武家屋敷のようだが、自分の記憶にあるものよりもずっと広い。定期的に部屋を増築しているようだった。
「主も、いつもはあの場所で顕現の儀を行って新しい刀を迎えてくれるんだけどな。今日は先日のでっかい調査の後処理が終わんなかったから、俺が代理でいたってわけ」
そう言って、太鼓鐘は上着のポケットから紙片を取り出した。
人型にくりぬかれた紙は、たしか人型というものだ。祝詞のような、経文のようなものが書かれたそれを大倶利伽羅に見せて、太鼓鐘はくるりとこちらを振り返る。
「調査だと?」
「そ。俺たちの使命が、歴史改変の阻止って言うのは知っているよな」
開戦から何年も経ち、数えきれないほどの本丸が生まれ、運が悪ければ滅びていった。守りきれた歴史もあれば、守れなかった歴史もあるらしい。
「その“守り切れなかった歴史”が続いてしまった世界があるらしくてさ。政府所属の刀剣と協力し合う調査が定期的に行われたっぽい。初回は5年くらい前かな」
それから計5回、2年ほどかけて「特命調査」は行われたらしい。それがまた、春先に起こった敵勢力の「大侵寇」を機に再会されたそうだ。
調査場所はそれぞれ『聚楽第』、『文久土佐』、『天保江戸』、『慶長熊本』、『慶応甲府』。それぞれの調査は、二年ほどかけて行われたという。
「俺は、大体二か月前……2回目の『聚楽第』調査前に来たんだ。それでこの間終わったのが『文久土佐』。予想だけど、他の3つも来月以降に来ると思うぜ」
「……そうか」
歴史修正主義者との戦いは、今に始まった事ではないらしい。しかも、自分が励起されるまでの間に、随分とたくさんのことが起こっていたようだ。
「まっ! みっちゃんがいないのがちょっと寂しいけど、お前がいるなら百人力だな。期待してるぜ!」
「……ふん」
言われずとも、自分の役目は果たすつもりだ。それに関しては、誰の手も借りるつもりはない。自分のすべきことを確実にするだけである。
「……お、そろそろだな。この角を曲がれば主の執務室――」
「――だから、あの時情けをかけるなといったんだ!」
曲がり角に差し掛かったことに気づいた太鼓鐘の言葉は、第三者の怒号によって遮られた。驚いて曲がり角の先に目を向けた二振りをよそに、“彼ら”の口論は繰り広げられる。
「そんなに怒鳴らないでくれ。こちらとしても対話は試みたし、持てる策は尽くした。これ以上は手が付けられん」
辟易した様子の低い声が、怒号の主にそう返答する。直後、怒号の主が吐いた大仰なため息が聞こえた。
「そんなことはわかっているよ。だけれどね、二代目が来るまであと4日はかかるんだよ。まさか、それまでそう子さんをあのままでいさせるつもりではないだろうね!?」
大倶利伽羅と太鼓鐘は一瞬視線を交わし、一切の言葉を発することなく曲がり角に侵入した。華やかな装飾をした襖の向こうから、顔も知らない2人の口論は続いている。
「大体、どうして二代目のお迎えまでにそこまで時間がかかるんだ。その辺で普通に手に入るだろう」
「ああ、俺だってそう思ってたよ。大侵寇で政府の機能や施設の大半がやられたとはいえ、時の政府そのものが復旧不可能になったわけではないからね」
「ではなぜ」
低い声が問うと、怒号の主は苛立ちに染めた息を吐いた。憎々しげに吐き捨てる。
「流通ルートがごっそり減ったんだ、あの大侵寇のせいでね! あれでほとんどの協力企業が逃げ出してしまった。敵側に寝返ったやつがいないだけマシだけれど!」
いったい、誰がこの向こうで口論を繰り広げているのだろう。説明を求めて振り返った大倶利伽羅に、太鼓鐘は苦笑しながら教えてくれた。
「えーと、今怒っている方が山姥切長義かな。で、相手の方は山姥切国広。国広の方が、この本丸の最古参で近侍」
「……そうか」
ということは、ここが審神者の執務室で間違いないのだろう。しかし、肝心の審神者らしき声はしない。気配はするので、恐らくいることは間違いないのだが。
しかし、一体この同じ号を冠する二振りは何について言い争っているのだろう。自分は彼のことを知らないが、この態度から相当大変なことだというのは想像に難くない。
(……何の話をしているんだ)
自分には関係のない話だが、それにしたって話の内容が物騒すぎる。流通ルートだのその辺で普通に手に入るなど、言葉通りにとらえれば人身売買のようだ。
そんなことを考えながら、大倶利伽羅は襖へと足を踏み出した。躊躇いもなく襖に手を掛け、開け放つ。
