hdl復活if 4/4長い長い夢を見ていた…
不安で、優しくて、恐ろしくて、暖かい
そんな気がする……
徐々に意識が戻ってくる。
とても心地いい…
暖かくて、柔らかくて、包み込まれて安心する。このまま目を開けずに、ずっと感じていたい……。すべすべした枕に頬擦りして感触を楽しむ。
ここは、、どこだ?極上の柔らかいベッドの中、どこかのお城?いや、違う様な……
いつまでも微睡んでいたかったが、流石にはっきり覚醒してきた。
こんなによく眠れたのは、いつぶりだろう。
頭がスッキリとして、気分がいい。
……ん?これ前にも、、まあ良いか。気持ちいい……。
夢の世界へ戻るのは諦め目蓋を持ち上げると、見知ったシーツとは色が違う様な…と言うか、布ではない。
……?!え?何だこれは。
心地良さにぼんやりとしていた神経を研ぎ澄まし状況を掴もうとする。
身体を起こそうとしたが、全く動けない。手足に麻痺の感覚などは無いのだが。まさか拘束されている?
しまった。こんな状況で気持ちよく眠っていたとは。私としたことが無警戒に過ぎる。
視界は薄暗く、顔に毛布が掛かっていて状況が掴めない。頭を振って毛布をどけ、首を反らして上を見ると、、
「おい、暴れるな」
ハドラーの赤い眼がこちらを見ていた。
………は?
ええぇぇっ??!
これ、ハドラーの身体!
まさか、ハドラーの上で寝ていた?
私の極上ベットはハドラー?
へぇっ?なんで?
「えっ、私どうして、こんな、寝て、いやあの、なんでお前が、え?」
「落ち着け。お前が絶対に離すなと、泣いて頼むからだろうが」
は?いやいやいや、そんな事するはずが無い。そもそも、そんな事をハドラーに、いや誰にでも頼むわけがない。
なんだか楽しそうなハドラーが、腕を私の頭にまわしてギュッと抱き締めてくる。
顔が厚い胸板に押し付けられる。
拘束かと思ったのは、ハドラーの腕に身体を押さえられていたのか。未知の状況での身の危険に対する懸念は去ったが、これはこれで緊急事態だ。訳が分からない。
「あ、の」
「なんだ?」
頭のすぐ上から声が降ってくる。
「離してもらえませんか?」
「なんだ、もういいのか?」
起きあがろうと体を動かすが、しっかり巻き付いた腕は離れない。
「ええ、もういいと言うか、、まぁ、あの、と、ともかく離してください」
「そうか」
「はい」
「離すぞ」
ああ、もうなんなんだ!
「いいから離せ!」
やっと太い腕の拘束が緩んだので、ハドラーの身体の上から急いで降りる。
のそりとハドラーも身体を起こし、髪を掻き上げながらこちらをじっと見つめ、
「よく、眠れたか?」
へ?ハドラーの台詞とは思えない。私を気遣う言葉が出るなど。
「えっ、ええ。お、おかげさまで」
あなたの上でよく眠れまし…た?
うわぁぁ……!急に恥ずかしくなって、全速力でハドラーの見えない場所まで移動する。
このところ、私は「逃げる」を選んでばかりだな。
移動して気付いたが、身体が軽い。意識もここ数日では無かったほどクリアになっている。
いったい、何が……?
