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    mike_zatta

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    mike_zatta

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    1年前に書き始めてずっと眠ってたやつ。
    場面場面は割と気に入ってるんですが、話の流れがイマイチ。かといってゼロから組み立てるほどの気力も湧かず。おまけにラストが二つある。メモというには書き込みすぎたので供養 (9000字オーバー)

    ⚠️ちょっとだけ肌色です。
    擬態薬&ウツボ式セの設定はいつかどこかでリサイクルしたい。

    #ジェイ監
    jayJr.
    #twstプラス
    twstPlus
    #twst夢

    《 想い出と対価の話 》 夜遅く人通りも無い鏡舎の真ん中で、オンボロ寮の監督生は逡巡していた。

     左から数えて三つ目、巻き貝や珊瑚の装飾が施された鏡の前を行ったり来たり。時折何か覚悟を決めたようにその滑らかな表面をキッと見据え、かと思えば再び目を伏せたりしながら、心はその奥に繋がっているオクタヴィネル寮を、そしてその中の一室にいるはずの恋人、ジェイド・リーチのことを思う。
     学園長室に呼び出されたその帰り道、顔が見たいという衝動に突き動かされて一直線にここまで来たけれど、最後の一歩が踏み出せないまま早くも十五分ほどが経過してしまった。

     やっぱり迷惑だろうな、こんな夜更けに会いたいだなんて。

     手元の時計は間もなく二十二時半を指そうという頃。
     中間考査の最終日だった今日、羽目を外した生徒たちでラウンジは大盛況だったに違いない。この時間に連絡の一本も無いということは、既に閉店作業もシャワーも終えたはずの恋人は夢の中にいる可能性も高かった。
     そもそも、と少女はキュッと唇を引き結ぶ。
     ジェイドと監督生は曲がりなりにもお付き合いをしている恋人同士だ。こんな時間に部屋を訪れるなんて、「何か」を期待していると思われてもおかしく無いんじゃないか、違うのか、どうなんだろう?付き合って一ヶ月と半分、二人はまだキスもしたことがなかった。一足飛びに夜の自室を襲撃するだなんて、だらしのない人間だと軽蔑されるかもしれない。それはちょっと嫌、うーん、でも、

    「…悪くないかもしれない」

     口に出してしまえば胸のつかえが少しだけ楽になる。なんて思われたって良いや。とにかく、どうしても、今日はひとりでいたくなかった。
     思い返せばこの世界にきてから悲しいこと、辛いこと、途方にくれたことも沢山あったけど、大抵のことはグリムを撫でながら眠りに落ちれば翌朝には切り替えることができたのに。今日ばかりは大きなもやに覆い尽くされた心が、すがりつくものを求めている。
     よし。

    『今から、会えませんか』

     そうメッセージを送ると同時に鏡に飛び込んだ。こうなったら決意が鈍る前に行かねばならない。
    ポケットの中で握りしめたスマホに全神経を集中しながら歩いて

    『すぐに行きます』

     その返事がきたときにはもう、彼の部屋の前に着いてしまっていた。


     ◇

     コンコン。

     部屋に控えめなノックの音が響き、ジェイドはあからさまに眉を寄せる。
     今日、こんな時間に自室を訪ねてくる人物に心当たりは無い…いや相手が誰であれ、今から急いでオンボロ寮まで行かなければいけないのだから邪魔をされては困る。早急にお引き取りいただかなければ。
     そう思っていささか乱暴にドアを開けると、まさに自分が迎えに行こうとしていた人物がそこに立っていたものだから、さすがのジェイドも少し驚いた。

