切り取った日常「あれ、スマホ二台持ってたっけ?」
普段使っている黒の端末とは違う、白の機械が恋人の手に握られている。
二人の間でのお決まりのデートスポットである、カフェのテラス席。注文した料理を待っている。そんな何気ない瞬間。
「え……あ、隠してたつもりはないのですが、実は」
「お仕事用?」
「いえ、言うなれば……アルバム用、ですかね」
その返答に、ほんの少し不安が消えてくれる。
まさか浮気を……なんて、彼に限ってないとはわかっているけれど。
なんとはなしに、自分の端末を指で弄んだ。
これ以上聞いていいのかがわからない。
白いテーブルをなぞってみたり、メールアプリを開いて閉じたり。挙動不審だと自分でも思う。
「はい、どうぞ」
「えっ⁉︎な、な、なに⁉︎」
「気になるのでしょう?」
愛しい瞳が弧を描く。
全てを見透かされているのだと、頬が熱くなった。
戸惑っている間に飲み物が運ばれてくる。その時に、彼はサッと端末を私の手に押し付けた。
「あ、でも……」
「やましいことはありませんから」
「それは、信じてるけどぉ……」
細いストローに唇をつけて、ちゅぅ、とレモネードを啜った。
彼は愉しげにこちらを見つめながら、グリーンティーを喉に流し込んでいく。
悪戯っぽい視線に促されるように、恐る恐る画面に触れた。言われた通りのパスワードを打ち込んで、ホーム画面にたどり着く。
「あ……ほんとにアルバムしかない」
「疑いは晴れましたか?」
「疑ってないってば! もー……」
頬を膨らませれば、萌葱色の意地悪な瞳はさらに愉しげに煌めく。
一ミリたりとも疑っていない……とは言い切れないから困る。
「アルバム開いていいの?」
「勿論」
ケイローンに茶化されたおかげで、少し萎んだ罪悪感の代わりに、好奇心が首をもたげてくる。
端末一台を専用とするほど、写真が好きな人だっただろうか。
グラスを伝った水滴がテーブルを濡らす間に、アイコンをトンと指で叩いてみる。
「え……」
自分。自分。自分たち。全て覚えがある写真ばかり。
これは、この前二人で行った、最近オープンしたばかりの洋食屋さん。こっちは数ヶ月前の記念日、あっちは昨日撮った写真……。
「千枚……⁉︎わ、私たちのしかないの? 他の写真とか……」
「……」
彼はただニコニコしている。
運ばれてきた料理を他所に、呆然と画面を見つめていた。
綺麗に並べられた皿を見下ろした青年が「また写真が増えますね」と言って笑う。
(これも覚えてる……あ、この写真私も持ってる……)
眺めているだけで、想い出が鮮明になっていく。
そういえばカメラを向けられたなと、しみじみ思い返していた。
「ツーショット、少ないね」
「そうですか?」
「えと、私の写真に比べて」
私一人の写真が大半で、二人で写っているものは少ない。それでも百枚くらいあるけれど、私が撮って、彼に送ったものを保存してあるだけという風だ。
「これから増やそうね」
携帯を返し、微笑んでみる。
するとケイローンは嬉しそうに頬を染めた。
氷が溶けてカランッと音を立てる。
料理が冷めちゃうね、と笑いつつも、自らの端末のカメラを起動した。