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    slow006

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    slow006

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    残業はほどほどにねスガセン……おめでと……おめでと……

    #及菅
    andKan

    菅原先生と誕生日三十歳になった。この歳になるともう誕生日なんてただの平日である。デスクワークで凝り固まった首を右へ左へと傾けるとポキリ、ポキリと小気味の良い音がする。すっかり陽が落ちた窓の外と、目の前にあるプリントの山。国語、算数、理科、社会。小学校教諭はオールマイティに担当しなければならない。菅原がとくに気を張っているのが特別授業である道徳で、プリント一枚作るのも一苦労だ。何せ、受け持つのは柔らかい時期の子どもたち。自分の授業が、自分の一言が、子どもたちにどんな影響を及ぼすのか予想もつかない。子どもたちが傷つかないように、誰かを傷つけないように願うばかりだ。特別授業があるのは金曜日。奇しくも今日は授業の準備の山場である木曜日だった。

    プリントの最終チェックを終え、立ち上がってその場でうんと伸びをする。背中がペキポキと音を立てたのを確認して脱力。さらに首をぐるりと回してから、夜風でも浴びようと窓際へと向かった。ほんの少し建て付けの悪い窓を引くとカラカラと音が鳴る。お前もくたびれてんなあ、と菅原はなんだか窓に対して親近感が湧いて、そっと窓枠を撫でた。昼間とは打って変わってひんやりと冷えた風が耳のそばを抜ける。うっすらと生臭い草の匂いが鼻に届いて、夏が来る、とぼんやり頭のなかで思った。

    しばらく風に当たり、そろそろ帰るか、と考えたところで胸ポケットに突っ込んでいたスマートフォンが震えた。シャツの形が崩れるからせめてスラックスのポケットに、と以前恋人に云われたこともすっかり忘れて、ジャージを羽織らない時期はすっかり胸ポケットがスマートフォンの定位置である。二本の指で引っ張り上げて液晶を見れば、恋人からの着信。「及川徹」の文字と半年ほど前に及川のチームメイトから送られてきた及川の寝顔が表示される。チームメイトの自宅で酔い潰れた際に撮影されたものらしく、ものすごくだらしない顔をしている。ソファでぐんにゃりとする姿は馬鹿でかい猫のようにも見えて、菅原のマイブームだった。

    「Ola.ハァイ、スガちゃん。もう家?」
    電話に出ると、軽快な声と同時に遠くでジュウと何かを焼く音がした。時刻は夜八時。及川のいるアルゼンチンは日本と十二時間の時差があるから、あちらは朝である。どうやら朝ごはんを作りながら電話しているらしい。
    「んにゃ、残念ながらまだ学校」
    「ええええ!誕生日なんだから早く帰んな!」
    「だって明日、道徳あるからさ」
    「あー……、そっか」
    まだ学校にいることを伝えると及川は諌めるような声を上げたが、道徳の授業があることを伝えるとすぐに納得した。というのも、道徳の授業で判断に迷うことがあると結構な頻度で人に相談するからだ。母親、友人の澤村、後輩の縁下などなど、とにかくいろいろな人間の意見を聞くことにしている。及川もその一人。とくに海外で生活する及川の意見は、ときに菅原にとって目から鱗。思わず膝を打ちたくなるような意見も多い。
    そのままの流れで「受け持ちの子たちは最近どう?」なんて雑談に発展し、個人情報を漏らさない範囲に応じる。合間合間に後ろで聞こえる調理の音に耳を傾けると、カンカンとフライパンを菜箸で叩くような音が聞こえて、スクランブルエッグかなあと及川の朝食に思いを馳せた。

    「……じゃなくて、早く帰んな!」
    雑談に花を咲かせて約十五分。ふと我に帰った及川が再度声を上げる。
    「十五分喋り続けたくせによく云う」
    菅原が揶揄うような言葉を返すと、受話口から「ぐっ」という呻き声が聞こえた。食器片手に項垂れている姿が目に浮かぶ。
    「うそうそごめん、もう帰るよ。ありがとな」
    「スガちゃん意地悪……」
    「だからごめんて」
    「良いけどさあ」
    「もういっこ意地悪云って良い?」

    けらけら笑いながら菅原が続けると、「やだよ!!!!」と間髪入れずに返事が来る。それを無視して、菅原はさらに言葉を続けた。
    「愛しのダーリンから、まだお祝いの言葉もらってねぇなあ」
    いかにもガッカリという声で祝いの言葉をねだる。チュッと通話口に向けてキスをすれば、また受話口から「ぐっ」という呻き声が聞こえる。
    「まだ学校なのに、そんなチュッチュしてて良いんですかぁ、菅原先生ぇ」
    「かなしいかな、もう俺以外残ってないのでぇ」
    煽るような声を真似て返せば「マジで早く帰んなってば」とあきれ混じりの笑い声が聞こえた。事実、職員室には菅原一人。防犯カメラなんてものも存在しないので、今ここは菅原の天下である。

