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    kagyo_

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    kagyo_

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    花吐き病ってなんだっけ(^_-)-☆

    ##シャンウタ

    傷跡にも似た 陸では定期的に『嘔吐中枢花被性疾患』という病が流行する。その病は片思いを拗らせると口から花を吐き出すようになるもので、罹患者から吐き出された花に接触すると感染してしまう。根本的な治療法は未だに見つかっていないが、両思いになると白銀の百合を吐き出して完治するということだけは明らかになっていた。

    「ちょっと、大丈夫!?」
     ウタは蹲ってえずく少女に駆け寄るとその背中を優しくさする。うっうっと肩を震わせついに少女がおえっと音を立てて吐き出したのは葉の立派な黄色いチューリップで、そのあまりに非現実的な光景に驚いたウタは思わずその花に触れていた。それからだ、シャンクスのことを「好きだな」と思った時に吐いてしまうようになったのは。
     食事中に吐き気が込み上げたウタは、勢い良く立ち上がるとトイレに向かって走り、ポケットの中に無理やり突っ込んでいた袋に向かってげえげえと花を吐き出した。長い茎を持ったオレンジのガーベラがぼとぼとと喉奥から押し出される。
    「おい、ウタ、大丈夫か!?」
     ドンドンとドアを叩いて声をあげているのは、体調でも悪くなったのかと心配して後を追いかけてきた船医のホンゴウだ。他にも遠くから『心配』の気配を感じ取りながらもウタは努めて明るく「だいじょうぶ~」と返した。
    「何ともないからホンゴウさんは戻っててー。私は一回部屋に戻ってからご飯の続き食べるから、残りとっておいてよ」
     ウタがそう頼んでもドアの前の気配は無くならない。近頃頻繁に吐いていたというのに船医へ何も言わないでいるというのはもう限界なのかもしれない。ウタはどうしようと紙袋の中の花を見つめた。
    「そうは言ってもなぁ……最近よく吐くだろお前。一度ちゃんと診せてくれ……というか、診て来いって船長命令がきてる」
     おれのお願い、聞いてくれないか? と優しく語り掛けてくるホンゴウにウタは腹をくくった。
    「…………そこにいるの、ホンゴウさんだけ?」
     彼女の言葉にホンゴウは背中へ感じる視線の方へちらりと目を向け、ここから立ち去るように伝える。渋々ながらも食堂へと退散していく気配に、ウタはほっと息を吐いた。
    「なら、ちょっと相談にのって欲しいかも」
     鍵を開けて顔を覗かせたウタはTシャツの中に袋を仕舞い込み、きょろきょろと周囲の様子を探る。ホンゴウ以外は残っていないことを確認したウタは「私の部屋で話そう」とお腹を抱きしめるようにして歩き始めた。
     音楽家のウタの部屋はいつでも歌えるように防音加工がされており、秘密の話をするにはうってつけの場所だった。ウタはポケットから鍵を取り出して部屋を開けるとホンゴウへ中に入るよう促す。そして、自身も中へ入るとしっかりと内側から鍵を閉めた。
    「ホンゴウさんはその椅子使って」
     ウタはホンゴウにデスクへ備え付けられた椅子に座るように言うと、ベッドへと腰かけた。問診はできるが触診はできない距離にホンゴウは首をかしげながらも、ウタの出方を待つ。
    「……それで、その、最近よく吐いちゃう話なんだけど」
     話しにくそうにしながらTシャツの中へ手を入れたウタは中から紙袋を取り出し、ホンゴウに見えるよう口を彼に向けた。
    「なんか、花吐くようになっちゃったんだよね」
     袋の中に入ったすらりとした茎を持つ数本の花と、ウタの言葉にホンゴウはぎょっとして花とウタの顔を何度も確認して「どこでそれ拾ってきた!!」と叫び声をあげた。ウタは知らなかったのだが、ホンゴウが言うにはこの症状は『ゲロ花病』特有のもので、片思いを拗らせると発症するものらしい。
    「かかってるヤツが吐いた花に触らなきゃ移らない病気になんでお前が」
     この船には花吐き病にかかってるやつが他にいた記憶はないと言うホンゴウの言葉を聞きながらウタは持っていた袋を自身の横へ置いた。「何か思い当たることはないか」と言うホンゴウに、ウタはうーんと考えてから「あっ」と思い出したことを口に出す。
    「前回停泊した島で気持ち悪そうにしてる人を介抱したんだけど、その人が吐いた花に触ったからかも」
     ぽんと手を叩いて「うん、やっぱり時期的にもあれしかない!」と原因が分かってすっきりしたウタはにこにこと笑う。いや、お前、人が吐いたもんに素手で触るなと頭を痛めながらもホンゴウは「おれも本で少し読んだだけだから詳しくはないが」と前置いてウタへ自分が『ゲロ花病』と呼ぶ正式名称『嘔吐中枢花被性疾患』についてを話して聞かせた。一通りの話を聞いたウタは一人納得した様子でうんうん頷く。
    「そっかそっか、死んじゃったりするような病気ではないってことね。今のところ『かっこいいなー』とか『好きだなー』って思った時に吐くくらいだし、大丈夫か」
    「両思いになると白銀の百合吐いて完治するって話だが……」
     病気と付き合っていく方向で話をするウタにホンゴウがそう言うと、ウタは眉をハの字にして手を横に振った。
    「ないない! 叶いっこないから!」
     明らかな空元気に物申したいことはあったものの、とりあえずいつどこで花を吐き出すか分からない今、感染源となる花に他のクルーが触れてしまわないよう病気については伝えないといけないことをホンゴウはウタへ伝える。彼女も感染の仕方を聞いた時点で分かっていたのか「それはそうだよね」と素直にうなずいた。