「――失礼する」
「そもそもね、お前があのわがまま放題な問題児を甘やかすから! だから図に乗って、“山姥切国広に『お前がいないと生きていけない。頼むから戻ってきてくれ』と言われない限り倉庫から出ない”なんて戯言を言うんだよ!」
ほとんど同時に、ドンという重い音が響いた。ジャージを着た銀髪の男が、自身の目の前にあるテーブルに拳を叩きつけたのだ。
その声の特徴と態度から、大倶利伽羅は彼の正体を理解した。――なるほど、あれが山姥切長義か、と。
「仕方ないだろう。この数か月間、主専属で仕事をしてもらっていたんだから無碍にはできない。それに、その要求は突っぱねたぞ。今までにもできないことはそうしている」
その彼の向かい側に座っているのは、頭から白布を被った金髪の男だ。山姥切長義の気迫に動じることなく、彼――山姥切国広はいたって真面目に反論する。
「そういう問題じゃない!」
その返答を受けて、山姥切長義は頭を抱えて吼えた。
「その主を交渉材料にして、お前に執着しまくることが問題になっているんだろう! 挙句の果てには、在籍する刀剣男士と併せて増やした後輩どもをいびり散らして! そして新人がくると聞いた瞬間に今度の件! もう看過なんてできないよ!」
こっちは一か月我慢したんだ、と長義は唸る。対照的に、山姥切国広の方は不思議そうに唸っていた。
「最初は、真面目な働きモノだったんだがな……。どうしてああなってしまったのか」
「そんなことは、もうどうだっていい。それよりも、近侍として一刻も早く具体的な解決策を示せ。偽物くんでもそれくらいはできるよね?」
「写しは偽物じゃない」
そこで、我に返った大倶利伽羅は襖を閉めた。自分の見た光景に理解が追い付かず、思わず頭に手をやった。
「……?」
今見たものは何だったのか。なんだか、いろいろととんでもない話を聞いたような気がするのだが。
「あー、伽羅。気にしなくていいから、とりあえず主に挨拶しようぜ?」
そんな大倶利伽羅の背中を軽く叩き、太鼓鐘が苦笑する。あの場所に戻るということに気が進まないまま、大倶利伽羅はもう一度襖を開いた。
「……失礼する」
「ねえ、今セベくんがチャットくれた。そう子さんの件解決しそうだって」
今度は、少女の声がした。いつの間にか、ふたりの間に座った少女が手元の機械を操作している。山姥切二振りは、一瞬の間をおいて彼女を振り返った。
「え?」
「ほら、そろそろ芦谷のおじ……じゃなかった。担当さんが来る時間じゃん。今セベくんが迎えてくれたみたいなんだけど、今日の午後、政府の業者が引き取ってくれるらしいからどうかって言われたみたい。どうする?」
あどけなさの残る顔立ちの少女は、そう言って二振りの顔を交互に見る。直後、彼らの顔から血の気が引いていった。
「……え、主。それはつまり、廃品……?」
「ちがうちがう。えっとね、徳島にいるお婆ちゃん審神者の本丸に預けるんだって。その人、性格に難のある付喪神を矯正するのが得意らしいよ」
山姥切長義の問いに、審神者である少女はあっけらかんと答えた。心なしか、それを聞いた二振りの表情が和らぐ。
「期間はとりあえず半年だって。だから来年には帰って来るのかな。どうする?」
審神者の問いに、二振りの山姥切は一瞬顔を見合わせる。長義が無言で頷いたのを見て、国広も審神者の方を振り返った。
「……なら、依頼したい。そこは主に頼んでもいいか」
「はーい」
軽い調子で答えて、少女は手元の機械を操作した。「依頼完了―」と呟いたので、それで要件はすんだらしい。
「――あ、貞ちゃん」
そのタイミングで、ようやく審神者はこちらに気づいたようだ。彼女がこちらに手を振ると、長義が弾かれたようにこちらを振り返った。ごまかすように咳払いし、こちらに向き合う。国広の方は、特に慌てることもなく目を向けた。
「なに、そう子さんの件決着したの?」
「そうそう。掃除機だから、めちゃめちゃ扱き甲斐があるってあっちも張り切ってるんだって。とりあえず、可哀想だけど切国への恋愛感情と執着を捨ててもらう方向で」
とくに状況にツッコミを入れることもなく問いかけた太鼓鐘に、国広に書類を渡した審神者が応える。大倶利伽羅は、思わず瞠目した。
「……掃除機だと?」
「うん、そう。こっちの切国にガチ惚れしちゃってさあ。この二か月半大変だったんだよ。後輩の掃除道具いびるし」
めんどくさかったー、と少女は唇を尖らせた。そこで、大倶利伽羅の存在に気づいたように目を丸くする。