    「はーあ」と笑いを断ち切るようにため息をついて、及川は「コホン」と一つ咳払いをした。それから目一杯の優しい声で「お誕生日おめでと」と囁いた。
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    Replies from the creator

    slow006

    DOODLEリプorマロ来たセリフで短編書くで、リクエストしてもらいました!
    弱っている及川さん良いよねと思いつつ、こんな弱り方するか?と己の解釈と戦っている……。想定していたシチュじゃなかったら申し訳ない……。
    何も云わないで薄暗い玄関にいた。春からの新生活に向けて引っ越したばかりの部屋は物が少なく、未開封の段ボールがそこらかしこに鎮座している。引っ越した、と言ってもまだ準備段階。ここに住んでいるわけではなく、住環境を整えている真っ最中だ。照明もまともに機能しているのは部屋のなかだけ。玄関は用意していた電球ではワット数が合わず、そのままになっている。

    三月も終わりに差し掛かった頃、菅原のもとに一件のメッセージが届く。「これから会えない?」とただ一言。差出人は及川徹。半年ほど前から菅原と交際をしている、要は恋人である。恋人といっても付き合い始めた時期が悪い。部活だ受験だと慌ただしく互い違いになることもしばしば。そもそも通う学校が違う。きちんとしたデートは指で数える程度。なんとか隙間を見つけては逢瀬を重ねていたが、それでもやっぱり恋人というには時間が足りない気がしていた。そして、この春から二人は離れ離れになる。菅原は地元の大学へ進学。及川は単身、アルゼンチンに行くという。どうやら知己の人物を師事してとのことだが、よもや誰が予想できただろうか。それを初めて耳にしたとき、菅原は「そっか」とただ一言だけ返した。完全なるキャパシティオーバーで受け止めるのがやっとだった。
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    slow006

    DOODLE第17回 菅受けワンドロワンライ、「嘘・ハプニング」及菅で参加させていただきました。麦茶カランができたので満足ですが、時間が色々足りなかった。もうちょっと細かい描写入れたかった。
    嘘つきジージーと蝉が鳴く。夏休み真っ只中の小学生がはしゃぐ声が聞こえる。生温い風がそよりと部屋を抜けて窓辺に吊るした風鈴が揺れる。外の明かりに頼った室内は薄暗く、窓一面に広がる青色はまるで額に収まった絵画のようだった。外は雲ひとつない青空で、まさにレジャー日和。今遊ばずして、いつ遊ぶ。夏の陽気に誘われて外へ繰り出すぞ!とはならず、及川と菅原は勉強会を開いていた。夏休みと言えど受験生。部活がない日は勉強だ。及川の部屋に折り畳みのテーブルを広げ、それぞれの得意教科を教え合っていた。参考書を共有しやすいようにL字に座り、黙々と勉強。つい先ほどまでは。

    「ごめん、パーカー踏んで滑った」
    「や、大丈夫」

    今は、及川が菅原を押し倒し、すっぽり菅原を覆っている。きっかけは「麦茶、おかわり持ってくるね」と及川が立ち上がったこと。その足元には菅原を迎えに行く際に来ていたUVカットパーカーがあった。すべすべした素材のUVカットパーカーは滑りやすい。おまけに畳の上だと摩擦も少ない。つるりと滑ってすってんころりん。そばにいた菅原を巻き込んで、という具合である。幸いにも、及川が咄嗟に床に手をついたため菅原を押し潰すことはなかった。自分の下にいる菅原も、見る限りどこかを強く打った様子はなさそうだった。大事な時期に怪我をしたりさせたりするのは困る。及川はホッと胸を撫で下ろし、もう一度菅原のほうに目を向けた。
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    slow006

    DONE第14回 菅受けワンドロワンライ、「とろける」及菅で参加させていただきます。
    第14回 菅受けワンドロワンライ「とろける」夏が終わり涼しい秋へ、と思いきや異常気象により一気に真冬の寒さとなった。つい先日まで真夏日を観測していたのだ。当然寒さへの備えなどなく、寝具は夏使用のまま。どうにかこうにか引っ張り出した毛布のみが頼みの綱である。次の休日、防寒に向けて環境を整えようと及川と菅原は約束……したものの、それまでは寒いもんは寒い。ましてや菅原はバレーを辞めてから随分経ち、筋肉がないわけではないけれど現役の頃よりは確実に基礎体温が落ちている。そんなこんなでここ数日は及川にひっついて眠る。夏の間は暑いからくっつくなと及川を冷たくあしらっていたくせに、とんだ手のひら返しである。
    とはいえ、及川とて満更でもなく、この状況を享受していた。腹に回る手、足は少しでも温度を得ようと及川の足に絡んでいる。背中側は見えないけれど、顔から腰まで沿うようにぴったりくっついているのがわかる。これでもまだ寒いのか、埋まるのではないかというくらいに擦り寄ってくるものだから、及川は一度菅原からの拘束をほどき、寝返りを打って菅原を腕の中に収めた。
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