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    sleepwell12h

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    ドライブする🛸🤟

    #Renkyotto
    Renkyotto<3

     蛍光灯の清潔な光に洗われた深夜のダイナーは場違いに明るく、まるで書割のように周囲の風景から浮いていた。
    「寒くない?」
     ドライブスルーの小さな窓から受け取ったココアを差し出しながら、レンが訊ねる。赤と白のストライプが印刷された紙のカップを両手で包み込み、キョウは浅く頷いた。
     ふたりを乗せた車はダイナーを離れ、再び車道へと戻る。アスファルトを引っ掻くタイヤの音と低く唸るエンジンの駆動音、カーステレオから流れる音楽が車内を満たした。先ほどから古めかしいシャンソンやバラードばかり流れてくるのは、たまたまラジオがオールディーズのチャンネルを拾っているのか、はたまた故意に周波数を合わせているのか。キョウは助手席で熱いココアをちびちびと啜りながら、ハンドルを握るレンを盗み見た。車道に沿って等間隔に並ぶ水銀燈の光が、深く窪んだ目元と高い鼻梁、緩く結ばれた口元、品よく尖った顎先をコマ送りの如く照らし出す。夜光雲の色をした瞳は真っ直ぐに伸びる道の彼方へ向けられている。傍らを振り返ることはないと確信したキョウは、穴が空くほど無遠慮な視線をレンの横顔へ注いだ。
     やがて車は海辺のドライブイン・シアターへと滑り込む。今どき野外映画など流行らないのか、観客はまばらだった。巨大なスクリーンを端から端まで鑑賞できる後方の列に車を停め、エンジンを切る。細く窓を開けると、ビッグバンドの奏でる軽快な音色が夜風に乗って滑り込んできた。サーチライトよろしく夜空を裂いて飛ぶ映写機の光が映し出すのは「月世界旅行」だ。月面を探索する天文学者たちが先住民に捕われるシーンを見たレンは、声を立てずに苦い笑みをこぼした。シートを限界まで下げ、背もたれを倒しても、レンはまだ窮屈そうに長い足を持て余している。車なんてどこから調達してきたのかと訊ねても、レンははぐらかすばかりで応えなかったが、おそらく借り物なのだろう。丸っこいフォルムの白い小型車は、明らかに彼の体の寸法と合っていなかった。
     月から追い立てられた人類は、地上に戻れば英雄として称えられる。仮に今日までの生活のことごとくが夢だったとして、なにかの拍子に目を醒ましたところで、誰も自分の帰還を喜ばないのだろうな。目まぐるしく移ろう情景をフロントガラス越しに眺めながら、キョウはぼんやりと思い浮かべる。やがて短いフィルムが終わると、それまでのノイズが走る不鮮明な映像から一転して、眩い極彩色が映写幕に投影された。静かなコーラスを背景に浮かび上がるのは、未だ醒めやらぬ明け方の街路だ。
     少しずつ飲んでいたココアもいつしか底をつき、わずかに入り込む冷たい夜気が体の熱を少しずつ奪っていく。身震いするキョウに気づいたレンが、シートの後ろへ腕を伸ばした。
    「おいで、キョウ」
     深夜の冷え込みも見越していたのか、ふたりくらいであればゆうに包み込めそうなブランケットを広げつつ手招きする。キョウは躊躇したものの、寒気に耐えられず不承不承レンの腕におさまった。確かに暖はとれるが、息遣いが伝わる距離まで他人と密着する機会など滅多にない。喰い入るようにスクリーンを凝視しながらも、キョウの気はそぞろだった。
     やがて物語も中盤に差しかかると、潮騒に溶け込むような細く掠れがちな歌声が流れる。ムーン・リバー。間伸びしたギターの音色に合わせて、レンが低い声でメロディをなぞる。キョウを見つめながら、My Huckleberry Friend、と笑いかけた。ブランケットの下で互いの手が触れる。キョウが咄嗟に手を引くより早く、レンが五指を絡めて握り込んだ。爪を一枚ずつ磨き立てるように、指先へ順繰りに口づける。
    「……やめろよ。お前とこんなこと、したくない」
     ジッパーを下げ、フーディの中を這い回る手から逃れようと体を捩る。狭い車の中ではろくに身動きもとれず、隠れる場所もない。八方塞がりだ。
    「本当にやめてもいいの? ここはキョウの夢の中なんだから、キョウの好きなようにしていいんだよ」
     耳打ちされた瞬間、キョウはにわかに色を失う。抵抗を止めたキョウの背中を、レンはやわらかな手つきで撫で下ろした。
    「最近、夢見がよくないって言ってたから。俺が中に入って、楽しい夢にしちゃえばいいと思って」
     突飛な発想だが、レンならやりかねない。キョウは文句のひとつも言ってやるつもりで勢いよく顔を跳ね上げた。しかし、いつになく憂わしげなレンの表情を目の当たりにした途端、言葉に詰まってしまう。
    「あんなに暗くてさみしい道を、いつもひとりで歩いてたの?」
     繰り返し見る奇妙な夢について、キョウは誰にも話したことがなかった。何処とも知れぬ道を夜な夜な彷徨い歩くだけの夢を悪夢と定義するべきかもあやしく、相談するのも躊躇われる。落ちてきそうな星空を眺めながら歩くのは決して悪い気分ではなかった。不思議と心細さも感じない。いずれ月世界から追放される日が来たとしても、この景色を何度でも思い出せるように、目に映るすべてを焼きつけておこう。その一心でひたすら歩を進めた。
     レンの言葉が事実だとすれば、車どころか人影さえ見当たらないがらんどうな道に彼があらわれた理由も説明がつく。行きたい場所があるなら乗せるけど、と誘いかけられたキョウは逡巡した。目的地があったわけじゃない。通りかかったのがレンでなければ、助手席に乗ろうとは思わなかっただろう。俺のことはいいから先に行きなよ、と告げていたかもしれない。
    「……車が運転できるのも、夢の中だから?」
    「さあ、どうかな。宇宙船より複雑な乗り物じゃなければ動かせると思うけど」
     ふたりは顔を見合わせるなり、同時に吹き出した。映画はいよいよ終盤に差しかかろうとしている。
    「生まれた星が違っても、こうして会えたんだ。どこにいたって絶対に駆けつけるよ」
     それこそ夢物語のような口約束を鵜呑みにできるほど、キョウは素直でも単純でもなかった。でも、夢の中まで会いに来るような奴の言うことなら、少しくらいはあてにしていいのかもしれない。キョウは夜明けとともに消えてしまう温もりに身を委ねながら、遠く聞こえる望郷の歌に耳を澄ませた。
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