恋って変だ 地域の方から貰った差し入れの鯛焼きを一口食べて、感動したような顔をしていたから「それ好きなんですか?」って聞いたら。
「好き、ベシ」
真顔でまっすぐな視線に射抜かれた。
その瞬間に、体温が一気に上がる。
あれっ、ただ好きって言っただけなのに。
オレは深津さんのその言葉に胸を刺されて、固まってしまった。
なんか、いまのって、まるで。
「なんだベシ、沢北。やらないぞ」
そう言って食べかけの鯛焼きを守ろうとする深津さんに意識を戻され、オレはハッとした。
「…あは、あはは、そんな、いらないですよ。自分の分あるし」
ならいいベシ、と視線を戻した深津さんはもうオレの事を気にしていない。
よかったと胸を撫で下ろしてから、いやなんでオレがホッとするんだと思い直す。
なんでこんなに動揺してるんだろう。ただ深津さんが、鯛焼き好きって判明しただけなのに。
なのになんだか、さっきの深津さんの言い方はまるで好きな人に告白する時みたいで、心臓を鷲掴みにされたみたいだった。
なんでオレ、こんなにドキドキしているんだろう。
深津さんの事はよく知ってる。一個上の先輩で、生意気なオレを入部当初から面倒見てくれた人。次のキャプテンになる人。語尾に変なのつけて喋る人。そのくせ話してると落ち着いてて心地いい。虫とか苔とかそんなのが好き。落語も好き。笑った顔がちょっと可愛い。濃いめのブルーとかくすんだグリーンとかが好き。気持ちいいパスを、オレにくれる人。
好きなものはたくさん知ってて、先輩たちの中でもたくさん話すし、バスケも上手い。大好きな先輩の1人だったはずなのに、なぜかあの鯛焼きの「好き」の日から、深津さんを意識するようになってしまった。
オレの頭の中は深津さんだらけで、どうにかまたあの「好き」が聞けないかと思っている。できれば、オレに向かって。
オレって男が好きだったのかな?と何度も自問自答したけど、答えははっきりと分からなくて、ただ深津さんの「好き」が欲しいなって気持ちだけが強くなっていく。
多分、あの言い方が良くなかったんだと思う。他の人が言う軽めの「好き」より、何かずっしりとした言い方で、オレの目を見て真っ直ぐ言うから。
校舎裏に呼び出してくる女の子たちは、モジモジしていつまでも言い出せない様子だったのを無駄に思い出した。
数日経っても、オレはまだ悶々としたままだった。そんな時たまたま、家庭科の調理実習があった。
作ったクッキーを深津さんにあげたくて、2年の教室に向かう。先輩ばかりの教室に、もうすぐ進級ではあるが、1年生が行くなんて滅多にない。でも、クッキーをあげて、またあの「好き」が聞けないかと期待した。
「深津さん!クッキー好きですか?」
「クッキー?」
深津さんは突然現れたオレを不思議そうに眺め、そのあとオレの手の中にある潰れた形のクッキーを見て、もう一度オレの顔を見る。
「まぁまぁ」
「ま、まぁまぁか…」
あの時の「好き」じゃなかった。それでも分かった、クッキーはそんなに好きじゃない。この間は鯛焼きだったから、もしかしたら和菓子が好きなのかも。
「それ、作ったベシ?」
「はい。でも、深津さんがそんなに好きじゃないなら…まぁ、クラスの人にでもあげます」
オレはあからさまにしょんぼりして見せて、ティッシュに包まれた形の悪いクッキーを隠した。
「あげるって誰に?」
「んー、まぁ、隣のクラスの女子が欲しいって言ってたしその子に…」
「貰うベシ、それ」
「えっ」
驚いた。深津さん、好きじゃなくても貰ってくれるの?