    「下痢花病~~?」
    「ゲロ花病だ」
     シャンクス、ベックマン、ヤソップ、ルウだけになった食堂でホンゴウの横へちょんと座ったウタは、じっとスープを見つめたまま温かなそれをすすっていた。体調を心配したルウが特別に作ってくれたスープは格別の味だ。
    「それで、ウタが吐いた花が感染源になるから見つけ次第触らず燃やせって?」
    「そういうことだな」
     目を伏せたままスープに口をつけるウタの顔色をシャンクスは覗うが、特に悪いということはなさそうだった。パンを千切って頬を丸くしながら食べる様子から食欲が無いわけでもないらしい。
     ウタはぺろりと皿を空にすると「ごちそうさまでした」と手を合わせて立ち上がった。
    「花は自分で処理できるから大丈夫だよ、ホンゴウさん」
     皿とコップを手早く重ねると洗い場へ足を向けるウタの背中を父親たちは心配の表情を浮かべて見つめる。ベックマンに「このまま行かせていいのか」と目で問われたホンゴウは肩をすくめると「今日はもう部屋に戻って休んでろ~」とウタへ声を掛けた。
    「? 分かった」
     これからについて話し合うことでもあるんだろうとウタは頷くと「おやすみー」と洗い場へと姿を消した。ルウは「おれも片づけてくる」とウタの後を追うようにして洗い場へと向かう。残された者は「場所を移すぞ」というシャンクスの声に船長室へと足を向けた。
    「それで? 本当に花を吐く以外に症状は無いのか?」
    「どうすりゃ完治すんだ?」
     部屋に入るなり飛んできたシャンクスとヤソップの質問に、ホンゴウは「まぁ……」と曖昧な返事をして言葉を濁す。そんな彼の様子に、最後に部屋に入ったベックマンは「確か」と言うと煙草へ火をつけた。
    「花吐き病は恋煩いしてるやつが発症するんじゃなかったか?」
     もうそんな年頃になったんだなと煙を吐き出すベックマンに、シャンクスは顔をしかめる。ホンゴウとヤソップはこれは面倒な話になるぞと顔を見合わせ口をつぐんだ。
    「あいつが?」
    「何もおかしい話じゃない。ウタだって立派なレディーなんだ、恋の一つや二つしたっておかしくない」
     ベックマンは涼しい顔をしてそう言うが、この船に乗っていていったいいつそんなことになるんだと思うシャンクスはぶっと口を尖らせた。
    「恋が実るか、枯れるかすりゃ治るって寝物語に聞いた覚えがある」
     なら、時間が経てばいずれ吐くのも止まるだろとベックマンは楽観的に言うと「ただ、窒息には気を付けてやんねェといけねえな」と続けた。ホンゴウも『窒息の危険性』については考えていたため頷く。
    「茎も葉もまるごと吐くみたいだからな」
     ウタがどこぞの馬の骨とも知れないヤツを好きな事自体は別に大したことじゃないという態度の連中にシャンクスは納得いかない気持ちを覚えた。普通、娘に好きな奴ができたって聞けば男親としては心配になるもんじゃないのか。
    「治る治らないも本人の気持ち次第な病気だ。とにかく、くれぐれも花には触れないようにしてくれ」
     むくれた大頭を置き去りにホンゴウはそう締めくくった。



