犬ごっこ ルチアーノはゲームが好きだ。ゲームに限らず、他人に力を示すことが好きらしい。デュエルでもスポーツでも、相手に自分の力を示しては、嬉しそうに笑うことが多かった。
そうなると、困るのは僕の方だった。僕は、あまりゲームやスポーツが得意ではないのだ。手加減をしてもらっても、毎回のように負けてしまう。負けるだけならいいのだが、彼は厄介な要求をしてくるのだ。
「今日のお仕置きは、何をしてやろうかな。ホラー映画はもう飽きたし、使いたいおもちゃも全部試したし、連れて行きたいところも無いし。何か面白いことがあればいいんだけどな」
にやにやと笑いながら、ルチアーノは楽しそうに言う。困ったことに、彼は敗者にお仕置きをしたがるのだ。超人的な能力を持つ彼に敵う相手などほとんどいないから、必然的に誰もがお仕置きを受ける。僕も、その犠牲者の一人だったのだ。
「今日は、何もしなくてもいいんじゃないかな。いつも痛い目にあってるんだから、今日くらいは許してよ」
「嫌だよ。僕は勝負に勝ったんだ。ペナルティを要求するのは当然の権利だろう?」
僕が説得しても、彼は聞く耳を持たない。いつもと変わらない、横暴な態度だ。気が変わってくれることを祈ってみたが、やっぱりダメだったらしい。
彼はしばらく考え込んでいたが、不意にぱちんと手を叩いた。いいことを思い付いたという態度に、ものすごく嫌な予感がする。ひやひやしながら次の言葉を待っていると、こんなことを言い出した。
「いいことを思い付いたよ。君、犬になりな」
「へっ?」
僕は頓狂な声を上げてしまった。彼の言葉が唐突すぎて、上手く飲み込めなかったのだ。阿呆面を晒す僕を見て、ルチアーノは急かすように言う。
「聞こえなかったのかよ。君は今から犬になるんだ。時間は……日付が変わるまでで許してやる」
「待ってよ。それって、どういうこと? ちゃんと説明してくれなきゃ分からないよ」
すがるように問い詰めると、彼はやれやれという顔をした。少し理不尽な気がするが、黙って聞き流すことにする。
「言葉の通りだよ。君には今から、犬のロールプレイをしてもらう。今から六時間の間、犬になりきるんだ」
「へっ?」
説明をされても、僕には理解ができなかった。犬になりきるなんて、どういうことなのだろう。
「これはお仕置きだ。拒否権はないからな」
僕の反論を塞ぐように、ルチアーノは言葉を続ける。受け入れるしか選択肢はなかった。
「分かったよ。で、犬になるって、どうすればいいの」
彼の勢いに押されるように、僕は肯定の返事を返す。この後、自分の言動を後悔したことは、言うまでもないことだった。
首輪に付けられた小さな鈴は、歩く度にちりんちりんと音がする。これは猫の方なんじゃないかと思ったけど、彼はこれでいいと押しきったのだ。おかげで、僕はどこにいても居場所を知られてしまう。プライバシーのプの字も無かった。
「次は、夕飯の準備だな。犬の餌と言ったら…………ドライフードか」
僕に首輪をつけると、ルチアーノは楽しそうにそう言った。時刻は夜の六時で、食事を取るには丁度いい時間だ。彼は軽快な足取りでキッチンへと向かうと、食器と何かの袋を取り出した。平べったい形をしたお皿の上に、食べかけのグラノーラを流し込む。
「ほら、食べな」
そう言うと、僕の目の前にお皿を差し出した。着地の衝撃で、パフの欠片が何粒か机の上に転がる。床ではなく机に置いてくれたのは、彼の唯一の良心だろう。
「えっと、スプーンは?」
