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    新月の本棚

    @kisaku_8587

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    あんスタホラー
    廃病院から脱出するやつ
    第一話だけ投げます

    ※注意事項(兼メモ)
    ・あんず≠原作&アニメで個性が強い(実質オリジナルキャラ)
    ・時間軸は謎(ズ! の返礼祭が終わったあたりの春休み)
    ややこしくなるからメインストーリー考慮してません。
    キャラクターの呼び名はwikiの呼称表を参照
    ・メインキャラ兼被害者は【あんず、明星スバル、氷鷹北斗、遊木真、衣更真緒、朔間凛月、鳴上嵐、影片みか】

    Still Unforgiven(サンプル)第一夜 廃病院へようこそ①                                   

      
       1

     1人でこんな遠くまで来るなんて、記憶している限り初めてのことではなかろうか。
     早朝から電車に揺られ、ビル群から春めいた自然に変わっていく景色に感嘆したり、どこか感傷的な気分に浸ったり。
     そんな時間を二時間以上過ごした後に、乗り継いだバスを後にしたあんずを出迎えたのは少し寂れたバス停だった。
    「……すごい……。こんな景色、初めて……」
     眠い目をこすりながらバス停に降りたあんずは、目の前に広がった光景に思わず吸い寄せられるように歩き出した。
     映画の中に入り込んだような錯覚の中、あんずは広大な自然と、そこに存在する古い茅葺の日本家屋に魅入る。
     こんな景色、映画や写真の中でしか見たことがなかった。圧倒される存在感に、あんずはただただ立ち尽くすしかない。しばらく目の前の景色に見とれていた彼女は、背後からかけられた声で我に返った。
    「おーい、あんず ! こっちこっちー!」
     振り返ると、木造の停留所前から明星スバルが手を振っていた。その隣には、氷鷹北斗と遊木真の顔もある。衣更真緒の姿が見えないが、ともかく無事に合流できたようだ。
    「ごめんね、もしかしてずっと待っててくれてたの?」
     砂にタイヤを取られながらキャリーケースを引っ張ると、スバルは慌てたように「ゆっくりでいいよ!」と返してくれる。
     そう言われても、彼らをかなり待たせてしまった。しかも、わざわざ出迎えまでしてもらったのだから、ありがたいやら申し訳ないやらで気持ちが逸ってしまう。
     それで必死でキャリーケースを引っ張っていると、見かねたのか北斗が駆け寄ってくる。気遣うような顔で右手を差し出した。
    「こんな大荷物を持って走ったら危ないだろう。俺が持つから、ゆっくり歩くといい」
    「あ……。ごめんね、北斗くん」 
     そう言いながら、北斗はキャリーケースを持ってくれる。あんずが恐縮しながら頭を下げれば、いつもの柔らかい微笑みが返ってくる。
    「気にするな。俺たちの方こそ、一緒に来れなくてすまなかったな。……足元には気を付けろよ、意外と凸凹なんだ」
     今立っている道は、あまり整備されていない。田舎ならではと言えばそれまでだが、綺麗に整えられた道しか知らないあんずにとっては物珍しいものに映った。
    「うん、ありがとう」
     気恥ずかしさから、あんずは肩を竦めた。どこか大切に扱われるのには慣れたものの、やはりどこかこそばゆい。北斗は息をするように気障なセリフを吐くから、余計にだ。
    「おふたりさーん! 朝からみせつけないでよっ、このッ☆」
    「あんずちゃんは皆のものなんだから、氷鷹くんばっかり独り占めしないでよ~!」
    「お前らは何を言っているんだ? あんずはあんず自身のものだろ」
     そんなあんずたちを、ここぞとばかりにスバルと真が茶化す。それに、北斗が呆れながらため息交じりに言葉を返した。それを見て、あんずは思わず吹き出してしまう。
     この光景も、いつまでも変わらない。去年の春に出会ってから、このやり取りに何度笑顔をもらっただろう。
    「あんず~、おいでおいでっ! 疲れたでしょ、待合室開いてるから休んでいく?」
    「あんずちゃん、僕も荷物持つよ! とりあえずそのバッグ貸して?」
    「え、あ、うん。……ありがとう」
     スバルと真とて、ただ単に2人を揶揄うだけのつもりはなかったようだ。スバルがあんずの手を引き、真があんずが肩に掛けていたバッグを取り上げる。スバルの手に縋りながら、あんずは目の前に広がる自然豊かな風景に感嘆した。

