鉢合わせの朝 マトリフが目覚めたら眼前には真白いシーツが広がっていた。巨大なベッドにいたのはマトリフ一人だ。そこは地底魔城のガンガディアの部屋で、見渡したがガンガディアはいなかった。
昨日は魔王軍と鉢合わせて戦闘になった。最終的にお互いに引いて戦闘は終わったが、仲間と少し離れた隙にマトリフはここへと連れ去られた。連れ去ったのはガンガディアで、それは初めてのことではなかった。マトリフはガンガディアの部屋に連れ込まれて、裸で一戦交えた。つまり二人はそういう関係だった。
マトリフは巨大なベッドに寝転がり、シーツに包まれている。どこかに法衣が落ちているだろうが、それを拾うのも億劫だった。回復呪文をかけながらのセックスは限度を知らない。マトリフは身体の奥に疲労を感じてベッドで寝返りを打った。ガンガディアが戻る前に抜け出してルーラで戻らなければいけないが、まだ起きられなかった。
そうしていると部屋の外から足音が聞こえた。奥まった場所にあるガンガディアの部屋に向かってくるのは、部屋の主のガンガディア以外にはいないはずだ。しかしその足音がガンガディアのものでないとマトリフは気付いた。マトリフは慌てて頭までシーツを被って隠れた。
「ガンガディア!」
怒鳴りながら部屋に入ってきた声に、マトリフは冷や汗が噴き出した。シーツを被っていて姿は見えないが、それは魔王ハドラーの声だった。
「……なんだ、いないのか」
ハドラーはガンガディアの不在に気付いたらしい。そのまま立ち去ってくれとマトリフは祈った。しかし足音はベッドのほうへ近づいてくる。
「まったく……」
ギシリ、とベッドが軋んだ。ハドラーがベッドのふちに腰掛けたようだ。だがハドラーはまだマトリフがいることに気付いていない。
これはヤバい。マトリフは冷静に焦っていた。ここで見つかったら命が危うい。ついでにガンガディアの立場も危うくなるだろう。勇者一行の魔法使いを城へ連れ込んでナニをしていたのだから。マトリフは見つからないようにシーツの下でじっと息を潜めた。
「ハァ……まったく」
ハドラーは深い溜息をついていた。ガンガディアが何かやらかしたかと思ったが、それにしてはハドラーの様子がそわそわとしている。落ち着かない様子でベッドを指で叩いていた。
とにかく息を殺してハドラーが立ち去るのを待つしかない。マトリフはそう思っていたが、突然に背に衝撃を受けた。
「ぐぇっ!」
「ん? なんだ」
マトリフは思わず声が漏れて慌てて手で口を覆ったが遅かった。どうやらハドラーが寝転んだためにその後頭部がマトリフの背を強打したらしい。ハドラーはマトリフがいるシーツをめくった。
「貴様ここで何をしている」
マトリフはハドラーと目が合った。こうなりゃ呪文で攻撃して逃げてやる。マトリフは素っ裸であったが構えようとした。
「……なんだ、ガンガディアのおもちゃか?」
「はぁ!?」
ハドラーの言葉にマトリフは素っ頓狂な声を上げる。
「貴様人間だろう。どうせガンガディアがどこかで捕まえてきたんだろう」
ハドラーは呆れたように言った。どうやらハドラーはマトリフが勇者一行の魔法使いだと気付いていないらしい。だがそれはマトリフにとっては好都合だ。
「ああ、まあそうだ」
マトリフは控えめに頷く。人間であることも連れ去られたことも事実である。するとハドラーはマトリフをじろじろと見てから言った。
「貴様、ガンガディアに抱かれたか?」
「はぁ!?」
あまりに直球な質問にマトリフは声が裏返った。ハドラーは苛ついたように目をすがめる。なんでそんな事を魔王に答えねばならないのかと思いつつ、ここは大人しくしておいた方がよいと判断する。
「だったらなんだよ」
「お前たち人間は性交の時どうすれば気持ちいいのだ?」
いたって真剣な様子でたずねるハドラーに、マトリフは呆気に取られた。
「……んなこと聞いてどうする気だ」
「貴様には関係ない。答えないのなら殺す」
「どうって……色々あんだろう」
マトリフは一般的な知識の範囲で答えていく。喋りながらマトリフはなんでこんな事になってるんだと思わずにいられなかった。ハドラーは意外にも素直に話しを聞いている。
「あとは……言葉とかな。愛しているとでも言っとけば間違いないだろ」
「ふむ……人間とは面倒だな」
ハドラーは不遜に言い捨てる。ちょうどその時になって部屋のドアが開いた。入ってきたのはガンガディアで、手には湯気を上げるティーセットが乗っている。ガンガディアはハドラーとマトリフが喋っているのを見て目を見開いた。
「遅いぞガンガディア」
「申し訳ありません」
ガンガディアは全身をビキビキさせながら素早くマトリフの横へ来た。さっとマトリフのマントを拾い上げてマトリフの体を覆う。ガンガディアは無言でマトリフとハドラーを見比べた。ハドラーの様子から、マトリフの存在がバレてないと悟ると、幾分か落ち着いたように息をついた。
「お前も人間を拾ったのか」
「はい。申し開きのできないことです」
「構わん。人間の一人くらい好きにしろ」
ガンガディアはそっとマトリフを抱き寄せる。マトリフの法衣も拾って丸めた。流石にこの特徴的な法衣を見れば、マトリフが勇者一行だとハドラーが思い出すかもしれないと思ったからだ。
「ハドラー様、何か御用があったのでは?」
「ああ、いや。そこの人間に話したからもういい。やはり人間など取るに足りん」
ハドラーは立ち上がった。そのままドアへ向かって歩いていく。これで一安心だとマトリフが思った時だった。ドアの外から騒がしい声が聞こえた。
「なんだ」
ハドラーがドアを開ける。するとそこには一人の青年が立っていた。周りには慌てた様子の魔物が取り囲んでいる。しかし一番慌てたのはハドラーだった。
「アバン……なぜ部屋から出た?」
ハドラーは狼狽えたように言う。それを聞いてマトリフは耳を疑った。それはガンガディアも同じだったようで、マトリフを抱えたままドアまでいく。するとそこには布の服だけを身に付けたアバンが立っていた。
「マトリフ?」
アバンが驚いた顔でマトリフを見上げている。
「よ、よぉ……」
マトリフは素っ裸にマントだけ羽織ってガンガディアに抱えられている。これでは言い訳も出来なかった。
「ん、マトリフ? ガンガディア。貴様が言っていた大魔道士とかいう……」
ハドラーはそこでようやくマトリフに気付いたようだ。だがハドラーがアバンを部屋に連れ込んでいた事はここにいる全員の知るところだ。そしてマトリフに話したことを含めて考えると、ハドラーとアバンはガンガディアやマトリフと同じような関係なのだろう。
四人の間に長い沈黙が続いた。その沈黙を破ったのはアバンだった。
「そろそろ帰りましょうか、マトリフ」
「お、おう」
マトリフがガンガディアの腕を叩くと、ガンガディアはマトリフを下ろした。法衣を受け取って手早くそれを着る。
「私たちは帰りますので」
「……ああ」
「あ、おいガンガディア。オレの杖取ってこい」
「どこかね。ベッドの下か?」
「枕のあたりに置いた気がする」
微妙な空気のままアバンとマトリフはルーラで帰っていった。ハドラーはガンガディアを咎めず、ガンガディアも勇者のことをハドラーにたずねることはしなかった。