「すぐ、帰るから」
何を言ってるんだ。
そんなずぶ濡れのままで帰らせられない。
てか、そんなずぶ濡れのままでどのくらいここに座ってたんだよ
「どうしても言いたいことがあって」
「言いたいこと…?」
改めて告白でもされるのだろうか。
去年再会した時にも感じた井田の想像以上の俺に対する愛情?みたいなもの。
あれから連絡もないし、結局俺の杞憂だったのかって思ってたけどそうじゃなかったのかもしれない。
「悪かった」
いきなり深く頭を下げられてひどく混乱する。いや、誰だってそうだろ?ずぶ濡れのまま家の前で待ってて、部屋は入らないって言うし、どうしても言いたかったことが「悪かった」?
身に覚えのない謝罪にどうしていいかわからない。
とりあえずなんでもいいからお前少しでも濡れてる体を拭けよ、夏風邪って長引くんだよと心の中で注意する。
「な…なにが」
実際には上擦った情けない言葉が出るばっかりで全く展開についていけなかった。
それは、十年前の目を覚ました後の感覚に似ていた。
「青木のことちゃんと見てなくて、悪かった」
いや?お前は俺が目を覚ましてから一番、いちばん近くで見てたぞ?いつも。
その視線が辛くなって、逃げ出したのは俺だ。責められることがあったとしても謝られることはないはずなのに。
「ちゃんと向き合うから、時間をくれないか」
「……なにが?」
「"今の"青木のことが知りたい。俺の知ってる青木じゃなくて、今目の前にいる青木のことが知りたい」
どくん、と心臓が嫌な音を立てる。なんだそれ、なんだよそれ…
「青木…?」
足元がぬかるみにはまってくように体が重くなっていく。何年もずっと奥底に隠れたままだった俺の罪悪感が悲鳴を上げた。
どう立てばいいのか、どう呼吸すればいいのか途端に今いる世界のことが曖昧になって雨の音だけが聞こえた。
「おい、青木…!」
目の前が暗くなっていって世界は遮断された。
俺の名前を呼ぶ声と、背中に当てられた掌の温度だけが飛んでいく意識の中に確かに残る。ああ、この温度知ってる。
その心地よさに身体中の力が抜けていった。