続続・社畜審神者と近侍の長谷部 アラームが鳴る気配がして、跳ね起きた。
「っ、わ、いま、時間…っ」
慌てて電子端末を見る。五時半。まずい、寝すぎたかも。外はまだ暗いが始発はもう出てる時間だ。慌ててベッドから降りようとして、俺は布団の上でバランスを崩した。
「……?」
布団だ。ベッドじゃない。夢か、寝ぼけてるのか? 天井も見慣れた灰色じゃなくて、やけに広い。住み慣れたワンルームじゃない。寝坊した、と思って心臓はばくばくしているのに、まだ夢の中のような不思議な感覚だった。え、あれ、と混乱していると、傍らでむく、と影が起き上がった。
「あるじ……?」
眠そうに目をこすりながら、近侍のへし切長谷部が体を起こしている。近侍。そうだ。ここは現世じゃない。本丸だった。
「ごめん、起こして……寝ぼけてたみたいだ」
「……まだ、思い出しますか?」
「うん……」
思い出す、というより体に染みついてしまっている、と言った方が正しい気がする。枕元にある電子端末は政府から支給されたもので、元々持っていたものじゃない。もうあの着信音が響くことはないし、満員電車に押し込められることも、意味があるのかないのか分からない書類仕事をすることも、上司の嫌味を聞くこともない。そんな生活を始めてもう一年近く経とうとしているのに、相変わらず月に一、二度はこんな風に飛び起きてしまう。飛び起きる度に、近侍である長谷部が痛ましそうに俺を見る。俺がまだこんな風だから、本丸にいる間はほとんど傍を離れないのだろう。早く何の心配もかけない主になりたい。
「手が、冷えてしまってますね」
「う、ん……」
そうっと重ねられた長谷部の手は俺よりいくらか温もりがあった。気付けば歯を食いしばっていたみたいで、顎のあたりが痛い。それも見通しているように、ぬくい手が顔に伸びて、ぐり、ぐり、と優しく揉み解した。なんだかくすぐったい。けれど、手を握られて、触れられて、あんなにばくばくしていた心臓は徐々に落ち着き、瞼も重くなっていった。本丸に来てからは起床時間も三時間以上は遅くなっていたんだから、こんなに薄暗い内には眠いのも仕方ない。長谷部にされるがまま再び布団に潜り込む。俺はうとうとしながら、今日も隣で俺が寝付くまで寄り添ってくれる近侍に言う。
「おまえ、また勝手に俺の部屋入ったの……?」
答えなかったのか、俺が答えを聞く前に寝落ちてしまったのか、返事は分からないままだった。
おわり
【蛇足】
審神者(アラサー)
一年ほど前に仕事を辞めて専業審神者になった。
長谷部のことは普通に好きだし好きって言ってるけど別に恋仲とかではない。
細かいことはあまり気にしないし流されやすい。
2025/7/3