    「ッと申し訳ありません、当たりませんでしたか?」
    「いえ……すみません、来ちゃいました」

     ソワソワとそう答えた彼女が困ったような顔で笑うので、一瞬前までのざわついた気持ちはすっかりと凪いでしまう。

    「謝らないでください。それにしても随分お早い到着ですね、背でも伸びましたか」
    「鏡舎から送ったんです、あのメッセージ」

     なるほど、と一度頷いたジェイドはしかし納得していない様子で

    「学園の敷地内とはいえ、夜に一人で出歩くのは控えてくださいと以前お伝えしたはずですが?」

     と付け加える。アと気まずそうな顔をした監督生が「学園長室に呼ばれていたので、その帰り道で…」と慌て出すのを見て、しまった、これでは怒っているみたいだと反省する。

    「次こそ連絡をください。どうぞ遠慮なく」

     そう言って笑えば彼女はほっとした様子でありがとうございます、と目元を緩めた。それだけでぽっと心が温かくなる心地がするのだから我ながら始末に負えない。

    「すぐに着替えます。少々お待ちいただいても?」

     なにせもう寝るだけだと思っていたので、随分くつろいだ格好をしていたのだ。寮外に出る場合、特に一時とはいえ恋人とのデートとなれば、グレーのスウェットでは随分と間が抜ける。

    「あの…今日フロイド先輩は?」
    「フロイド?」

     こちらからの問いかけに答えず、唐突に兄弟の所在を聞かれたジェイドは目を瞬かせる。今の話のどこにフロイドが関係するのか皆目見当がつかない。しきりに部屋の様子を気にしている彼女の様子を見るに、会話を聞かれたくないということだろうか。

    「いませんよ。今夜、二年D組は魔法薬学の宿泊演習です。特定の満月の夜にしかできない材料採取と調合と…まぁ多くの時間はレクリエーションにかこつけて遊んでいるようなものですけどね。」

     ほら、と室内を指し示し不在であることを告げれば、監督生はそうですか、と安心したような、それでいて泣きそうな顔をした。何か間違ったことを言っただろうか。目の前でパクパクと口を開けては閉じる恋人の真意を測りきれずにいれば、やがて顔を真っ赤にした彼女が

    「今日、泊まって行ってもいいですか」

    と蚊の鳴くような声で言うものだから、思わずジェイドは絶句した。

     ◇

    「これ、よければ着てください」

     どうにか監督生を部屋に通したジェイドが彼女に手渡したのは、綺麗に畳まれた紺色のパジャマだ。

    「あまり着ていないのでほとんど新品ですよ。陸に来た最初の頃に買ったのですが、こちらの方が楽なので、つい」

     とスウェットを引っ張って見せる。
     こちらで少し待っていてください、シャワーも使うならどうぞ、タオルはあちら、水分補給もお忘れなく。テキパキと淀みなく指示を出し、最後にさらりと隙の無い笑顔で彼女に微笑みかけてから、あっという間に彼は部屋を出て行った。

     ハイ、と返事をするまもなく立ち去るその背中を見送りながら監督生は愕然とする。今のは、完全に余所行きの顔だ。やっぱり下品な女だと軽蔑されたに違いない。それでもいいと開き直って来たつもりだったのに、どうしようもなく辛かった。彼と同室のフロイドが不在と聞いて、「チャンスだ」と思ってしまった自分の軽率さに呆れて大きなため息を吐く。

     チラと視線を巡らせれば、よく手入れされた部屋だった。きちんと揃えられた靴や帽子、きっちりと整えられたベッド、そして壁際に並んだテラリウム。普段はこの椅子に座るんだろうか、それともベッドの上?部屋のもう半分、フロイドのスペースも綺麗に整えられてはいるが、ベッドの下から何かがはみ出しているのが見える。部屋に入る前、十秒待ってくださいと言って片付けていたのはこれかもしれないと思い至って頬が緩む。あぁ許されることなら、もっと甘酸っぱい感情でこの部屋に足を踏み入れたかった。

     しかし、と監督生は現実に目を向ける。パジャマを手渡されたと言うことは、ここを追い出すつもりはないのだろう。いつまでも部屋の真ん中で突っ立っていても仕方がないので、ともかくジェイドの申し出に甘えてシャワーを借りることにした。
    「僕はアズールの部屋で寝ますから、どうぞご自由に」とかなんとか言って、ここにはもう戻って来てくれないかもしれないという考えが一瞬過ぎったが、頭を振って忘れる。