     恋をするとフィルターがかかるらしい。ウタはシャンクスがキラキラと輝いて見えるのを認識して目頭をもんだ。かっこよくて、可愛くて、自慢の船長を見て吐き気が込み上げるなんてなんて罰ゲームだろう。
     ホンゴウには吐くだけだし大したことじゃないと言ってみせたウタだったが、実際頻繁に吐くようになると、吐くのにはかなりの体力を使うことが分かった。吐くとがっつり削られる気力と体力にウタはかなり堪えていた。
     深夜にぐうとお腹を鳴らしたウタはぱちりと目を開けると床へ足を降ろす。ぺたぺたと食堂へ足を向け、キッチンの中に入り冷蔵庫を開けると鳥のハムがまるまる入っていた。ウタはごくりと喉を鳴らすとそれを取り出す。
    「いっただきまーす!」
     コックのルウには深夜の犯行はとっくにバレているが、ほどほどにしとけよと言われているだけのため、ウタの頭に遠慮の文字はない。もぐもぐとお腹を満たしながらウタはただ……とこの夜食で起きている弊害に頭を抱えた。
    「肌荒れェ?」
    「そう、すっごくお腹すくから夜遅くについ食べちゃって……。気付いたら肌のコンディションが最悪になってたんだよね」
     深刻な顔をして相談があるというものだから何かあったのかと思えば聞いた内容は拍子抜けするようなもので、ホンゴウは呆れた声をあげた。
    「あーっ! 恋する乙女にはすっごく重大なことなんだぞ!」
     鏡を見る度に残念な気持ちになるし、化粧乗りも悪いし本当に最悪と憤るウタの勢いに負けてホンゴウは「そ、そうか」とこくこく頷いた。一応皮膚病に効く薬は渡すからと引き出しから軟膏を取り出す。
    「ただ、これは気休めにしかならないだろうな。本気でどうにかしたいならその食欲の原因を解決するしかないんじゃないか?」
     ホンゴウから軟膏を受け取ったウタは渋い顔を作る。
    「でもさ~、それって両想いにならないとなんでしょ?」
     無理だと思うなぁと腕を組んで身体を斜めにするウタにホンゴウは、こんなに端から無理無理言うなんていったい誰が好きなんだよとここにきて初めて彼女の好きな人のことが気になった。年頃の娘だから好きな人ができても不思議じゃないと思っていたが、身内のひいき目抜きにしても美人な娘にオトせないってなんだ。欲しいなら奪い取ればいいだけだろうに。
    「そんなに難しい奴なのか」
    「え? うん。多分というか、絶対私のことを女だと思ってないし」
     恋愛に発展する土俵に立たせて貰えてないんだよねと言う娘にホンゴウは、彼女にやる気が無いのにかける発破もないなと引き出しを閉めた。
    「そういえば、副船長がその相手に対する恋心が無くなれば自然と吐き気も収まるとか言ってたな……」
    「えっ、自然と諦めるってこと!? 今日も視界に入るだけで目が焼かれそうだったのに!?」
     視界に入るってことはこの船に乗ってるヤツが好きなのかとホンゴウは頭の中にいくらか候補を浮かべる。この場にベックマンがいればすぐに当たりを引いただろうが、恋愛にあまり積極的に関わってこなかったホンゴウには皆目見当もつかない。
    「いっそのこと当たって砕け散るか……」
     そうすれば一区切りつくかもなとホンゴウが口にすると、ウタはさっと顔色を青くして首を横に振った。
    「い、いやだ。言いたくない」
     言うくらいなら肌荒れくらい我慢すると言うウタにホンゴウは「でもなぁ」とウタの記録を捲る。
    「肌荒れだけじゃない、体重の減少や喉の荒れもある。体力が減って風邪も引きやすくなってる。お前は吐くだけだからなんともないなんて言うが、実際はそれだけじゃない。船医としてはこの病気にお前が真剣に向き合ってくれないと困る」
     みんな心配してるんだとホンゴウが伝えると、ウタは俯いて「だって」と声を震わせた。膝の上で拳を硬く握ってぎゅっと口元を引き結ぶ。額から汗をたらりと流して唾をごくりと飲み込むと、ウタは自分にとっては当たり前のことを音にした。
    「だって、シャンクスが好きなんだよ……私」
     そう言うとウタはげろっと紫のライラックを吐き出した。お頭のことが好きという事実と葉の形がハート型のそれを見たホンゴウは、なんだそうかと謎の自信が湧き上がってきて震えるウタの肩にぽんと手を置いて微笑んだ。
    「お頭なら遠慮はいらないだろ。潰したって死にやしない。むしろぺちゃんこになって参りましたって言うまで押してやれ」
     家族だとかなんだとかそういうのは娘がげろげろ吐いて体調を崩すことに比べれば些細なことだった。お頭ならうまいことなんとかするだろという丸投げな信頼を胸に抱き、ホンゴウは両手でウタの肩を勇気づけるようにバンバン叩く。
    「だってお頭だぞ。それに欲しいもんを目の前に諦めるなんて、おれたちゃ何だ? 海賊だぞ!?」
     お頭いざって時は本気でかっこいいもんな! 惚れちまうよな! わかるわかるとなぜかハイになってしまったホンゴウには何も言えず、ウタは「わー、ホンゴウさん、シャンクスのことが大好きなんだね」と口元を引き攣らせるしかなかった。



