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    いなばリチウム

    @inaba_hondego

    小説メイン
    刀:主へし、主刀、刀さに♂
    mhyk:フィガ晶♂
    文アル:はるだざ、菊芥、司♂秋
    文スト:織太

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    いなばリチウム

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    両片思いへしさに
    推し色コーデに否定的だったけど出先でうっかりへしみのある下着を買ってしまった女審神者の話

    推し色を身にまとって 誰もかれもがチャラつきすぎている! と審神者は思う。
     好きな、もしくは推してる男士をイメージした文具だの小物だのを持つのが流行ったところまではまだ許容できた。生活には彩りが必要だ。日頃使っている道具に好きな色が入っていると、忙しさにささくれた心が癒されることもある。
     しかし、やがて所謂そういった「推し男士カラー」なアイテムが売れはじめるやいなや、万事屋通りではちょっとした小物だけでなく、鞄や衣類といったあらゆる生活必需品にまでこれみよがしなカラー展開を広げた。なんなら小物は「貴方の好きな色でおつくりします」という売り文句で受注販売までしている。全く商魂たくましい、とも思うし、演練で会う審神者、万事屋ですれ違う審神者誰もかれもが見知った顔が浮かぶようなカラーリングの者を身に着けて、なんならそのカラーリング元の男士を携えていたり恋仲なのか腕を組みながら歩いているのを見ると、審神者はもう、イラァッとくるのであった。
     貴方達、チャラつきすぎではないですか? そこまで切羽詰まった状況ではないとはいえ、戦時中なんですけど? と。推し男士カラーを身に着けた審神者も、そのカラー本人である男士も満更でもなさそうにへらへらしちゃって。そりゃあ、二十四時間ピリピリしていても精神上よくないですけれど! 演練場でよく会う友人に「見て、これ、彼の瞳の色に合わせたの」と服の下に忍ばせた碧色の石が付いたペンダントを見せられたり「新調したお財布、外側は彼の髪色で内側は瞳の色にしちゃった。バレないかドキドキするけど、お財布を開く度に癒されるんだよね」などと堂々と惚気倒されればうんざりするいうものである。「気持ちは伝えられないけど、やっぱり好きだから、思い出せるようなものを身に着けていたいんだ……」じゃないから!彼、もう絶対気付いてるから!おたくの孫六さん、貴方がお会計する度に斜め後ろやや上から覗き込んでうっすら笑っていましたよ!早く告白しなさい!

     と、まあ半ば私怨も込みではあるものの、基本的には誰もかれも浮かれていて全く見てられませんというスタンスであった。が、かれこれもう三十分も、審神者はそんな自分のスタンスと、目の前にある生活必需品を天秤にかけ、うんうん唸っていた。

    「必要出費……新調しようと思っていたし……いやでも……あからさまかな……」
     視線の先にあるのは店先に【セール品!】という立札と共に置かれた上下セットの下着だ。そう特別な造りではない。サイズは審神者に合うものだし、そろそろ買い替えようか、と思っていた矢先だったので、普段ならラッキー! と購入を決めていた。しかし、その下着は、紫だった。紫に、金のラインがあしらわれ、胸の中心には同じく金のリボンが付いていた。本丸で待つであろう近侍の顔がよぎるが、すぐに振り払う。
    「これはただの紫の下着……」
     独り言と共に、手に取ってみる。セール品、と書いてあるが、新商品との入れ替えに伴ったものらしく、別に不良品などではない。
    「全然深い意味はない、ないからね」
     自分に言い聞かせながら、審神者はきょろきょろとあたりを見回しながらそれを手に取った。


     お包みしましょうか、という店員の言葉にも、買い物済んだ? という乱の言葉にも生返事で、結局本丸についてから審神者ははっと我に返った。気付けば玄関の前だ。
    「わ、私、一旦部屋に戻るね! ちょっと、あれ、確認したいものが色々、あれだから」
     わたわたと挙動不審になった審神者に怪訝な顔をしていた乱だが、深くは探られなかったのは幸いだった。買い物から戻ったらそのまま共同の洗面所で手を洗い、今日のお八つは何かな、と台所を覗くのがいつもの流れだったが、抱えた荷物の中身のせいでどうにも落ち着かないままだ。
     また後でね、と廊下で分かれ、こっそりと自室に戻る。廊下を部屋を隔てる襖もきっちり締め、審神者は姿見の前に立った。
    「ちょっと着るだけ、試着しなかったし、試すだけ……深い意味はない……」
     またも自分に言い聞かせながら、やはりこっそりと服を脱ぎ、買ったばかりの下着を身に着ける。
    (…………あ、あからさまだ……!)
     苦笑いをした自分と目が合った。肌に、紫と金はなぜだかよくなじんで見える。見慣れているせいかも、と思いつつも、存外悪い気はしなかった。ただ、誰かを連想させる色合いを身に着けるだけで浮かれる気持ちも、まあ分からないでもないな、と考えを改める。
    (下着なら別に、本人に見られるでもないし……)