     旅行に行こう、と言い出したのはスバルだった。来年度から活動の拠点が新しい事務所に代わるため、それぞれが今まで以上に忙しくなる。
     だから、5人は時間があるうちに今回の旅行を決行した。とはいえ、世間の考えることはみんな同じなようで、行楽シーズンを迎えた中での宿の確保は困難を極めた。
     それで困ったあんずがスバルたちに相談したところ、たまには自然に囲まれた場所で過ごすのもいいのではないか――ということで話がまとまったのだ。
    「他の皆も、誘えればよかったんだけどね。ガミさんも、オッちゃんやザキさんと一緒に旅行だっていうし。フッシ〜や夏目にも、ユニットの仕事があるからって断られちゃったし」
    「あの3人が旅行っていうのも、珍しいな。……そういえば、衣更はまだ帰ってこないのか?」
     軽快に笑うスバルに頷いた後、北斗は訝し気に彼らに問う。それを受けて、首を傾げる真の傍でスバルが真緒を捜すように周囲を見た。
    「ああー、そういえば遅いね? どうしたんだろサリ~、観光先を訊きに行くだけなのに。……花粉症、ひどくなっちゃったかな?」
    「この間、薬替えたらすごくマシになったって言ってたけどね。合流した時も平気そうだったけど、やっぱりこんな山の中だから厳しかったのかな」
     どうやら、真緒がいなかったのは情報収集が理由らしい。心配する真とスバルの話を聞きながら「捜しに行こうかな」とあんずが思った時、おおい、という声がかかる。噂をすればなんとやらで、その真緒が少し先から駆けてくるのが見えた。
    「悪い、待たせた! 観光案内所のお婆ちゃんが耳が遠くてさ、会話に手間取ったんだ」
     真緒は申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせた。どうやら花粉症は平気そうである。
    「そうだったのか。ありがとう衣更、大変だっただろう」
     そう言って労う北斗に、衣更はくすぐったそうに笑って貰ってきたらしい冊子を手渡す。そんな彼の疲れた顔も、あんずに気づいた瞬間に一転して明るくなった。
    「おっ、無事に来れたんだな、あんず。おいーっす」
    「おはよう、衣更くん。わざわざありがとう、大変だったよね」
     そうあんずが労いの言葉をかければ、真緒は声を上げて笑う。
    「ははっ、こんくらい全然平気だって。お前こそ、えーっと、4時間くらいか? 電車にバスにって疲れただろ?」
     あんずは、スバルたちより1時間ほど遅い電車に乗った。ギリギリになってしまった仕事を片付けてから向かったためなのだが、そのせいで睡眠時間は正直いって足りていない。今日という日が楽しみだったというのもあるのだが。
    「うん……でも、1時間くらい眠れたから、大丈夫」
    「いや、それちゃんと休めてないだろ。女の子なんだし、体は大事にな?」
    「あははっ、サリ~が言っても説得力ないよ~?」
     手を軽く握りしめながら言うあんずに、真緒が苦笑する。さらにスバルが横槍を入れた。こら、と真緒がスバルを窘める横で、あんずの荷物を持った北斗と真が声をかける。
    「とりあえず、一旦宿に戻るか。俺たちのと一緒に、あんずの荷物も預けてもらおう」
    「そうだね。ところであんずちゃん、ご飯は食べられた? 観光客向けにお休み処があるみたいだし、軽食くらいなら食べられるかも!」
     衣更がくれたパンフレットを見ながら、真はそう提案してくれる。少し考え、あんずは頷いた。
    「食べてこれたから、大丈夫。でも、衣更くんが聞いてきてくれた観光ルートも気になるからお休み処で話し合わない?」