     ◇

     一方のジェイドは、部屋を出るや否や真っ直ぐキッチンに向かって湯を沸かしていた。ゴウゴウと過剰なほど燃え盛る火を眺めて細く長く息を吐き、泊まりたい、というのは一体全体どういう意味だろうと考える。
     自分たちが仮にも恋人同士であるということを踏まえれば、これは同衾の誘いだと捉えるのが一般的な場面。事実そう捉えたからこそ今ジェイドの心臓は柄にもなくドコドコと暴れ回っているわけだけれど、いや、怖い夢を見たから一緒に寝てほしいだとか、夜通し語り倒したいという誘いの可能性もあるかもしれない。自分は人間という種族の習性を捉え違えてはいないか…情けなく自問自答を繰り返すその思索は、やがて監督生との出会いの記憶に飛んでゆく。

     初めて彼女を見た時の印象は、そう、冴えずつまらない人間というただそれだけだったはずなのだ。NRCに在籍しながら魔法も使えず、自己主張もできず、おまけに問題解決能力も欠如しているように見えたちっぽけな異分子。しかし日が経つにつれてこの世界に順応していく彼女を見るうち、フロイドやアズールといる時とはまた違う高揚感を感じるようになった。二年前、海の世界から陸上へと大きな変化を乗り越えているジェイドだったけれど、それは生活様式的な変化が主であって、文化や常識の基礎となる部分に大きな違いはない。その枠をさらに超えて、全く知らない世界の香りを漂わせる彼女といるのは、シンプルに楽しかった。

     図書館の裏手で他寮の人間にしつこく言い寄られる姿を見て、燃えるような怒りを感じたあの日。思わず割って入って「僕の恋人に何か御用ですか?」なんて、我ながら随分と恥ずかしいことを言ったものだ。

    「ジェイド先輩、今の、あの、冗談ですか…?」
    「本気だと言ったら、お付き合いしていただけますか?」

     あんまりロマンチックではないが、とにかくそれが二人の始まり。
     そうして手の一つも繋げないまま一か月半が過ぎた今日、彼女が部屋にやってきた。恋人同士という関係になった以上、この日がいつか来ることはわかっていた。本当は1歩1歩ステップを踏まなければいけないことも理解していながら、珍しく怖気づいたジェイドは考えることを放棄していたのだ。
     あんな始まり方じゃ、本当は、好かれていないかもしれないなんて。

    「どうしてしまったんでしょうね、僕は」

     本当に、自分が自分でないようで、心から面白い。
     そして、あぁ彼女も、一定量の愛情を持って自分を受け止めてくれていたらしい。その事実はジェイドを如実に浮き足立たせている。しかし、と改めて思案顔。

     問題はもう一つあるのだ。種族間の身体構造の違い。もっと明け透けに言えば、人魚であるジェイドは人間とセックスができない。
     もしも彼女の望みが”そう”であるなら、道具を使うとか魔法で誤魔化すとか、思いつく手段はいくつかある。けれど……改めて想像してみたそれらがなんだか酷く不恰好で不誠実なことのように感じて、ジェイドは正直に話すべきだと心を決めた。

    『戻って良くなったら、連絡をください』

     ♢

     オクタヴィネル寮のシャワールームには、全面、紺色のタイルが貼られている。

     波打つランプシェードから溢れた柔らかな光が弧を描くそこはまるで海の中みたいで、海底に沈むこの寮にぴったりのインテリアだ。オンボロ寮ではついぞ見たことのない高級そうなシャンプーやボディーソープのボトルは美しく、どれもいい匂いがしたものだから、監督生は暫し時を忘れて随分楽しいバスタイムを過ごした。