     そう、思った瞬間だった。

     がらり、とタイミングをはかったかのように襖が開いた。
    「えっ?」
    「え、あっ?」
     手元の書類に目を落としていた近侍、へし切長谷部が、審神者に気付いて藤色の目を丸くする。予期せぬ事態に、審神者も固まった。しかしそれも、一瞬だった。
    「「うわーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?」」
     ふたりの絶叫が庭にこだまする。
    「も、もも、申し訳ございません!!」
     裏返った謝罪と共に今開けたばかりの襖をスパン!と締められ、襖の外では「何事だ?!」「敵襲か!?」「いや、あの悲鳴の感じはデカめの虫が出たと見た」などなど、好き勝手言う声がした。
    「なんでもない! なんでもないから! えっと、そう、中くらいの虫が出ただけ! もうどっかいった!」
    「そうだ! なんでもない! 散れお前達!」
     審神者は慌てて服を着ながら、長谷部は集まってきた刀達を追い返しながら息を整える。
    「……」
    「……」
     やがてあたりが静かになったものの、審神者は襖を開けられなかった。襖の向こうの長谷部も、立ち去ることはなくそこにいる。
    「あの、申し訳ございません……お戻りだとは思わず……いらっしゃらないとばかり……その、郵便物を置くだけのつもりで……」
     口を開いたのは長谷部だったが、声が段々小さくなっていく。普段の彼を考えればあり得ないことではあったが、そもそもいつもは買い物から戻れば大きな声で「ただいま~~~!!」を響かせる審神者であったので、致し方ないと言えた。いない間は自由に出入りしていいとも言っている。まだ襖越しではあったものの、何とか落ち着きを取り戻した審神者も答えた。
    「ごめん、私が悪いよね……お見苦しいものを……」
    「いえ! 見苦しくなど!」
     声と同時に、襖が勢いよく開く。顔が思った以上に近くにあって、審神者は思わず後ずさって、それから、
    「……見た?」
     と、小さく尋ねる。目が合った、と思う。この際下着姿を見られたことは別にいい。夏なんて下着に近い恰好でくつろいでいるときもあるし……ただ、あんなにもあからさまな色合いを本人に見られた事実の方が恥ずかしい。
    「いえ……」
     声は、か細かった。
    「……す、少しだけ、あの、でも、一瞬なので」
     見てるじゃん! 
     そうは思ったものの、審神者は何も言い返せなかった。頬も、耳も熱くなって、喉からはうまく声が出なかった。
    「そ、そっか」
     やっと、その一言が絞り出せただけで、一人と一振りはしばらく真っ赤になったまま佇んでいた。


     下着姿を見てしまったことが衝撃で、色までは見ていなかったと分かったのはそれから数年後、二人が恋仲になってからのことであった。


    おしまい
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    いなばリチウム

    TRAININGhttps://poipiku.com/594323/10668650.html
    これの続き。騙されやすい審神者と近侍の長谷部の話。
    だまされやすい審神者の話2 疎遠になっても連絡をとりやすい、というタイプの人間がいる。

     それがいいことなのか、はたまたその逆であるなのかはさておき、長谷部の主がそうだった。学校を卒業し、現世を離れてから長いが、それでも時折同窓会やちょっとした食事会の誘いがあるという。ほとんどは審神者業の方が忙しく、都合がつかないことが多いけれど。今回はどうにか参加できそうだ、と長谷部に嬉しそうに話した。
     もちろん審神者一人で外出する許可は下りないので、長谷部が護衛として同行することになる。道すがら、審神者は饒舌に昔話をした。学生の頃は内気であまり友人がいなかったこと、大人しい自分に声をかけてくれたクラスメイトが数人いて、なんとなく共に行動するようになったこと。卒業する時に連絡先を交換したものの、忙しさもありお互いにあまり連絡はしていなかったこと。それでも年に一度は同窓会や、軽く食事でもしないかという誘いがあること。世話になっている上司を紹介したいと何度か打診され、気恥ずかしさはあったものの、紹介したいと思ってもらえることは嬉しかったこと。今回やっと予定が合い、旧友とその上司に会えること。
    1820

