望むものは「ホントにいいの…?」
もう何度目かもわからない美奈子の確認に思わず笑ってしまう。それが居た堪れないのか渋るような表情に変わる美奈子を安心させるために小さく笑って丸い頭に手を伸ばす。
「ダイジョーブ。コラボフードめちゃくちゃカワイイし俺も実物見てみたい」
落ち着かせるように髪をすけば美奈子の表情がふわりと和む。それに倣うように頬が勝手に緩んでしまうのは惚れた弱みだろう。
そうして美奈子に連れてこられたのははばたき駅前にあるイベントカフェだ。期間限定でどこかとコラボしてはその装いを新たにしている。今ははばたき動物園とのコラボをしており、そこの動物たちを模した限定キャラのくじが注文内容によって付随するポイントによって挑戦できる、というものだ。
下はコースターに始まり、1番上のランクのくじではコック帽をかぶった限定ぬいぐるみがランダムで当たる。といった具合だ。しかし、必ず何かがあたるコースターとは違い、上に行けば行くほどその難易度は上がっていく。ぬいぐるみは必ず何かが貰えるわけではない。何も当たらない所謂“ハズレ”が存在する。それでも美奈子はぬいぐるみが欲しいのだと彼女から七ツ森が聞いたのは2週間ほど前のことだった。
そのくじを引く為にはフード、デザート、ドリンクを最低一品は必ず頼まなければならず少食というわけでもないが美奈子には複数回くじを引くには厳しい内容だ。
そして、美奈子にはもう一つ、問題があった。
「本当にいいの…?」
案内された2つ並んだカウンター席でまた美奈子は確認してくる。それが“ココに来ること”以外であることはすぐにわかった。
「いいって。別にキライじゃないし」
「ありがとう」
「でも意外。あんたがトマト、ムリとか。好き嫌いなさそうなのに」
「トマト以外はないんだけどね…」
苦笑する美奈子に笑ってメニューに視線を落とした。
食べ残し厳禁のフードメニューすべてに入れられたトマトが美奈子の懸念事項だ。
「らっこオムライスならプチトマトだからコレにするね」
「あんたがスキなのでいいよ」
「大丈夫。コレにする」
「じゃ俺はライオンキーマカレーにするからシェアしましょ」
「うん」
笑顔で頷いた美奈子が携帯で机に置かれたQRコードを読み込むと専用サイトからオーダーを入力していく。それを横から覗き込んでいると右上に表示されたポイントが目に入った。
「ポイント、一回いくらいるんだっけ?」
「一回500ポイント…」
「とりあえず、ドリンク頼んで――あとは次のオーダーで調整しますか」
続いて開いたドリンクメニューからドリンクも2人分選んで1度目の注文を終えた。
「いろんな動物のコラボぬいあるみたいだけど、どれ狙い?」
「もちろん、ライオン!」
屈託のない笑顔につられて笑顔になる。
「あんたもスキだね」
「前に七ツ森くん言ってたでしょ?参考にしてるって。だから――」
そこで言葉を止めた美奈子の頬が色付いていることには七ツ森も気付いた。言葉が見つからず、それでもくすぐったい雰囲気に小さく咳き込むと躊躇いながら口を開いた。
「あー…今の注文でくじ回せそう…?」
「うん!一回できるよ!今日は朝の占いの順位もバッチリだったから一回で当たっちゃうかも!」
「そうなの?」
「うん!“欲しいものが手に入る、かも”って言ってたからぴったりでしょ?」
「それは期待できますねー」
七ツ森の返答に気分を良くしたのか、笑みを深めた美奈子が見て。と言わんばかりに身体を寄せて携帯画面を七ツ森に提示する。
そこには『1回挑戦できるよ!』と動物たちがクジをアピールしていた。
「スゲェ、こんなトコまで手込んでるな」
