《 偏愛 》「ジェイド先輩が泊まりに来てる日は、なんだか安心して眠りが深くなっちゃうみたいなの。」
そんな惚気にあてられてうんざりした顔をしたのは、エースだったかデュースだったか。
◇
深夜二時。監督生がむくりと身を起こす。
"ジェイド先輩が泊まりに来てる日"なのに、目が覚めちゃった。寝起きで靄がかかったような頭をゆるりと振ると、しんと静まり返った部屋の中、すうすうと規則的な寝息が響く。
左隣に顔を向ければ、月明かりの中、ジェイドが無防備な姿を晒している。僅かに上下する胸、時折ぴくりと震える瞼。そこにあるのは命の気配。
──今なら、この人を殺せるかしら。
唐突に、しかしはっきりと。何故そんな思考に陥ったのか、夜の闇に唆されたとしか思えない。そっと首筋に手を掛ければ血管がドクドクと脈打つのを感じる。
彼は、目を覚まさない。
多くの人から恐れられる男が自分にだけは隙を見せるというその事実に、腹の底から沸き上がる歪な優越感。性的な興奮にも似た感情は監督生の身体中を駆け巡って、全身の血液を沸騰させた。
瞼の下の美しい瞳、形のいい唇、私を呼ぶ優しい声、大きな手、長い腕、貴方の全てを独り占めにしたい。
ずっとここにいて、私だけを見て欲しい。二人でいい。二人だけがいい。
浅ましい欲望が痛いほど膨れ上がるにつれ、ぎりぎりと喉に食い込む指先に際限なく力がこもる。手のひらから伝わるひんやりと滑らかな肌の感触は目眩がするほど官能的だ。
あぁ、あまりの愛しさに、心臓が、破裂してしまいそう。
その時、ぐ、とジェイドの喉が音を立て、はっとした少女は慌てて手を引っ込める。
自分の中に渦巻く激情に怯えたように唇を噛むと、誤魔化すように彼の額に口づけを一つ。そしてベッドの端に横たわり、自身を抱えるように小さくなってぎゅっと目を閉じた。
この美しい人魚が私のもとから泳ぎ去るようなことがあれば、その時は。
◇
入れ替わりに男がパチリと目を開ける。
瞼を縁取る睫毛の揺らめき、ふっくらとした頬、可憐な唇、呼吸に合わせて上下する小さな身体。
よく眠れなくて。そう言う彼女の食後の紅茶に睡眠薬を入れ始めたのはいつからだったろうか。慣れない生活の中でせめて自分といる時くらい心地よく休んでもらいたいという慈悲の気持ちが少し、存分にこの愛しい番を眺め回したいという邪な気持ちが大半。
いつもの光景。見慣れた彼女の寝姿は、しかしいつまでもジェイドの心を掴んで離さない。
けれど、あぁなんということだろう。
ちょっとした好奇心だったのだ。見る者と見られる者が逆転したら?夜中に目覚めた貴女は、一体どんな行動を取るのか。
それは、あまりにも鮮烈な展開だった。
微かな衣擦れの音と、頸部への突然の圧迫感。首筋にかけられた手は燃えるように熱く、刻々と強くなる力に比例して自身を襲う息苦しさ。目を閉じたまま感じる、彼女の震える指先と荒い息遣いのなんと甘やかなこと!
日頃楚々とした彼女が見せる強烈な執着は、身震いするほどジェイドの心を満足させた。それはもう、満たして、溢れて、気を抜いたら大声で笑い出してしまいそうなほどに。
──えぇ、あなたにならいつだって。
どうかもっともっと、取り返しのつかないほど僕に溺れて、どこにも行けなくなればいい。