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    PAST主くり編/近侍のおしごと
    主刀でうさぎのぬいぐるみに嫉妬する刀
    主の部屋に茶色いうさぎが居座るようになった。
    「なんだこれは」
    「うさぎのぬいぐるみだって」
    「なんでここにある」
    「いや、大倶利伽羅のもあるっていうからつい買っちゃった」
    照れくさそうに頬をかく主はまたうさぎに視線を落とした。その視線が、表情が、それに向けられるのが腹立たしい。
    「やっぱ変かな」
    変とかそういう問題ではない。ここは審神者の部屋ではなく主の私室。俺以外はほとんど入ることのない部屋で、俺がいない時にもこいつは主のそばにいることになる。
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    奥歯からぎり、と音がなって気づけばうさぎをひっ掴んで投げようとしていた。
    「こら! ものは大事に扱いなさい」
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    またそうやって自己完結しようとする。
    手を引っ張って引き倒しても大倶利伽羅はまだうさぎを握りしめている。
    ゆらゆら揺れながら細く睨みつけてくる金色がたまらない。どれだけ俺のことが好きなんだと衝動のまま覆いかぶさって唇を押し付けても引きむすんだまま頑なだ。畳に押し付けた手でうさぎを掴んだままの大倶利伽羅の手首を引っ掻く。
    「ぅんっ! ん、んっ、ふ、ぅ…っ」
    小さく跳ねて力の抜けたところにうさぎと大倶利伽羅の手のひらの間に滑り込ませて指を絡めて握りしめる。
    それでもまだ唇は閉じたままだ 639

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    なんだかよくわからないけどうさぎのぬいぐるみが気に入らない無自覚むらまさ
    「顔こわいんだけど」
    「……huhuhu、さて、なんででしょうね?」
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    「尻尾ならワタシにもありマスよ」
    ふわふわの丸い尻尾をつついていると村正が身体を捻って自分の尻尾をちょいちょいと触る。普段からそうだけど思わせぶりな言動にため息が出る。
    「そういう無防備なことしないの」
    「可笑しなことを言いますね、妖刀のワタシに向かって」
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    ちらっと横目で見てみると赤い瞳がじっとうさぎのぬいぐるみを見つめている。その色が戦場にある時みたいに鋭い気がするのは気のせいだろうか。
    「なに、気になるの」
    「気になると言うよりは……胸のあたりがもやもやして落ち着きません」
    少しだけ意外だった。自分の感情だったり周りの評価だったりを客観的にみているから自分の感情がよくわかっていない村正 828

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    PAST主くり
    リクエスト企画で書いたもの
    ちいさい主に気に入られてなんだかんだいいながら面倒を見てたら、成長後押せ押せでくる主にたじたじになる大倶利伽羅
    とたとたとた、と軽い足音に微睡んでいた意識が浮上する。これから来るであろう小さな嵐を思って知らずため息が出た。
    枕がわりにしていた座布団から頭を持ち上げたのと勢いよく部屋の障子が開け放たれたのはほぼ同時で逃げ遅れたと悟ったときには腹部に衝撃が加わっていた。
    「から! りゅうみせて!」
    腹に乗り上げながらまあるい瞳を輝かせる男の子どもがこの本丸の審神者だ。
    「まず降りろ」
    「はーい」
    咎めるように低い声を出しても軽く調子で返事が返ってきた。
    狛犬のように行儀よく座った審神者に耳と尻尾の幻覚を見ながら身体を起こす。
    「勉強は終わったのか」
    「おわった! くにがからのところ行っていいっていった!」
    くにと言うのは初期刀の山姥切で、主の教育もしている。午前中は勉強の時間で午後からが審神者の仕事をするというのがこの本丸のあり方だった。
    この本丸に顕現してから何故だか懐かれ、暇があれば雛のように後を追われ、馴れ合うつもりはないと突き離してもうん!と元気よく返事をするだけでどこまでもついて来る。
    最初は隠れたりもしてみたが短刀かと言いたくなるほどの偵察であっさり見つかるのでただの徒労だった。
    大人し 1811