おずおずと尋ねると、彼は楽しそうににやりと笑った。意地悪な表情で僕を見下ろしながら、からかうような声色で言う。
「犬がカトラリーなんか使うわけないだろ。そのまま食べるんだよ」
「えぇ……」
無理難題に戸惑いながらも、お皿に口を近づける。唇の先でドライフルーツとパフを口に含も。顔を上げると、舌先で口の中へ押し込んだ。
「飲み物も必要だよな。ミルクでいいか」
滑稽な食事をする僕を眺めながら、ルチアーノは楽しそうに言う。食器棚から別の皿を取り出すと、並々と牛乳を注いだ。
「ほら、飲めよ」
「もしかして、これも直接飲めなんて言わないよね」
恐る恐る尋ねると、彼はにやにやと笑った。反対側の席で足を組むと、意地悪な表情で僕を見下ろす。
「言うに決まってるだろ。どこに食器を持ち上げる犬がいるんだよ」
「うぅ……」
ゆっくりと口を近づけると、お皿の縁に唇を押し当てた。溢れそうになっている液体を、口の先だけで飲み込む。
牛乳を半分ほど飲むと、今度はシリアルに口をつけた。零れ落ちそうになるパフを、なんとか口の中に入れていく。いつもの何倍もの時間をかけて、ようやく与えられた食事を完食した。
「あのさ」
「なんだよ」
「ご飯って、これだけ?」
尋ねると、ルチアーノは呆れたように笑った。にやにやしながら僕を見る。
「なんだよ。まだ催促するのか? 食いしん坊なワンちゃんだな」
嬉しそうに言うと、台所へと向かっていった。冷蔵庫を開けると、何かを作り始める。
すごく珍しい光景だった。ルチアーノが料理をするなんて、明日は雨が降るのではないだろうか。
「何を作ってるの?」
キッチンに近づこうとすると、彼は片手で追い払う仕草をした。くすくすと笑いながら、僕にちらりと視線を向ける。
「ここは台所だぜ。ワンちゃんはあっちに行ってな」
完全に犬扱いだった。そろそろと席に戻り、料理が提供されるのを待つ。十分ほどすると、ルチアーノがお椀を持ってきた。
それは、玉子入りのお粥だった。作りたてほやほやで、ゆらゆらと湯気が上がっている。お椀を僕の前に奥と、彼はにやにやと笑った。
「気を付けなよ。熱いから、油断してると火傷するぜ」
比較的まともなものが食べられるのは嬉しいが、スプーン無しは非常に困る。目の前にあるのは、作りたてのお粥なのだ。このまま口をつけたら、間違いなく火傷してしまうだろう。
仕方なく、僕はふーふーと息を吹きかけた。少しずつ、表面を冷ましながら中身を口にする。悪戦苦闘する僕の様子を、ルチアーノはにやにや笑いながら眺めていた。
何度も火傷しそうになりながらも、時間をかけて中身を空にする。意地悪をするルチアーノがルチアーノなら、律儀に食べる僕も僕だ。こんな遊び、普通の高校生なら付き合わないだろう。
なんとか食べ終わると、僕は食器を差し出した。口の中を痺れさせながら、ルチアーノに対して宣言する。
「ほら、食べたよ」
「ちゃんと食べたんだな。偉いぞ」
にやにやと笑いながら、彼は僕の頭に手を乗せた。犬か猫を撫でるように、僕の頭を撫で回す。僕は、いったい何をしているのだろう。唐突に我に返って、全てが恥ずかしくなった。
「次は、風呂だな。犬は一人で風呂に入れないから、僕が毛皮を洗ってやるよ」
僕の頭を撫でながら、ルチアーノが弾んだ声で言う。予想外の言葉に、僕は呆けた声を出してしまった。
「えっ?」
「当たり前だろ。犬は身体を洗えないんだぞ」
何事も無いように言っているが、それはつまり、身体を洗わせろということなのではないだろうか。変に意識してしまって、頬が熱くなった。
「何照れてるんだよ。犬を洗うくらい普通のことだろ」
