第13回 菅受けワンドロワンライ「バカンス」及川のオフに合わせ、どうにかこうにかもぎ取った有給休暇。幸いにも理解ある職場だったためあっさりと許可は出た。しかし、自分の代わりに授業に入ってくれる同僚への引き継ぎ、不在中の教材の用意、子どもたちへの周知などなど、ギリギリまで奔走しての結果である。
地球の反対側に恋人がいると知っている同僚は「お土産買ってきてくださいね」とにこやかに送り出してくれた。
さまざまな人の協力により獲得したバカンス。楽しまなければ損だ。菅原は日頃の疲れを押し出すように、ぐっと伸びをした。
果てまで続くスカイブルー、くっきりとした輪郭の白い雲。そして、目の前に広がるのはエメラルドグリーンの海だ。菅原の周辺には人っ子一人おらず、いわゆるプライベートビーチというやつである。入江のようになった場所で、完全に断絶されている。
始まりは3ヶ月ほど前に届いた及川からメッセージ。添付データには旅行会社のチラシがあった。「1日1組様限定!プライベートビーチへご招待!」と綴られた大きな文字と、いかにもバカンスといった海の写真。自分が知る海よりも透き通った色をしているそれに一瞬海外かと思った。流石にそんなホイホイ海外に飛ぶ余裕はないぞと思ったところ、よくよく詳細を見れば日本の海だった。
「一緒にバカンスを楽しみませんか」と少し間をおいて、遠慮がちに送られてきたメッセージに菅原は顔が綻ばせ、すぐさま手帳でに記してあるスケジュールを確認した。
そんなこんなで、果てまで続くスカイブルー、くっきりとした輪郭の白い雲、目の前に広がるエメラルドグリーンの海だ。菅原は泳ぎ疲れて一旦離脱。パラソルの下でのんびりサイダーを飲んでいる。本音を言うと飲みたいのはビールだが、水辺で危ないから夜まで我慢してと及川に言われ、炭酸ジュースで欲求を誤魔化している。
及川はまだ海で泳いでいる。学生時代よりずっとたくましくなった身体は数メートル先でもわかる。普段は暗がりでばかり見ている筋肉が、陽の下で惜しげもなく晒されている。ここがプライベートビーチで良かった、人がいたら逆ナンの嵐でバカンスどころじゃないぞとしみじみ思いながら眺めていると、菅原の視線に気がついたのか及川がへらりと笑ってこちらに向けて大きく手を振った。いい大人が子どもみたいな顔をする。普段接している子どもたちとおんなじような表情で、菅原は思わず吹き出す。笑いながら手を振り返すと、大きく振られていた手は手招きに変わっていた。
「スガちゃーーーーーん、おいでよーーーーーー!」
離れて暮らして会うたびに変化があって寂しいと感じるときもある。しかし、なんだかんだ根っこはそのままなのかもしれない。人懐っこし眼差しも、にぃっと歯を剥き出して笑う口も。
「今行くーーーーーー!」
パーカーを脱ぎ捨てて駆け出す。時間を置いて踏み締めた砂は驚くほど熱くて、火傷しそうなくらいだ。早く早くと叫ぶ及川の声に合わせるように、勢いよく砂を蹴り上げた。砂浜が湿り気を帯び始めかと思えば、あっというまに浅瀬に到着。水に足を取られてよろめくと、いつのまにか側まで来ていた及川に身体を支えられた。
「あっそびーましょ」
悪戯にぎゅうっと抱きしめられて、その勢いで及川もよろけて、揃って海の中へ。水に潜る刹那、見えた笑顔がいつになく楽しそうで来て良かったと菅原は回した腕に力を込めた。バカンスは続く。