「カワイイよね。SNSとかで使ってくれないかな?」
「いいな。俺、疲れた時とか見に行きそう」
簡単に想像できる自分の姿に「ハハッ」と小さく笑えばすぐ側から「ふふ」と声が聞こえる。そんな距離に口元は自然と弧を描く。
「お待たせしましたー」
唐突に聞こえた店員の声に2人してピクリと肩を震わせた。それすら楽しくて笑い合っている中、店員はキビキビと仕事をこなし料理を2人の前に並べ終わると足早に去って行った。
「とりあえず、撮りますか」
サッと七ツ森が携帯を取り出すと、美奈子は笑って料理皿とドリンクが画角に入るように寄せ始めた。
室内のライトの加減や角度など許される限りで最善を尽くしながら数枚写真を撮ってから携帯を片付けた七ツ森はフォークをオムライスの側に置かれたプチトマトへとのばした。
「あ、果汁出さない方がいい?」
「それくらいなら大丈夫だよ」
「そ。じゃあ、失礼しまーす」
言うが早いかプツッと薄い皮を破る独特な感触がフォークを通して伝わってくる。そのままそれを口に運んだ。
もぐもぐと咀嚼を繰り返しているとふいに視線を感じ、七ツ森が隣へと視線を流せばじっと見つめる大きな目と目が合った。
「どーしたの?」
「――やっぱり、七ツ森くん、肌きれいだよね…」
ぼんやりとした美奈子の口調に虚をつかれたもののその表情はすぐに破顔する。
自身が頼んだキーマカレーに添えられたプチトマトに向き直るとプツリとフォークを差し込んだ。
「トマトは美容にいいですから。挑戦してみます?」
七ツ森が差し出したフォーク。その先端を彩る小さな丸いトマトと七ツ森とを美奈子の視線が忙しく行き来する。そんな姿を眺めているだけで自然と目元が緩んでいく。
しばらくの沈黙の後、コクリと美奈子の喉がなった。
「――いただきます」
薄く開けられた口がフォークの先についたプチトマトに触れ、スッとフォークから抜きされていく。
「どう…?」
モグモグと咀嚼を繰り返しながら彼女には珍しい眉間の皺が認められ、七ツ森は苦笑した。
「おいし、いとは思えない、かな…」
「みたいだな。ナイスファイトってコトで口直しどーぞ」
そう言って美奈子に差し出したのは七ツ森が注文したコーヒーフロートだ。アイスの上には七色のチョコレートスプレーが散りばめられており、見た目も華やかで崩すのがもったいなく思えてしまう。それは美奈子も同様なようで少し戸惑いながら七ツ森へと視線を向けた後「いただきます」と小さく口にしてアイスとコーヒーの境目を柄の長いスプーンで掬い上げ口へと運んだ。
すぐに表情がとろりと溶けていくのを見て思わず声が溢れてくる。
「ハハッ。ホント、正直者だよね。あんたって」
「だって…」
「ん。苦手なのに挑戦したんだもんな。エライ、エライ」
一旦フォークを置いた手でサラサラと美奈子の髪を遊ぶように指を滑らせれば、満足げな彼女にまた笑みが溢れていく。
「今度、フルーツトマト出してくれる店に行ってみる?」
「フルーツトマト?」
「そ。糖度が高くてくだもの感覚で食べれるっていうトマト」
名残惜しく思いながらも最後に毛先まで指で梳けば、美奈子の髪は七ツ森の指先からするりと抜けて行った。
「――いざとなったら、助けてくれる?」
少し迷った後、口にされた言葉にまた破顔する。
「もちろん。口直しのデザートにもお付き合いしますよ?」
「ふふ。それは頼もしいですね」
クスクスと顔を見合わして笑い合った後、どちらからともなく口にした「いただきます」の言葉にまた笑い合ってから2人はようやく食べ始めた。
◇ ◇ ◇
夕暮れの帰り道。自然と繋がれる手に違和感なく応えながら七ツ森は指先で美奈子の甲を撫でた。
「残念だったな」
