パパとママ シティ繁華街は、子供たちの声で賑わっていた。右を向けば兄弟らしい二人が手を取り合い、左を向けば親子連れが楽しそうに歩道を歩いている。進路を塞ぐのは五人ほどの小学生グループで、後ろからは子供の漕ぐ自転車の音が聞こえてくる。
子供は嫌いだ。弱くてうるさくて、少し脅せばすぐに泣く。関わりたくなんてないのに、僕のことを仲間として扱って、グループに入れようとするのだ。これまでの任務の中で、彼らと関わって良かったことなど一度もなかった。面倒な疫病神なのである。
僕は踵を返した。繁華街に来たことは間違いだった。こんなところに居たら、周囲を子供たちに囲まれてしまう。さっさと退散しようと思ったのだ。
「えー。嘘だろ!」
大通りを通り抜けようとした時、どこからか少年の声が聞こえた。一際大きくて、通り全体に響き渡るような声だ。通行人の視線が、声の主へと吸い込まれる。前を行く大人が立ち止まって、仕方なく僕も足を止めた。
「ちょっと、声が大きいわよ。仕方ないでしょう。そういう決まりなんだから」
声の主を諭すように、少女の声が続いた。聞き慣れた声だと思いながらも、振り向かずに進路を窺う。前を行く大人たちは、歩道に出ている屋台の看板を見ているようだ。どうにか避けられないかと周囲を見ていると、再び少年の声が聞こえた。
「だって、せっかくここまで来たんだぜ! このまま帰るなんて、もったいないじゃないか!」
聞き分けの悪い発言だった。これが子供らしさだと言うのなら、僕はそんなものはほしくない。そんな取り留めの無いことを考えながら屋台の裏に回ると、カードショップの看板が見えた。
店舗の前には、二人の子供が立っていた。白い半袖の服に、白のショートパンツという特徴的な服装をしている。入り口の前に貼ってあるチラシを見ながら、何かを話しているようだ。
僕は、静かにその横を通りすぎた。子供たちに気づかれないように、息を潜めて歩を進める。その瞬間、前を向いていた少年が振り返った。
少年が真っ直ぐに僕を見つめる。ぱちりと瞬きすると、驚いたように後ずさった。
「げっ! ルチアーノ……!」
「げっとはなんだよ。失礼だな」
そう言って、僕は龍亞に視線を向ける。関わりたくなど無かったが、目が合ってしまったなら仕方ない。隣に並ぶ少女を見ると、にこりと笑って話しかける。
「やあ、龍可ちゃん。奇遇だね」
龍可は、戸惑ったように僕を見た。突然現れた宿敵に、どうするべきか迷っているらしい。
「ルチアーノくん? どうしてここに?」
「町の観察に来たんだよ。そろそろWRGPだからね」
「そうなの」
僕たちが話していると、龍亞が駆け寄ってきた。警戒した表情で僕たちの間に割り込む。
「オレを無視するなよ!」
「挨拶もしない礼儀知らずに話すことなんてないよ」
「なんだと!」
僕が煽ると、龍亞は簡単に乗ってきた。相変わらず、喧嘩っ早いやつだ。まあ、あんなことをしたのだから無理もない。
「二人とも、やめて!」
僕たちが睨み合っていると、龍可が止めに入った。彼らの力関係は、龍可のほうが上のようだ。僅かに口角を上げながら、僕は言葉を紡ぐ。
「まあ、今日は許してやるよ。ところで、大声で叫んで何してたんだい?」
尋ねると、龍亞は恥ずかしそうに黙りこんだ。僕をちらりと見て、ぎこちない態度で言う。
「別に、お前に話すようなことじゃないよ」
しかし、龍可は違った。にこりと僕に笑いかけると、背後にあったチラシを指差して、可憐な声で言った。
「これよ」
僕は、チラシに視線を向けた。そこには、イベントタイトルと概要が書かれている。大きく印刷された日付と時刻は、今日の午後を指していた。
「ふーん。こども限定デュエル大会か。参加条件は小学生以下の参加者がリーダーを努める三人チーム。メンバーは全員が小学生以下か、小学生二人に保護者一人。参加者にはボーナスパックが配布される……。これがどうしたんだよ」
僕が尋ねると、龍可は困った顔をした。
「わたしたちは、このイベントに参加しようと思ったの。でも、人数が足りなくてエントリーできなかったのよ」
龍亞が驚いた顔でるかを見る。彼女に顔を近づけると、隠しきれてないヒソヒソ声で言った。
「なんでそんな話をするんだよ。ルチアーノには関係ないだろ!」
「そんなことないわ。ルチアーノくんなら、大会の参加条件をクリアできるでしょう。一緒に参加してもらえばいいのよ」