「ってか貞ちゃん、もしかして鍛刀終わったの?」
「ああ、だから連れてきた。俺の旧知の大倶利伽羅だ!」
「なるほど、彼が。鶴丸国永とよく話題に出していたね」
太鼓鐘は、にっかりと笑って大倶利伽羅の背を叩く。長義が少し表情を和らげた。温度差について行けずに彼らを見比べる大倶利伽羅に、審神者は無表情のまま会釈する。
「どうも。審神者です。いちおう夕麗っていうんだけど、覚えるかどうかは任せるね」
「……ああ」
大倶利伽羅は首を振った。夕麗は、そこで思いついたように太鼓鐘を見る。
「慣れるまでの案内役、貞ちゃんに任せようと思うんだけどいい?」
「いいぜ!」
夕麗の問いに、太鼓鐘は快諾する。それを聞いて、大倶利伽羅は彼女らに背を向けた。いきなり調子を狂わされたが、面通しは済んだので長居する理由はない。
「……もういいだろう。俺は失礼させてもらう」
「あ、こら」
長義の諫める声も無視して、大倶利伽羅は来た道を戻る。審神者に会えればそれでよかったし、既に話題に出されているのなら自己紹介も必要ないと判断したからだ。
「あ、ちょっと伽羅―!」
慌てた様子の太鼓鐘の声を背中で受けながら、大倶利伽羅は廊下を進んでいった。
(……あんな小娘が主か)
見たところ年は15かそこら。男子なら元服しているころだろう。この時代の少年少女は、学生として教育を受けているということは知っている。そんな子どもでさえ駆り出さなければならないほど、戦況は芳しくないということなのか。
(……まあ、誰が持ち主でも関係ないがな)
どちらにしろ、自分のやることは変わらない。刀としての本文を果たすだけだ。
2
初期刀の加州清光の許に案内されたのは、太鼓鐘が大倶利伽羅に追いついてすぐだった。
この本丸には部署制度があり、顕現した刀は自動的、かつ強制的にいずれかの部署に振り分けられるのだという。清光は、事務室として開放された一室にいた。本丸の総合的な事務・雑務はここで請け負っているらしい。
清光のほかには、小柄な少年と顔色の悪い大男、そして袍服に身を包んだ男が3人。どうやら、この4人でこの現場を回しているようだ。
「――ほんっっとごめん!」
そこに顔を出した二振りへの挨拶もそこそこに、清光はそう言って眼前で手を合わせる。面食らって眉をひそめた大倶利伽羅に向け、清光はことの顛末を話し始めた。
「ここに顕現した刀には、基本的に居室を個室か大部屋から選んでもらうことになってるんだ。でも、こっちの手配ミスで部屋の増設が間に合わなかったから、俺と同室か後に来る刀と同室になるかを選んでほしい」
清光によれば、鍛刀計画書に基づいて手配した部屋の数と日程にずれがあったらしい。今日5部屋ほど増設されるはずが、前述の理由で準備できなかったそうだ。
それに気づいたのが一か月前。すぐに申請したものの、このところ特命調査続きで審査が遅延してしまい、明日からようやく増設工事がされるということだった。
「鍛刀計画書も、その日程に合わせて書き直したんだけどねー。でも、お偉いさんがそっちの事情だーって言って突っぱねちゃったの。それで、当初の計画通りの鍛刀になっちゃったもんだから、当然部屋が間に合わなかったんだよね」
別の声が割り込んだ。随分と背の低い子供が、若葉色の目をこちらに向けて肩を竦めていた。それを聞いて、清光がついに頭を抱える。
「……そう。そんなわけで今、居住可能なのは俺の部屋を除いたら一部屋だけなんだ。新しい部屋に住めるようになるまでは、早くてもひと月かかるんだって。だから、個室が希望ならそれで準備するけど……」
一見無愛想に見えるこの刀は、案外面倒見が良いようだ。つらつらと事情を述べた後、清光は小首を傾げて問う。それに、大倶利伽羅は特に顔色を変えることもなく答える。
「別に、どこだっていい。……俺のほかに、後何振り呼ばれるんだ」
訊くと、清光は分厚い書類を捲りだす。
「えっと、暫定なんだけど……。あんたと同時に着手していた刀が2振り、こっちはまだ降ろせていない。もうね、いろんな問題があっちこっちで起こってててんやわんやでさあ……。だからその二振りの顕現は早くても明日、明後日と日を分けることになるのかな」
「そう子さんとかか」
「そうそう、そう子さん……って、は? 何で知ってんの?」
「いや……」
思わず口を吐いた問いに、清光は反射的に返答した後目を丸くする。それに首を振ると、大倶利伽羅は息を吐いた。