     甲板に立つシャンクスは、最早『説得』するしかないと思っていた。ウタの嘔吐が止まる様子はなく、本人に自覚はないようだがコンディションは右肩下がりだ。
     自分が目を光らせているにも関わらずついてしまった虫は気に食わないが、ホンゴウ曰く「絶対に叶わない相手」だと言うのも納得がいかない。おれの娘を苦しめておいて何様だ。
     ベックマンが言うにはウタの中からそいつに対する恋心が無くなればいいという話だから、ウタの好きな相手さえ分かれば簡単な話だった。そいつに恋心も吹き飛ぶほど手酷くフってもらえばいい。
     ウタに好きな人がいるという事実が発覚してからぴりぴりとした雰囲気のシャンクスに、ベックマンは「ウタが片思いしてるだけでそんなになって、これからどうするんだ」と煙草をくわえた。恋人ができて、ゆくゆくはこの船を降りて結婚する未来だってありえる話だというのに、覇気でそんな未来ごと吹き飛ばすつもりなのだろうか。
    「今からそんなんでどうする気だ、お頭」
    「何が」
    「何がって……ウタが結k……」
     ベックマンが言い切る前に周りの空気がずんと重くなる。さすがにやばいと思ったベックマンはシャンクスの頭をバシン! と心なしか強めにはたく。
    「いってェ!」
    「痛くしてんだよ」
     すぱーと紫煙を吐いてベックマンはシャンクスを呆れた目で見た。シャンクスはぎぎとベックマンを睨みつける。
    「そもそも何でお前らは何とも思わないんだよ」
    「……あのな、無理やりどうこうされたって話なら黙っちゃいないが、今回のはウタに片想いの相手ができたってだけの話だろ。これも一つの成長だと思うが」
     成長ォ~~? と訝しむシャンクスにベックマンは続ける。
    「何はともあれ、早く治るといいな。叶わないなんて言わず、付き合っちまえばいい」
    「はァ?」
     さすがに片想いどころか恋人の存在を容認するその言葉は看過できず、シャンクスは顔を歪めて抗議した。
    「手酷くフられちまうんじゃなくてか」
    「フられるって……お頭、娘が泣くところなんか見たくないだろ? それに恋ってのはいいもんだ。言わせてもらうが、親が娘の幸せを願って何が悪い」
     いよいよ喧嘩の様相を呈してきたお頭と副船長の様子に下っ端のクルーたちは物影に隠れた。本日は晴天だと言うのに、あの一角だけ暗雲が立ち込めている。剣やら銃やらを抜いてくれるなよと思いながらも誰も口出しできずにいた。
    「おれがウタの幸せを願ってねェみたいな言い方をするな!」
    「なら応援くらいできるだろ」
     何にも分かっていないくせにダダだけこねるお頭の額へベックマンはついに頭突きをかます。ゴチン! と当たりに響くほどの大きな音に新米クルーは誰か助けて! と目を回した。
    「ウタはおれのだろ」
    「あ? どういうつもりで言ってんだそれ」
    「ウタは赤髪海賊団の音楽家だろ」
    「それならクルーの独り立ちぐらい応援してみせろ、あんたも来た道だろ大頭!」
     シャンクスとベックマンのいるあたりの空気だけが嵐のように悪くなっていく中、一筋の光が差し込んだ。
    「二人とも、何してんの?」
     赤髪海賊団の音楽家、ウタだ。あの最悪な空気をものともせず彼女はずんずんと二人へ近付いて行く。シャンクスとベックマンはぱっと離れると何でもない風を装った。明らかに不自然な挙動になっていたが、それでも二人は涼しい顔を娘に向ける。
     変な二人……と思いつつ、ウタはシャンクスにちらっと視線を投げてからベックマンを正面から見上げた。
    「あー、あのね、私の好きな人なんだけど……」
     突然やって来たと思ったら彼女の口から紡ぎ出された言葉に、とっくの昔にウタの片想い相手なんて見当のついていたベックマンはぎょっと目を見開いた。さっきの問答からしてまだ早いんじゃないか? こいつは何もまだ……とシャンクスをちらりと見る。その顔にはデカデカと『聞きたくない。やめろ』の文字が浮かんでいた。
     焦る男二人を前に、ホンゴウに半ば洗脳されるように『説得』されてやってきたやけくそのウタは止まらない。すうと大きく息を吸い込むと「シャンクスなんだ!!」とその声量をもって告白した。途端に吐き気がしたのかげろーと花を吐くさまが何とも格好がつかない。
     一方のシャンクスはびりびりと震える空気にこれ、覇気だよなとずれたことを考えていた。新人クルーがぱたりと意識を失う中ようやく思考がまわりはじめたシャンクスは、そうかおれが好きなのか……そうかそうかとウタの言葉を飲み込み、一泊置いて「おれかよ!!」と心の中で叫んだ。



