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    fgo_sawara

    @fgo_sawara
    小説あげるマン

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    fgo_sawara

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    近世パロの異ぐなのさ

    長編にしたい異ぐ「お父様、やっぱりあの屋敷に嫁ぐのは私じゃないと思うの。え、どの屋敷って? わかってるくせに、嫌な人! 化け物の屋敷に決まっているでしょう! ずっと顔を隠している、醜い男の住む屋敷よ! いくら血筋が良いからって、好き好んであんな小さな屋敷に住んでいる変人に、大事な娘を嫁がせるのは嫌でしょう? わかってるわ、だから良いことを思いついたの!」
     すうぅ、と息を吸い込んだ彼女の長台詞に、いつも痛い頭がもっと痛くなる。
     すごい力で二の腕を掴まれ、思わず小さな悲鳴を上げた。
     優柔不断なこの家の主人の前に、無理やり立たされる。
    「これを私の代わりに送るのよ! どうせ向こうは私の顔を知らないんだから、バレやしないわ! 万が一バレたって、折檻されるのはこれなんだし、悪いことなんて一つもないでしょう? あぁ、私ったらなんて賢いのかしら」
     主人は気まずそうに目を逸らし、私は俯いた。よく喋る少女だけが楽しげに笑っている。
     ……確かにこの家の主人は、彼の娘と妻の言いなりだ。
     しかし私だって、正真正銘彼の娘だ。
     姉である彼女を、怪物だと囁かれる男の元へ送らないと言うのなら、私のことも同じように扱ってくれる。そのはず。
    「……お前の好きにしなさい」
    「やったぁ!」
     ヒュッと喉が鳴る。全身の血が凍りつく、そんな感覚。
    「お、お父さんっ! きゃあっ!」
     思わず叫ぶと同時に、視界が揺れた。
     足をかけられたのだと気がついたのは、地面に倒れてからだった。
    「……妾の子の分際で、何勝手に発言しているの?」
    「あっ」
     前髪を鷲掴みにされ、綺麗なルビーの瞳とかち合う。
     こんな瞳で見つめられたら、きっと男の人はドキドキしちゃうんだろうな、なんてぼんやりと考えていた。
     にこりと美しい笑みを作った彼女が、私の耳元でそっと囁く。
    「さようなら、お母様似の出来損ないさん。本当なら厳しい罰をくれてやりたいのだけれど……これでチャラにしてあげるわ」
     彼女は子供のように無邪気に笑いながら、満足げに書斎を出ていった。父は、倒れたままの私から気まずそうに視線を逸らし、仕事仕事と誰にともなく呟く。
      いつの間にか、目尻からは涙が溢れていた。それを拭うこともせず、ただ呆然と床を見つめることしかできない。
     ゆらりと立ち上がり、何も言わずに書斎から出て行く。
     荷物をまとめるのに、そう時間はかからない。自分の物なんて、使用人にもらった古着の二、三着くらいしかないからだ。
     明日にはこの屋敷を出なければ、きっと怒った姉に体の傷を増やされる。
     仮にもお嫁に行くのだから……なんて、馬鹿げた考えだろうか。
     小さな馬車の一つでも、出してもらえたらいいのだけれど。
     