正直ここ数日の記憶はおぼろげだ。しかし、自分の身に何があったのか分からないで済ますわけにもいかない。ハドラーの言葉も気になる。
思い出せ。
ハドラーの復活には成功したものの、その反動で私は魔法力を蓄積できなくなってしまい、更に頻繁に意識を失う症状が現れた。
現在我々が居る洞窟から出るには私の魔法力の使用して封印解除することが必須条件だ。
しかし、なかなか戻る様子もない魔法力に焦りが出てくると共に、まともに睡眠を取れない為に体調に支障が出て来た。
度々意識を失うのだが、何故か眠れていないのと同じ感覚のまま覚醒する。睡眠薬なども試したが、意識を失う時間が伸びただけで効果はあまり無かった。
ここまでは、確かなはずだ。
そして、
極度の睡眠不足に陥った私は徐々に日常生活も覚束なくなり、もはや洞窟脱出の手段を模索するどころではなくなっていた……。
もちろん体調も辛かったのだが、もう一つ耐え難い事があった。
それは、ハドラーの存在。
もちろん、生き返ってくれて嬉しい。己の全てを懸けて再び会う為に努力したのだ。そこに居てくれるだけで胸が熱くなる。
ただ、夢の中にハドラーは居なかった。
復活の手段について研究をしている間、何度も何度も見た夢。そこに現れたと思い触れると、たちまち灰になって消えてしまう。いつしか私は目の前に現れるハドラーは幻だと、自分に強く言い聞かせる様になっていた。期待しない、喜ばない。そうやって何度も落胆を味わずに済む様、自分を守っていた。
けれど今は違う。成功したのだ。確かに生きているハドラーがそこに居る。もうあの別れを繰り返すことはない。
……そのはずだった。
しかし頻繁に夢と現実を行き来する様になり混濁した思考では、過去か現在か、幻か本物か、、真実がどこにあるのか自分が今どこに居るのか、判別がつかなくなっていた。
夢の中で本物のハドラーだと思い触れては落胆し、幻だと思ったハドラーが本物だと思い出し安堵する。
そんな事を頻繁に繰り返すことになり、落差に耐えきれず私の精神は限界まですり減っていた。
そしてあの時…
目が覚めたと感じたが、ハドラーが側に居る…。まただ、またあの夢。触れれば全て消えてしまう。もう嫌だ。でも…
きっと夢だ、いや現実だ、まともに動かない頭で葛藤を繰り返し、確かめるべく伸ばした手も寸前で止めてしまう。もし、また消えたら、またお前を失ったら、、どうせ夢だと覚悟しているつもりなのに、その瞬間が怖くてたまらない……。
突然、伸ばされたハドラーの手に手首を掴まれ引き寄せられる。こんな事は初めてだった。
「俺はここに居るだろうが」
ハドラーの大きな手は、私の手を取って自分の胸に触れさせ、強引に抱き寄せてきた。
宿敵に抱かれるなど!どうせお前も幻だ!その存在を信じられず、抵抗してもびくともしない。その力強さに幻などではないと気付かされる。
「己の目が信用できぬなら、触れておけ」
恐る恐る自分から手を背中にまわし、手のひらで背中に触れてもやはり消える事はなかった。ああ、ここに居る…!もう恥ずかしさは忘れていた。さらに強く実感したくて腕にグッと力を込め身体を寄せ、そこに確かな存在があると安堵する。肌の温もりが鼓動が生きていると教えてくれる。
「貴様が呼び戻したのだ。忘れるな」
そう言って私を抱き締める腕は優しかった。
大丈夫、ハドラーは生きている。ちゃんとここにいる。
恐れと疑いでガチガチになっていた心が溶かされていくのが分かる。身体の力が抜ける。
良かった……
ハドラーを取り戻すと決めてから、初めて涙を流した。
自分の感覚も存在さえ信じられなくなっていたが、やっと分かった。ハドラーが居るところが今ここが現実だ。そして私も、確かにここに生きている。
そう思ったとき、世界が鮮やかに現実感を持って意識に飛び込んできた。体に当たるゴツゴツした岩の感触や冷たさ。湿った空気。薬品の匂い。蝋燭の明るさ。
ずっと見えていたし感じていたはずだ。けれど突然、確かな輪郭と色彩を持つと実感できた。もちろんハドラーの温もりも息遣いも匂いも。まるで、傷だらけの曇った眼鏡を外したよう。自分を守るために、いつの間にか心にもかけていた分厚い眼鏡がハドラーに取り去られていた。
やっとお前の復活を現実として受け止められた気がする。嬉しい、、涙と感情が溢れて止まらなくなった。
ハドラー …良かった、嬉しい、、ありがとう、会いたかった、、お前に逢いたかったんです、とても寂しかった、悲しかった、、嫌だった、怖かった、辛かった、恐ろしかった…!
無防備になった心に、明瞭に感じられるようになった意識に、喜びと共に後から後から流れ込んだのは、何処に隠れていたのか今までは無かった、いや感じられなかった私自身の叫びだった。
孤独、恐怖、悲嘆、苦痛、どれも理解しているつもりだった。今までも向き合い、耐え忍び、折り合いをつけ、克服してきたはずだった。実際、出来ていたと思う。
けれど、本当には知らなかったのだ。こんな、こんな感情は知らない…!
思わず泣き叫びそうになるのを必死で耐えた。こんな事で己の感情に呑み込まれるなど情けない。
「構わんから泣いてしまえ」
異変に気付いたハドラーに言われるが、これ以上無様なところを見せられるものか。唇を噛み声を上げない様に、感情が落ち着くのを待つ。けれど、崩れかけの心の壁では到底防ぎ切れるものではなかった。
バサっと毛布で包まれ、しっかりと抱き締められる。もう言葉を聞く余裕もなかったが、ハドラーの低く落ち着いた声は私の理性で固めた心の壁をどんどん崩してしまう。「かわりに俺が守ってやる。だから、大丈夫だ」そんな風に言われている気がした……。
もう、限界だった。
必死に保っていた理性を手放した瞬間、感情が巨大な塊になって襲いかかってきた。自分でも何を言っているのか分からない。ただ大きな波に翻弄される。声を限りに叫んでいた。
仰け反った時、ハドラーの牙がギラっと光ったように見えた。
……魔王……!コロサレル…!!
