だまされやすい審神者の話2 疎遠になっても連絡をとりやすい、というタイプの人間がいる。
それがいいことなのか、はたまたその逆であるなのかはさておき、長谷部の主がそうだった。学校を卒業し、現世を離れてから長いが、それでも時折同窓会やちょっとした食事会の誘いがあるという。ほとんどは審神者業の方が忙しく、都合がつかないことが多いけれど。今回はどうにか参加できそうだ、と長谷部に嬉しそうに話した。
もちろん審神者一人で外出する許可は下りないので、長谷部が護衛として同行することになる。道すがら、審神者は饒舌に昔話をした。学生の頃は内気であまり友人がいなかったこと、大人しい自分に声をかけてくれたクラスメイトが数人いて、なんとなく共に行動するようになったこと。卒業する時に連絡先を交換したものの、忙しさもありお互いにあまり連絡はしていなかったこと。それでも年に一度は同窓会や、軽く食事でもしないかという誘いがあること。世話になっている上司を紹介したいと何度か打診され、気恥ずかしさはあったものの、紹介したいと思ってもらえることは嬉しかったこと。今回やっと予定が合い、旧友とその上司に会えること。
そんな昔話を、長谷部は審神者の傍らで思い出していた。
「そういうわけで、お前には先生の支援をして欲しくてさ、政府側に支援者がいれば、心強いというか」
「すまないね、初対面でこんなことを頼んでしまって。しかし、君にとっても悪くない話だから」
先程から似たような話を繰り返す男達と、それを困ったように曖昧に笑って何度か流している審神者の傍らで、思い出していた。
彼らと合流したのは一時間程前で、挨拶もそこそこに、審神者の旧友だという男が、隣に座る壮年の男、”先生”がいかに素晴らしいか、人を率いるべき人間であるかを説き、その魅力を分からない人間達は愚かであり、それを正すのが自分の、自分達の役目であると熱弁した。最初は「そういうことはしていないので」とやんわり断った上でどうにか昔話に話の軸を戻そうとしていた審神者も、相手の勢いに負けて段々元気がなくなっていき、今や「なるほど」「そうかもしれませんね」と曖昧に相槌を打つだけの人形となっていた。彼らは何度も審神者に【支援】【協力】を求め、審神者の首を縦に振らせようとしている。
しかし、話が三周目に入ったところで、グラスをテーブルに置いた。僅かに顔を傾けて長谷部を見たので、立ち上がり、荷物と上着を持つ。男たちはきょとんとしていたが、審神者が「帰ります」と遅れて立ち上がると急に慌てた。審神者の肩を掴もうとする手を長谷部が遮ると、一瞬怯んだものの、苛立ちをにじませた声で「なあ、友達だろ、冷たいんじゃないか」と睨んだ。
「……友達だから、話を聞いた。それでじゅうぶんだろう」
「っ、あのな、俺にも立場ってものが」
続く声は小さかった。その後ろで、壮年の男は深い溜息を吐くと、男の肩がびく、と揺れる。審神者は懐の財布から何枚か紙幣を出すと、男に押し付けるようにして渡し、それで今度こそ背中を向けた。
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「……少し、歩こうか」
冷たい風が吹きつけたが、審神者がそう言ったので、長谷部に断る理由はなかった。元々ここにくるまでも本丸から店に直接通り道を繋げず、話しながら歩いた道だ。
「なんか、またかあ、って感じだね」
ゆっくり歩きながら、審神者は自嘲気味に零した。
旧友に呼び出される。指定された店に赴く。そこには呼び出した本人の他に一人、場合によっては二、三人見知らぬ他人がいて、今日のように何らかの支援を求めたり、骨董品を売りつけようとしたり、とにかく、審神者の想像していた再会の場にはならなかった。そして、まるで示し合わせたかのように彼らは「友達なのに」と、立ち去る審神者を詰るのだ。
「俺、人を見る目がないのかなあ」
ぽつり、ぽつりと審神者は呟く。
「良い、友達だと思っていたのになあ」
声は少し、震えていた。同じことを繰り返して、それでも審神者は期待して、長谷部を伴って現世を訪れていた。長谷部は何度も、寂しそうな背中を見た。
「主」
少しの沈黙を挟み、呼びかけると、審神者はすっかり消沈した顔をで振り返る。
「俺が、」
言いかけてから、長谷部は言い直した。
「俺達が、いますよ」
審神者は寂し気に笑った。
「そうだね」とだけ返して、前を向くと、もう振り返らなかった。