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    enyakoya

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    enyakoya

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    2人の子供時代自己解釈でかいてます

    風の中で花は咲くか 自室に戻るための廊下を走る。
    王族たる者余裕を見せなければいけず、バタバタ音を立てるような不作法なことしてはいけない事と分かっていても走っていた。
    少しでも身体を動かすようなことをしないと何かが溢れてしまいそうで、走っていなければ叫んでいただろう。
    床を踏んで跳ねるように前へ進む音より鼓動の方が煩いから、もし誰かがいたらその鼓動を聞かれていたかもしれない。生まれて初めて感じる痛いくらいの胸の鼓動は収め方が分からないので、やはり自室まで走っていくのに息切れなんて気にしていられなかった。
    息切れよりも鼓動の高鳴りよりも、湧き上がる衝動に突き動かされるがまま廊下を走り切り、自室に入ってもそれは収まることなく寝台へと飛び乗る。
    ごろり、仰向けになると見える天蓋の細やかな細工の数々はいつもどおりの逸品ぶりを示す物だったが少年の情動を静めるだけの力はない。

    「ハァ……ハァ……ア……。ふ、ふは」

    全力疾走して酸素不足を訴えていた身体がようやく余裕を見せ始めた頃に、また少年の口が開かれる。それは笑い声だった。

    「あはははは!」

    左手で顔半分を覆い、覆わなかった口は大きく開かれて笑い声を部屋中へ響かせる。何がそこまでおかしいのか笑い続けているものだから、きっと廊下にまで伝わっているだろうが今さらそんな事を気にして何になると言うのだろう。
    だから肺が再びの酸素不足を訴えてくるまで笑い続ける。

    先ほど、従兄弟に毒を盛った。

    それだけが王子ドゥリーヨダナにとって、何よりも気に掛けるべき事だった。




    ことの始まりは従兄弟達が城に来た時まで遡る。
    父王であるドリタラーシュトラの兄弟の子供達は、森から来たばかりであるが、いや来たばかりだからこそ皆の注目の的であった。
    まともな教育を受けているのかと蔑む者、片親がいなくて庇護を求めに来たのだと憐れむ者、五人もいれば何かしらの役に立つだろうと打算する者。それぞれの思いを抱きながらこう考える者がいたのだ。
    『あの不吉の象徴よりはいいだろう』と。
    百王子と一姫の長兄であるドゥリーヨダナが生まれた時、ジャッカルが唸り声をあげたらしい。それがジャッカルだけであったなら何も言われなかったろうが複数の獣も唸り声をあげたものだから、父王は周りから言われたらしい。産まれたばかりのドゥリーヨダナを捨てるべきだと。
    従兄弟達が来る少し前にさも親切そうな顔をして、こんなことがあったのだと教えた者はおそらくドゥリーヨダナのショックを受けたところを見たかったのであろう。そして父王の願いを私たちが聞き入れたからこそ貴方はまだ生きているのですと、ショックを受けたところに恩を塗りたくり今後に生かす、きっとそんなところだ。ドゥリーヨダナにだってこれくらい分かるのだから、せめてもう少し隠してやって来い。やられたところで思う反応を返したりはしないが、納得のいったところもある。
    まだ子供ではあったが向けられる視線が良いものばかりではないことには気付いていて、それは何故だろうと不思議に思っていたタイミングでの嫌がらせだったのだろう。はっきりと、馬鹿だなと思った。本当に不吉だと思っているならばそのまま命を取ればいいのに、それすら恐ろしいから捨てるだけに留めるのは不吉な出来事を先延ばしにするだけではないか。
    今もこうして直接手出しをしないくせに、嫌がらせにしかならないことでドゥリーヨダナの心に波風を立たせようとしている。