私の恐怖の根源は今も魔王だった。とにかく身体が逃げようとしていた。よく勇者など名乗っていたものだ、恐慌状態に陥り身に付けた闘い方など全て忘れてがむしゃらに、ただ暴れた。
しかし、逃げられない。ハドラーの力は強く振り払う事ができない。
怖い、怖い、コワイ!強い、勝てない、嫌だ!逃げたい、もうイヤだ、死にたくない…!
助けて!!!
その時。頭の中に浮かんだのは、私を死神から守って消えていったハドラーの姿だった。
そうか、あの時も私は無意識に助けを求めていたのか。誰にも届くはずのない願い。お前がそれに応えてくれたから、あんなにも心が震えた。
ハドラーから逃げようとハドラーに助けを求めるなど、滑稽すぎる。
けれど、決して離さずしっかりと抱き締めて応えてくれた。力の限り縋り付いても、ずっと受け止めてくれた。恐怖に押し流されそうな中、だたお前の存在だけが私を繋ぎとめてくれた。お前が守ってくれなかったら、私の心はきっと壊れていた。
ハドラー、あなたは私の恐怖の根源で、最も頼れる存在。
……気がつくと朦朧とした状態で、ハドラーにキスされていた。
不思議と嫌悪感はなかった。むしろ心地良い。ハドラーが唇と舌を通して私の中に流れ込んでくる様。何故かとても安らぐ。
あれほど辛く荒れ狂っていた気持ちが凪いでいる。そして心が暖かい。このまま死んでもいいな…全て吐き出して空っぽになった心でぼんやりと、そう思った。
しばらくキスを受けていると、ほんの少し思考力が戻ってきた気がする。しかし、落ち着いていたはずの心にその時突き付けられたのは絶望感だった。
そうだった。ハドラーは確かにここに居ると今は実感できる。けれど、すぐにまた私は夢の世界へ引き摺り込まれるのだ。ハドラーから引き離され次に目を覚ました時、私は現実と夢を判断出来るか?きっと無理だ。また、生き地獄の様な日々が続くのだ。以前よりはっきり感じられる様になった感情を、守る物のなくなった心で受け止め耐えるのはもう無理だ。もう、、嫌だ……。終わりにしたい。
ハドラーの唇がそっと離れた。
そうだ、そうしたら封印も解ける、ちょうどいい。
「ハドラー」
「頼みがあります」
「私を、殺してください」
……いい方法だと思ったが……駄目らしい。
望む時に望む場所で殺してくれるのではなかったのか。本気でお願いしたのに断られるのは、なかなか堪える。
けれど、お前のこんなに狼狽した顔はなかなか見られないな。
驚いたことに、私を翻意させようと必死に説得にかかってきた。本当にどうした?しばらく会わないうちに性格変わりすぎていないか?
あまりのことに、全てを放棄しようとしていた心が少し前向きになった。
ハドラーがこんなにも不器用な優しさを見せて私を死なすまいとしている。私を。あのハドラーが。嬉しくて思わず、はい、と言ってしまった。いつも、誘いを断ってばかりだったのに…こんな所で。
まあ、今更だ。私の生命は昔からお前の物。知らなかっただろう。
仕方ありませんね。お前が私を失いたくないと言うのなら、譲ってあげましょう。お前がそんな事を望むとはまだ信じられないが、気持ちは分かる。……私はまたあなたを失う覚悟をしなくてはならない様だ。全ては夢なのだから…私が我慢すればいい。
徐々に意識が遠ざかる。
また眠ってしまう。……怖い。
ハドラーが何かして欲しい事はないかと聞いている様だ……。
私の望み……?今私が望むことは。……こんな事を頼んでいいのだろうか…?既に散々迷惑をかけているというのに。それに恥ずかしい。
「こんな事を聞いてやるのは、今しかないぞ?」
ハドラーの事だ。嫌なら断ってくれるだろう。
「そ、それなら、、私を」
「どうして欲しい」
らしくないほど、丁寧に促されて望みを伝えてみる。ダメで元々。そう、言ってみるだけ。
「私を、、離さないで」
目覚めた瞬間にお前を感じたい。そうすればきっと現実だと分かるから。
もう眠くて上手く言葉が選べない。
「私が眠って、次に目を、覚ますまで、このままでいて、もらえま、せん、、か?」
そんなに驚かなくても。やはり、ハドラーがそんな事あり得な………え?
