健全出られない部屋 目が覚めると、真っ白な部屋に閉じ込められていた。辺り一面は真っ白な壁に囲まれ、部屋の中には何もない。
「また、この部屋かよ」
隣で、ルチアーノが忌まわしそうに言った。どうやら、僕と一緒に閉じ込められたらしい。
ここは、所謂『出られない部屋』だ。全ての能力が無効化され、脱出するには指定された条件を満たすしかない。衣食住は保証されないから、嫌でも条件をクリアするしかなかった。
「今回はなんだろうね」
扉の上のモニターを見る。そこに、今回のお題が表示されるはずだった。何度かこの部屋に閉じ込められたせいで、対応力が上がってしまった。
「変なことさせる気じゃないだろうな」
ルチアーノは不機嫌だ。彼にとって、自分の能力が少しも役に立たない空間なんて、不快でしかないのだろう。
軽快な音楽と共に、モニターが点滅した。映し出されたお題は、こうだ。
『相手の嫌いなところを言わないと出られない部屋』
予想の斜め上を行くお題だった。嫌いなところなんて、好きなところを上げるよりも難しい。
「なんだよ! これ!」
ルチアーノが声を尖らせる。
困った。こんなお題は初めてだ。嫌いなところなんて、正直に言ったらルチアーノを傷つけてしまうだろう。
「嫌いなところを言わないと出られないんだって。どうする?」
僕が尋ねると、ルチアーノは不機嫌そうに言った。
「嫌いなところなんて言ったら、潰してやるからな」
ルチアーノはプライドが高いが、自己肯定感は低いのだ。本気で嫌いなところなんて言ったら、泣いてしまうかもしれない。
どうにか、良い方法はないのだろうか。そう考えて、良いことを思い付いた。
「じゃあ、こういうのはどう? 今から言う四つの中に、本物の嫌いなところがあります。ちなみに、他の三つは好きなところです」
僕は言った。これなら、ルチアーノを傷つけずに済むだろうと思ったのだ。
「なんだよ、それ」
ルチアーノが怪訝そうに眉を顰める。
「これなら、本当の嫌いなところなんて分からないでしょう」
僕は言うが、ルチアーノは不満そうだった。
「そんなんでドアが開くのかよ」
「じゃあ、普通に言おうか?」
「言ったら殺すからな!」
ぼかされたくはないけど、直接言われるのは嫌なのだろう。気難しい子だ。
「じゃあ、四択で言うね。一、素直じゃないところ、二、嫌みやからかいを言うところ、三、強引なところ、四、短気なところ」
「全部悪いところじゃないかよ」
ルチアーノはバシバシと僕を叩く。あんまり手加減をしてくれていないようで、骨に響くような痛みに襲われた。
「三つは好きなとこだから! 許して!」
そう言っても、ルチアーノは許してくれない。
「ここから出たらお仕置きだからな!」
「分かったよ」
ひとしきりサンドバッグにされて、なんとかルチアーノを宥める。今度は、彼の番だ。
「今度は、ルチアーノが嫌いなところを言う番だよ」
僕が言うと、彼は自信ありげに言う。
「君の嫌いなところを言うくらい、簡単だよ」
自信満々な表情を浮かべると、高らかに宣言した。
「僕を子供扱いするところ」
ドアは開かない。予想通りだった。彼は、僕の嫌いなところをうまく言えないのだ。嫌いだと思っていることも、本心では不快に思っていないのだから。
「べたべたと触ってくるところ」
言葉を続けるが、ドアは開かない。ムキになったように言う。
「恥ずかしいことばかり言って黙らせてくるところ!」
「外で恋人アピールしようとするところ!」
「からかってくるところ!」
ドアは開かない。ただ、静かにそこに鎮座している。
「ルチアーノって、本当は僕のことが大好きなんだね」
僕が言うと、彼は顔を真っ赤に染めた。
「違う! これは誤作動だ!」
必死に弁解しようとするが、嘘なのはバレバレだ。
「嬉しいな。ルチアーノが僕をそんなに好きでいてくれるなんて」
ルチアーノがかわいくて、思わずからかってしまう。彼はさらに顔を赤くした。
「そう言うところが嫌いだよ!」
本気の声だった。言葉に怒りがこもっている。
壁に取り付けられていた赤いランプが、ピカピカと点滅した。ドアの上に設置されたモニターが、『mission clear』の文字を映し出す。
「開いたみたいだね」
僕が言うと、ルチアーノは不満そうな顔をした。
「本当に、あの中に嫌いなことがあったのかよ」
「言ったでしょう。ひとつは本当だって」
そう答えながらも、僕はびっくりしていた。あんな曖昧な言い方でもドアが開くなんて。相手に対する気持ちが重要だったのだろうか。
「君、本当は僕のこと嫌いだったのかよ」
ルチアーノは不満そうに言う。ドアが開いたことが不服みたいだった。
「そんなことないよ。僕はルチアーノを愛してるし、世界一の恋人だと思ってる」
「でも、ドアは開いただろ」
「それは、ルチアーノも同じでしょ」
僕が言うと、彼は悔しそうな顔をした。お互いに嫌いなところを上げたのだから、これはお互い様だ。
それよりも、僕には伝えたいことがあったのだ。嫌いなことを言うという行為は、決して悪いことではないのだと、僕は思っているのだから。
「僕は、好きなところも嫌いなところも言い合える関係になりたいな。それって、遠慮がない関係ってことでしょ?」
返事はなかった。それでも、見下ろした横顔は頬が染まっている。とても可愛らしい反応だった。
ルチアーノにはああ言ったけど、本当は、どれも嫌いなところだし、かわいいと思うところでもある。たまにムッとすることもあるけど、許せないと思うほど嫌なわけじゃない。人にはいいところも悪いところもあるし、印象なんてその時の気持ちで変わるからだ。
確かに、ルチアーノは性格に難がある。それは、彼の置かれてきた環境によるもので、どうしようもないものだ。
だから、僕はルチアーノに惹かれたのだ。素直になれないところも、嫌みやからかいを言うところも、強引なところも、短気なところも、全部かわいいと思う。その寂しがりな心を、包んであげたいと思う。
「ねぇ、ルチアーノ」
声をかけると、ルチアーノは顔を上げた。
「なんだよ」
「僕は、ルチアーノを世界一で一番好きだからね」
目を見つめて言う。本当に伝えたいのは、いつだってこれだけだ。
「知ってるよ」
ルチアーノは答えた。ほんのりと頬が染まっている。
僕たちは手を繋ぐと、真っ白な部屋を出た。