    「いいねいいねっ、そうしよう?」
     スバルはもちろん、他の3人にも異論は内容だった。じゃあそれで行こう、と北斗が言ったのをきっかけに全員が歩き出す。
     目的地は、先程北斗が言った通り宿だ。あんずの荷物を預け、身軽になって行動する必要がある。やっぱり荷物を持つ、というあんずの申し出を固辞する北斗と真を先頭に、一行は自然豊かな田舎道を歩く。
     深まってきたばかりの春は、こんなにも長閑だっただろうか。普段と違う場所のせいか、まるで別の世界に来たような錯覚さえ覚える。
     キラキラと輝く自然風景にはしゃぎながら歩いていると、ふと真緒が何かを思い出したように話題を振る。
    「――ところで、さっきは何の話をしてたんだ?」
    「え?……ああ、大神くんたちも旅行に行ってるって話。一緒に来れれば楽しかっただろうなーって」
     真緒の問いに真が答えると、真緒は少し考える風にする。
    「そうなのか。……そういえば、凛月も昨日から影片と嵐と一緒にバイトに出かけてるんだよ」
    「え?」
     真緒が呟いた内容に、あんずたちは目を丸くした。
    「バイト? アイドル関係……じゃないよね、ユニットじゃないから」
     スバルの問いに、
    「そうそう。最近影片が受けるようになった仕事の伝手で、声を掛けられたんだって」
    と、真緒は苦笑した。
    「俺もあいつから依頼を持ち込まれたんだけど、その時すでにお前らとの旅行が決まってたから断ったんだよ。それで結局、3人でいくことになったんだって」
    「へえ、いったいどんな仕事?」
     真緒の説明に、真が興味津々と言った様子で訊いた。真緒は記憶を探るように視線を泳がせながら、「確か……」と首を傾げる。
    「なんか、農村かどこかで農作業を手伝うんだって。作業時間は半日程度みたいだし、野菜の袋詰めくらいなら、って凛月も承諾したっぽい。予定通りなら今朝早く旅先を出発したはずなんだけど……。ちゃんと着いたかな、なんか心配になってきたわ」
    「連絡は来たのか? あいつは何かあれば、お前に連絡していそうだが」
     心配そうな顔をする真緒に北斗が訊くと、彼は困ったような顔をする。
    「昨日の夜の……あいつが風呂に行くって言うまではやり取りしてたんだけどな。今朝送ったメッセージには、まだ既読つかない」
    「そうなんだ。なんだか心配だね」
    「それなあ。一回電話した方がいいのかなあ」
     心配性にスイッチが入ったのか、真緒は少し真剣な顔でスマホを握りしめた。
     彼のそれは今に始まった事ではないが、やはりずっと面倒を見ている幼馴染が不調かもしれないというのは気が気ではない出来事なのだろう。
    鳴上くんお姉ちゃんや影片くんもいるなら、大丈夫じゃないかな? それに、朝早く出たってことは早起きだったんだろうし、もう家で寝ちゃってるだけかもしれないし」
     まさか、3人もいてまだ家に帰れないということはないだろう。もしかしたら1人暮らしを始めたという影片の家で過ごしているのかもしれないし、3人で出かけているのかもしれない。なにかあった、と考えるのには早すぎる。
    「……そうだな、うん。今はお前たちとのことに集中するよ」
     あんずの言葉で、真緒も一旦は気持ちに区切りがついたらしい。ごめんな、と一言謝って、真緒は気を取り直して先を急ぐように歩を進めた。
     気にしないでいいのに、と声をかけながら歩くあんずたちのすぐ先に、目的の宿が見えてきていた。  
     