力強く了承してくれた。
本当に?ハドラーが?
ああ、よかった。これでお前の存在を疑わなくて済む。
もう、目を開けていられない、、お前を感じられなくなる。イヤだ
けれど、もう、、ちか、ら、が………
……
ハドラーの声を遠くに聞きながら暗く深い水の底へ沈んでいった。
……頼んで、た。
確かに頼んでいたな。
記憶が混濁していて、うっすらとしか覚えていなかった。
いや。そんな事は問題ではない、いやいや、大問題なのだが!更にあんな、あん、な。ハドラーに縋って泣くなど。
私はなんということを……
体力も精神的にも限界だったとはいえ、あんな情けない姿をハドラーに…?
いくらなんでも酷すぎる。
私にあんな感情があったなんて。
あああぁ、恥ずかしい。情けない。合わせる顔が無い。
本当に全部夢だったとかないか?
………………。
……無さそうだ。残念ながら。
いや待て、後悔している場合ではない。
私が持てる時間は限られている。今の思考力が保たれている状態を逃す訳にはいかない。
まずは、何故これほど急に体調が回復したか、だ。体調維持が出来る様になれば、脱出への方法にも近づけるはず。辛いから死にたいとか弱気になっている暇などない。せっかく復活させたのだ、まだまだ語り合いたい、共に世界を見たい、色々な体験をしたい。まったく、睡眠不足は本当に精神状態に悪影響だ。
考えろ…。
そもそも私の体調不良の原因は、睡眠不足だ。
睡眠が取れないのは、ハドラーの予測だと魔法の枯渇状態を回復させようとする身体の本能的な働き。その点は私も同意見だ。
もしや、、
うーむ、駄目か…。
一瞬、魔法力が戻っている事を期待したが、そうではないらしい。
だとすると、何故…?
何故か今回だけよく眠れた。あれほどスッキリ目覚めるなど、ずっと無かったこ、と、、
いや、先程目覚めた時に妙な既視感を覚えた気がする。
思い出せ、いつと同じだと思った?
同じ様に感じて目覚めたのは、、そうだ
ハドラーを復活させてそのまま倒れ、次に目覚めた時。
あの時も復活の儀式で数日寝ていなかったのだ。あれほど回復しているのはおかしい。
共通点が何かないだろうか…?
場所、時間、姿勢…なにか、、この二回だけ他とは違う条件が、、
……ハドラー?
そう、だ。今は確かにハドラーの上で目覚めた。前の時も衣服に着いた血液からの憶測にすぎないが、おそらく抱かれて眠っていたはず…。
いやいやいや、そんな事あるだろうか?子どもじゃあるまいし。ハドラーにくっつくとよく眠れますって、そんな馬鹿な。そもそも精神安定とは真逆の相手だ。元はと言えば散々殺し合った宿敵なのだから。
暖かいとか、柔らかいとか?確かに寝心地は良かったが…うわ、思い出すと恥ずかしい。
一つの仮説として、ちょっと横に置こう。
他には、共通する事、、
と言っても寝ている間の事だ。意識が無いのだから何があったかはよく分からない。
知っている事と言えば、、薬草を飲ませてくれた、はずだ。
薬草、か。いやしかしそれなら私自身で最近も体力回復に何度か使ったが、睡眠に効果は無かった。
違うか?あ、口移し…?
少々事実を受け止め切れていないが、そんな場合ではない。考えねば。
眠る前もキスをされていた。確かとても気持ちよかった…。って違う違う!性的なアレでは無く!落ち着く様な、なんなら全身が楽になったような、、自分に言い訳しても仕方ないか。
薬草では無くて行為の方かも知れない。
キスをして目覚める物語は良くあるが、、眠れる事もあるのだろうか?