「さっさとよこすベシ、次移動教室」
えっえっ、と驚いている間に、ひったくるようにクッキーを奪われた。
「ありがとベシ」
深津さんは奪った形の悪いクッキーを齧って、それだけ言って振り向かずに行ってしまった。
「え、食べたかっただけ…?」
そんな事を呟いて呆気にとられたまま、深津さんの遠ざかる背中を眺める。
「良かったなぁ深津」
後ろから声が聞こえて、振り向いたら松本さんだった。深津さんと同じ教科書を持っている。やはり移動教室のようだ。
「良かったって…?」
「いや、腹減ったって言ってたからさ」
やっぱりそうか、別にオレのだからってわけじゃなく、お腹空いてただけ。でも、ちょっとだけ期待しちゃった自分もいて、なんだか落ち込んでしまう。
もしかして、オレのだから食べてくれたんじゃないかなって思ったのに。
「沢北、教室戻らなくて平気か?予鈴鳴るぞ」
「あっはい!すみません!ありがとうございます!」
松本さんの言葉に、オレは頷いて1年の教室棟に戻ろうと駆け出した。
それからというもの、何かあれば深津さんの所に行っていろんなものをプレゼントした。
友達にもらった飴、コンビニで買ったガム、仕送りで送られてきたカップ麺、夕飯で出たエビチリ、駅前にある和菓子屋さんの大福。
その度に「これ好きですか?」って聞くけど、深津さんは「普通」とか「そんなに好きじゃない」とか「悪くない」とかばっかり。
もしかして、好きなものってそんなに無いのかな?
せっせと深津さんにプレゼントを持って駆け寄るオレを見て、隣にいた河田さんが「おめーは犬か」と笑っていた。
犬?そんな可愛いものだろうか、と思う。犬ってのは、もっと純粋で主人に忠実なものじゃないの?
オレはただ、またあの深津さんの「好き」を聞きたいだけで、欲しい欲しいとうるさいだけな気がしている。それに、ちょっとから回ってるかも。
あの時、たまたま鯛焼きが大好物だった可能性もあるし、あの鯛焼きが絶品だっただけの可能性もある(オレも食べたけど味は普通だったように思う)
ぼんやり考えながら、もうあの「好き」は聞けないのかなぁと目を閉じる。
オレだけに向けられたみたいな、可愛い「好き」だった。今度は、オレの名前呼んでから言ってくれたらいいのに。いつもオレのこと、沢北としか呼ばないけど、もし叶うなら栄治って呼んで、それで、少し照れながら…
「なにしてるベシ」
「うわっ!」
突然声をかけられて飛び上がる。しかも深津さんだった。寮の自販機コーナー横のベンチに座り、買ったばかりのコーラを持ったまま目を閉じていたオレを深津さんが覗き込む。
「寝てるのかと思ったベシ」
「ね、寝てないっすけど、考え事してて…」
「ふーん」
深津さんは興味なさそうに、自販機に向き直ってポケットから小銭を出した。何枚か入れて、何にするか考えてる。
オレは、こんなところで深津さんと2人きりになれて柄にもなく緊張しているのに、深津さんは全然気にしていなさそうだ。
当たり前か、普通の後輩としか思ってないんだから。
「そんなに見られると気まずいベシ」
深津さんが、目線を外さないまま言った。ピ、とボタンを押す。
ガシャン、と音がして深津さんが飲み物を取ろうと屈む。
「す、すいません」
無意識のうちに見つめていた事に気付いたオレは、焦って目線を外した。
やっぱりダメだ、なんかダメだ。ついつい深津さんを見つめちゃうし、見ていてぼんやりしてしまうし、こんな時ですら最初の「好き、ベシ」を頭の中でリフレインしてしまう。
なんだろうこれ、なんなんだろう。
うーん、と1人で唸っていたら、深津さんが「あっ」と声を上げた。
聞き慣れない声に、深津さんを見ると手の中にあるオレンジジュースを見つめて固まっていた。
「買うの間違えたベシ」
えっ、可愛い。
