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    いなばリチウム

    @inaba_hondego

    小説メイン
    刀:主へし、主刀、刀さに♂
    mhyk:フィガ晶♂
    文アル:はるだざ、菊芥、司♂秋
    文スト:織太

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    いなばリチウム

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    2月月刊主へし
    webイベント先行公開▶︎アフター用

    近侍「新しい刀の収集ですか」

     心なしか、ひやりと冷たさを帯びたような声が背中に刺さる。

    「そうみたいだな」

     俺が手にしているのは近いうち全ての審神者を対象とした確定任務の知らせで、これまでも何度かそうであったように、江戸城潜入調査で新しい刀が手に入る、というものだった。その資料を捲りながら近侍の視線をひしひしと感じている。ちらりと振り返るとすぐに目を逸らすが、見ているのはバレバレだ。大体の情報は分かったので資料を机に置き、俺は長谷部の方へ振り返った。あ、また目逸らした。

    「……長谷部、分かっていると思うが」
    「はい」

     この説明をするのももう何度目だろうか。新しい刀が来る度に、俺は近侍の長谷部を前に同じことを言い訳のように繰り返している。

    「近いうちに、江戸城への潜入調査任務が命じられることになる。小烏丸や日光一文字の時もそうだったが、鍵さえ集めれば確定報酬みたいなもんだから、うちの本丸に迎えられるのは間違いない」
    「はい」
    「新しい刀が来るってことは……」
    「俺を近侍から外す、ということですよね」
    「一時的に! 一時的にな。部屋割のことも相談したいし、ある程度本丸に慣れるための手ほどきは俺から直接してやりたい。今まで通りに。……分かってるよな?」
    「はい。その為に俺を近侍から外すんですよね」
    「一 時 的 に な ?」

     説明をしている間も終始眉間に皺が寄っているのを、本人は気付いていないのだろうか。思えば初めて近侍を外す、と告げた時はこの世の終わりを告げられたくらい真っ青になっていたから、その時に比べればまだいい方だが……。

     審神者になった当初、近侍は交代制にしていた。顕現させた刀は少なかったし、負担を分散させる意図もあった。刀が増えてからもほとんど惰性的にそれは変わらず、しかし、不都合なども時折あった。内番と同じようにある程度の周期で近侍の役割が回るようにしていたものの、刀が増えれば一周が終わるのには時間がかかる。回ってはきたものの該当の者が長く手入れ部屋に入っていたりだとか、前に近侍をした時と勝手が変わっていて混乱したりだとか、まあ色々だ。よその審神者にそれとなく相談してみれば、そもそもうちみたいな本丸の方が珍しいようだった。近侍は固定だとか、あるいは決まった数人で回しているとか。そっちの方が効率がいいかな、と思った時に偶然近侍だったのが長谷部だ。そういえばうちの本丸では古株だし、近侍にしていて困ったことは思い当たらない、と感じて、まずは試しに固定にしてみるかな、と考えた。
    『近侍、固定にしようかと思うんだけど、長谷部はいい? 明日も』
     試しに、という言葉は続かなかった。明日も、と口にした途端長谷部の顔がぱっと分かりやすく輝いたからだ。え、と戸惑って、同時にきゅんとしたのもその時だったりする。お前、そんな顔できたのか、というか、そんな可愛かったのか、とか。もっともそれは一瞬のことで、すぐにいつもの得意げな笑顔になった長谷部は、『もちろんです』と胸を張った。
    『主の、思うままに』
     そう、畏まって頭を下げられて……あれからもう、何年経っただろうか。もちろん、かと言って永久に近侍を任せるわけがなく、非番だとか遠征の関係で組み替えることはあるものの、それだって長谷部は実に不満たらたらな顔で毎回無駄な抵抗をする。いや、抵抗ではないか……嫌だとは絶対言わないあたりたちが悪いんだよな。