「ルチアーノに!? あいつは、僕たちを罠にはめた敵なんだぞ!」
内緒話をしているようだが、内容は全て筒抜けである。彼らは、僕を巻き込むつもりらしかった。
「じゃあ、龍亞はイベントに参加できなくていいの? 限定パックがほしいんでしょう?」
「そうだけど……」
龍亞を説得すると、龍可は再びこちらに顔を向けた。窺うような笑顔を見せると、控えめな声で言う。
「そういうことだから、チームへの参加をお願いできないかな? ルチアーノくんなら、参加資格を満たしてるでしょう?」
図々しいお願いだった。さっき出会ったばかりの相手に、そんなことを頼むなんて、それに、僕は子供が嫌いなのだ。わざわざ、子供ばかりの大会に出たくなんてなかった。
「嫌だよ。なんで僕がそんなことしなくちゃならないんだ? 君たちにはチーム5D'sの仲間がいるんだろ?」
僕が言うと、龍可は黙って首を振った。悲しそうな表情を浮かべると、説得するように言う。
「遊星たちは、大会の準備で忙しいの。誰にも頼める人がいないのよ」
龍可の姿を見て、龍亞も何かを思ったようだった。警戒を緩めると、少しトゲの残った声で告げる。
「オレからも、頼むよ。本当に誰もいないんだ」
どうして、僕なのだろう。僕は、彼らの宿敵に当たる存在なのだ。チームの臨時メンバーを選ぶような相手ではない。
彼らは、シティの中心に住むトップスの子供なのだ。親から甘やかされて、遠慮というものが無くなっているのではないだろうか。取引で顔を合わせるトップスの人間たちも、子供を甘やかす親ばかりだった。
そうだとしたら、一度、お灸を据えてやらなくてはならない。そう思って、僕はきっぱりとこう告げた。
「そんなに参加したいなら、パパかママに頼めばいいだろ。この大会は、保護者一人まで参加できるんだから」
僕の言葉を聞くと、彼らは驚いたように顔を見合わせた。すぐに視線を逸らすと、困った様子で言う。
「わたしたちは、両親と離れて暮らしているの。だから、チームへの参加は頼めないのよ」
その言葉を聞いて、僕は言葉を失った。龍亞と龍可は、トップスの子息であり令嬢なのだ。てっきり、親から甘やかされていると思っていた。しかし、それは想像でしかなかったのだ。
「君たちは、両親と別居してるのかい? 小学生なのに? 」
親というものは、子供を守るものだろう。こんな子供を放ったらかしにするなんて、彼らの両親は何を考えているのだ。
「そうよ。生活のことはお手伝いさんがしてくれるけど、いつも二人で過ごしてるわ」
「別に、寂しくなんかないぜ。たまに話してるし、オレたちには遊星たちや友達がいるからさ」
弁明するように双子は言うが、全く意味はなかった。彼らの親は、義務を放棄している。そんなことも知らずに、彼らは親を慕っているのだ。滑稽と言うにはあまりにも悲哀が満ちていた。
「分かったよ。チームに参加してやる」
僕は言った。脈絡の無い発言に、二人がぽかんとした顔をする。次の瞬間には、表情に活気を取り戻していた。
「本当?」
「いいの?」
「何度も言わせるなよ。まあ、今回だけだろうけどな」
僕の言葉を聞いて、龍亞は嬉しそうに笑った。くるりと踵を返すと、ショップの中へと走っていく。
「じゃあ、オレ、エントリーしてくる!」
その後ろ姿を眺めながら、龍可が確認するように言った。
「本当に、良かったの?」
「いいよ。暇潰しにはなりそうだからな」
別に、同情したわけではない。ネグレクトを受けている子供など五万といるし、中にはもっと劣悪な環境で育っている子供もいる。彼らの両親は、まだまともな方だ。何も同情する必要などない。
僕は、シグナーの視察をするのだ。るあとるかが、デュエルでどのようなプレイングをするのかを、この目で見る。シグナーにデュエルをさせることは、サーキットを描くことにも繋がるだろう。僕は、ただ自分の任務をこなしているだけだ。
そんなことを考えていたら、龍亞が戻ってきた。手には、青色のたすきを持っている。チラシに書かれていた、参加者の証しというやつらしい。
「受付してきたよ! 一時から対戦相手を決めるくじ引きがあるんだって」
楽しそうに言う龍亞から、たすきを受け取った。こんな子供じみたものを身に付けるなんて、この町に降りたときには考えもしなかった。まさか、こんな子供たちにほだされるなんて。
「参加するからには、絶対に優勝するからな」
僕は言った。今の僕にできる、精一杯の強がりだった。