オレンジ夕暮れ刻。
世界がオレンジ色に染まっている。
七ツ森は先を歩く風真の背を見つめていた。
風真を最初に知った時、七ツ森とは一生縁がない相手だと思った。
イギリス帰りの帰国子女。頭脳明晰容姿端麗、加えてスポーツも万能との噂。高校も陰キャで過ごそうと思っていた七ツ森にとって、関わる要素など何一つない相手だった。
それが、やけに大きな声の女子と知り合い、その流れで風真とも知り合い。……まぁ、色々あって、本当に色々あって、こうやって二人で出掛ける事もある仲に。
知り合っただけでも不可思議なのに、二人だけで出掛ける事になるなんてなぁ。としみじみ思う。
そして、まさかそんな相手に惚れてしまうなんて……とも。
恋愛感情なんて無縁だと思っていた。なのにまさか芽生えた相手が男だとは。
ただ恋愛が無縁だと思っていたのが幸いだったのか、相手は女の子じゃなきゃ絶対にオカシイ!!みたいな感情は無く。
あーそっか、俺カザマが好きなんだ……位の超軽度な衝撃だった。
ただ性別以外に問題があったけど。
風真には好きな相手が居た。直接聞いた事はないけどバレバレだった。欠点などない王子様とも評されていた風真が意外にオモシロイ奴と知ったのもその恋愛がキッカケだった。それほどまでに風真は恋愛感情を隠さず真っ直ぐだった。だから。
だから、彼の失恋も、直ぐに解ってしまった。
失恋を自覚しているであろう風真も、ただでは食い下がらなかった。だけど、どう頑張ったって報われない事はある。彼女の幸せを第一に思う風真らしく、結果的には身を引いた。
そして、そんな風真の一喜一憂を見ていた七ツ森は、そのすべてが愛おしいと感じてしまったのだ。
恋愛に夢中な彼も、失恋を自覚して落ち込む彼も、恋していた相手を思いやる彼も、全部。
想いを告げる気なんか無かったのに、ふとしたことで落ち込む風真につい、言葉が漏れてしまった。
「俺、カザマが好きだ」
放課後、教室で。
あの時もこんな風に、世界がオレンジ色だった。
風真からの返事は無かった。ただ、目をまん丸に開いて口をポカンと開けていた。そんな表情も出来るんだって思って、そしてそれも可愛いと思って、ああ完全に恋してるじゃん俺……って己に苦笑した。
結局その後は何も変わらず。オトモダチとしての付き合いのまま。そして今日もオトモダチとして一緒に出掛けた帰り道。普段なら駅前で「じゃぁ」と別れるのに、「少し歩かないか」と提案してきたのは風真の方。
オレンジ色の世界を風真が歩く。
あの時は立ち尽くしていて、世界も時間も止まってるかのようだった。
でも今の風真は、七ツ森の前を真っ直ぐ伸びた姿勢のまま歩いている。
「七ツ森」
「ん?」
風真の口から出るであろう言葉は、何となく想像がつく。
自信過剰と思われるかもしれないけど、でも恋愛初心者な七ツ森が気付くような態度な風真が原因だと思うんだよね。
呼びかけたくせにその後の言葉を発しない風真の心理や如何に。
何が気になるんだろう。
「俺、好きな子がいたんだ」
「知ってる」
知ってるよ。そんな風真を好きになったんだから。
「失恋したんだけどさ」
「うん」
それも知ってる。そんな風真を見て、見ていられなくて言葉が零れたんだから。
「まだ、失恋からそんなに経ってないのに」
「……」
一年位経ってるけど……。まぁ風真からしたら恋愛期間よりも失恋自覚後の方が短く感じるのは仕方ない……のかも。
「それなのに」
「……うん」
これは、さ。
もう言ってる様なものだよね。
返事してもいいかな。ねぇ、風真
「返事してもいい?」
「……は?」
あ、また言葉が漏れた。
だって、言いにくそうにしてるから。
風真からの言葉が聞きたいけど、多分その言葉を言う為のキッカケが掴めてないみたいだから。
「俺もカザマが好き」
「……俺も……って」
「違った?」
「……なんだよお前……俺がどれだけ」
「うん」
「うん、じゃねぇよ」
背を向けてすたすた歩く風真の背中を見て、ゆっくり追いかける。
解るよ。風真がどれだけ悩んだのか知ってる。俺の事も、いっぱい考えてくれたのを知ってる。だから。
「──っ」
オレンジ色の世界に一人で歩く風真の背中を抱き締めた。
「カザマを一人にしたくない」
「……っ」
「俺と、一緒に居てよ」
風真がフルッと震えて、そのまま固まってる。目線は下に降りてるし、何より後ろから抱き着いてるから風真の顔は見えないけど、でも。
「カザマが好きだよ」
腕の中の熱が、そしてオレンジの世界の中で真っ赤に染まってるカワイイ耳が、俺に最高の返事をくれた。