    (中略)

    「――えっ?」
     次の瞬間、あんずは目の前の事態が呑み込めずに呆然と立ちつくした。あまりのことに、脳が現実を認識するのにしばらく時間を要した。
    (――なに、これ)
     自分がいたのは旅館だった。廊下には綺麗な花が飾られ、床はお洒落なカーペットが敷かれていた。
    ――それなのに、目の前にある景色はなんなのだ。
    「え……なに? どういうこと!?」
     あんずは、恐怖と困惑から後ろに後退った。砂だらけの床がじゃり、と音を立てる。慌てて後ろを振り返るが、あるはずの客室の扉はそこにない。ただ、冷たくひびの入った壁があるだけだった。
     夜のような暗闇。蜘蛛の巣が張り、埃と黴が臭いを放つ不潔な空間。ボロボロに朽ち果て、退廃した空間がそこにあった。
     古びたここは自分の知っているものとは違うが、確かに――。
    「……病、院?」
     あんずは、広いホールにいた。
     割れたガラスや廃材、椅子などが散乱した空間。その正面には、「総合受付」と書かれたカウンターがあった。どうやら、どこかの病院のエントランスらしい。
     どうしてこんなところに、とあんずは頭を抱えた。全部が質の悪い夢かと思ったが、手には客室のカギを持っている。心臓が、何かで殴られたように跳ね上がった。
     疲れからくる幻覚にしては、視覚が、嗅覚が、肌が、耳があまりにリアルな感覚を脳に伝えてくる。うるさいくらいに警鐘が鳴っている。
    ――まるで、現実逃避など許さないように。
    「いや……なんで? みんなは? みんなはどこっ!?」
     いやでも現実を認識すれば、次にあんずはどうしようもない恐怖と焦燥に襲われた。ただただ自分の置かれた状況が怖くて、彼女は絶叫する。
     逃げ場を探すように振り返った先に出入口らしき扉が見えて、あんずは期待を胸に走り出した。外に出ようとドアノブを握るも、押しても引いてもがたつくどころかビクともしない。まるで、はめ殺しにでもされているみたいに。
    「あけて! 誰か! ――ねえ、誰かいませんか!」
     あんずは思い切りドアを叩いた。その音と悲鳴がエントランスに木霊するが、それに応える者はいない。
    「誰か! スバルくん! 北斗くん!」
    手が痛むのも構わず、あんずはドアをたたき続けた。それでも誰も答えてくれなくて、ただ古びた石壁が悲鳴を飲み込んでいく。胸に風穴があいた感覚がした。
    「やだよ……。衣更くん、遊木くん、ねえ……」
    涙がこぼれて、あんずはドアを叩くのをやめた。力が抜けた両手が力なく地面に落ちて、泣きながらその場に蹲る。
    「いや――いやああああああああああっ!」
     あんずは絶叫した。崖の上から突き落とされたように深い絶望に突き落とされ、沈んでいく感覚がする。息ができなくなっていくような気がした。
     このまま、自分はここから出られないのだろうか。どうしてこんなことになったのだろう、みんなはどこに――そんな疑問ばかりが、あんずの中で嵐のように暴れ狂う。しばらく泣きじゃくっていたが、やがてあることに気づいて顔を上げた。
    「――そうだ」
     スマホがある。皆に連絡すれば、気づいてくれるかもしれない。
     涙を拭ったあんずはスマホを取り出すと、5人のグループトークを開く。縋る思いでグループ通話ボタンを押した。
    「お願い……誰でもいいから、出て!」
     スバルたちは部屋にいるはずだ。気づいてくれるか、それとも気づいていて捜してくれているのか。そういう期待を抱きながら、あんずは通話がつながるのを待つ。
     しかし、通話は誰も応答せずにキャンセルされてしまった。めげずに何回もかけなおすが、結果は変わらない。今度はメッセージを送った。
    <みんな、どこ?>
    <何を言っているかわからないと思うけど、私今、なぜか病院にいて出られないの>
    <写真を送るから、お願い。助けて>
     矢継ぎ早にそれらを送り、カメラを起動して写真を撮った。それもトークルームに送ると、スマホを握りしめて返信が来るのを待つ。
    「これで、大丈夫……」
     情報通の真がいる。これを見れば、きっと写真からこの病院の所在地を突き止めてくれるはずだ。
    「――ひっ!?」 
     そう期待して息を吐いた直後、物音がした。体が跳ね、上擦った悲鳴が口から飛び出す。音がする方を見たあんずの目に、先程の受付カウンターが飛び込んだ。
     せりだしたそれの背後に、音の正体と思われる存在は見つけられなかった。カウンターに向かって右の位置には、古びた看板が立てられている。
    「――……」
     看板自体は古びていて、字が読みにくい。ただ、あそこにあるということは総合案内板である可能性が高い。
     あんずは立ち上がった。酷くゆっくりとした速度で歩き出し、カウンターに近づく。
     そこまでの距離では、何も起こらなかった。案内板の前に立った彼女は、スマホのライトを頼りに内容を読み取る。
    ――「精神科」、「外科」、「内科」、「小児科」。やはり、ここは病院のようだ。この4つの診療科で構成されているらしい。
    「……総合病院、だったのかな……」
     廃墟になって久しいようで、院内には電気の類が通っていなかった。とにかくケガだけはしないようにしようと思いながら、あんずは視線を上に移す。案内板の左上に記載されていた施設名を見て――驚愕に瞳を凍らせた。
    「――うそ」
     喉が、締め付けられるようだった。声帯が封じられたように、言葉を出すことができない。看板に磔になったままの目も、綴じることを忘れてしまった。
    「【十六夜いざよい……記念病院】……!?」
     カウンター横の案内板には、確かにその名前があった。