     しかし風呂から上がればまた現実がズイと肩の上にのしかかるし、おまけにドライヤーが見つけられない。オロオロと部屋に戻り、スマホのメッセージを読んでジェイドにSOSを飛ばす。

    「すみません、いつもは魔法で乾かしてしまうもので。」

     戻ってきた彼はそう言いながら監督生を椅子に座らせて器用な手つきでマジカルペンを操った。暖かい風が音もなく溢れて頬を撫で、地肌を滑るジェイドの指の感触に全身の神経が占拠される。気持ちがいい。目を細めるほどの幸福はしかし、往々にして長続きしないものだ。

    「監督生さんは、僕とセックスがしたいですか」

     その唐突な問いかけに監督生は思わずあんぐりと口を開けてジェイドを振り仰いだ。

    「……失礼。あまりにも不躾な聞き方でしたね。」
    「ハ、いぇ」
    「あなたが今日、ここにきた目的を僕が勘違いしていないか、確認させていただきたくて」
    「、」

     あ、う、と視線を泳がせたきり、ウンともスンとも言わずに再び正面に向き直ってしまった彼女の耳が真っ赤に染まっているのを見たジェイドは、その態度を是と取って話を先に進めることにする。

    「人魚である僕たちが、この姿を手にするために変身薬を飲んでいるのは勿論ご存知ですね」
    「…はい」
    「では変身薬には色々と種類があることは?」
    「あ…!それ、ずっと気になってました」

     禁制と言われる変身薬を、一部の種族の生徒たちは日常的に飲んでいる。恥ずかしさで縮こまっていた監督生はやっと興味の先をこちらに向けた。

    「調合・所持が厳しく管理されている変身薬というものは、頭の先から爪の先まで、それこそ細胞レベルでその人の全てを作り替えます。別の生物になったり、全くの別人になり済ますことも出来てしまいますから禁制とされているわけです。僕たちが飲んでいるのはもっと軽く、変身薬の中でも"擬態薬"と呼ばれるものです。」
    「ギタイ」
    「そう、擬態です。僕たち、外見だけはそっくり人間に似せていますが、表面から見えない部分、例えば内臓なんかは人魚のままなんです。つまり生殖器官についても、その」

     反射的に彼女の視線がチラッと下半身に向いたのを見逃さないジェイドが「いえ、物理的にあることはあるんですけど」なんて言うものだから、監督生は思いっきり吹き出す羽目になった。二人してひぃひぃ笑っているうちに、こわばっていた気持ちが全部どこかへ飛んでいってしまう。

    「ふふふ、でもね、監督生さん。今はこういう時代ですから、異種族との交配を想定した擬態薬とか、色々と手はあるんです。でも今日は、すみません。」
    「ハァ可笑しい。じゃあ今日は、ウツボ式にしませんか?」
    「ウツボ式?」
    「はい、難しいですか?よかったら教えてください、ウツボの愛し方」

     キラキラした瞳で見つめられ、全くこの人はこれだから、とジェイドは何故だか泣きそうな気持ちになった。

     ◇

     ではそういうことでと大仰に握手をかわし、とにかく二人並んで歯を磨く。

     それから先に監督生をベッドにあげたジェイドは、さて、と思案した。パジャマの下は大きすぎてずり落ちてしまったのでと言ってシャツ一枚をワンピースのように着た監督生に倣い、身につけていたスウェットを下だけ脱いで丁寧に畳んで机に置く。それから部屋の照明を消して、一度点け、極々小さく絞って、そうしてようやく、ベッドに上がった。

    ───そういえばせっかくお湯を沸かしたのに、お茶を入れるのをすっかり忘れていましたね。

     こんな時に、否、こんな時だからこそなのか。随分どうでもいいことが頭によぎって、おや、自分も存外に緊張しているのだなと思う。掛け布団を持ち上げてそっと彼女の横に滑り込めば、双方剥き出しになった足が、すり、と触れ合う。じんわりと暖かく、くすぐったいような気持ちがした。

