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    planet_0022

    @planet_0022

    書きなぐった短編たちの供養所

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    planet_0022

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    ウツハン♀
    教官(37)、全く望んでいない見合い話を進められてしまい困り果てて、愛弟子(20)に許嫁のフリをしてくれ!と頼み込みに行って色々ある回。
    年甲斐ない初恋大好き。

    #ウツハン♀

    それはまた後日 そっと目の前に差し出された、見覚えのある釣書にウツシはげんなりとした面持ちを全く隠さなかった。フゲンは面白いものを見たと言わんばかりに笑っていたが、ゴコクはもう少し取り繕わんか、とたしなめてくる。それだけ正直な気持ちであると思って欲しいものだ。

    「あのですね、何度も言っていると思うのですが、まだそういった事は考えてないんです」

     ウツシは釣書を掌で押し返すようにして、フゲンへと突き返したが、フゲンもまた譲る気配はなく、ぐい、ぐい、と行ったり来たりを繰り返す押し付け合いが始まってしまった。受け取る気のないウツシと受け取らせる気しかないフゲンによる不毛な争いである。

    「おかしいなぁ。前の方をお断りした時に、ちゃんと今後も一切お断りだと言ったはずなのに……聞こえてましたよね?」
    「うむ、聞こえておった」
    「えぇ……」

     フゲンは、それはそれは堂々と断言した。ウツシの断りをきちんと受け止めてなお、見合い相手を薦めてくるのをやめないとは。あぁもうこれだから年嵩の者達のお節介というのは厄介なのだ、とウツシは声に出さないまでも心の中で舌打ちをする。それが自分にとってプラスになるお節介であれば喜んで受け入れただろうに、残念ながら今のところマイナス方面にしか働いていない。なので、ゴコクのいうような取り繕うなどという気が、ウツシには毛ほども起きないのであった。

    「先日の断りの理由はなんだったかのう」

     互いに一歩も譲ろうとしないウツシとフゲンの攻防を眺めながらゴコクがおもむろに口を挟んだ。呑気に釣り竿をテツカブラの幼体の前にぶら下げながらも、ジトっとした視線をウツシに寄こしてくる。不満を湛えたその視線に、これは長くなるぞ、とウツシは心中でげんなりとしながらゴコクの問いかけに答える。

    「ですから、今は教官職が忙しくて……」
    「タイシ一人で手一杯になるほど余裕がないと言うゲコ? お前ほどの者が?」
    「……いや、そこまでということはありませんが……でもですね、里での任務もありますし」
    「妻帯していたら出来なくなるような任などないゲコ」
    「……まぁそうかもしれませんが。あとは愛弟子との狩猟任務とか、愛弟子への指導とか……」
    「えーい!往生際の悪い!あの子はとっくに独り立ちしてるゲコ!いい加減弟子離れせんか!」

     ウツシの並べ立てる言い訳のどれもが見合いを断る決定的な理由にはなっておらず、ついにはゴコクの堪忍袋の緒が切れた。べしっ、と情けない音がして、ゴコクの持っている釣り竿がウツシの額にぶつけられる。しなるその竿による攻撃にウツシは大袈裟に怯んでみせた。

    「ちょ、痛いですよゴコク様!」
    「いい年した男が、あれは嫌これは嫌とワガママばかり言いおって! 何がまだ考えていないでゲコ! そんなこと言っとる間にお主は齢いくつになったゲコ!」
    「……三十七ですけど……」
    「子供じゃあるまいし、いい加減腹を括らんか!」

     そうは言われても興味のないものに興味を持てというのは非常に難しい。今の生活に不満はないし、むしろ充足している日々を過ごしていると思う。自身の持つ狩猟技術を教え、里の次代を担う若人を育成するのは、大変やりがいに溢れていて楽しい。
     なによりも、我が愛弟子、狩人の乙女、カムラの猛き炎。彼女の在り様を見ると、もしかすると自分には教官職が天職だったかもしれない、とまで思えてしまう程だ。勿論、彼女が里の英雄となれたのは、彼女自身の資質や努力によるものであるから、ウツシはその手助けを少ししただけに過ぎないが。
     そんな狩人の乙女と空いた時間で共に狩猟に出かけるのがここ最近の一番の楽しみなのだ。折角里の様子も落ち着いて、彼女との狩猟にかける時間がとれるようになってきたというのに、そこへ来て好きでもない女性と結婚しろなどと言われても……。

    「めんどくさいなぁ……」
    「何か言ったでゲコ?」
    「いいえ、なにも」

     ぼそり、と呟いた本音はどうやら寸でのところでゴコクには聞こえなかったらしい。聞こえていたらまた、手持ちの釣竿で殴られていただろうから助かった。いけない、いけない。本音は綺麗にしまっておかないと。

    「まぁ、ゴコク殿の気持ちも察してくれ。お前を心配しておるのだ」
    「だいたい独り身なんて今どき珍しくもないでしょう。俺は現状に不満はありませんし、誰かを娶ろうだとかは考えていません」
    「ほぅ……」

     ゴコクを庇うフゲンに対してウツシが溜息交じりにそう答えると、ぎろり、とゴコクの目が鋭く光った。これは、何かいけない地雷を踏んだ予感がするぞ、とウツシの背がぶるりと震えた。今はギルドマネージャーとしてのほほんと過ごしている身ではあるが、現役時代は歴戦のハンターだった、という話だ。真偽の程はいまいち判明していないが。好々爺然とした態度でいることがほとんどであるので気づかれにくいが、いざ目の前で凄まれた日にはなかなかに迫力があるのだ。今まさにその迫力に気圧されているウツシが言うのだから間違いない。

    「ならばお主も、もう少し節度を持って人と接するでゲコ」
    「え、なんですか、人聞きの悪い……」

     ゴコクはテツカブラの幼体に乗りながら、ウツシのもとへとじりじりと近づいてくる。一歩、一歩と近づかれる度にウツシもまた、一歩一歩と後ずさり、形勢は芳しくない状態だ。

    「その釣書も含めて、これまで届いていたものぜーんぶに似たような書きつけが来とるのだが、内容を聞きたいでゲコ?」
    「いえ、聞きたくな……」
    「聞きたいでゲコ?」
    「……聞きたいです……」

     有無を言わせぬ迫力でゴコクに詰め寄られたウツシは観念して、ただ頷くこととした。ここで逆らってもきっといいことがない。これまでウツシは勝手に送られてきた釣書をいくつも渡されてはきたが、書きつけも含めてその全てに目を通してはおらず、そのまま突き返し続けていた。見て、受け取ってしまえば、見合いを受ける受けないに関わらず誠意をもってお断りの返信をせねばならない。人として最低限の礼儀ではあるが、どう転んだとしても返答は一つなのであれば、面倒が嵩むだけである。
     こちらが望んだわけでもないというのに、勝手に押し付けられたものに時間を割かねばならぬというのも解せぬ思いがあったので、ウツシは最初から見合いを受ける気はない、とフゲン達に言い含めていたのだ。
    そもそも釣書を受け取る気がないことがわかっていれば、見合い話が持ち上がった段階で断りを入れてくれるだろう、という考えがあったのだが……。どうやら今のゴコクの立腹ぶりをみるに、効果はあまりなかったようだ。
     そういったわけでウツシは知る由もなかったが、どうやらこれまで送られてきてた釣書にはどうやら大変気持ちのこもった書きつけが毎度添えられていたらしい。ゴコクは書きつけの書かれているらしい紙を開いて内容を読み上げ始めた。せめて小声でよんでくれないかな、相手の方にも悪いし。と、ウツシは見当違いな願いを捧げることとにした。