    (中略)

    「遅いな――……?」
     北斗は出入り口を振り返った。
     スバルと真緒が、飲み物を買いに出たのは10分も前だ。自販機は同じ階にあるし、初めに見た時は種類も少なかった。こんなに時間がかかるとは思えないのだが。
    「心配しすぎじゃない? 少ないから、逆に何を買うか悩んでるんだと思うよ」
     真はすっかり気分転換ができたようで、テレビを見ながらくつろいでいる。サービスとして置いてあったお菓子が気に入ったのもあるのかもしれない。
     これどこで売っているんだろう? と少し嬉しそうに呟いている。自分のおやつか、お土産として買うつもりなのだろう。
    「……そうか?」
     そんなにも、自分は心配性なのだろうか。これでは、凛月を心配していた真緒のことも同じように笑えない。そうだよと頷く真の言葉に首を傾げつつも、北斗は『Trickstar』のグループトークにメッセージを入れることにした。
    <明星、衣更、ずいぶん時間がかかっているが大丈夫か?>
     淡白なメッセージについた既読は、一つだけ。隣で着信音を鳴らしたスマホを取った真のものだ。しばらく待ったが、既読は増えない。さすがに真も顔を曇らせた。
    「珍しいね……? 明星くんも衣更くんも、確認は早いほうなのに」
     すべての場合に当てはまるわけでもないが、行き先が分かっているこの状況に於いては、この事実は不安を煽る。
     もしかして、体調でも崩しているのだろうか。しかし、その場合は2人のうちのどちらかか、従業員が知らせに来ると思うのだが。
     なんだか、妙な胸騒ぎがした。このまま放っておけば、必ず後悔する。そんな予感が、一刻も早く行動しろと北斗を急かす。それを無視することもできなくて、北斗は上着のポケットにスマホを突っ込んだ。
    「――遊木、やっぱり2人を捜してくる。お前はどうする?」
    「……そうだね、僕も行くよ。なんか心配になってきちゃった」
     腰を上げながら北斗が問うと、真も顔を曇らせながらテレビを消した。貴重品の入った鞄を持って、2人は玄関に向かう。
    部屋のドアを開け、日当たりのいい廊下に出た――はずだった。
    「は?」
     北斗は、思わず間の抜けた声を上げた。その後ろで、真も絶句して立ち尽くしている。目の前に広がる光景を、2人とも理解できないでいた。
    「え……? なに、これ……」
     呆然と呟く真の声で、北斗は我に返った。慌てて周りを確認し、現在いる場所を把握しようとする。
     ここは廊下だった。北斗たちの背後、旅館の部屋だったはずの空間は、朽ち果てたベッドルームになっている。
    (……いや、違う。寝室なんかじゃない)
     いまだに動けない真に構う余裕もなく、北斗は室内を覗き込んだ。
     朽ちたベッドは、相向かいになるように4つ並んでいた。朽ち果てた棚に、腐って痛んだ床に散らばった漆喰や硝子。割れた大きな窓を隠し切れない、ぼろぼろのカーテン。
     それが何を意味するのか、この光景だけで理解できた。
    「……病室」
     ベッドの上には布団が残っていた。まるでさっきまで誰かが寝ていたような形に毛布が捲れ、はがれた漆喰や黴がそれらを汚していた。