瞬間的にそんな感情が湧き起こって、オレは叫びそうになった。深津さんって、そんなミスしたりするんだ。
「ほ、ほんとは何が良かったんですか」
「ウーロン茶」
「全然違う…」
「うっさいベシ、沢北が見てくるからだろ」
唇を尖らせてそう言う深津さんが、いつもの部活の時とは違って可愛く見えて仕方ない。
オレの目がおかしくなったんじゃなく、深津さんが本当に可愛くなったんだ。そうに決まってる。
「交換します?」
「こうかん」
オレは、一口だけ飲んだコーラを掲げてみせた。ついさっき買ったばかりだからまだ冷たい。
「好きですか?これ」
好きかどうか聞くのは、もうクセのようになってしまっている。また聞いちゃった、と思いながら返事を待つ。深津さんは眉を寄せて考えている。
「コーラはそんなに、好きじゃない」
「あ、そーですか…」
そうだよな、飲んでるところ見たことないもん。でももしかしたら、好きって言ってもらえるかもしれないと淡い期待をしてしまった。
「でも、交換するベシ。沢北が良ければ」
「全然いいです!あ、一口だけ飲んじゃったんですけど…」
オレの言葉に、深津さんは一瞬目を見開いてから、嬉しいような困ったような不思議な顔をした。
「…沢北が良ければ」
「気にしないです!」
食い気味に言ったら、今度は少しだけ深津さんの眉毛が下がった。あれ、ダメだったかなやっぱり。
「好きになるかもしれないベシ、コーラも」
「そうですよね、うまいですよコーラ」
うん、と深津さんは頷いて、オレンジジュースを差し出した。オレはコーラを手渡す。たったそれだけなのに、何か大事なものを交換するみたいでドキドキした。
「早く寝るベシ、沢北」
「はい、深津さんも」
おやすみなさい、と挨拶を交わして、深津さんは自室に戻っていく。オレは、交換したオレンジジュースをぎゅっと手で包んだ。
深津さんからもらうもの。
バスケのパスも、言葉も、なんでも嬉しい。このオレンジジュースだって、なんの変哲もないものなのに深津さんから貰ったというだけで世界一の宝物みたいに思える。
不思議だ、本当に不思議。
深津さんのくれるもの、なんだって嬉しくなってしまったみたいだ。
「で、どう思いますかイチノさん」
「どうもこうも、恋じゃん?」
ええっ!と大きな声で聞き返したら、声でか、と笑われた。
「だって、今まで全くそんなふうに思ってなかったんですよ!?」
「その瞬間に気づいたって事じゃないの?」
「えー、そんな突然なんですか恋って。もうちょっとジワジワしてねっとりしたものでしょ」
「…沢北にはそうかもしれないけどさ、友達の話なんだよね?これ」
「はっ」
そうだ、あくまでイチノさんにはオレの友人の弟の友達の初恋という体で相談していたんだった。ついつい、自分の事のように話してしまう。これじゃバレてしまう。
ちなみに相談相手がイチノさんなのは、1番アドバイスをくれそうだったから。山王工業はほぼ男子校みたいなもんだけど、なんとなく経験豊富そうなイチノさんに真っ先に相談した。
「そうそう、そうなんですよ。オレの友達の弟の友達ね」
「つまりほぼ他人だけど、その子の恋が実るように応援してあげてるってことだ。優しいね沢北」
「あー、はは…そっすね、ハイ…」
オレは嘘が下手だ。なんだか見抜かれているような気がするけど、まさかこの話がオレと深津さんだとは言えないから、適当に流した。
「どこが好きなんだろうね、その友達の弟の友人は。その子のこと。それによるんじゃない?」
「えー、どこって…」
深津さんの好きなところ?たくさんある。その好き、は恋愛感情としての好きだと思った事はないけれど、好ましいと思う事はたくさんある。