     ウツボの性交はシンプルだ。寄り添って肌をすり合わせる、ただそれだけ。そもそもがあくまでも繁殖行為であって、愛情表現だとか快楽を求めるだとかそう言ったニュアンスはなく、それに比例してあまり強烈な性的衝動というものは無い。無いはずなのだけれど。

    「ね、退屈でしょう」

     そんな軽口を叩きながら、内心、鼻腔を犯す彼女の肌の匂いに頭がクラクラしている。

    「この間、手を繋いだときはもっと冷たかったから覚悟してたんですけど」
    「僕だって、それなりに興奮はしていますから」

     ニコリと冗談めかして笑って、でもそれは嘘偽りのない本音だ。あぁこれは本当に、思ったよりずっと。どうせならもっと。

    「キスを、してもいいですか」
    「…キスは出来るんですか?」
    「…見たでしょう?僕はウツボそのものじゃなくてウツボの人魚なので、口はあります。」

     口はあります、だなんて随分ロマンチックじゃなくなってしまったなと内心考えながら、ちゅ、と軽くキスをした。触れるだけのキスを何度か、それから彼女の唇をそっと舌で撫でると、ふ、とも、は、とも取れない息が吐き出される。その瞬間、心臓が爆ぜたかと思うほどの衝撃に、全身の肌が粟立った。
     それからはもう夢中で、ジェイドは監督生とキスをした。半分起こした上半身で彼女をベッドに縫い付けて、何度も何度も角度を変えて。柔らかな唇と、その先の舌の甘さ。んん、と彼女の鼻から抜ける息がもっともっとと彼を煽る。二人の距離が再び離れる時にはジェイドの息はすっかり上がってしまったけれど、ずっと彼にのしかかられていた監督生に比べれば大したことはない。頬を真っ赤に染めて浅く息を吐く彼女は、今にも泣き出しそうだった。

    ───ッ。

     グゥと喉が鳴る。別に泣かせたいわけでも無いのに、瞳をうるうると揺らすその小さな水面から目が離せない。何かに追われるようにずっと気が急いていた。涙を浮かべるまなじりに一直線に吸い付き、耳から首へかけての滑らかなラインに舌を這わせれば監督生の身体がビクビクと震えて、とてつもなく官能的だ。その姿はジェイドを大いに昂らせ夢中にさせた。次へ、その先へ、キスを降らせながら辿り着いたのは彼女の肩。嫌イヤと身を捩らせるその動きに合わせて大きく肌蹴たシャツからチラチラと揺れるその眩しい肌色に、本能がジェイドの理性を振り切った。真っ白な視界。と、彼女の身体が一層大きく跳ね、悲鳴とも快感を逃す声とも判断のつかない声が溢れる。待ってッ、と肩を押されたところで、ジェイドはやっと我に返った。

    「す、みません、僕としたことが、」
    「…いえ」

     その肩にくっきりと残るのは自身の鋭い歯の跡だ。噛んだのか、僕が。どうしようもない罪悪感に襲われる一方で、気持ちよかったです、と消え入るような声で言われて、人間として交われないことが、下腹部で沸きたつ精を吐き出せないことが、どうしようもなく苦しくて、辛くて、頭がおかしくなりそうだった。

     全てのままならない気持ちを込めて、慢心の力で、というのは無理があるが、とにかく最大限の優しさと激しさでもってジェイドは彼女を抱きしめた。監督生は、んん、と声を漏らして、ビクビクとまた身体を痙攣させる。

     二人の初めてのセックスは、こうして終わった。

     ◇

    「……次はちゃんと、準備をしておきます」

     監督生を腕の中に閉じ込めたジェイドが頸に額を寄せてそう囁いた時、彼女は痺れる頭で、充分だ、と思った。ヒト式のセックスは叶わなかったけれど、この温もりと幸せを噛みしめて、それで一生、生きていける。