     一目で廃病院だとわかる。一体、どうしてこんなところにいるのだろう。
    (誘拐……は、ないだろう。あの一瞬で、誰も近くにはいなかったのに)
     わからないからこそ、気持ち悪くて仕方がない。とにかく、この病院から急いで出なければ。
    「――ひ、氷鷹くん!」
     ひきつった真の悲鳴に、北斗は振り返った。すっかり青ざめてしまった顔で、真は震える手を虚空に掲げる。
    「……あ、あれ……」
    「どうした!?」
     怯え切って震える真の視線を追えば、暗い廊下の先から何かが近づいてくるところだった。なんだろうか、と北斗は目を凝らした。――なにが、こちらに来るというのか。
    「……っ!」
    「遊木!」
     恐ろしさのあまりよろけた真を、北斗は慌てて支えた。そうしながらも、北斗は廊下の先から視線を外さない。
     逃げなければ、と思った。それなのに、体は動かない。目をそらせない。ただそれが義務だとでも言うように、北斗は暗闇を凝視していた。
    ――正体が、見えた。空っぽの車椅子を、ぼろぼろの少年が押してきていたのだ。
     少年は俯いていて、顔が見えない。あまりにも異質で恐ろしい光景に、北斗も真も声を出すことができずに凍り付いた。
    『……が……り……したの』
     少年は、小さな声で歌っていた。幼く細い声が、ひどく頼りなく廊下に響く。
     どこかで聞いたリズムだ。こんな状況だというのに、破片を聞き取った北斗の意識が記憶から正体を探ろうとする。
     そして、それにはすぐに行き当たった。マザーグースの、「誰が駒鳥を殺したの」。有名な古い遊び歌ナーサリ・ライム
    『……わたしが、殺した。コマドリを』
     その歌を歌い切るとともに、少年は止まった。そのまま、しばらく沈黙が続く。
     この少年の目的と、ここからの行動が読めないので、2人は動こうにも動けなかった。――下手をすれば、その瞬間に襲い掛かって来そうな気すらして。
    (何なんだ……この子供は)
     こんなにボロボロなのであれば、普通は駆け寄って声を掛け、庇護してやるべきなのだろう。少なくとも、平時の北斗や真ならば絶対にそうした。
     しかし、2人はそうしなかった。それどころか、この少年から感じ取るまったく逆のものに、すっかり気圧されてしまっていた。
    少年は顔を少しだけ上げ、強烈な殺意を持った目で2人を睨む。――深い深い、怨み、憎悪。同じくらい底なしの敵意をふたりに向けた。
    「――っ!」
     それを見て、北斗はようやく2度目の呪縛から解き放たれた。弾かれたように真の手を掴み、少年に背を向ける。
    「遊木――逃げるぞ!」
    「あ……あ」
     腰が抜けかけている友人を必死で引っ張って、北斗は暗い廊下を駆けた。傷んで腐った床が悲鳴を上げることすら気にせずに、ただ少年から逃げるために足を動かす。
    (どういうことだ――)
     潜ったドアの先、ぼろぼろの少年――この異質な空間たる廃病院。
    (一体……何が起こっているんだ!?)
     どうして、こんなところに来てしまったのだろう。どうすれば帰れるのか、スバルたちは無事なのか。
     混乱と不安と恐怖の中――その片隅で、北斗は安否のしれない友人たちがここに来ていないことだけを祈っていた。