「……部屋については了承した。どちらでも構わないから、あんたの都合で決めてくれ」
こちらとしてはわがままを突き通すつもりはないので、そう答える。以外にも、清光は目を丸くした。
「……いいの?」
「ただ、いずれは個室に移りたい。その申請はいつまでにすればいい」
続けて訊けば、清光は慌てて小さな手帳を取り出した。それを開いて指でなぞると、机の上にあったボールペンを拾って何かを書きつける。
「ええと……今は大丈夫。部屋が新設されたら案内するから、その時申請書類を渡すよ」
「わかった」
「ありがとねっ」
ぐりぐりと円を書いて、清光は手帳を閉じた。とりあえず、と口元を手帳で軽く叩く。
「じゃあ……うん、せっかくだから、空き部屋の方を使ってくれる? 準備ってできてるんだよね?」
「ああ、ばっちりだぜ!」
二つ目の問いは太鼓鐘に向けられた。嬉しそうに彼が頷けば、清光はようやく安堵したような表情をした。
「あ、そうだ。明日、明後日に来る新入りさんの返答によっては、相部屋になるかもしれないってことだけ了承してもらっていい? 迷惑かけるけど、お願い」
「構わない」
心底申し訳なさそうな清光に、大倶利伽羅はさして興味もなく返答する。ありがとね、と呟いて、清光は太鼓鐘の方を向く。
「太鼓鐘、ええと……大倶利伽羅だっけ? の案内よろしくね。こっちも今バッタバタでさ。このあとも仕事に戻らなきゃ」
「おう、任された! ……じゃ、行こうぜ伽羅!」
話を振られ、太鼓鐘は快活に答えた。とたんに大倶利伽羅の手を掴み、引っ張って廊下に走り出していく。
「おい、貞」
「いーからいーから!」
やたら楽しそうな太鼓鐘は、軽い足取りで大倶利伽羅を導いていく。迷いのない足取りから、もう何度もその空き部屋には行っているのだろう。
大倶利伽羅は、諦めてこの古馴染みに従うことにした。元々、同じ主の許でずっと長い間「連番」として共にいたのだ。今は、何を言っても無駄なことくらい知っている。
「……先が、思いやられるな……」
呟くと、太鼓鐘はこちらを振り向いて「その方が退屈しないだろ?」と笑ってみせた。
※
「伽羅の部屋は……ここだな!」
太鼓鐘に案内されたのは、審神者の執務室の反対側にある角部屋だった。
中庭に面しているために多少は人の出入りは多いが、比較的過ごしやすそうだ。そんなことを思っていると、太鼓鐘は障子戸を開ける。
「一応、掃除して必要最低限の生活用品は揃えてあるぜ。いつでも生活ができるようになってる! あ、でも足りないのがあったら言ってくれよな!」
簡素な部屋だった。部屋の正面には長机、右手側には備え付けの棚や家電製品。奥の方には戸棚が並んでいる。
(……悪くはないな)
そう思いながら部屋の中を見つめる大倶利伽羅を、太鼓鐘は得意げに見上げた。
「どうだい? 結構洒落てるだろ?」
目には期待があふれていた。その口ぶりから、この居室を用意したのは太鼓鐘だということが分かる。大倶利伽羅の返答を待つことなく、彼はにかっと笑った。
「たまたま、俺がこの部屋の担当だったんだ! 結構好き勝手やっちゃったけど、自信作だし結構好評なんだぜ!」
でも、と太鼓鐘は障子戸から離れる。来た道を少し戻ったと思ったら、くるりとこちらを振り返った。
「お前の部屋になってよかった。気に入ってくれたら嬉しいぜ!」
屈託のない笑顔が眩しかった。それに目を細めた後、大倶利伽羅はふっと息を吐く。
「……お前の見立てなら、間違いはないだろうな。世話になる」
その言葉が欲しかったのだろう。大倶利伽羅がそう言った瞬間、太鼓鐘の顔がいっそう輝いた。
「おう! ……あ、そうだ。ここにはいろんな部門ってのがあってさ、この本丸に顕現したら、何かしらの仕事を担当することになってるんだ」
「……仕事、だと?」
自分は戦うために顕現したのだったが。他に、何かすることがあるというのだろうか。そう思って怪訝そうな顔をした大倶利伽羅に、太鼓鐘は何度目かの笑顔を見せる。
「さっき見ての通り、ここにはたくさんの名刀が顕現してるからな。自分たちでも家事だのなんだのやらないと追いつかないんだよ。一応、さっき加州たちがいたところが事務系の部署。多分、追ってお前の異動先も説明されると思うぜ」
「……そうか」
「裏方は嫌かい?」
にかりと笑って、太鼓鐘が問うた。大倶利伽羅はふいと視線を逸らす。
「……与えられた仕事はこなすさ。文句はない」
「そっかそっか!」