やはり、こちらも鍵はハドラーか。
とにかくまずは憶測の部分を確かめないと。
それから、実験しよう。
とにかく時間が無い。
「ハドラー!先ほどはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!突然ですが、あそこの棚に置いてあった薬草なんですけど、私に、
「ぬ?し、仕方あるまい、あの状況では壊さねば届かなかったのだ!」
「いえ、棚を壊したとかはどうでもいいんです。あれを私に飲ませてくれましたよね?その方法なんで
「他に方法が無かったのだ!俺とてあの様な、、」
ああ、もう。言い訳しなくていいのに。
質問に辿り着かない。
「最後まで聞け!口移しで飲ませたんですよね?」
「方法が無かったと言っておろう!」
「つまりYESですね」
「突然なんなのだ!」
やはりそうだったか。この際、羞恥心は後回しだ。本心を見て見ぬ振りは元々得意なのだ、こんな時こそ活かさねば。己の心の諸々に改めて向き合うのは生き延びてからにしよう。持ち前のポジティブ思考が戻って来た気がする。
「さきほどと、あなたを復活させた直後、この時だけ私がきちんと睡眠を取れた理由を考えていまして、この二回に共通するのがあなたと唇を合わせる事の様なので確認したんです」
「なんだと?」
「もう一つ質問です。あの薬草を飲ませてくれていた時、眠っている私のこと抱いていました?」
「ん?ああ、身体が冷え切っておったからな」
「なるほど、ありがとうございます」
こちらも、予想通りか、、
あ、、まずい。時間切れだ。
何度も意識が無くなるうちに、前兆はわかるようになっていた。
「ハドラー!とりあえずキスしてください!」
「は?お前寝ぼけておるのか?」
「違う!実験です!何が効果があるのか実際ため、さない、と、、」
「くそっ!」
意識が途切れる寸前、唇が勢いよく押し当てられるのを感じた。
「んんっ…」
意識が戻ると同時に口の中をくすぐる感触に驚き、思わず口を閉じてしまった。
「グッ!きさ、ま」
「ああっ!すみません!噛むつもりは無かったんです!ビックリしてつい!大丈夫ですか?」
「ああ」
良かった、血は出てなさそうだ。
「もしかして、私が寝ている間ずっとキスしてたんですか?」
ついでに言うと、舌まで入れてくれと頼んだ覚えはないのですが?
「ずっとと言うが、数十秒だぞ?すぐに意識が戻ったからな」
「え?あ、そうだったんですか」
あれ?本当にキスで目覚めてしまった?睡眠に効果がある事を確かめる為の実験のはずが、、
実験1結果。強制的な睡眠状態から、数十秒で覚醒。
口付けに何らかの大きな効果が認められるのは確かだ。今まで何をしようと意識の消失を防ぐことはできなかったのだから。これなら活動時間を大幅に確保できる。大きな収穫だ。
「ありがとうございます。おかげで度々意識を失う事は避けられそうです。次に私が眠ってしまったら、今度はキスはせずに抱いててもらって良いですか?」
「まあ、よかろう」
実験2結果。口付けほど大幅な時間短縮は確認できないが、以前の半分程度の時間で覚醒する。覚醒時の倦怠感に改善が見られた。
何故。キスや抱擁くらいで強制的な眠りを防げるのだろう?あれほど苦労したのに。こんな簡単なことで?そもそもの魔法力も回復した様子はないのに。
「どう思います?」
「俺の魔力…が何か影響を与えているのか?」
確かに、一時的にでも魔法力を空ではない状態にすれば、身体も無理に意識を落としたりしないのだろう。
「おそらく、そうですね。え?でも魔法力送ったり出来るんですか?」
「わざわざやった事はないが、直接触れ合うと多少は移動があるのやも知れん。特に今のお前はカラカラに枯渇している様なものだからな。魔力が近くにあれば吸収しようとするのではないか?」
口付けの方が効果が高いのは、一定時間に移動する魔力量が多いのだろう。
抱かれていると、じわじわと供給され続けるから普通の睡眠状態に入れるらしい。睡眠が足りていなければ、長時間眠れるし、実験の時のように特に必要なければ魔力が行き渡ったあたりで目覚める、と。
しかし、私に貯まらないのはフェザーの時と同じ、か。
あ、でも、もしかして、、。
チュッ……クチュ、チュッ
湿った音が洞窟に響く
「ハドラー、んっ…もっと…」
「こら、がっつくな」
座ったハドラーの上に私が跨った状態で抱き合い、唇を重ねお互いに舌を絡めていた。
二人とも上半身に衣服は纏っていない。
「んんっ…でもっ、んぁ」
「くっ、ちゃんと受け止めろっ」
「あっ、あぁっ待って…溢れるっ…」
「プハッ、どうです?感じますか?」
「ん、こんなものでは、まだ足りぬわ」
「そうですよね、仮説は間違ってなかったんですが、、」