    「ジェイド先輩、私、今幸せです」

     目を細めたジェイドが、僕も、と答える前に、監督生は言った。決意が揺らがないうちに。

    「帰るんです。元の世界に、もうすぐ。だから今日、ここにきました。」
    「…え?」

     部屋の温度がスッと下がったように感じた。
     そう、ですかと呟いたジェイドの声はかすれて宙に消え、お互いにもう何も言わず、ただ寄り添って眠った。

     噛まれた肩だけがただ、ズキズキと痛かった。





    一週間後、監督生が元の世界に帰る日。

     魔法も使えない"ただの人間"に救われ癒された面々が、少なくない思い出を抱えて鏡の間に集っている。オクタヴィネルの三人は、姿を表さなかった。
     賑やかに、しみじみと、ぶっきらぼうに、泣きながら。皆と思い思いに別れを惜しむ時間は和やかに過ぎ、ついに

    「監督生さん、そろそろ」

    と学園長が促す。はい、と鏡の前に進み出た監督生は、恐々とその正面に立った。

    「…大丈夫なんですよね?」
    「嫌だなァ、危険なんてありませんよ。多分」

    この人は本当に、と呆れて笑えば気が抜けた。いよいよかぁと言いながら改めて皆に向き直った監督生が深々と頭を下げる。万感の思い。

    「本当にみなさん、お世話になりまし」

    た、の文字と同時に、バァン、と入り口の扉が大きく開く。
    驚いて顔をあげた監督生の視線の先には、フロイドとアズール、そして、大好きなジェイドが立っていた。

     ◇

     最後に顔が見られて、良かったのか悪かったのか。胸いっぱいに広がった切なさと寂しさは、しかし次のセリフでザァと引いていった。

    「監督生さん、僕、”想い出”の対価をまだいただいていません」

     想い出の”対価”。
     監督生は無意識に、先日噛まれた箇所に手をやった。もう治ったはずの傷が、もしかしたらそのもっと奥の心が、ズキリと痛む。

    「……何を、ご所望ですか」

     情けなく震えた声で発したその問いに、「そう難しいことじゃありません、あぁそんなに構えないで」と前置きした彼の呆れるほど穏やかなその笑顔を、彼女は生涯忘れることはないだろう。


    「貴方の今後の人生を、全て。」




    ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー


    ※ 本当は〆に入れたかったやり取り


    「貴方うちの従業員から"想い出"を巻き上げたそうですけれど。対価のお支払いがお済で無かったかと」
    「対価?いえ、あれは、そういうものではなくて…」
    「おやおや、お支払いいただけない?契約違反をした方がどうなるか、あなたもよくご存じのはずでしょう?」
    「…そうだとしても私にはもう、渡せるものなんて何もありません」
    「アハ、ウケる。ジェイドが欲しいのは~小エビちゃんの人生だよ」
    「…え?」
    「僕はもう人魚で無くなりました。海には帰れない。もし貴方が対価の支払を断れば…どうしましょうね?ここであなたを殺して、僕も後を追って死ぬだけです。」

     お嫌ですか?尋ねる声音はどこまでも優しく、目にいっぱい涙を貯めた監督生はその胸に縋りつく。断る理由なんて、どこにもなかった。
     ワッ、と熱狂に包まれる鏡の間に、アズールの声が朗々と響く。

    「さて、思い出の対価については引き渡しが完了したようですが、僕の優秀な右腕と」
    「俺の素敵なキョウダぁイ」
    「を奪ったことに対する対価のお話をしましょうか」

     ……そっちも?
     ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべるアズールとフロイドの姿に、ヒク、と監督生は口角を引き攣らせてジェイドの服の裾をそっと握る。その光景に目を細めた二人はふわと表情を柔げて言った。

    「取り立てについては暫しの猶予を差し上げます。無一文の貴方から取り立てるなんて酷いこと、慈悲深い僕にはとても出来ません。……精々、準備なさるんですね」
    「ぜってぇそっち遊びに行ってやっからね、ジェイド」


    ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー


    おそまつさまでした m(._. )m
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