    「そんな事があったのですね。不吉が訪れるときは教えてください」

    だからこそ丁寧にお願いしてその場を去っていく。生まれた時から不吉であるならば、一番近くにいてくれている両親が危ないだろうにその影はいまだない。
    成長した今になっても周りにそういった者がいないのだから、何年で不吉なことが起こりますと具体的に言い、私はお前のせいで不吉になったとでも声高に叫んだ方が効果はありそうだ。
    あの失礼なやつのおかげでどうして嫌な目で見られるかも分かったし、対策だってこれから考える事が出来るのだから良かったと思うことにする。
    宮殿にいる者でも一つになれないのだから、従兄弟たちがくればまた宮殿はバラバラになるかもしれないと思った時、浮かんだのは弟妹たちと両親だ。
    弟妹たちとて勉強中だが、王としての教育を受けているのは長兄であるドゥリーヨダナと次兄のドゥフシャーサナそして三子のドゥフシャーラの三人だけ。こういった駆け引きが二人は得意かと言われればそうではない。いや、とドゥリーヨダナは更に考える。
    駆け引きよりも宮殿内の空気を読む力の方が必要かもしれない、もっと言えば人を観察する能力だ。あの純粋な弟妹たちに人を疑わせるのは心苦しいが、寄ってくる者が味方か敵かは見極める事は重要である。
    次に両親だ。従兄弟達を受け入れる心の広さは王とその后として相応しいものであるのに、その度量をぬるいものと判断するからこそあんな不届き者が現れたのだろう。王と后として動けないこともある両親だからこそ、悲しませないよう第一王子である自身がこのような空気をなんとかせねばならない。
    森で暮らしていたとはいえ王族なのだからあちらも弁える部分は弁えるだろう。
    実際父王に謁見する為に初めて登城した五兄弟は見目もそうだが見た限りの礼節も悪くなく、特に長男のユディシュティラは知性を称えた瞳が良かったとドゥリーヨダナは思っていて将来的に臣下になってくれたら一番であるのだがどうだろうか。この機会にとドゥリーヨダナに情報を伝えてきた者たちによればそれぞれが神の血を継いでいるとの事で、きっとそれらも五兄弟を推す者が多い者がいる理由なのだ。
    負けてなるものか、それらを聞いて真っ先に思ったことであるのだがこれらの全ては予想は予想である。この時までドゥリーヨダナは知らなかった。
    自分の頭の世界というものはあまりにも小さくて、事件とはいつも予想した外からやってくるのだと。


    「王子!申し上げます!」

    走って己のところまで来た臣下は切れる息の中で告げる。最近よく聞く言葉なので立ち上がってどこかを聞くとすぐさま走り出した。
    五兄弟が来てから少し経ち、毎日ではないがよく聞いているのに心臓が嫌な音を立てて爪先からサァァと血の気が引いていくような感覚だけは慣れない。
    余裕を見せねばいけないが今度は誰なんだと思うと足を早く動かすしかなくて、全てが邪魔で仕方なかった。反響して前後から聞こえてくる微かな足音も、辛いのだと示してくる心臓の音も、どうして自分の身体が自分の邪魔しかしないのかと走って弟達の部屋へと着いた。

    「兄様」
    「ドゥリーヨダナ様」

    弟と医者の声が聞こえて、挨拶はいいと手を上げ制すと弟の容態を伝えるようにと目線で促す。

    「腕を引っ張られた際に骨が外れてしまったようで、幸いにも折れていませんでしたので完治は早いかと」
    「そうか、ご苦労」

    腕を吊るように布を巻く弟に、外れてしまったという肘の関節に口付ける。もう痛くならないように、治りが早くなるようにと祈りを込めた口付けだ。
    これ以上いては休まらないからと部屋を辞して離れたところで人がいないか確認し、無意識に握っていた拳で柱を叩く。叩いた手がじんじんと痛んできても、弟達より痛くないと思えば耐えられた。

    「っビーマァ」

    口にしたのは弟たちを傷付けた者であり、五兄弟の次男であるビーマの名前だ。
    五兄弟ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナ、双子のナクラ、サハーデーヴァたちはそれぞれ年子だと聞いていおり弟たちと少しずつ交流しているらしい。
    らしいというのは実際のところドゥリーヨダナは日々の勉強があり、同じく勉強をしている長男のユディシュティラくらいしかまともな交流はまだしていない。その間に弟たちは怪我をしていく。骨折であったり溺れていたりして医者の世話になる事が多くなり、話を聞くと全てビーマが関係していたのだ。
    縄の引っ張り合いをしようとしていた、木登りをしていたら木を揺すられたと。それだけ聞けば遊びの延長や悪戯だと思われることだろう。ビーマが風神ヴァーユの血を引いている怪力の持ち主であるという事実がなければ、の話である。
    別に怪力であるのはいいが、それを自覚せずに遊ぶなと言いたい。というか言う為に今、廊下を進んでいる最中だ。
    ドゥリーヨダナの心中とは裏腹に廊下に注ぎ込まれている陽光は室内を明るく照らしてくるので、天気のせいではないのだがもっとむしゃくしゃとしてしまう。己の一存で天気を変えられたらいいのに、なんて今は叶わないことを考えながらとある区画に着くと見つける為に辺りを見回した。