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり

    おじさま審神者と猫耳尻尾が生えた大倶利伽羅のいちゃいちゃ
    猫の日にかいたもの
    大倶利伽羅が猫になった。
    完璧な猫ではなく、耳と尾だけを後付けしたような姿である。朝一番にその姿を見た審神者は不覚にも可愛らしいと思ってしまったのだった。

    一日も終わり、ようやっと二人の時間となった審神者の寝室。
    むっすりと感情をあらわにしているのが珍しい。苛立たしげにシーツをたたきつける濃い毛色の尾がさらに彼の不機嫌さを示しているが、どうにも異常事態だというのに微笑ましく思ってしまう。

    「……おい、いつまで笑ってる」
    「わらってないですよ」

    じろりと刺すような視線が飛んできて、あわてて体の前で手を振ってみるがどうだか、と吐き捨てられてそっぽを向かれてしまった。これは本格的に臍を曲げられてしまう前に対処をしなければならないな、と審神者は眉を下げた。
    といっても、不具合を報告した政府からは、毎年この日によくあるバグだからと真面目に取り合ってはもらえなかった。回答としては次の日になれば自然と治っているというなんとも根拠のないもので、不安になった審神者は手当たり次第に連絡の付く仲間達に聞いてみた。しかし彼ら、彼女らからの返事も政府からの回答と似たり寄ったりで心配するほどではないと言われ 2216

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    軽装に騒ぐ主を黙らせる大倶利伽羅

    軽装に騒いだのは私です。
    「これで満足か」
     はあ、とくそでかいため息をつきながらもこちらに軽装を着て見せてくれた大倶利伽羅にぶんぶんと首を縦に振る。
     大倶利伽羅の周りをぐるぐる回りながら上から下まで眺め回す。
    「鬱陶しい」
    「んぎゃ!だからって顔つかむなよ!」
     アイアンクローで動きを止められておとなしく正面に立つ。
     ぐるぐる回ってるときに気づいたが角度によって模様が浮き出たり無くなったりしていてさりげないおしゃれとはこういうものなんだろうか。
     普段出さない足も想像よりごつごつしていて男くささがでている。
     あのほっそい腰はどこに行ったのかと思うほど完璧に着こなしていて拝むしかない。
    「ねえ拝んでいい?」
    「……医者が必要か」
     わりと辛辣なことを言われた。けちーと言いながら少し長めに思える左腕の袖をつかむとそこには柄がなかった。
    「あれ、こっちだけ無地なの?」
    「あぁ、それは」
     大倶利伽羅の左腕が持ち上がって頬に素手が触れる。一歩詰められてゼロ距離になる。肘がさがって、袖が落ちて、するりと竜がのぞいた。
    「ここにいるからな」
     ひえ、と口からもれた。至近距離でさらりと流し目を食らったらそらもう冗談で 738

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    梅雨の紫陽花を見に庭へ出たら大倶利伽羅と会っていつになったらふたりでいられるのかと呟かれる話
    青紫陽花


    長雨続きだった本丸に晴れ間がのぞいた。気分転換に散歩でもしてきたらどうだろうと近侍の蜂須賀に言われて久しぶりに外に出る、と言っても本丸の庭だ。
    朝方まで降っていた雨で濡れた玉砂利の小道を歩く。庭のあちらこちらに青紫色や赤色、たまに白色の紫陽花が鞠のように咲き誇っている。
    じゃりじゃりと音を鳴らしながら右へ左へと視線を揺らして気の向くまま歩いて行く。広大な敷地の本丸の庭はすべて散策するのはきっと半日ぐらいはかかるのだろう。それが端末のタップひとつでこうも見事に変わるのだから科学の進歩は目覚ましいものだ。
    「それにしても見事に咲いてるな。お、カタツムリ」
    大きく咲いた青紫の紫陽花のすぐ隣の葉にのったりと落ち着いている久しく見なかった姿に、梅雨を実感する。角を出しながらゆったり進む蝸牛を観察していると、その葉の先端が弾かれたように跳ねた。
    「……うわ、降ってきた」
    首の裏にもぽつんと落ちてきて反射的に空を仰げば、薄曇りでとどまっていたのが一段色を濃くしていた。ここから本丸に戻ろうにもかなり奥まで来てしまった。たどり着くまでに本格的に降り出してきそうな勢いで頭に落ちる雫の勢いは増 3034