「ん…でも、こればっかりは仕方ないよね。七ツ森くんもいっぱい食べてくれたのに…」
「それは気にしなくて大丈夫。写真、映えまくりだったんで」
サッと携帯を取り出してみれば「ふふ」と美奈子の表情が和らいだ。それだけで七ツ森は満たされていくのを感じる。願わくば、彼女もそうであってほしいと思ってしまう。
「まだ期間あるんでしょ?来週も行きません?」
「え?」
「コラボカフェ。もうワンチャンくらい行けるでしょ?」
携帯で確認してみれば、コラボカフェは今月末に終了するようだが、可能性はまだ残されている。
七ツ森の提案に美奈子は「あ」と小さく口にしてから口を噤んだ。その様子に首を傾げて待っているとおずおずと彼女が視線を合わせてから口を開いた。
「あのね、私がぬいぐるみほしいって言ったから付き合ってくれてるのはわかってるし、すごく嬉しいの。でもね、今日、いっぱいかわいい動物のキャラご飯食べてたら本物を見たい気持ちもあるの」
ゆっくりと語られる美奈子の言葉が少しずつ浸透するようにその真意が伝わってくる。
「つまり、動物園に行きたくなった…?」
七ツ森の言葉にコクリと頷いた美奈子は「ふふ」と静かに笑いながら口を開いた。
「おかしいよね。ご飯食べててそんなコト、思っちゃうなんて」
「いいんじゃない?デートなんて本人が楽しいのが前提ですし。そういう点では満点なんじゃない?」
七ツ森の返答が嬉しいのか繋いだ手が不自然にぶんぶんと勢いよく振られる。そんな美奈子の様子に目を細めた七ツ森が「じゃあ」と口を開くと自然とその手の動きは落ち着きを取り戻していく。
「じゃあ、来週は動物園で動物たちにパワーもらって、再来週にリベンジしますか?」
「いいの?」
「あんたさえ良ければ3週連続、俺とデートしませんか?」
「――うんっ!」
花が咲いたように笑う美奈子に気付けば繋いだ手が大きく揺れる。その揺れを楽しんでいると美奈子が「あ」と短く声を上げた後、とろりとその表情を崩した。
「どうかした?」
「ふふ。あのね、今朝の占い、当たってたなって思って」
美奈子の言葉を聞いて「“今朝の占い”…?」と小さく声に出しながら記憶を探る。束の間の沈黙の後、次に「あ」と声を上げたのは七ツ森だった。
「“欲しいものが手に入る”ってヤツ?」
でも彼女の欲しがっていたライオンのぬいぐるみはハズレてしまって手元にはない。それにも関わらず彼女は占いが当たったと楽しげに笑いながら口にしている。
七ツ森が合点がいかずに首を傾げているとそれさえも楽しいのか美奈子はまた「ふふ」と声を漏らした。
「七ツ森くんといっぱいデートできるから」
「――それって、あんたの欲しいものが“俺との時間”ってコト?」
どうしても返答が欲しくて繋いだ手に自然と力が入ってしまう。
ゆっくりと美奈子の視線が上がり、視線が交わる。
「うん。1番、ほしい、かな…」
交わった視線から熱が伝わる。
赤くなっているだろう顔は夕日が隠してくれると信じて、繋いだ手を引いた。
スッと歩み寄るように側に寄った美奈子に顔を寄せるように僅かに身体を傾ける。
「俺も。あんたとの時間が欲しい」
「ふふ。一緒だね」
繋いでいた手がさらに寄せられ、剥き出しな腕が重なり熱が呼応するように上がっていくのがわかった。
「あーもう、バカっぷるでもいいや」
「七ツ森くん…?」
思わず呟いた言葉は美奈子には届かなかったようだったが、向けられる視線は相変わらずまっすぐだ。
「来週は動物園ですし、この間言ってたペアルック、してみます?」
「ふふ。それも楽しそう」
楽しげに細められた視線に笑って、今日何度目かわからない手を彼女の頭へと伸ばした。