こんな格好ではあるが、私たちは現在魔法力移行の実験中だ。つまい、私が魔法力を貯められなくともハドラーの魔法力が私に流れ込んだ瞬間ならそれを自分の物として魔法が発動出来ないかということ。何故か急展開して愛し合うようになった、などという状態では断じてない。心を殺せるスキル、習得しておいて本当に良かった。こんな恥ずかしい事、まともに受け止めていたら、集中力もなにもあったものではない。
これが成功すれば、洞窟の封印解除も可能となる。
とにかく、身体の接触面が大きい方が良いだろうと、流石に全裸は戸惑われたので上を脱ぎ、更にキス出来るように触れ合うと、どうしてもこの姿勢になる。体内で直接ふれあった方が効果が大きいようで、いつの間にか舌まで入ってくるようになってしまった。
接触していて都合がいいので、ハドラーの脚に効かないかと発動するのは回復呪文を選択した。僅かにでも発動が可能になったのは大きな進歩だが、ホイミ程度でも多大な集中力が必要だ。必死に流れ込む魔法力を捕らえて使おうとするが、自前の物と勝手が違いすぎる上に、供給量も安定しないので、すぐに途切れてしまう。
これは、修行するしかありませんね。という事で、こんな事を繰り返している。よくハドラーが付き合ってくれているものだ。お互いの生命がかかっていなければ、絶対やらないだろう。私も勘弁してほしいが、他に解決の糸口が見つからないので仕方が無い。無事に出られたら即座に忘れよう。お互いそう割り切って試行錯誤している。絶対に他人には見せられない姿だが、そこだけは安心かもしれない。我々二人ですら出入り出来ないから困っているのだから。
因みにフェザーでも実験したが、上手く行かなかった。確かに発動出来なくはないのだが、一瞬での回復を目的としたアイテムなので、一気に魔法力が送り込まれほぼ全て無駄になって終わってしまう。少量ずつ持続的な供給を出来るよう改良するには時間が無さすぎる。やはり恥ずかしかろうとハドラーとの接触が必要だった。
それでも、何度も失敗を重ねぼろぼろになりながら復活を目指していた頃や、悪夢と現実の狭間で苦しんでいた時に比べ、格段に楽だった。困難な目標でも、協力者がハドラーであるという事実はこれほど心強い事はない。軽々と極大呪文を使いこなす強大な魔法力と生命まで生み出す禁呪を使える技術や知識。相談相手としても申し分なかった。私の知らない経験や知識を持っていて非常に参考になる。雑談には乗ってこないが、魔法関係の話題だと比較的会話が続く事が分かったのもありがたい。
ハドラーは封印解除の方法も知りたがった。もちろん私が術者なのだから私が知っていれば事は足るのだが、興味があるのか前に軽く話したより詳細に説明しろと言う。目の前でやる事になるのだから、隠す意味もない。文献も並べて構造と解除方を説明した。
全て説明し終わると、ハドラーが心底呆れた様なげんなりした表情でポツリと言った。
「お前、、実は馬鹿だろう」
「失礼な。これだけの物を齟齬ができない様に組み合わせるのにどれだけ技術が要ると」
「だから。この種類と数、要らんだろうが。並の奴ならこれ一個で充分だ。慎重を期するにしても、後これかそっちので足りるだろうが。ここを要塞にでもする気か」
……非常に的確な指摘だと思う。
「だって、誰にも邪魔されたくなかったんですよ」
「ガキか。だってではないわ、一体誰を想定していたんだ…もっと単純なヤツなら俺が何とかしてやったものを」
今となって冷静に考えれば、確かにいくらなんでも無駄に厳重だ。あの時のとにかく一人でハドラー復活をやり遂げると決心していた時の精神状態は、相当思い詰めていたのだろう。得意とする破邪の力だけでなく、思いつく限りの手段を組み合わせていた。自然精霊の力を借りる物や魔界の呪法も。複雑に絡み合わせているから、一つが効かない様な力でも他が防いでしまう。主に力を無効化する、もしくは反らしてしまう効果があるので、強大な力で丸ごと破壊するのも難しい。だからどうしても一個ずつ正攻法で解除する必要があった。正しい順序で途切れることなく最後まで解けないと、初めからやり直しだ。
その為には少量で良いので安定して魔法力を使える様になるのは不可欠だった。
何度も練習を繰り返し、二人とも徐々に慣れて来た。私は受け取った魔法力を随分無駄なく使える様になり、ハドラーも一定の魔法力をコントロールして送ってくる。弱くはあるが回復呪文の光が持続する時間は随分延びていた。幸いホイミはハドラーの脚の状態にも効果はあり、立って壁に捕まれば歩けるほどに回復していた。
もう少しで本格的に脱出に踏み切れるだろうか。そんなことを頭のすみで考えながらも、自身の内に注がれる魔力に神経を研ぎ澄ましていると。
チュッ、チュ、、
ん?
太ももの裏に何か、、当たる?
ええぇっ?