    「ドゥリーヨダナ!」

    すると自分の名前が呼ばれ、声がした方向へ顔を向ける前に強い風が吹いて前髪だけでなく衣服の裾も旗のようにバタバタと揺れる。砂埃もやって来て、目に入らないようにと腕で覆う事数秒。ようやく目が開けるようになると真正面にビーマはいた。
    長く伸ばしている濃い紫の髪をあちらこちらに跳ねさせ、服というか布を羽織っているビーマは真っ直ぐに大きな瞳でドゥリーヨダナを見つめている。

    「あいつらどうした?」
    「怪我をして休んでいる。……ビーマ」
    「なんだ」

    瞳の色は元々薄いからこそ写るドゥリーヨダナの姿がよく見える。その目に不安も動揺の色もないことも見て取れて、舌打ちしたいが何も分かっていないビーマに聞かせても無駄なことは分かっていた。

    「遊びたいなら遊んでやる」
    「ホントか!」
    「ただし遊び方はわし様が決める」
    「えー」

    抗議の叫びを上げられても、こちらだって怪我をする危険性があるから選択権を取られるのは困る。それに臣下のほとんどが怪我した弟たちのことを「まだ何人もいるから大丈夫ですよ」と言われるのが、ドゥリーヨダナにとってどれほどまでに怒りを煽ったか。何人いるから大丈夫ではない、一人でも怪我をされるのが嫌なのだ。

    「最近はお前が提案する遊びばかりしていると聞いた、ならば次はわし様の番だ」
    「じゃあその次は俺か?」

    その次だってビーマに任せるのは正直言って嫌だが、今は言い訳が思い浮かばないので仕方なく頷く。なんとなくだがビーマは提案する前に、いきなりその遊びに巻き込んだと思っている。
    頷いたドゥリーヨダナを見たビーマはそれならと納得し、どう遊ぶのかと期待の籠った顔をして覗き込んできた。

    「我慢比べだ」
    「我慢比べ」

    同じ言葉を繰り返すビーマに、近くにあった壺を手に取って説明にしても簡単すぎる説明を話した。

    「これを抱きしめて時間内までに割らなかった方の勝ちだ」
    「それだけでいいのか?」

    それだけ、がどれ程ビーマにとって容易いのか見ものだと二つの壺を持ち、邪魔にならない区画を見付けて二人で座り込んだ。

    「太陽があの位置に行くまでが時間だ」
    「わかった」

    あの位置、と指さしたところを確認し合いビーマにも壺を持たせから膝に乗せた壺を抱き締める。ビーマの腕も壺に回されたのを見て、ドゥリーヨダナは息を吸う。

    「では、はじめ」

    ぱりぃん
    はじめの号令をしたのと陶器の割れる音がしたのはほぼ同時であり、ビーマの方を見ると壺はすでなく欠片が膝の上に散らばっていた。

    「……は?」

    あまりにも呆気ない終了の合図にドゥリーヨダナは欠片から視線を外せない。我慢比べをしようと言って了承され、そして割れた。
    欠片ばかりの膝からそろそろと視線を上げていくと、両腕は輪を作る形で半端な高さに固定されており壺を抱きしめていたままの体勢だと予想出来てしまいながら更に視線は上がって、先程の自分と同じように視線を膝に固定しているビーマが見える。
    何も言わずに見ているとゆっくりビーマの顔が 動いてドゥリーヨダナの視線が交わった。大きな目が更に見開かれており口が微妙に開かれていて、きっとドゥリーヨダナも同じ顔をしていただろう。