    「では、読み上げるでゲコ。カムラの里でお話をした時のことを覚えていらっしゃるでしょうか? 私のような者にも、とても温かく接して頂き、優しく微笑んで語りかけてくださった姿が今でも忘れられません。貴方様のような強くお優しい方と縁を結びたいと思い、今回このような形でお送りさせて頂きました。お返事をお待ち申し上げております」
    「……はぁ」

     ウツシは内容の感想の代わりに気の抜けた息を吐いた。そこでようやくフゲンとの押し付け合いの手を止めて、渋々と釣書を受け取り開き、相手の写真を見てみるが、全く誰だかわからない。近頃は里の外との交易が盛んになり、ハンターたちの出入りも増えて里を行き交う人間が増えている。数日滞在する程度や、一言二言話した程度の相手などいちいち覚えてはいられない。
     だが、ウツシとて鬼ではないので、流石にここまで気持ちのこめられたものを見て聞いてしまったとあっては、素っ気なく知らぬふりもできない。得手ではないが、今回ばかりは丁重なお断りの文を書く必要があるだろう。しかし、毎回このような書きつけがあるのであれば、やはりこれまで釣書を受け取らずにきて正解だったな、とウツシは改めて確信した。

    「感想は?」
    「特になにも……いえ、気持ちは嬉しいですけどね」

     本当に、気持ちだけ。とウツシはことさら強調してゴコクに告げる。ゴコクもまたなんの感慨も湧いてはいないウツシの姿に溜息を吐いた。呆れられようが偽らざる感想である。

    「これが毎っ回でゲコ。お主、なんぞうら若い婦女子たちを誑かすような物言いでもしておるのか?」
    「えぇ!? 俺は何もしていませんよ!」
    「じゃあ何でこんな事になるでゲコ!」

     ゴコクは懐に隠し持っていた釣書の束を、ずい、とウツシへと突きつけてくる。そんなことはウツシの方が聞きたい。もし、ウツシの方からさも好意があるような物言いで話をしていたというのならば、多少の落ち度もあるかもしれないが、全く持って、一切合切身に覚えがない。誰であれ、話しかけられれば返事はするし、もし里の者でなければ多少の気を遣って他愛ない世間話程度はするかもしれないが、それが勘違いを誘引するような行動だったというならば、もう正直手の打ちようもないだろう。誰に話しかけられても無視を決め込め、というのならばそうするが……いや、現実的に無理な話だ。

    「まぁとにかくウツシよ。すまんが、今回だけは受けてくれんか」
    「ですが……」
    「今更断れんのだ。先方はもうカムラに向かっておるゲコ」
    「はい!?」

     フゲンは自身の顎を撫でながら、ゴコクは取り出した釣書の束を再び懐にしまうと、ウツシから視線を逸らしながらそう告げた。
    見合いを受けたところで、ウツシにその気がない以上、最終的にはこちらから断りの返事を入れる事になるのだから、それならば最初から話を進めるべきではない。そう思い、いつも通り断りの返事を入れてほしいと打診しようとしたが、予想外の展開に阻まれることとなった。
    どうやらウツシが先ほど見た釣書を送ってきた令嬢は、ゴコク曰く近隣にある里の長の娘であるらしい。里の名前を聞いてみれば、確かに先日鉄の買い付けでやってきていた行商の一座がいたな、と思い当った。

    「しかしこちらに来るのが急すぎませんか? 返事も出していないわけでしょう?」
    「釣書を送り返さなかったということは、自分に悪い印象はないのだ、と判断したらしい」

     参ったな、とウツシは頭を抱えた。この相手の返答云々を聞かず行動に移す猪突猛進ぶり。見合いを断るにしても少々厄介なことになりそうな予感がした。とにかくなんとか上手い言い訳を考えねば、と思考を巡らせる。言って聞かせて、そうですか、わかりましたと理解してくれるような相手ならば話が早いのだが……厄介なことになったものだ、とウツシはがっくりと肩を落とした。

    「まぁそういうわけだ。勿論その令嬢を娶れとは言わん。会うだけ会って本人を納得させ、丁重にもてなしてからお帰り頂ければよい。方法はお主に任せるが、放棄はするな。まぁ任務とでも思え」
    「あの里との交易はカムラにとっても有効だからの」

     二つの笑い声が高らかに里に響き渡る。他人事だと思って呑気なものだ。御意に、と返事だけしてウツシはたたら場を後にした。さて、件の里からカムラまでやってくるには、山を二つ程超えるだろうからせいぜい二日か三日というところだろうか。その間になんとか当人が納得できるような理由を用意できればいいのだが……

    「あれ、珍しいですね」

     腕を組み、対策を思案しながら集会所までの道を歩いていると、聞き覚えのある声を掛けられた。声の主に視線をやると、本人は目をぱちぱちと瞬かせている。

    「やぁ、愛弟子。狩猟帰りかい?」
    「えぇ、砂原までちょっと行ってまして。結構風も強かったんで、もう全身砂塗れですよ」

     声を掛けてきたのは、愛弟子、カムラの里の猛き炎だった。里の災禍が払われてなお、精力的にハンターとしての活動を続けており、ギルドの覚えもめでたい彼女は間違いなくこの里で一、二を争う強者だろう。教官として、彼女を育て上げられたことはウツシの誇りでもある。まぁ、だからこそ、後進育成の楽しさを知ったので、今更教官職を疎かにしたくない、というわけなのだが。
     砂原の帰りだという狩人の乙女の姿を見れば、確かにあちらこちらに砂を被ったようで、払いきれていないそれが衣服を汚している。

    「あぁ、ほら、ちゃんと払って」

     ウツシはついついこの弟子の世話を焼いてしまいがちで、毎度のように、子供じゃないんですが! と本人に拗ねられるまでがお決まりである。肩や背中にこびりついたままだった砂を掌で軽く払ってやると、パラパラと音を立てて砂が零れていく。

    「ディアブロスでも狩ってきたの?」
    「やっぱりわかります? どうしても角が欲しくて……えへへ」

     これだけ砂塗れになるということは、おおよそ相手の存在は見当がつく。見たところ目立ったケガはないようだし、問題はなさそうだ。聞くところによると、最近は様々な武器の使い勝手を試しているらしく、レア素材が永久に足りない……と、怨嗟のこもったような呟きをしながら毎日クエストをこなしているようだ。そのせいか、なかなかウツシが受付をしている闘技場クエストには足を運んでくれないのは寂しいものだが、成長著しい弟子の姿はウツシの心を軽くした。

    「教官こそお出かけですか? 集会所にはこれから?」
    「あぁ、ちょっと里長とゴコク様とお話をね……はぁ、今日はもう闘技場しめちゃおっかなぁ……」

     目前に迫っている難題が解決していないせいか、気もそぞろな状態であることは自覚していた。集会所へ向かう足も重いことだし、このまま帰ってしまおうか。流石に今日ぐらいは許されてほしい。

    「成程、何かお悩みなんですね。私で良ければ力になりますので言ってくださいね」
    「え、本当? さっすが愛弟子! 教官、嬉しいなぁ……!」
    「今ちょうど足りない素材がありましたし」
    「あ、そう。対価ありってことね……」