「プハッ、ちょっと!なに盛ってるんですか!あはは、あはははっ、もう、お前なにしてあはは」
「お前がやたらと舌を絡めてくるからだろう!」
「アハハ、私、そんな上手かっ、たです?いや、でも、ははは、、ちょっとこれ、当たる、アハハハ!」
真剣に考えていた分、ツボに入ってしまった様で、もうダメだった。笑いが込み上げて止まらない。抱きついたまま、笑い続けていると、
「ええい!降りろ!動いて刺激するな!」
「すみま、ブハッ!ダメ、それ、アハハハ」
地面でひとしきり笑い転げで、やっと落ち着いた。
「ハァ、ハァ、涙出た。ちょっとこんなに笑ったのなかなか無いですよ」
「知るか!真面目にやれ!」
身体を起こして目をやると、ハドラーのものはまだ元気な様だ。
「真面目にってお前、、それで良く言いますね」
「ただの反射だ構うな!」
「あ、でも回復してきたって事で良かったですよね。お相手との事に及ぶとき役に立たないと困るでしょう?」
ん?今一瞬胸をスウッと冷たい風が通った気がした。
「お相手って誰だ」
「いや、知りませんけど、魔族の女性とか?魔王様ってモテるんじゃないですか」
「さあな」
「いや、なんか魔王って何人も侍らせてるイメージあったんで」
「どこの魔王のなんのイメージだ。地底魔城にそんな女がおったか? 侵攻作戦の基地だぞ。そんなヤツいたら邪魔だろうが」
「そういうものなんですねえ」
「ところで、真面目な相談なんですが」
魔法を安定して使うことを優先していたが、このままのやり方では実際には使えなさそうなのだ。
解除する方法として、魔法円や呪文を書いたり、唱えたりする事がメインとなる。今までの体勢では、ホイミ程度なら良くても手が動かしにくいし、キスしていては長い呪文も唱えられない。
「それで、どうするんだ」
「お前、このところ送る魔法力をコントロールしていたでしょう?唇からでなくても必要な量を送ることはできませんか?」
「チッ、勝手な事を。おい、後ろ向け。試すぞ」
「うわっ」
グイッと引っ張られ、ハドラーの胸に背中を付けて座らされた。
背中からガバッと手をまわされ、腕ごと抱き締められる。
「ちょっと、そんな急に。それに、これじゃ密着してますが手が上がらない」
「それなら、こうか」
私の脇の下を通して、裸の胸と腹にハドラーの手がピタッと当てられた。暖かい。やっぱり大きな手だな。
「集中しろ、やるぞ」
やはりハドラーは流石だった。数回試しただけで、難なく成功した。
「元々魔法を放つ時は手だからな。自分から送るなら口より集中しやすい」
それはそうか。無意識では唇を通した場合がもっとも多くの魔力を受け渡される、という事だったようだ。ああ、もっと早く気づけば無駄に恥ずかしい思いをしなくて済んだのに、、
何度も試していて感じているのだが、恐らく私が普通の状態では、こういった魔法力の受け渡しは不可能だ。いずれ試してみる価値はあるが、誰でも出来るなら既に普及しているだろう。魔法力そのものを放出するのはある程度魔法を扱える者なら出来る。ただ、誰かに送ろうとしても通常なら弾かれてしまうはずだ。だからフェザーの様なアイテムを介する必要がある訳で。私の魔力の器が壊れているから、他人の魔法力も直接体内に受け取る事が出来るのだろう。
さて、実際に封印解除を決行する日がやってきた。
やる事は決まった手順通りに封印を解除していくだけだ。そう、だけなのだが。
あらゆる呪法が混在しているので、それぞれ全く違う言語で正確に鍵になる魔法円を書き、ポイントに魔法力を送り、加えて解除の呪文を唱えなければならない。全て終わるのにまず数時間は掛かるだろう。
通常の状態なら、まあ少々ハードですねくらいの難易度だ。確実に成功させられる。
しかし、ここに自分の魔法力が使えないとなると、、難易度は急激に跳ね上がる。
ハドラーから送られてくる魔法力を受け取り、それを自分のものとして一定の量放出しながら文字や図形を書くのは非常に集中力を要する。いかに最後までやり遂げられるかは、私の集中力と体力、そして、私に魔法力を送り続けるハドラーの技量に掛かっていた。二人で息を揃える事が肝要だ。しかし解除呪文と関係ない音を発声出来ないため、途中で会話は出来ない。
「さて、やってみますか」
もし失敗すれば、一から全てやり直しだ。
流石に食糧も底をつきかけている。
なんとしても成功させねば…。
「おい」
突然、ハドラーの拳が顔を掠めた。
咄嗟に避けて構えを取り、きっと見据える。
「何をする!」
「そうだ、お前はそういう顔をしておけ。魔王を倒すのと、封印解除、どちらが難しそうだ?」