         ※

    「んんんんんっ!」
     リネン庫に引きずり込まれ、扉は内鍵を掛けられた。
    背後から抱きしめられる形で抑え込まれたあんずは、反射的に両手を振り回す。しかしその腕は易々とつかまれてしまい、反撃は失敗に終わってしまう。
    危機感が恐怖を上回った。とにかく得体のしれない何者かの手から一刻も早く逃れたくて、杏子は恐怖と混乱で頭が回らないままに抵抗を辞めずに暴れようとする。いっそう、自分を抱きしめる力が強くなった。
    (いや……っ!)
     殺されるのか、それとも。最悪な創造ばかりが頭を埋め尽くし、焦燥で頭が回らなくなる。思わず口をふさぐ相手の手にかみつこうとした、その時。
    「……しぃ――……」
    「!?」
     耳元で、相手がそんな音とともに息を吐いた。間髪入れずに「静かにして」とささやかれ、あんずは抵抗すら忘れて動きを止めた。
    (……この、声)
     まさか、そんなわけが。こんなところにいるわけが。
     そんなことを考えていると、視界の隅ですうっと白い手が伸びた。指をさされた方向を見れば、扉の向こうで足音がすることに気づく。恐怖で再び凍り付くあんずを安心させるように、背後の誰かは彼女の頭を優しくなでた。
     ふたりは、そのまま息を殺して足音をやり過ごすことにした。何かを探すようにリネン庫の前を往復していた音が、やがて諦めたようにゆっくりとした速度で遠ざかっていく。やがてその音と気配が完全に遠のいた時、解放されたあんずは床にへたり込んだ。
    「……っ」
     安堵と疲労で声が出なかった。肩で息をしながら、あんずは真っ暗な床を呆然と眺めていた。そんな彼女に、横からのぞき込んできた「誰か」がそっと声をかけた。
    「……あんず? 大丈夫?」
     その言葉で、あんずの動きが止まった。ゆっくりと、まるで油の切れかけている人形のようにぎこちない動作で声のした方を向く。
     信じたくなかった――が、この声はやはり。どうして、彼がこんなところにいるのだろう……?
    「……凛月くん?」
     こんなに暗い中でもわかる、血のように赤い瞳があった。
     震える声で名を呼んだあんずに、彼――朔間凛月は片手を上げて応えた。
    「おい~っす。とりあえず、ちょっと話聞かせてくれない?」
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     1人でこんな遠くまで来るなんて、記憶している限り初めてのことではなかろうか。
     早朝から電車に揺られ、ビル群から春めいた自然に変わっていく景色に感嘆したり、どこか感傷的な気分に浸ったり。
     そんな時間を二時間以上過ごした後に、乗り継いだバスを後にしたあんずを出迎えたのは少し寂れたバス停だった。
    「……すごい……。こんな景色、初めて……」
     眠い目をこすりながらバス停に降りたあんずは、目の前に広がった光景に思わず吸い寄せられるように歩き出した。
     映画の中に入り込んだような錯覚の中、あんずは広大な自然と、そこに存在する古い茅葺の日本家屋に魅入る。
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