     狩人の乙女は、当たり前でしょう、と言わんばかりの表情だ。そういえばこの子はこういう子であった。ウツシがそのように育てたのだから文句は自分に言うしかないのだが。しかし、この子だって成人を迎えて、所謂年頃の女の子であるというのに、在りし日のウツシと同じように狩猟、狩猟、また狩猟の毎日だ。
     いつかこの子も好きな人ができました! とか言って誰かいい人を連れてきたりするんだろうか……俺、許せるかなぁ。俺より強い奴じゃないと許せなさそうだなぁ……等と不毛なことを一瞬考えて、すぐにやめた。いくら親がわりとして育ててきたとは言え、そこまで干渉するのは流石にやりすぎだろう。
     と、一人百面相をしているウツシの頭に、唐突にひらめきが走った。そうか、この手があった。

    「ねぇ、愛弟子」
    「なんですか?」
    「恋仲の相手はいる?」

     ウツシの問いかけが辺りにも聞こえていたのか、ざわ、と周囲の空気が揺れたのを感じたが、そんなに良くないことを聞いただろうか?
    ウツシは周囲に漂う妙な空気を感じながら、首を傾げて狩人の乙女の様子を窺ったが、当の本人はわなわなと体を震わせながら顔を真っ赤に染めている。前言撤回だ。どうやら良くないことを聞いてしまったらしい。

    「ま、愛弟子……えっと……」
    「ちょっと来てください!」

     狩人の乙女はそれはもう強い力でウツシの腕を引いて駆け足で自宅へと駆け込んで行った。少々足がもつれそうになりかけたが、流石に今なんらかの文句を言うのはタイミングが良くないだろう。ぎゅう、と握る手の力強さがなんだか頼もしくてウツシは頬を緩める。
     狩人の乙女は自宅に入るなり、スパン! と大仰な音がするほど勢いよく入り口の引き戸を閉じ、そこでようやくウツシの腕を離した。余程人目に触れるのが嫌だったらしい。

    「こら、壊れるでしょ」

     流石にその所作はどうか、と思い、握られていた側の手首をプラプラと振りながら口を挟むと、いまだに顔を真っ赤に染めたままの狩人の乙女が、ギロリと凄みのある視線でウツシを睨み付けてくる。どうやらこれは相当お怒りの様子である。

    「人通りの多い往来で急になんですか!」

     開口一番に言われた文句は場所を弁えろといった類のものだった。成程、確かにそれは配慮に欠けていたかもしれない。そんなに大きな声で問いかけたわけではなかったが、きっとあまり人前で聞かれたくはないことだったのだろう。女性の心理というものは難しい。

    「いや、さっきのね、キミの言葉に甘えちゃうようで悪いんだけど協力してほしくて」
    「それと私の、こ、恋仲の相手がどうとか……って関係あるんですか……」

     恋仲、という部分だけやたらと声が小さい。物慣れていないその様子を見てしまうと、今から頼むことは手に余るような気がするのだが、ウツシとしても他の解決法が手詰まりなので、なんとかして狩人の乙女に協力をしてもらうしかない。ウツシは先程の見合いの件の経緯について、順を追って狩人の乙女に説明を始めた。

    「はぁ、つまり教官はその話をお断りしたいと……」
    「うん。でも、なかなかに豪胆なお嬢さんだから、普通の話し合いでは解決できない気がしてね」
    「まぁその可能性はありそうですね。それで、私は何をすれば?」

     ウツシの説明を聞いている内に心が落ち着いたのか、狩人の乙女は段々と落ち着いた様子を見せ、上がり框に座り込んで次の言葉を待っている。一応客のように扱ってはくれるようで、どうぞ、と畳の上を薦められたが、首を横に振って断った。

    「俺の許嫁になってくれる?」
    「……はい!?」

     続いたウツシの言葉を聞いて、盛大にひっくり返った狩人の乙女の奇声が家内に響いた。信じられない言葉を聞いたと言わんばかりに固まったその顔は、ようやく落ち着きをみせたはずなのにまたしても真っ赤に染まっている。忙しないなぁ。

    「流石に明確な相手がいれば先方も諦めると思うんだよね。キミなら俺の話に合わせられるだろう?」
    「そ、それはそうかもしれませんが……」
    「一応フリとは言え、許嫁として先方に紹介することになるし、キミに恋仲の相手がいるなら嫌な思いするかなぁと思って聞いておこうかと」
    「……あぁ、フリ……そうですよね。はぁ……。そういう人ですよね、教官って……」
    「え? なにが?」

     はぁー、と大きな溜息を吐いて狩人の乙女は脱力したように顔を覆っている。ぶつぶつと何やら小さな声で呟いているが、ウツシの耳ですら聞き取れない。これは相当無理なお願いをしてしまったのかもしれない。確かに年頃の女の子にいくらなんでも十七も年が上の男、しかも自分の教官の許嫁のフリをしろ、というのはいささか不躾な話かもしれない。まぁ、絵面的にも疑われるような気もするし。

    「えっと……やっぱりやめようか。大丈夫、他の人にお願いす、」
    「いえ、私がやります」
    「そ、そう……」

     厚かましすぎるお願いに恨み言でも述べているのかと思い、ウツシの都合で愛弟子に無理をさせるのも良くないだろうと、やはり話をなかったことにしようとしたが、狩人の乙女は即座に承諾してくれた。嫌なのか? 嫌じゃないのか? ますます狩人の乙女の、いや、女性の考えている事がわからなくなりつつも、ウツシはガリガリと頭を掻いてから、にこやかに笑みを向ける。

    「それで、なんの素材が欲しいの? ちゃんとお礼に用意しておくよ」
    「……じゃあゴシャハギの肝で」
    「うーん、難易度たっかいなぁ……わかった、頑張るよ」

     無理なお願いをしているのはこちらであるし、可愛い弟子の為なら雪鬼胆ぐらい……いや、手持ちがないな。今から狩りに行って間に合うかな。とりあえず、また明日対策を練ろう!ね? とそれだけ言い残してウツシは急いで狩人の乙女の家を後にして集会所へと向かった。寒冷群島でのゴシャハギ討伐クエストを手早く済ませて帰ってこなければならない。あぁこれからしばらく忙しくなりそうだ、とウツシは辟易とした。

    「期待した自分がばっかみたい……」

     当然、疾風のごとく狩人の乙女の家を後にしたウツシは一人残された愛弟子の呟いた言葉を知らない。


     さて、三日後。
     当日がやってくるのはあっという間だった。結局あれから雪鬼胆がなかなか手に入らず、寒冷群島と里の行き来を繰り返すハメになったウツシは、許嫁のフリを頼み込んだ狩人の乙女本人と対策を練る時間が取れずじまいであった。とはいえ、その本人に報酬は絶対先払いです、と、なにやら腹を立てた様子で固持されてしまったものだから、なかなか目まぐるしい日々を過ごす事となったのである。
     なんとか目当ての雪鬼胆を手に入れたのが、件の見合い予定日の前日夜という体たらくだった為、疲労困憊のウツシは、とりあえずクエスト帰りに狩人の乙女へと約束の素材だけを渡し、そのまま帰宅して当日の朝を迎えたのであった。
     件の令嬢をお迎えするにあたって、ウツシは狩人の乙女の自宅まで出向き、簡易な話し合いを行うことにした。何事も事前準備というのは必要である。とりあえず方針としては、到着早々に先方には先手で許嫁の話を出して、今回の件は手違いだったのだと言ってしまおう、という方向とした。
     それ、めちゃくちゃ失礼じゃないですか? と狩人の乙女には言われたが、こちらの返事を待たずして里に見合いのつもりでやってくる人に気を遣ってもしょうがないでしょ、と返せば、それもそうかと納得してくれたようだった。

