私のバーテンダー 「今日は何にしましょうか?」
ちょこんと目の前に座った、最愛の妻を見つめる。週末のみ、我が家のキッチンのカウンターはバーカウンターになる。
期待に目を輝かせた少女は、もったいぶったように咳払いをした。
「私にピッタリのカクテルをお願いします!」
「わかりました」
いつからか始まったごっこ遊び。少しの戯れを育てた結果。
彼女が毎回期待するような視線を向けるから、バーテンダーとして振る舞うようになった。
一番初めにアイスミルクを出したら、子供扱いしてる! と怒られたものだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
しかし不思議なことに、甘いココアを出しても彼女はすんなり受け入れるのだ。
ぺろりと舌を出して、その甘味に期待するようににこりと微笑む。
アイスミルクとの違いがわからないと尋ねれば、見た目がコーヒーに似てるからセーフとのことだった。
以来、三度に一度はココアを提供していた。
「マシュマロは?」
「三つ!」
週末の戯れは少しずつ規模を大きくしている。少し洒落たグラスをネットで注文したり、買い物している最中に、この時間のためのものを衝動買いしたりと。
この小粒の、ハートの形のマシュマロもそうだ。
水色、ピンク、淡い黄色。三つのマシュマロをココアに浮かべると、立香は嬉しそうに頬を緩めた。
「ケイローンは何飲むの?」
「貴女と同じものを」
「ふふっ、いつもそうだね」
別に無理をして合わせているだとか、何を飲むかに関心がないわけでもない。彼女が飲んでいるものが、一番魅力的に映るだけ。
それをそのまま伝えれば、少女はまた嬉しそうに目を細めた。
「かんぱーい!」
「乾杯」
揃いのマグカップの縁をカチンと触れ合わせ、金曜の夜に乾杯をした。
マシュマロが溶ける小さな音が、耳に心地いい。
「ますたぁ、腕を上げたね?」
「ははは、光栄です」
ココアの泡の立派な口髭をたくわえた彼女が、常連のような顔を作った。
あまりに愛らしいから、いつも指摘をし損ねる。
幸せそうに微笑む立香を、カウンター越しに見つめる瞬間。まだ恋人だった頃、二人で出かけたバーで、緊張気味だった彼女を思い出す。
「えへへ、おいし」
「それは何より」
彼女も同じことを思い出しているだろうか。
愛しきバーテンダーごっこをするたびに、想い出が補強されていく気がする。
おかわりをねだり始めた少女を、虫歯になるからと宥める。また子供扱いしてる! と怒り始めたその子の頭を、笑いながら軽く撫でた。