     *******
     
      ガタゴトと音を立てる、乗り心地の悪い馬車に揺られている。車輪が石ころを踏むたび、痩せた体が軋むようだった。
     窓から見える景色は、どんどんと寂しいものになっていく。
     緑豊かなお屋敷付近から、閑散とした山道。今は草の枯れ果てたような、荒れた道を進んでいる。
    「……お嬢様、すみませんが馬が嫌がって……もう、ここまでで」
    「え」
     御者は、困ったような嘲笑うような声色でそう言った。こんな場所で、道もわからないのに置いて行かれたら……死んでしまう。
    「申し訳ないんですがね……こちらにも生活があるもんで」
     そういう命令なんだと悟る。
     死んでしまうも何も、私の死を何よりも望んでいる人がいたではないか。
     あなたの代わりに生贄になるというのに、どうしてここまで……。
     カバン一つの全財産を抱えて馬車から降りる。
     地面に足をつけた瞬間、馬車は逃げるように走り去った。
    「どうしよう……」
     荒野の中、ぽつりと立ち尽くす。
     とりあえず、馬車が進んでいた方向に歩き出した。
     早朝に発ったはずなのに、もう日が暮れかけている。じきに暗くなるだろう。凍える闇の中、この身一つで一体どうしたら……。
    (辿り着いても、辿り着けなくても……結末は一緒なんだ)
     ふらつく足取りで前に進む。
     一歩、また一歩と踏み出すたびに、絶望で心が重くなる。
     早めに諦めた方が楽なのだろうか。顔を上げても、行く先には建物一つ見えない。
     神に祈る気も起きなかった。今まで、一度だって助けてくれたことがない神様なのだから。
    「……ん?」
     幻聴だろうか、馬の蹄の音が聞こえる。まさか、こんな場所に通りかかる人なんて……と、期待半分諦め半分で振り返る。
    「っ、馬車……!」
     自らの心に希望が宿るのを感じた。
     期待してはいけないのに、こちらに向かって走ってくる黒い馬をじっと見つめてしまう。
     みすぼらしい格好で、行く末に立ち塞がる女など……向こうからしたら厄介事でしかないだろうけれど。
     馬車は速度を落とし、やがて私の目の前で止まった。
     どうしたらいいかわからなくて、呆けたように、ただぼーっと突っ立って綺麗な毛並みの黒馬を見つめている。
     そんな私に痺れを切らしたみたいに、馬車の扉が開く。
     現れた人物を見て息を飲んだ。
     まるで、高名な彫刻家の作品のように美しい男性だった。
     さらりと揺れる豊かな髪。濃いエメラルドみたいに光を転がす瞳。
     こんなに綺麗な人が世の中にはいるんだと、野暮ったい自分が恥ずかしくなる。
     美しいその人は、自らの顎に手を当てて考え込むような仕草をした。
    「……おかしいですね、伯爵は小間使いを送って来たのですか?」
    「え、あ」
    「まあいい、来なさい」
     何かを言う前に、彼は私の手を引いて馬車に乗せた。
     柔らかなクッションに尻もちをつくのと同時に、馬車が動き始める。
     向かい合って座り、向けられた冷たい視線に縮こまった。
     彼は私の足元から頭のてっぺんまでを素早く眺めて、不愉快そうに視線を逸らす。
     私が嫁ぐ予定である、侯爵様に仕えている人なのだろう。主人には相応しくないと判断されたか。
    「あの、私」
    「……」
     声をかけても、こちらを向きもしない。ただ黙って窓の外を見つめている。
     姉様ではなく、小間使いのような見た目の娘が来たから……と見て間違いはなさそうだ。
    「私、えっと」
    「……降りなさい」
    「は、はい……ごめんなさい……」
     難しい面持ちの彼が、馬車を止めて扉の方を顎でしゃくる。
     やっぱり、姉の代わりに私のような醜い娘が来たから怒っているんだ。
     泣きそうになりながら扉を開けて、二人きりの空間から逃げるように地面に足をつけた。
     いよいよ、八方塞がりになってしまった。
     あの屋敷には帰れない。なのに、お嫁に行く先にも拒まれた。
     もう、打つ手がない……。
    「……いつまで突っ立っているつもりです? 退きなさい」
    「え?」
     不機嫌そうな声に慌てて振り返れば、真後ろに彼が立っていた。
     思わず傍に避けると、何故だか馬車を降りる青年を見つめる。
    「何か言いたいことでも?」
    「い、いいえ!」
     慌てて首を振り、そして気づく。ここは既に、私の婚約者の屋敷の前だった。
     黒い屋根に、黒い外壁。見上げるほどに大きな建物は、満月が浮かぶ夜空と同じ色。
     どうやらお払い箱になったのではなく、一応主人にお目通しをさせてもらえるようだ。
     失礼のないようにしなくては。殺されなければ、何だってするから。
     震える足で、青年の後ろをついて歩いた。
     薄暗い屋敷の廊下は肌寒くて、言いようのない不安を増幅させる。
    「ここが貴女の部屋です。特に構いはしませんので、どうぞお好きに」
    「あ、ありがとう、ございます……あの、旦那さま、は……?」
    「はい」
     このまま一人にされてしまいそうな気配を察して、まだ名も知らぬ青年を呼び止める。なんだと首を傾げた彼は、私の言葉を待つようにじっと見下ろした。
    「旦那様に、あいさつ……とか、しなきゃ」
    「……? 私ですが」
    「え?」
     ぽかりと口を開けて、目の前の彼をじっと見つめる。
     不愉快だったのか、すぐに顔を背けられた。
     暗く黒い屋敷に住む、醜い化け物侯爵だと聞いていたのに。
     驚いて呆けたままの私に、彼はこれ以上話すことはないとばかりに背を向けた。
     戸惑いつつも、伝え聞いていた噂に尾ひれが付いていたのだと瞳を輝かせる。
     これなら、殺されはしないかも。自室まで案内されたということは、追い出されもしなそうだ。
     これから自分がどうなるのかはわからないけれど……ひとまず部屋に入ってみる。
    「う、わぁ……!」
     白い天蓋付きの、大きなベッドが真っ先に目に入った。部屋の中央の大きなテーブルには、女神をモチーフにした美しい花瓶に、淡い色の薔薇の花。
     全体的に、白を基調とした家具でまとめられている……可愛らしい部屋だ。
     黒い屋敷から、ここだけ切り取られたみたい。
    「っ、すごい……」
     大きなクローゼットに近寄り、扉を開けてみる。
     するとそこには、色とりどりのドレスが飾られていた。
     古いものではない。今シーズンの流行りのものが大半だ。
     ふわりとしたシルエットに目を奪われて、いけないと思いつつ一着だけ、手に取ってしまう。
    「綺麗……」
     純白の生地に、金糸で刺繍が施されたそれは、まるで花嫁衣装のようだった。ふわふわしていて、可愛らしい。
     こんな素敵なお洋服、今までで一度も袖を通したことはない。
     いそいそと姿見の前に立ち、ドレスを体に当ててみる。
     似合ってはいないのだろうけれど、それでも乙女心は満たされていた。
     こんな素敵な思いをさせてくれるなんて、何かの手違いではないのか。本当に、この部屋で合っているのだろうか。
    (あ……そっか、姉様が来ると思ってたから……)
     ほんのちょっぴり、浮かれてしまった気持ちに釘を刺されたような心境。
     綺麗な髪の毛をカールさせて、いつも社交界で笑っていた姉様。長いまつ毛を伏せて、数々の殿方を虜にしてきた。
     きっとあの人も、そんな殿方のうちの一人だったんだ。
     だからこうして、お父様と契約を結んでまで婚約したのに……私なんかが来てしまった。
    (ごめんなさい……)
     人のものに勝手に触れて、もし自分が着たら……なんて夢想してしまった。ドレスをクローゼットに戻し、胸元を押さえて息を吐き出す。
     自分が姉様の代わりだということを忘れてはならない。
     きっと今頃、侯爵様はお父様に「娘を取り替えろ」と連絡をしていることだろう。
     娘は確かに送ったのだからとお父様に私を押し付けられて……彼は私をどうするのか。姉様が手に入らないと知った途端、噂のような化け物になるのかな。
    (眠るくらい、許してくれるよね……?)
     ふかふかのベッドに手を伸ばし、そして躊躇する。
     姉様の存在を思い出した瞬間、私が触れて許されるものとは思えなくなってしまったのだ。
     きゅるると悲しげにお腹が鳴く。そういえば、最後に食事をしたのはいつだったろう。今日はバタバタしていたから……おそらく、何も口にしていない。
     空は少しずつ暗くなっていく。
    (もう、眠りたい……)
     空腹と明日への不安。かりそめの婚約者への罪悪感。全部が頭の中でぐちゃぐちゃになって、私の心を締め付ける。
     体と心が疲弊したそのままに、横になって目を閉じてしまいたい。
     それでも、シワ一つないこのベッドを汚せない……。
     諦念と共にため息を吐き、ベッドの隣に横たわる。
     新品の絨毯は柔らかくて、昨日までの自分の部屋の床よりもよく眠れる気がした。
     ……結局、私に相応しいのはこういう場所なのだろう。そう考えると納得できる。
     この世で一人ぼっちの冷たい夜は、まだしばらく続くみたいだ。
     