    「お疲れですね」
    「うん、まぁね……それで、必要な素材は揃ったの?」
    「えぇ! おかげさまで大剣が作れそうなので、後でハモンさんの所へ行こうかと」
    「良かったね……」

     げっそりとした様子のウツシとは裏腹に、狩人の乙女は素材の話を振ってやるとニコニコと満面の笑みを浮かべて微笑んでいる。喜んでもらえたなら何よりだが、しばらく寒冷群島へは頼まれても行きたくない。
    ウツシと狩人の乙女は二人並んでたたら場を通り、カゲロウの雑貨屋を通り超え、橋を渡る。ヒナミの傘屋の前、大きく開いた里の正面門前まで歩みを進めると、木々の向こうからポポに曳かれた荷馬車のようなものが二台程見える。
     あれですかね。と、狩人の乙女は指差して示すが、正直あれじゃないと言ってほしい。てっきりただの見合い話、つまりは精々顔合わせ程度のことかと思っていたので、身一つ、あるいは供回りが数人レベルの来訪かと思っていた。
     だが、ポポが荷馬車を曳くレベルとは、随分と大荷物だ。滞在するにしたって二日かそこらだろうに、規模が見合っていない。まるで家財道具を持ってくる輿入れのような……いや、まさかそんな……。
     荷馬車から降りてきたのは、先日の釣書で写真を拝見した令嬢に間違いなく、門の前で出迎えたウツシ達の姿を見ると、花が綻ぶように笑顔を見せた。側付きの女中に窘められながらも、駆け足でウツシ達の元に走り寄ってくる。

    「まさかお出迎え頂けるなんて思ってもいませんでしたわ」
    「あ、いえ、里のお客人ですから当然ですよ」

     嬉しゅうございます、と頬を染めながらウツシに微笑みかける令嬢へ社交辞令をとりあえず述べておくことにした。ハハ、と苦笑いを浮かべながら応対していると、ウツシだけに聞こえる声で隣に立つ狩人の乙女から、教官、そういうところですよ、ゴコク様に言われているのは……。と呟かれた。
     そうは言われても、社交辞令の言葉ですらダメならもうどうすればいいのかウツシにはわからない。

    「ところでそちらの方は?」

     令嬢はウツシから視線を外し、隣に並び立つ狩人の乙女へとようやく目を向けた。ずっと隣にいたのに、気付くのが遅いような気がしないでもないが、ここがチャンスとばかりにウツシは愛弟子の肩を抱いて作戦を開始した。肩を抱くのは事前に相談していなかったので、令嬢に見えないようにウツシの脇腹に狩人の乙女からの抗議として肘打ちが入ったが、そこは教官としての矜持で何事もなかったように耐え抜いてみせた。

    「実はご説明しなくてはならないのですが、彼女は俺の許嫁でして……」
    「まぁ」
    「許嫁がいる身でしたので、これまで見合いはどなたともお断りをさせて頂いていたんです。けれど今回は何やら手違いがあったようで」

     まぁ手違いも何も承諾していないのに押しかけて来たのは令嬢の方なのだが。

    「成程、そうでしたのね」
    「えぇ、そういうわけですから……」
    「ではわたくしは、第一夫人と第二夫人のどちらになるのでしょうか?」
    「はい!?」
    「なな、何言ってるんですか!」

     予想もしていなかった返答が返ってきて、流石のウツシも動揺した。それまでは話の流れに身を任せていようとしたのか沈黙を決め込んでいた狩人の乙女も、到底黙ってはいられなかったようで抗議の声を上げている。ここまで許嫁のフリを徹底してくれるのはありがたい限りである。

    「ですが、妻が二人いるのは特段珍しくもありませんでしょう?」
    「珍しいですよ! そんな人、この里にはいません!」
    「あら、カムラの里はあまりそういう文化がございませんのね」
    「と、とにかく! その……つまり……きょ、教官の正式な許嫁は私です! 第一も第二もありません! 私が教官と結婚するんです!」

     捲し立てるように大声で狩人の乙女は令嬢へ向けて”許嫁”としてもっともな主張をした。顔がりんご飴のように真っ赤だ。嫁入り前の年頃の女子にこんな事を言わせてしまうのは、ウツシとしても大変心苦しい。というか主張と演技がかなり真に迫っている。もしかすると愛弟子は諜報任務とかも向いてるかもしれないなぁ、と目の前で起きている女の戦いから思考だけ逃避して、ウツシは遠い目をした。
     ふと、背後に視線を感じて振り返ると、傘屋のヒナミとなぜか傍らにいるゼンチが顔をにやつかせてこちらを見ていた。面白いものを見てしまった、と言わんばかりの表情だ。これは、すぐに里中に噂が広まるな、とウツシは大きく肩を落とすのだった。
     ともかく里の門前で言い合いをしていても埒があかない。ウツシは何故だか一触即発の雰囲気を見せている狩人の乙女と令嬢をなだめすかして引きはがし、とりあえず宿へ案内すると告げると、令嬢は供回りの者にも伝えてくると言って荷馬車のそばまで一旦引き返していった。残されたウツシと狩人の乙女の間に気まずい沈黙が流れている。

    「なんか、ごめん……」

     何を言ったものかと迷ったが、とにかく頭に浮かんだものは謝罪だった。面倒な役割をお願いした上に、押しの強い令嬢を説き伏せる為とはいえとんでもない主張を里中に響き渡らせてしまった。嫁入り前の女の子に、好きでも何でもない男の許嫁を演じさせるのはやはり少々酷だったのだ。

    「別に、いいです……。私がやるって言ったので」

     ぶす、とした顔を隠そうともせずに狩人の乙女はウツシと顔を合わせないままにそう答えた。雪鬼胆も受け取っちゃいましたしね、と呟いて、気持ちを落ち着かせるべく、すーはー、すーはー、と深呼吸を始める狩人の乙女の姿にウツシは申し訳なさを覚える。

    「お待たせいたしました」

     供回りの者たちへの指示を終えた令嬢が鈴の鳴るような声でウツシのもとへと再び戻ってくる。門の外を見れば、里の皆が従者たちの案内を引き受けてくれるようなので、ここは任せることにした。ご案内しますね、と令嬢に声をかければ、はい、と微笑みを返される。連れだって歩き始めたウツシと令嬢の半歩後ろを狩人の乙女は黙ってその様子を眺めながらついてきている。不満げな様子だが口には出していない。
     宿へ向かう道すがら、カムラの里の施設やお店、名物、風景をあれやこれやと案内し、説明をすると令嬢は興味深そうにウツシの話に聞き入っていた。普通に話す分には悪い感じなど一つもない、至って普通の女性だな、という所感である。

    「成程、やはり故郷とは色々と異なりますわね」
    「そちらの故郷は、何か名物が?」
    「いえ、大したものはございません。ただ山裾にございまして、湧き水と……そうですね、温泉ぐらいでしょうか」
    「温泉かぁ、いいですね。ねぇ、愛弟子?」
    「……そうですね」