そう言うと、彼は僕の首輪を掴んだ。首を絞める勢いで引っ張ると、僕を風呂場へ連行する。無理矢理服を剥ぎ取ると、浴室へと引きずり込んだ。
「いい子にしてろよ」
甘ったるい声で言うと、彼はシャワーの蛇口を捻った。お湯の温度を確かめてから、僕の身体へとかけ始める。
「まずは、頭からだな」
優しい声で言いながら、彼は僕の身体を洗っていく。シャンプーで頭を洗い、トリートメントで髪を整える。頭部を洗い終わると、今度は身体へと手を伸ばした。
「ほら、こっち向けよ」
ルチアーノに言われて、僕は身体の正面を彼に向ける。僕の姿を見ると、彼は眉を動かした。
「何興奮してるんだよ、変態」
「だって……」
だって、こんな状況なのだ。犬扱いされて身体を洗われるなんて、そういうお店のプレイくらいでしか経験できない。そんなことを考えてしまったら、僕の身体は反応してしまったのだ。
「君って、そういう趣味だったんだな」
「違うって!」
慌てて否定するが、説得力は全く無かった。恥ずかしさに襲われて、両足を閉じてしまう。お風呂から上がって髪を乾かされている間も、身体の反応は収まらなかった。
「安心しなよ。後でたくさん可愛がってやるからさ」
ルチアーノの甘い囁きに、余計に身体が疼いてしまう。こんなの、完全に特殊なプレイだ。彼は、それを狙ってこのお仕置きを考えたのだろうか。
部屋に戻ると、ルチアーノはベッドの縁に腰をかけた。にやにやと笑いながら両手を広げると、甘い声で囁きかける。
「ほら、おいで」
彼は、いったい何を考えているのだろうか。戸惑いながらも、彼の元へと歩み寄る。隣に腰を下ろすと、強い力で引き寄せられた。
「君は寂しがり屋だからな。たくさん構ってやらないと、すぐに拗ねるんだろ」
僕を膝の上に乗せると、わしゃわしゃと頭を撫で始めた。羞恥心を刺激され、頬が熱くなる。
「待ってよ、どういうこと?」
尋ねた声は、聞き入れてくれなかった。ルチアーノの手のひらは、僕の首回りへと滑り降りる。首筋を擽られて、くすぐったいような温かいような気分になった。
「何か聞こえた気がするけど、気のせいだよな。ワンちゃんは、ワンしか言えないもんな」
わざとらしく言葉を吐きながら、僕の腕を引いてベッドの上に寝転がらせる。仰向けに転んだ僕のお腹を、両手でわしゃわしゃと撫で回した。
「ほら、よーしよしよし」
見事なまでの犬扱いだった。彼にとって、飼い犬とはこういうイメージなのだろうか。ドラマや漫画の聞きかじりなのだろうが、それが余計に恥ずかしかった。
「待ってよ。恥ずかしいって」
抵抗しようとするが、強い力で押さえ込まれてしまう。手のひらはお腹から横に流れ、わき腹を擽るようになぞった。もう片方の手は、太ももを優しく撫でている。甘やかな手つきに、身体はゆっくりと溶けていった。
羞恥と快楽で、肌が熱くなってしまう。小さな子供にあやされている倒錯感が、余計に身体を高ぶらせた。下半身に血液が集り、ドクドクと音を立てる。身動ぎをすると、ルチアーノがくすくすと笑った。
「興奮してるのか、変態」
その一言で、理性がぐらりと音を立てた。彼の手を引くと、強引に下半身へ運ぶ。膨らんだ性器の上に乗せると、切ない思いで懇願した。
「もっと、触ってよ」
僕の反応に、ルチアーノがにやりと笑う。優しい手つきでズボンの表面をなぞると、からかうような声で言った。
「ふふっ。君は本当に甘えん坊だな」
ルチアーノの手が、寝間着の中に入り込んでくる。期待に心臓を鳴らしながら、僕は与えられる刺激を待った。