    「お前って、ほんと近侍にこだわるよなあ」

     やれやれと溜息交じりに言うと、ぎゅっと皺が寄っていた眉毛がぴくりと持ち上がる。

    「主の俺が言うのもあれだけど、近侍ってそんなにたいそうなものじゃないでしょ。特別手当が出るわけじゃないし、得なこともあるとは思えない。偉い役職ってわけでもないし、本当にただの当番みたいなもんじゃん。言ったら馬当番、畑当番みたいなさ。近侍とか、耳あたりがいい言葉にしてるけど、主当番って感じ? そんなにこだわりたいもの?」
    「……主はそうお思いかもしれませんが、じゅうぶん特別です、近侍は……」
    「わかんないなあ」

     なんなら、そこが一番わからない。だって、

    「お前、俺の恋人でしょ」

     書類を机の端に追いやって、今日の”審神者”はもうおしまいモードだ。じい、と長谷部の顔を見れば、眉間に寄っていた皺はなくなって、代わりにへにゃりと情けなく下がっている。
     長谷部との関係が主従のみにおさまらなくなったのは、近侍を固定にしてから間もなくだった。あれ、長谷部って、こんな風だっけ、という戸惑いや気付きはどんどん増えて、そこが愛おしいと思うようになるのに時間はかからなかったし、長谷部の方も俺を憎からず思ってくれていると分かり、言葉以外でそれを確かめ合うことも数えきれないくらい、何度か。それなのに。

    「恋人以上に特別なことなんて、ないと思うけどなあ」
    「そ、それはそれ、これはこれ、です」
    「そういうもん?」
    「そういうものです」

     きりっ、みたいな顔で俺を軽く睨む長谷部だけど、俺の方はもうすっかり面白くなってしまって、拗ねている長谷部をにやにやしながら眺めている。実はこのやり取りも一度や二度ではなかった。お互い、半ば流れを分かっていながら拗ねたり言い訳したりしてるところはあるよな。これも間違いなく、恋人同士ゆえの特権だとは思うけど。

    「まあ、でもとりあえず近侍交代は決定ね。そろそろ夕飯だからこの話はおしまい」
    「主、俺は、」
    「今夜さあ、予定なかったら、俺の部屋に来てくれる?」
    「……」

     拗ねてる長谷部も可愛いし、何度でも同じやり取りを俺はしたいけど。

    「なあ、こんなこと、近侍には絶対言わないよ」

     駄目押しのように付け加えれば、そこにはもう拗ねていた近侍はいない。ただ、恋仲のへし切長谷部が真っ赤な顔で小さく頷くだけだった。



    おわり
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    Replies from the creator

    いなばリチウム

    TRAININGhttps://poipiku.com/594323/10668650.html
    これの続き。騙されやすい審神者と近侍の長谷部の話。
    だまされやすい審神者の話2 疎遠になっても連絡をとりやすい、というタイプの人間がいる。

     それがいいことなのか、はたまたその逆であるなのかはさておき、長谷部の主がそうだった。学校を卒業し、現世を離れてから長いが、それでも時折同窓会やちょっとした食事会の誘いがあるという。ほとんどは審神者業の方が忙しく、都合がつかないことが多いけれど。今回はどうにか参加できそうだ、と長谷部に嬉しそうに話した。
     もちろん審神者一人で外出する許可は下りないので、長谷部が護衛として同行することになる。道すがら、審神者は饒舌に昔話をした。学生の頃は内気であまり友人がいなかったこと、大人しい自分に声をかけてくれたクラスメイトが数人いて、なんとなく共に行動するようになったこと。卒業する時に連絡先を交換したものの、忙しさもありお互いにあまり連絡はしていなかったこと。それでも年に一度は同窓会や、軽く食事でもしないかという誘いがあること。世話になっている上司を紹介したいと何度か打診され、気恥ずかしさはあったものの、紹介したいと思ってもらえることは嬉しかったこと。今回やっと予定が合い、旧友とその上司に会えること。
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