     隣に並んで令嬢と話すウツシの姿を見ながら、二人の会話に口を挟まないようにしていた狩人の乙女は、ウツシからの問いかけでようやく口を開くが、どこか気の入らない様子である。具合が悪いようには見えないが、あからさまに元気がない。どうしたのか、と声をかけようとしたウツシよりも先に口を開いたのは令嬢であった。

    「ところで気になっていたのですが……お二人、手を繋いだりはされませんの?」
    「はい?」
    「だって、許嫁なのでしょう? なんだかそれにしては遠慮があるように見えまして。せっかくこうして連れ立ってますのに」

     にっこりと人好きのする笑みを浮かべながら令嬢は、もったいないと言わんばかりに告げた。狩人の乙女は令嬢の言葉に、無言でぱちぱちと瞬きを繰り返している。その視線が少しさ迷った後にやがてウツシへと向けられた。あ、委ねられてる。と即座に感じ取ったウツシは、そっと狩人の乙女に手を差し出した。おずおずと遠慮を見せながらも、狩人の乙女もまたウツシの手を取る。半歩後ろを歩いていた狩人の乙女がウツシの横に並び立ち、他者から見ればどこかぎこちなく不自然だった距離が近づいた。

    「あ、あはは……お客人の前ですから、こういったことはあまり良くないかと思いまして……」
    「あら、わたくしは気に致しませんわ」

     取り繕うように笑うウツシの意識は目の前の令嬢ではなく、きゅ、と優しく握られた手のひらに全てを持っていかれている。狩人の乙女がまだ幼かった頃にこうして手を繋いだ記憶はあるが、彼女が成人してからは、こうして触れ合うような接触はちょっと記憶にない。なんだか手に変な汗を掻いてしまうのではないかと思うほどに、重なる手のひらが熱い。昔と同じことをしているだけのはずなのに、どうしてこんなにも落ち着かない心地となってしまうのだろう。何度も何度もきゅ、と握っては緩め、握っては緩めてと困惑した所作を繰り返すウツシの手を、それでも狩人の乙女の手は迷わずその度に握り返してくれていた。

    「色々お話を聞かせて頂きたいのですが、よろしいですか?」
    「えぇ、もちろん」
    「今すでに許嫁様とは一緒に暮らしていらっしゃるのですか?」
    「えっ、と……」

     ウツシは、ちらり、と視線を狩人の乙女に向けるが、当の本人は俯いたまま何も言わない。ただ、握られた手に少しだけ力が込められるのがわかった。助けを求める子供のようだと思った。そんなわけがないのに。ウツシの中に、助けてやらねば、という庇護欲がふつふつと沸き上がってくる。

    「あの、まだ正式に祝言を挙げてるわけではありませんから、日を決めて互いの家を行き来していますが……ゆくゆくはと思っています」
    「左様でございましたか、お二方とも腕の立つハンター様とお伺いしておりますわ。いつから許嫁でいらっしゃったんですの?」
    「えー、とですね……」
    「……小さい頃からです。私がハンターを目指し始めた日から、決まってました」
    「え?」
    「まぁ、素敵」

     嘘に嘘を重ねて設定を盛りこんでいく罪悪感に心が痛み始めたウツシが、少しずつ言葉に詰まり始めると、驚いたことに狩人の乙女が代わりに、それも淀みなく令嬢へと返答を渡した。ぎゅ、っとなにかを主張するかのようにウツシの手をきつく握りしめている。俯いていた顔を上げて、令嬢と視線を合わせてはっきりと。予め決めていた設定なのか、その答えに不自然さはない。令嬢はそんな回答も、狩人の様子もまとめて受け止めて微笑んでいる。その態度に拍子抜けをしたようで、狩人の乙女は、はぁ、と息を漏らしてまた明後日の方向を向いてしまった。
     女性二人に挟まれたままの宿への気まずい道のりがウツシには遠く遠く感じられた。もうこれなら寒冷群島のクエストでもなんでもいいから受注して、今すぐこの場から立ち去りたい。令嬢の興味が尽きることはなく、二人のなれそめやら、普段の生活やらを根掘り葉掘りと聞かれ、ありもしないウツシと狩人の乙女の許嫁物語が出来上がってしまうこととなった。頼むから誰も他に聞いていませんように、と願うばかりである。

    「たくさんお話できて、楽しゅうございましたわ」
    「そ、それは何より……」

     ようやく三人が宿にたどり着いた頃には、ウツシは目に見えて疲労困憊の体であった。ツン、と令嬢から顔を背けたまま黙り込む狩人の乙女の不躾な態度にも動じず、令嬢は言葉を続ける。

    「お二人はこの後のご予定はございませんの? 宜しければお食事でも……」
    「いいえ、今日は教官の家に行って泊まる日ですので」
    「ちょ、愛弟子……」
    「そうですよね? 教官?」
    「……そ、そうです……」

     まだまだ話したりない様子の令嬢はウツシと狩人の乙女を揃って食事に招待するが、狩人の乙女がすかさずそれを阻止してみせた。しかも全く身に覚えのない予定を並べ立てて。そこまで嘘をつかなくても、と宥めようとしたが、狩人の乙女の勢いに気圧されて、ついついウツシは同意してしまった。
     あら、それは残念。と大して残念でもなさそうに述べた令嬢は狩人の乙女に対し、お邪魔してはいけませんものね、と笑っている。やがて、令嬢の来訪に気付き、宿の入り口に迎え出てきた供回りの者たちとなにやら会話を交わすと、令嬢はそのまま、それではまた明日にでも。と告げてそのまま宿へと入っていった。 
     はぁ、と大きなため息を吐いてウツシは脱力をする。疲れた。非常に疲れた。だから見合いなんて嫌だったんだ。しかもどうもこのご令嬢、やはりなかなか肝が据わっているようで、許嫁の話を聞いても動揺するでもなし。狩人の乙女とウツシの話を聞いても、悋気を見せるでもなく、それはそれは楽しそうにしている。こいつはお断りするにも骨が折れそうだ。

    「帰ろうか」
    「……そうですね」

     令嬢が去っていき、誰もいなくなった宿の入り口にじとっとした視線を向けている狩人の乙女はウツシの声掛けにこたえて踵を返した。自然とつながれたままの手はどちらからも離されることはない。もう令嬢はいないのだから、繋いでいる必要もないというのに。ウツシの方からもなんとなく離すのが惜しまれてしまい、結局そのまま二人手を繋いで並んで歩きながらウツシの家へと帰宅をした。


    「なにも本当に泊まらなくてもいいんじゃない?」

     別にいいんだけどさ、と言いながらウツシは狩人の乙女に述べる。令嬢が逐一見張ってるわけでもないのだから、告げた通りの嘘を実行する必要などどこにもない。狩人の乙女は、お供の人に見張らせてたりするかもしれませんよ、と警戒するように言ったが、ウツシにはどうもそういうことをしそうな人物には思えない。まぁ、愛弟子の気が済むならいいか、とウツシは茶を啜る。
     ぱちぱち、と火が跳ねる囲炉裏を囲みながら、向かい合って座る狩人の乙女は浮かない表情だ。

    「疲れたかい?」

     ごめんね、付き合わせて。ぼーっとしながら火を眺める彼女に疲労の色が見えた気がして、を労わるように告げると、小さく首を横に振られた。

    「引き受けたからにはやるって言ったじゃないですか。……まぁ追加報酬は欲しいですけど」
    「いいよ、迷惑かけてるからね。何がいい?」
    「マガイマガドの角がいいですね」
    「ねぇ、なんで難易度高いものばっかりなの?」

