妖精の薬指「お待たせしました!」
「いえ、今来たばかりです」
業務が少し長引いたおかげで、恋人との待ち合わせに数分遅刻してしまった。優しい彼は、気にすることなど何もないという風に微笑んでくれる。
「よかった……あ、服装ってこれでいいかな?」
おしゃれなお店で食事をするに、ふさわしい格好だろうか。濃紺色のワンピースの裾を軽くつまみ、ちらりと彼を見上げてみる。すると、深い緑の瞳がキュッと細められた。
「ええ、非常に愛らしい……このまま攫ってしまいたいほどに」
「えっ! えへ……ありがと」
想像の倍以上の賛辞に、一気に頬が熱くなった。それを隠すように早く行こうと広い背を押せば、ケイローンはクスクスと可笑しそうに笑う。軽口を交わしながら、近くに停めてあった車に乗り込んだ。
彼が全て予約してくれると言うから、詳細は深く知らない。窓越しに流れる景色を眺めていると、今日の疲れがじわじわと込み上げてくる。信号待ちで車が止まると、一層瞼が重たくなった。パチパチと瞬きを繰り返せば、それに気づいた彼が優しく囁いてくれる。
「眠っていても構いませんよ。着いたら起こしますので」
「ありがと……」
その言葉に抗うことなく、小さく欠伸をして目を閉じた。あっという間に夢の中へと落ちていく。
なんだかすごく幸せで、楽しい夢を見ていた気がした。
「立香、立香」
「ん……」
名前を呼ばれてゆっくりと目を開ける。すぐ近くに彼の顔があって、びっくりして眠気が飛んでいった。何度か瞬きを繰り返し、ようやく状況を把握する。
(あ、到着したのかな)
まだ完全に起きていない身体を起こすと、左手に慣れない感触があった。視線を向けると、薬指に指輪が。
「……? これなに?」
「着きましたよ。さ、行きましょうか」
「ねぇ、これ」
「予約の時間ギリギリですね」
戸惑っているうちに手を引かれ、あっという間に席に着いていた。飾り付けられた個室は居心地が良く、窓の外は中庭をライトアップしていて綺麗だ。今の私には、それらを楽しむ余裕がないけれど。
「ねぇ、これなぁに? ねぇったら!」
「これとこれ、コースはすぐ始めてください」
私の訴えが見えないみたいに、彼はさっさとお酒を選び終えた。頬を膨らませ、テーブルの下の足をつま先でつつく。するとケイローンは悪戯っぽく唇の端を上げた。