オレが落ち込んでたら声をかけてくれる事、変に励ましたりしないで隣にいてくれる事、オレがつまんない事言って笑ってくれたら嬉しい、オレのせいで負けて深津さんを悲しませたら悲しい、そんな事がたくさん頭の中をぐるぐるして混乱してくる。
「……全部っすかね、多分」
声に出したら恥ずかしくて、でもしっかり確信に変わった。そうか、やっぱりオレ、深津さんが好きなのか。
「この間、コーラあげたら」
「コーラ?飲まないでしょ」
「飲まないけど、貰うって言ってくれて。好きになれるかもって。」
「それは、嬉しいね」
「うん、そういうところとか、いろいろあるんです。くれるものはなんだって嬉しくて、オレがあげるものは好きになって欲しくて」
「いいね」
イチノさんが微笑んでる。まるで弟を見守るような目。先輩たちのその温かな目は、オレが山王に入って手に入れたもののひとつでもある。
「あっもちろんその子が言ってたことですよ!友達の弟の友達が!」
「分かってるって」
イチノさんはそれ以上は聞かなかった。今はその気遣いが嬉しい。
「多分、好きなんだなぁ、やっぱり」
ぽつりと呟いたけど、心に沁み込んでいく。
あの日から、答えが欲しかった。この感情がなんなのか知りたくて、たくさん深津さんにプレゼントしたけど、もうずっと前から分かっていたような気もする。
「聞いてみたら」
イチノさんが静かに言った。
「オレのことは好きですかって」
でも、それで「好きじゃない」って言われたら?「そんなに」とか「まぁまぁ」とか言われたら、オレはきっと泣いてしまう。
簡単なことのように聞こえるけど、オレにとってはすごく難しい課題のように思える。
何も言えずにイチノさんの顔を見返したら、ふふっと笑った。
「そんなに深く考えないでさ。プレゼントって、自分が喜ぶものは相手も喜ぶって言うじゃん。1番好きなものをあげて、その時に聞くんだよ。オレのことはどうですかって」
1番好きなもの。
オレの1番好きなものは、深津さんも好きだと思う。それなら、できるかも。
「うん、…はい。やってみます、それなら」
「頑張って」
イチノさんはまだ笑ってる。なんでそんなに嬉しそうなんだろう。
ありがとうございました、と言いながら2年の教室を出た。と、歩きながらあれ、と思う。
「イチノさん、最後の方はオレの話だって気付いてたな…」
夕飯のあと、深津さんを探したけれどどこにもいなかった。今日は、オレの1番好きなものを持ってきた。だから話したかったのに、部屋にも談話室にも食堂にも、あの自販機横のベンチにもいなかった。
「野辺さん、深津さんは?」
たまたますれ違った野辺さんに聞いたら、あー…と言葉を濁す様子で目を逸らした。
「体育館で自主練するって言ってたぞ」
野辺さんが気まずそうなのは、今日の練習でオレが調子に乗りすぎて、深津さんにこっぴどく叱られたから。3年の先輩も引退して、これから学年も上がって後輩も入ってくるのに、いつまでそんなつもりベシ、と酷く怒られた。
オレが悪い、分かってる。だけど、何かに焦っていて、それがオレの足を無性に走らせようとする。
野辺さんにお礼を言ってから体育館に向かった。最後にカギさえかければいいから、深津さんがよく夕飯後にバスケをしてるのは知っていた。
バン、バン、とドリブルする、静かな体育館に響く深津さんの音。時々、キュッとバッシュが擦れる。入り口から覗き込むと、ドリブルして、シュートして、またボールを取る深津さんの姿が見えた。
低い姿勢と素早いドリブル。深津さんのあの背中が好き、あの手が好き。やっぱり大好き。
そう思うと心があったかくなるのに、同時に切なくもなる。こんなに好きです、大好きです。
言ってしまいたいのに、受け入れてくれないかもという不安がオレを臆病にする。
深津さんの好きが欲しいだけなのに、こんなに難しい。恋って変だ、もっと簡単だと思っていた。