     ふふ、と小さな笑いがこぼれて家の中が満たされていく。懐かしいなぁ、と昔を思い出す。まだ、狩人の乙女と一つ屋根の下で暮らしていた頃、こうやってちょっとしたことで笑ったり、泣いたり、怒ったり。忙しないけど、楽しい日々だった、と今でも胸を張って言える。

    「気を悪くしないで聞いて頂きたいんですけど……」
    「ん?」

     少し視線を彷徨わせた狩人の乙女は、ウツシの様子を窺うように視線をよこした後に言葉を続けた。ほんの少しの躊躇いを感じる。

    「悪い話じゃないし、悪い人でもなかった、と私は思うんです。身を固めるのだって、教官の年齢なら、当然勧められるわけじゃないですか」
    「え、なに、俺おじさんって言われてる?」
    「……言ってませんけど」
    「嘘。愛弟子、目が泳いでるよ。いや、まぁそうかもしれないけどね……」
    「……なにか縁談をお断りし続ける理由でも?」

     おじさん、という単語を聞いて、あからさまに視線を反らした狩人の乙女を責めるような声を出し、ウツシは再び茶を啜る。まぁ、自分の年齢のことは一旦置いておくとして、さてなんと答えたものかと思案する。が、結局正直に言うしかないか、と観念してウツシは口を開いた。

    「うーん、理由というかねぇ……俺は今の教官職が気に入ってるし、里のことが落ち着いてきて、ようやくキミと狩猟に一緒に行けるようにもなっただろう。今の生活が一番楽しいんだよ。だからまぁ、後の事は別にどうでも……」
    「うわぁ……」
    「うん、自分で言っておいてひどいなぁと思うけど」

     真顔で引いている狩人の乙女の姿を見て、ウツシはケタケタと笑う。でも、事実そうなんだから仕方ないよね。と続けると狩人の乙女は黙ってしまった。
     伝えた言葉は全て真実だ。自分勝手で自分本位な理由で、ウツシは今の生活を崩したくない。どこの誰とも知らず、情を交し合えるかもわからない他人に時間を割きたくない。そのようなものにかかずらっている暇があるのならば、狩人の乙女と狩りに出かけた方が余程いい。比べるまでもないことだ。ウツシの言葉を聞いて、教官は、と一度口を開いた狩人の乙女はそのまま口を閉じる。言葉を続けていいのか悩んでいる素振りを見せていたので、うん、と優しく頷いてやると、おずおずと言葉を零し始める。

    「教官は、そういうところありますよね」
    「そういうところ?」
    「人に何かを教えることと、狩猟のことばっかり考えてるところ」
    「えぇ、ちゃんと愛弟子のことも考えてるよ?」
    「……それ、ちゃんとって言うのかな……」

     狩人の乙女は笑ってはいるが、ウツシの答えに複雑な気持ちを持っているらしい。眉を下げ、困った顔を見せてから、その顔をウツシから隠すように格子窓の外へと視線を向けてしまう。何やら難しいことを考えているようだ。ウツシは手にしていた湯呑を板の間の上に、ことり、と置いて再び言葉をつづけた。

    「そもそも、話が合わないよ。キミが言うように俺は、教導の道と狩猟のことで頭がいっぱいだ。だから……そうだな。俺の厄介な性格とか性分とかを理解してて、あとは狩猟にも理解があったりする人がいれば……多少、は……」
    「教官?」

     ウツシの言葉が歯切れ悪く途中で止まったことを不審に思って振り返る狩人の乙女が、様子のおかしいウツシの顔を覗き込む。
     昔から俺のことを知っていて、厄介でうるさく、狩猟のことばかり言うけれど、それを笑って聞いてくれて、狩猟にも理解がある人間。そこまで考えてたどり着く人物が、今まさに目の前でウツシの顔を覗き込んでいることに、たった今気づいてしまった。
     いや、まさか。だって、相手は愛弟子じゃないか。幼い頃からずっと面倒を見てきた可愛い教え子だ。君といると誇らしい。君といると楽しい。君といると心が温かくなる。君の笑顔が見れると嬉しくなる。君がそばにいないと寂しくなる。君と一緒にいられないかと考えてしまう。考え付き、思い当たる狩人の乙女への感情すべて、恋情を伴う思いと何が違う、と自問しても即答ができなかった。一等大切、の本当の意味に自分自身で気づいていなかっただけじゃないのか、と。

    「あ、うん、いや! それよりも愛弟子は? いいな、と思ってる人とかいないの?」

     積み上げてきた大切な思いすべてが、目の前の子に向ける愛情そのものであったことに気づいたウツシは、悟られてなるものかと慌てて話を逸らした。貼り付けたような笑顔を作ることは得意だ。頼むから耳が赤いことにだけは気づかないでくれ、と、こればかりは必死で願うしかなかった。
     しかし話を逸らしたはいいものの、あまりにも投げかけた話題が良くなかったと気づいた時にはもう遅かった。話の流れとは言え、師匠として聞くのも距離感がおかしい気がしてならないし、何よりたったいまある種の自覚をもったウツシには一番危険な話題であることに今更気づいた。放たれた言葉はもう戻ってこない。

    「……いますよ」
    「いるの?!」
    「うるさ……そりゃいますよ。私だってお年頃ですよ。いいなと思う人の一人や二人や三人ぐらい」
    「三人もいるの……」
    「真面目に受け取らないで下さいよ! 一人です、一人だけ!」

     もう、と拗ねたように頬を膨らます狩人の乙女の姿を見て、ウツシの心は早くも萎びた。遅すぎる自覚を持った瞬間に失恋とは。そもそも、いい歳した大人の片恋、しかも自分で育てた弟子相手に、という不毛すぎる悪条件が重なっているのだ。これはいよいよもって生涯隠し通さねばならないか、と天を仰ぐ。

    「だとしたら、ごめんね。こんなこと頼んじゃって」

     許嫁のフリを頼んだのはウツシだが、受け入れてくれた狩人の乙女の優しさに甘えて、彼女の気持ちを無視してしまっていたことを今更ながらに反省する。年頃の女の子なのだ。そりゃあ好いた男ぐらい当然にいるだろう。誤解を招きかねない事態に巻き込んでしまったことに今更ながら謝罪を述べる。

    「いいんですよ、脈ナシなので」
    「え?」
    「私に、そういう意味での興味がない人なんです」
    「それは……なんというか」

     ウツシにとっては好都合だ。けれど、狩人の乙女は自分で放った自虐的な言葉に悲し気に俯き、視線を彷徨わせる。あぁ、その人のことが本当に好きなんだなぁとそれだけでわかる。どこの誰とも知れない狩人の乙女に思われる相手を想像して、ふつふつと怒りが腹の奥から湧いてくる。この子を袖にするなんて、いったいどんな不届き者なんだろうか。

    「だから、私も里長にお願いしてお見合い相手を探してもらおうかなって」
    「え?!」

     何かを諦めたような物言いでとんでもないことを言いだす狩人の乙女に、ウツシは絶句した。目の前の子を袖にしている輩は許せないが、見合いとなってしまうと、もはやそのまま結婚は既定路線となってしまうだろう。師として、また男としての贔屓目なしにしても、カムラの里の猛き炎は勇ましく、美しく、優しく、たおやかだ。見合い相手が決まれば、相手方が断ることも考えづらく、とんとん拍子にそのまま祝言に突き進む可能性すらあるだろう。
     困る。それは困る。まだ芽生えたばかりの自分の気持ちとの折り合いもつけられていないままなのだ。