    「……何も入ってなくて良かったな」

    渡す際に確認はしていたが、もし水が入っていたら大変な事になっていたとどうにか言葉を絞り出して話すと、ビーマは何かに気付いたように口を開く。

    「もう一回!次は負けねぇ」

    その気持ちを示すように勢い良く立ち上がって叫んでも、とドゥリーヨダナは溜息をついた。
    これは我慢比べをする問題ではなく、まずは力の加減を知らなければいけないというはじめの段階から始めないと無理だ。
    ほんの少しだけ遊びに夢中になって加減が出来ないのだという可能性もあったのだが、これは間違いない。最初から加減なく遊んでこれ。
    この調子ではドゥリーヨダナが知らされていないだけで、宮殿にあるいくつかの備品も壊されているんじゃないだろうか。いや、そもそもである。

    「……森でどうやって暮らしてた?」
    「森での暮らし?そうだな」

    聞いてみるとビーマは存外素直に答えてくれた。
    兄弟と森を駆け回り、木を折っては加工したり、住居周りをうろつく動物を倒すなど、確かにビーマにとっては良かったのかもしれない 。
    兄弟たちは皆神の血を引いているならば身体の頑丈さは変わってくるのでビーマの力にも耐えられる。
    木を折ったり動物を倒すのも力の加減はいらないし、何より家族からは感謝されるから気にする事はない。
    森で暮らしていた方がビーマに合っていたろうに、王族だからこそ宮殿に上がることになったのは少しだけ同情してしまう。しかし宮殿に上がってしまったからにはそれだけでは駄目なのだ。

    「ドゥリーヨダナ」
    「わし様の弟妹はその壺よりやわこい存在だ。壺を壊さないでいられるようになるまであいつらとは遊ぶ事を禁ずる」

    驚く位に早く壺が割れるという出来事はあったものの、言いたい事を言うことが出来た。自由な森暮らしから一転、王宮の暮らしに王族としての礼節を学ぶビーマは苦労するであろうが、その苦労はビーマが負うものなのでドゥリーヨダナが気にする事はない。
    それよりも弟妹たちが傷つかずに日々を過ごす方が大事だ。皆可愛いが、特に唯一の女児であるドゥフシャラーに何かあってからでは遅すぎる。何かあればビーマは勿論、親であるクンティーにも沙汰を下すつもりだ。
    いい方向に持っていけたと自画自賛している中で、ビーマからの反応はまだないもののこれは急いて返事を聞いても仕方がない、と言うより何を言われようと結局は遊ばせることはしないと言い切ると決めているので待っていた。待つ間はこれからの事を考えた。ビーマが立ち上がった際に落とされた欠片を掃除する為に人を呼んで、自分はこれからどうしようか。また勉強するか、弟妹たちと遊ぶのもいいかもしれない。
    どちらにしろビーマが関わってこないならば弟妹は穏やかに遊ぶことが出来るだろうと、思っていたらビーマが口を開く。

    「ならその間はドゥリーヨダナが遊んでくれるんだな」
    「はぁ!?」
    「壺のことも近くで教えてくれるやつがいた方がいいしそうしようぜ」

    あ、これ絶対にそうしてくるやつ。ドゥリーヨダナは直感した。ドゥリーヨダナが遊ばせる事はしないと決めていた思いと同種のものだと理解してしまい、ヤバいという気持ちしか浮かばなくなった。

    「いや」
    「見てろよ、壺長く持てるようにするからな!」

    こちらの話は聞かれることなく、ビーマはわくわくと楽しそうにしていて瞳が輝いてる。返事を聞くということは無いのだろうがと焦りながら、今怪我している弟たちを思い浮かべて自分が遊ぶことの手間と天秤を掛けて。

    「……わかった」

    ドゥリーヨダナはあまり手間なことはしたくない。それが明らかに面倒になることなら尚更だからこの決断はとても辛く、喉から出された声も苦渋に満ちていたものであった。
    ドゥリーヨダナの声を聞いているだろうに、当のビーマは遊び相手を確保出来たことに喜んでいて無視しているのか気付いていないだけなのか悩ましい。
    弟妹たちの怪我を防ぐためにはビーマと関わらせないのが一番だと考え動いてみて、怪我は防げたようだが自分がビーマと今後関わる事になってしまう。生身で木を折れるビーマと、遊ぶことになった。
    まさか解決が予想の外から来るなんて、味わったことは無いが後ろから殴られるような衝撃をドゥリーヨダナが理解した瞬間である。

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