     *******
     
     強く握りしめた手で、扉を二度叩く。
     返事がないことに落胆しつつ、それを押し隠して扉を開けた。
     人影がないことに驚き、まさか逃げ出したのかと一瞬だけ頭に血が昇る。
     しかし愛らしい彼女は、ただ眠っていただけなのだと気がついた。
     ……床で、だが。
    「全く、つくづく私を驚かせて……」
     召使いのような格好をして現れたのは、反抗心か何かなのか。最小限の荷物しか持っていないのも、すぐに帰る意志を暗示しているに違いない。
     帰す気など毛頭ないが、どうしたら諦めさせることができるだろう。
     あれこれと思案しつつ、少女の体を抱き上げる。
     驚くほど軽いその肢体を、恭しくベッドに横たえた。
     静かに寝息を立てる彼女を見下ろす。
     頬に張り付いた髪を耳にかけてやれば、くすぐったそうに身を捩った。
     柔らかそうな唇から目が離せなくなる。気づけば指先で触れていた。
    「んぅ……」
     唇の隙間から漏れ聞こえた悩ましげに慌てて手を引く。
     少女が目を覚ます様子はない。
    「……」
     もう一度、手を伸ばして赤色に触れた。
     ふにふにと柔らかく形を変える。自らの唇で食むことができたら、どんなに心地よいだろう。
     ふっと笑みを浮かべ、何をしているのかと頭を振った。
     すやすやと眠る彼女が、その蜂蜜色の瞳を開いているときにも、こうして触れることができたなら。
    「……リツカ」
     そっとその名を囁いてみる。
     欲しくて仕方がなかった、愛しい少女。その瞳がこちらを見つめるたびに、胸が苦しくなって目を逸らしてしまう。
     これからしばらくは、挙式の準備で忙しくなる。だから、距離を縮めるのはその後になるだろう。
     その時が待ち遠しい。形式上の繋がりを、真のものにしていく日々が。小さな笑みを口元に浮かべ、最後に少女を一撫でする。
     そして踵を返し、部屋を後にする。リツカを起こさぬよう、ゆっくりと扉を閉めた。
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