    「い、急ぐことはないんじゃないかな。キミはまだ若いんだし」
    「そりゃ教官よりは猶予があるかもしれませんけど……」
    「俺、猶予ないの?」

     実に卑怯な引き留め方をしたな、という自覚があった。本当に心から誰かとの出会いを求めたいというのならば、その背中を押すべきだろう。年長者として、師としてそれが正しいのはわかる。でも、全くこういうのは理屈じゃなく、嫌なものは嫌だ、という本当に子どものような勝手な我儘で他の逃げ道を提供した。そうしない道もあるんじゃないかと匂わせた。人を曇らせるなぁ、と、この感情を疎ましく思う気持ちが膨れ上がる。

    「さ、明日もあるから、もう寝ようか」

     この話はこれでお終いだ、という意味も込めてウツシは立ち上がり客用の布団を用意しようとして、あ、と気の抜けた声を出して立ち止まる。ウツシの後に続いて、寝床の用意を手伝おうとした狩人の乙女が立ち上がり問いかけると、困り果てた様子のウツシが口元を手で覆って思案している。

    「どうしました?」
    「あー、うん。客用の布団がないんだよ」
    「え、ないんですか?」

     昔の奴があるのでは、と狩人の乙女が問いかけて、勝手知ったるウツシの家の納戸を覗き込んで目当てのものを探し始めたが、とウツシは呆れたように言葉を返した。

    「キミ、この家に居た時いくつだったと思ってるの。子供用の寝具なんて今更使えないだろう?」
    「それもそうですね……じゃあ一緒に寝ますか?」
    「……流石にまずくない?」

     うん、と言いかけて慌ててウツシは言葉を飲み込んだ。なんでもないことのように言う狩人の乙女の顔を信じられないものを見た、という顔でじっと見つめる。冗談ですよ、と狩人の乙女は真顔で返事をするが、なんとなく本気だったように感じられた。ウツシの願望がそう思わせたのかもしれない。
     結局ウツシの普段使っている布団を狩人の乙女に提供し、ウツシは雑魚寝をすることにした。狩猟に出向いた際にもっとひどい状況で眠る羽目になることもあるので、特段辛くもない。狩人の乙女は、いつでも入ってきていいですよ、なんて据え膳の様なことを平気な顔をして言ってくるので、ちょっと泣きたくなった。
     結局、睡眠はあまり取れなかった。もともと眠りが浅い方ではあるが、普段は感じることの無い妙な緊張感があった。離れた位置で眠る狩人の乙女の事が気になって仕方がない。こんな場面はこれまで何度だってあったはずだ。特に一緒に行った狩猟でのキャンプでとか。なんでもないことだったはずなのに、好きだと自覚した途端に、好きな子の側で平常心で眠ることの難しさたるや。
    ぐ、と手を伸ばしても届かない距離で、すやすやと穏やかに眠る狩人の乙女の寝顔を見て、恨めしく思う日が来るなんてウツシは思ってもみなかった。ぱたり、と力なく伸ばした腕は冷たい板の間に横たわった。



    「このお話はなかったということでお願い致します」

     翌朝。
     令嬢を迎えに狩人の乙女と共に、令嬢の泊まる宿へと出迎えに行くと、宿の入り口まで出てきた令嬢に開口一番にそう言われた。急な言葉と展開についていけず、ウツシも狩人の乙女も呆気にとられて固まっている。令嬢はニコリ、と笑って言葉を続けた。

    「申し訳ありません。黙っているように言われたのですが、昨日のお二人の様子を見ておりましたら少々忍びなくなりまして……正直申し上げますと、わたくしがこちらに参ったのは見合いの為ではございません」
    「え?」
    「行商の為ですわ。荷馬車をご覧になられたでしょう?」

     令嬢に言われて思い返してみれば、確かに令嬢は里にやってきた際に随分と大仰な荷馬車で来ていた。ただの見合いにそのような荷物が必要だろうか、よもやそのまま輿入れをするのではあるまいか、と実に失礼な想像をしたことを加えて思い出してウツシは気まずい心地を覚える。

    「では、始めから交易目的でいらっしゃっていたと」
    「えぇ」
    「じゃあなんで見合いなんて嘘を……」

     令嬢はニコニコと笑いを崩さないまま、一つ一つ丁寧にウツシの疑問に答えた。

    「里の方に交渉で持ち掛けられまして、話に乗って貰えれば交易で損はさせないとお約束を頂きました。商売人としては悪くないお話でしたわ。ですから釣書きをお渡しして、今回こちらにお邪魔させて頂きました」

     ウツシの頭に思い浮かぶのは、フゲンとゴコクの満面の笑顔。押しかけるようにして強引にやってくるから相手をするように、などとよく言えたものである。完全に謀られた。何が目的かは知らないが、後で一言物申さねばなるまい。

    「ウツシ様から断られては方々に角が立ちますでしょう。ですので、わたくしの方からお断りさせて頂いた、ということでお話は終いと致しませんか?」
    「それは、俺としても助かりますが……」
    「では、そのように」

     令嬢が柏手を打つと、宿の中で控えていただろう供回りの者たちがぞろぞろと外へと出てくる。皆荷物をまとめて旅立ちの準備は整っている様子だった。令嬢の背後を通り、統制の取れた一団は里の正門方向へと向けてぞろぞろと歩いていく。始めからこのような手順だったのだろう。余りにも手際がいい。

    「帰られるんですか?」
    「えぇ、非常に楽しい時間を過ごさせて頂きました。交易も、お話も。ここはいい里ですわね」

     狩人の乙女がそう問いかけると、令嬢はカムラの里の全景を見渡すように眺め、ここに来れて良かったと笑う。彼女もこちらの都合に振り回されていたと思うと、途端に申し訳なさが込み上げてきた。令嬢は、狩人の乙女に一言、二言耳打ちをすると、それでは皆を待たせておりますので、この辺で失礼致します。と言ってそのまま去って行った。門まで送りますと申し出たが、丁重に断られてしまった。令嬢に耳打ちをされた狩人の乙女は頬を染めて俯いている。

    「なんて言われたの?」
    「……大したことじゃないです。お二人の祝言の際にはぜひ呼んでくださいねって」
    「そこは信じたままだったかぁ」

     小さくなっていく令嬢の背を見つめながらウツシはぽつりと呟いた。嵐のような来訪。嵐のような帰還であった。お互いに嘘と嘘の応酬でとんだ茶番を繰り広げてしまっていたようだ。しかし、律儀で正直、肝の座った良い人だった。里の商売相手としてはこれ以上ない人材だろう。はぁ、と疲労の籠ったため息をついた狩人の乙女は、そうですね、と小さく返事をした。
    さて、見合い話が一段落したとなればウツシのすべきことは一つである。

    「俺は今から里長とゴコク様のところに行くけど、愛弟子は?」
    「私はなんだか頭が疲れちゃいましたので、狩猟にでも行ってスッキリさせてこようかと」
    「え、じゃあ俺と行こうよ。待ってて、迎えに行くから」