ははぁ、なるほど。そういう事か。
確かにそうだ。私は何を怖気付いているのだ。この程度、魔王討伐に比べたら大した事ではない。そのハドラーが協力者なのだ。出来ない事などありはしない。
私の背中にハドラーがぴたりと沿って立つ。いつも凄まじい威力の攻撃呪文を放つ手のひらから、魔法力が流れ込んでくる。
しっかりとその力を感じ取れたところで、前に手を伸ばし、指先に魔法力を集中させる。人差し指の先にポウッと光が灯る。
「始めます」
指先で空中にスーッと円を描くと、その軌跡が光の輪となって目の前に浮かび上がる。
よし。
そのまま、一つ目の解除の魔法円を完成させるべく、指先を動かし次々と呪文を書き込んでいった。
これ、は、、想像以上にハードだったな。
思った以上に時間が掛かっていた。間違えない様慎重に行なっているのもあるが、複雑な呪文を書き出し唱えるのと魔法力の放出への集中を同時に行うのがなかなかにキツい。記憶力には自信があるつもりだが、それでも意識をそちらに向けると魔法力が途切れそうになる。
あと、この狭い空間でまともな食事も摂らず運動もせず研究に没頭していたせいで、随分体力が落ちている。魔法力を使うのにここまで影響があるとは想定外だった。
ハドラーも、魔法力は変わらず供給してくれているが、まだ長時間立っているのが辛いのだろう。徐々に私の背中に体重が掛かってくる。急がないと。
ハッ、ハッ、
あと、一つ。最後の呪文を書き始めるが、まずい、目が霞んできた。
指先の光が安定しなくなり、消えそうになっては明るく光る。ついに、文字を書く手が止まりそうになった時、ハドラーの手が伸びて、ゆっくりと私の右手の甲を包み込む様に握った。
え?なんのつもりだ?
(アバン、大丈夫だ。お前が離しても、俺が握っている。だから、力を抜いてみろ)
心の中に声が響いた気がした。
恐る恐る右腕の力を抜いて委ねると、ハドラーが私の手を動かして、次に書こうとしていた文字を正確に書き上げた。
覚えて、いるのか?まさか!
思わず振り返ると、どうだ、とばかりにハドラーがニヤッと笑った。
魔法力だけに集中できると随分楽になった。指先の光も安定する。
ハドラーが私の指をペンの様に動かし、驚くべきスピードで図形を描き文字で埋めていく。すごい、、これほど速く正確に描けるのか。最後の一文字を書き入れ手が止まる。
完成、だ。
私の手を離したハドラーの手が、私の肩をポンと叩く。
両手を広げ、出来上がった魔法円にかざし、最後の開錠の呪文を唱えた。
(開け!)
ハドラーの描いた魔法円が封印の中心に移動し、ピタッとはまった途端、洞窟全体を覆っていた力が光の粒となって霧散した。
入り口を塞いでいた岩が動き出す。隙間から外の光が筋となって入り込み、どんどん広がり洞窟の中を明るく照らした。
「うっっ!」「ぐっ!」
久しぶりに見る太陽の光は眩しすぎて、痛みを感じる程だった。思わず目を閉じる。
その拍子にバランスを崩し二人で後ろにひっくり返ってしまった。
「わあっ!」「おわっ!」
ハドラーの上に倒れ込んだまま、瞼の裏に眩い光を感じる。
「開きましたね」
「ああ」
「疲れましたね」
「そうだな」
「お腹空きました」
「…俺もだ」
「もう!やっぱり!」
クルリとうつ伏せになり、思わずハドラーの首に抱きついた。
「美味しいもの、一緒に食べましょう。私、沢山作りますから」
「ああ、分かった」
「ハドラー、また逢えた……」
万感の想いを込めてギュッと抱きしめると、
「アバン」
背中に腕がまわり、抱きしめ返してくれた。
ハドラーに肩を貸して二人で外に出る。
明るい。この場所、こんな景色だったのか。まるで初めて見る風景のようだった。
この洞窟に最後に一人で入った時を思い出す。今度こそ成功させてみせる。きっと悲壮感に満ちた顔をしていただろう。再びハドラーに会う。他のことは何も考えられなかった。
けれど今はハドラーが隣にいる。全く違う世界に来た様な気分だった。
ハドラーを復活させる。洞窟を脱出する。
私の頭の全てを占めていた物が一気に無くなり、不思議な感覚だ。昔からいつでも、私の中はやるべき事で埋まっていたのに。今、それが無くなった。
どうしよう、すごい。
未知の状況に戸惑いが少し、でもそれよりもワクワクする。
ねえ、ハドラー
何をしましょうね
やりたい事あります?
私は、、よく分からないんです
一緒に考えてくれますか?
きっとこれから、なんでも出来ますよね
「私たち」なら
……そう、言っても、よいのだろうか
ハドラー、一つ出来ました
私のやりたい事
私は、あなたの気持ちを知りたい