オレの姿に気付いた深津さんが、唐突に振り向いた。
「沢北」
名前を呼ばれ、オレは泣きそうな気分になった。すぐに見つけて、オレを見てくれるこの人が好き。
「やるベシ?」
駆け寄ると、ボールをパスされた。その感触すら喜びに変わる。あなたがくれる物の中で一番好きなもの。
無言で頷いて、ドリブルして深津さんを抜いた。
すぐに追いついて、ディフェンスする深津さんに、オレは必死に喰らいつく。
夜の体育館に響くボールの音と、2人の呼吸音。すぐに息が上がってきて、だけど楽しくて、今日もたくさん練習したのにすぐこの体はボールを追いかける。
深津さんの真剣な顔に一瞬目を奪われかけて、だけどボールは死守してシュートした。
ガコン、とリングに当たって入る音。ボールが落ちる。オレはそれをまた取って、深津さんに手渡した。
「オレ、バスケが好きです」
「知ってるベシ」
額の汗を拭いながら深津さんが言った。
「深津さんは好きですか」
「うん」
あの目がオレを見ている。まっすぐな瞳。ずっと、オレだけに向けられたらいいのにと思っていた。
「好き」
やっと聞けた言葉だったのに、その音が耳に入ってきた瞬間、でもこれだけじゃ足りないと思った。人間は欲しがりだ。次から次へと、もっともっと欲しくなる。
「オレのことは好きですか」
きっと酷い顔をしているだろうな。
顔に力を入れてないと、涙が出そうだった。すぐ泣く、とよく言われるからこんな時は泣きたくないのに、鼻の奥がツンとして視界が潤んでくる。
「なんで泣きそうベシ?心配しなくても、今日のことで嫌いにならないベシ」
「そうじゃないっす、そうじゃなくて…」
言葉にしたいのに、こんな時に限ってうまく出てこない。バスケなら伝えられるけど、今日はどうしてもオレの言葉で、深津さんの声で答えてほしかった。
「オレ、深津さんが好きで」
ついに涙が溢れた。深津さんの表情は変わらない。
「なんか分かんないけど、すごい好きなんです。ごめんなさい、気持ち悪くて」
次から次へと目からあふれる水を止めたくて、ゴシと手のひらで拭う。だけど止まってくれない。
「深津さんが、オレにだけ好きって言ってくれたらいいのに」
泣きじゃくってこんな事を言うなんて、想定していなかった。深津さんも嫌かもしれない。
今度こそ「好きじゃない」って言われるかもしれない。だけど言ってしまった。なにもかも。
頭の中はぐちゃぐちゃで、顔もべしょべしょで、気持ちを告白しようと決めた時に思い浮かべたシーンとはまるで違う。
だけど、これがオレなんです、深津さん。
と、優しい手がオレの頭を撫でた。大きな、安心する手。いつものように、宥めるように撫でられて、オレは少し気持ちが落ち着く気がした。
「好きベシ、俺も」
深津さんは、なんて事ないみたいな声色でそう言った。
「沢北が好き」
何度も考えた言葉。だけど本物はもっと破壊力があって、きらめいてて、俺が頭の中で思い描いた声よりももっと優しかった。
かさついた指先が、オレの目尻の涙を拭った。そんな優しさも好き。
深津さんの頬が少し赤くなっている。きっと深津さんも、オレも照れくさい。けれど嬉しくてしょうがない。
やっと手に入った深津さんの「好き」が、じんわりとオレを赤く染めていく。
たまらなくなって腕を伸ばして抱きついたら、深津さんも抱きしめてくれた。少しの汗の匂い、しっとりした感触、温かい、自分のじゃない温度。
「大好きです」
もう一度伝えたら、深津さんが腕の中で頷いた。
深津さんの心臓の音まで、聞こえてくる。
ドクン、ドクン、と脈打つその音を聞いて、いつかこの人のこの心臓まで、オレだけのものにしたいと思った。
恋って変だ。
最初は「好き」だけが欲しかったのに、今はもう、深津さんの全部が欲しい。