     こくこく、と頷いた狩人の乙女を残し、ウツシはその足で集会所へと向かった。どちらかと言うと今回の話を強引に推し進めた辺り、主犯格はゴコクであるだろうという見当がついていたからだ。ウツシがなだれ込むように集会所へと入ると、その姿を見たゴコクがニコニコと笑っている。この意味ありげな笑顔はもう確定だろう。ウツシの頬がひくひくと引き攣る。

    「お主、見合いはどうしたでゲコ?」
    「お断りされました。俺は器量が良くないので」

     ははは、と笑いながらウツシがそう言うと、それはそうじゃな、とゴコクは同意するように笑う。乾いた笑いが交差する集会所内。関わり合いになりたくない、と皆が目を逸らし始めた。

    「ときにゴコク様。昨日、里で大口の取引があったようですね。相手はお得意様ですか?」

     しかし、ウツシは微笑みながらそう言葉を続けると、ゴコクの笑いが途端に止まる。もう、バレとったでゲコ……などと残念そうに呟いているが悪びれた様子はない。詰めるなら今しかないだろう。ずい、とゴコクの側まで身を寄せて、ウツシはゴコクの詰問を開始した。

    「いったいどういうおつもりですか」
    「どうもこうも、釣書が来てるのも書きつけがきてるのも本当でゲコ。お主にその気があるのか、その気がないのか一回ハッキリさせておきたかったでゲコ」

     ふん、と臍を曲げた様子でゴコクはウツシから顔を背けて言葉を続ける。
     いわく、ウツシが身を固めないばかりに、余所からの止まない釣書攻勢にいい加減飽き飽きしているのだという。受け取っても受け取ってもキリがないそれに嫌気がさしたゴコクは、多少強引とはなるが一度だけ見合いを強行させることとしたらしい。収まるところに収まればよしとでも思ったのだろうか。

    「なんだってそんな……俺はずっとお受けしないでくださいと断ってるじゃないですか」
    「そうじゃな、まぁお主が結婚そのものに興味があるか知りたい者がおったでゲコ。それ以上は言えんでゲコ」

     意味ありげなゴコクの言葉にウツシは首を傾げた。真に確かめたかったのはウツシの気持ちではなかったかのような言い方だ。結婚そのものに興味があるかと言われれば当然ないが、それを知ったところで誰の何の益になるのかがさっぱりわからない。

    「それで、お主はやはり見合いを今後受ける気はないのでゲコ?」
    「ないですね」
    「……あいわかった。ならばお主宛の見合い話は全て事前に断るゲコ。もうお主に話がいくことはないゲコ」
    「助かります」

     断固として見合いを受ける気はない、という意志を再びゴコクにぶつけると、ゴコクは特段憤慨した様子も呆れた様子も見せず、淡々とそれを受け入れた。まるで、こうなるだろうと予期していたかのようである。ゴコクは残念そうに言葉を続けた。

    「……ならば、次はあの子かの」
    「え?」
    「もういい年頃でゲコ」

     ゴコクが示しているのが誰か、ウツシにはすぐわかった。そうでなければいいと思うものほどよく勘が働くのだ、こういうものは。昨夜の当の本人とした、もしもの話とはまるで違う。ゴコクやフゲンがやろうと思えば、すぐに話は持ってこれる。それこそ今回のようにだ。まして、狩人の乙女本人も見合いをしようか等と乗り気になっている節すらあった。
     困る。それでは困る。勝手な言い分なのは重々承知しているが、誰かのものになどなってもらっては困るのだ。誰かのものになるぐらいなら、年甲斐がない、節操がない、正気じゃない、といくらなじられても構わないから……と、ウツシは縋る思いで口を開いた。

    「見合いを……受ける気はないのですが、もしも見合いをしたい相手がいると言ったら仲介して頂けますか?」
    「……いいでゲコ。相手はどこの誰か言ってみるでゲコ」
    「あー……その……カムラの里の猛き炎、というのですが……」

     勢い余って言い出したはいいものの、いい歳した大人がこんな回りくどい手で策を弄していくというのは大変に恥ずかしい。だんだんと尻すぼみになるほどに小声になるウツシの様子を見て、驚いたように目を見開いたあと、ゴコクは大声で笑った。それはそれは面白いものを見たと言わんばかりの呵々大笑。

    「だそうじゃ、どうするでゲコ?」
    「え?!」 

     ゴコクがどうする、と問いかけた視線の先はウツシの背後。集会所の入り口である。そこにいたのは、噂の猛き炎。ウツシの愛してやまない愛弟子、狩人の乙女本人である。目の前にいるウツシに声をかけようとしたのか、呼びかけるように手を挙げた仕草のまま、口を半開きにして固まっている。
     どうして?! 待っててって言ったのに! とウツシが嘆いても時は戻らないし、こぼれた言葉は無かったことにはならない。

    「あー……教官がなかなか戻らないので、私が迎えに行こうかと……思って……思……し、失礼しました!」

     顔を真っ赤にした狩人の乙女は、早口で言い訳を捲し立てながら体を震わせて言い訳を述べるが、ウツシと視線を全く合わせてはくれなかった。そのまま集会所内の空気に耐えられず、気もそぞろのまま脱兎のごとく里の中心に向かって逃げ出してしまう始末だった。フラれたでゲコ、とぽつりと呟いたゴコクの言葉にウツシは顔面蒼白となった。

    「つ、連れ戻してきます!」

     慌てて狩人の乙女の後を追いかけたウツシの姿はあっという間に集会所から消えた。里の中では師弟の追いかけっこが始まったが、里の人間は皆、いつもの光景となっているそれになんら動じることはない。
     皆、この師弟がこういった日常をいつまでも続けるのだろうと心から信じているからだ。
     夕刻まで続いた追いかけっこが終わった後、見合いなんてしなくても告白をすればいいとウツシが気づいてからまたひと悶着あったが、それはまた別の話。

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    planet_0022

    DONE現パロ
    旅館経営者御曹司ウツシと住み込みで旅館で働く苦労人元JK愛弟子ちゃんのド健全ラブストーリー

    ろまこさん(@romako_ex)が書いていらっしゃった元ネタ(https://poipiku.com/6214969/8696907.html)を許可頂き小説化したものです。
    めーっちゃくちゃ楽しかった!書かせて下さってありがとうございました!
    夜明けのワルツ ピピ、というアラーム音が鳴るのとほぼ同時にぱちりと瞼が開いて覚醒する。時刻は朝の四時。日の出まであと三十分といったところだろう。窓の外はまだ薄暗い。けれどやるべき仕事は山ほどある。掃除、朝食準備、来訪予定のお客様の人数把握……数えればキリがないほどに目まぐるしい。この生活にもずいぶんと慣れてきたけれど、それでも朝方の布団の中ほど離れがたい場所はないものだ。
     うー、と唸るような声を上げて後ろ髪をひかれる思いであっても、仕事は待ってくれやしない。がばり、と勢いよく起き上がってそのままの流れで布団を畳み、身支度を済ませて……と、一連の動作を流れでやってしまわないことには、いつまでたっても次へ進まないことをヤコは嫌というほど知っていた。ふわぁ、と大きなあくびを一つして、洗面台の鏡に映るまだ寝ぼけた瞳をしている自分へ喝を入れるべく、ぺち、と両手で軽く頬を挟むようにして叩いた。蛇口を捻って出てくる冷たい水でばしゃばしゃと顔を洗って、気合の入れ直し。
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