プロローグ──空が泣いていた。
ぽたり、ぽたりと雫が落ちる。
ひとつ、またひとつと頬に当たって流れ落ちる。
それはどうしてだか、僅かに温かい。そこで、はたと気づいた。
誰かが泣いているのだ。明暗しか認識する事が出来なくなった視界に影が差していたからだ。
またひとつ、雫が頬を伝っていく。
「──、──!」
声がする。これは誰の声だろうか。轟々と頭を揺らすような耳鳴りのせいで何と言っているのか分からない。
それでも、叫んでいる事は分かった。
「──!」
名を呼ばれた。呼ばれているのは自分だ。誰かが自分の名を必死に叫んでいる。
泣かないで欲しいと思う。泣かなくて良いと声をかけてやりたいのに、血の塊が口から吐き出されるだけで意味のある言葉を作れなかった。
強く思う。どうにかして泣き止ませなければと。だって彼には、涙など似合わない。
凛と立つ後姿が眩しかった。弱音を吐く事もなく、常に前を向くその姿に幾度も救われた。
その光が翳る所は見たく無い。
だって、──どうしようもなく愛していたのだ。
愛しくて、愛しくて。
だから、感覚の乏しくなった腕に精一杯の力を込めて手を伸ばした。彼の涙を拭う為に。