続・社畜審神者と近侍の長谷部電車が参ります。
ホームドアよりお下がりください。
電車が止まる。
電車と乗り場の間のホームドアが開く。人が流れ出し、吸い込まれる。閉じる。電車が動く。俺はホームに立っている。1歩、2歩と踏み出しても、線路に落ちることはできない。つま先がこつんと硬いドアに当たるだけだ。
お下がりください、とアナウンスが俺を咎める。
一、二歩下がって次を待つ。
電車が参ります。ホームドアよりお下がりください。
電車が止まる。最終電車です、お乗り遅れのないように、とアナウンスが急かす。
ドアの前で佇む俺に、最終電車です、と駅員も急かす。酔っ払いやくたびれた同類と共に、電車に乗った。
空いた席に深く腰掛けると、もう立ち上がれない気がしてくる。明日も会社に行きたくないな、と思うのに、頭は勝手に帰宅と始発時間から睡眠時間を計算している。
3時間、いや帰って布団に直行なら4時間は寝られるな、と考える。
ズキズキと痛む頭の中で、上司の罵声がまだ響いている気がした。怒るのが仕事と言わんばかりの罵声の嵐も、数年も続けば慣れてしまった。
最後に本丸にいったのはいつだったろうか。
そろそろいかなくちゃ、そう思いながらうとうとしていた。終電だから寝過ごすのはまずいと分かっているのに、瞼は重い。がくん、と落ちた頭が隣の人にぶつかる。
「っ、すみませ」
「いいえ」
穏やかな声だった。
「どうぞ、寄りかかってください」
優しい微笑を浮かべた長谷部が、自らの肩をそっと示す。
「お疲れでしょう、主」
「……いや、いいよ。悪いよ」
俺はどうにか首を振った。そうですか、と長谷部は残念そうに眉尻を下げる。違和感があったけれど、言及する元気はない。
ゴトトン、ゴトトン、と電車が走る音だけが響く車両で、長谷部のささやき声はしっかりと聞き取れた。
「本丸に帰りませんか」
「帰る?」
思わず長谷部の顔を見上げる。細めた紫の中で、くたびれた男がきょとんとしていた。
「現世に思い残すことでも?」
長谷部もきょとんとしたように首を傾げる。
「思い残すこと……」
あるよ、と言おうとして、言葉に詰まった。ある、あった、はずだった。そのために、毎日へとへとになっても働いていたはずだった。考えることを放棄して、働く理由があったはずなのに。
「ありませんよ、そうでしょう?」
囁きは優しく、甘やかだった。声と同じくらい優しく手を取られ、軽く引っ張られただけで、あんなに重かった体はすぐに立ち上がれた。
「帰りましょう。ね?」
「……うん」
いつの間に駅に着いたのか、電車は止まっていた。開いたドアから、外へ出る。
最終電車です。声が追いかけてきた。
お乗り遅れのないように。声は、遠のいていく。
おわり
【蛇足】
審神者(アラサー)
父親は3ヶ月前に死んだ
審神者を辞めさせるために存在する会社にも耐えられる異常者
会社がブラック過ぎてこんのすけと連絡が取れないことで有名だった