     シャンクスへ思いの丈を叫んでからというもの、ウタの吐き気はゼロとは言わないまでも落ち着いてきていた。どうやら黙っていたことで感情を溜め込み、それが恋を拗らせて吐き気に繋がるという悪循環を起こしていたらしい。
     シャンクスはあの日「そうか」と言っただけで「やめろ」とは言わなかった。ウタはそれだけで天にも昇る気持ちだ。だって、告白したらシャンクスに嫌われると思っていたけれどシャンクスはあの後も何も変わらなかったのだから。
    「よかったよかった」
     ウタはにこにこ顔でフォークにパスタを巻き付ける。ホンゴウの「つぶれるまでやっちまえ」の意味はよく分からなかったが、優秀な赤髪海賊団の船医に感謝をしながらパスタを頬張る。シャンクスを目に入れても吐かない生活最高!
     晴れ晴れとした顔で食事をするウタを視界に入れながらベックマンは隣に座るシャンクスへ声を落とした。
    「よかったな。ウタの吐き気、おさまったみたいだな」
     すっかり恋心など吹き飛んでしまったような顔をしたウタに、シャンクスは訳が分からない気持ちでいっぱいだった。別に自分はウタのあの告白を受けてもいなければふってもいない。それならばウタが吐かなくなるというのはおかしな話だ。
    「やっぱりおかしくないか?」
     なんでおさまるんだと懐疑的な顔をするシャンクスに、こいつはまた……とベックマンは口をへの字にする。
    「ウタの恋の相手もどこぞの馬の骨じゃぁなかった。吐き気もおさまった。あんたにとってはいいことしかねェだろ」
     確かにベックマンの言う通りではあるのだが、どうぞと差し出されていた物が「やっぱりやーめた」と隠されてしまったようで「どうして」といううらめしい気持ちがぬぐえないのだ。それに、ウタの恋煩いさえどこかにいってしまえば安心できると思っていたのに、結局ちっとも落ち着かない。
     昨日くるかもしれなかったことがただ先延ばしになっただけな気がして、こんなことなら差し出された時に引っ掴んで懐に突っ込んでしまえばよかったとさえ思う。昔はどこかの島に降ろさなくてはと思っていたというのに、そんな気持ちは当の昔に無くなっていて、今はずっとここに居ればいいと思っている。
    「ウタは俺のだよなァ」
     どこかぼんやりとした呟きに、ベックマンは前回とは違う答えを返す。
    「あんたはウタのもんじゃないんだろ? それなら、ウタもお前のもんじゃねェよ」
     赤髪海賊団の音楽家はお頭のもんだが、ウタは違うさ。シャンクスがウタを誰にもやらずにいるためには今のままではいられないらしい。そのことだけはピースの足りないシャンクスにも理解することができた。
    「そうだよな。理由は後からいくらでも作れるか」
     会話を放棄して一人の納得をするシャンクスに、とりあえず手元に置いてから考えようという思考が透けて見えたベックマンは「おいおい」と煙草を噛んだ。



     告白をしてから落ち着いていた吐き気がぶり返している。もしかすると定期的にシャンクスへ好きだと伝えないといけないのかもしれない。ウタは隣に立つシャンクスの体温を感じながら胸の奥がうずうずぐるぐるとするのに抑えていた。
     ちらりと見上げると「どうした?」と慈愛の目を返され、我慢ができずにウタはぱしりと手で口を覆う。込み上げる吐き気と「好き」の気持ちにウタは耐えきれずにうずくまる。
    「吐きそうなのか?」
     優しく背中を撫でられるものの、シャンクスの少し弾んだ声に「いや、娘が吐きそうになってるってのに嬉しそうなのはおかしくない?」という疑問が浮かぶ。それでも一度込み上げたものは下がってはくれず、ウタの口からはらはらとモモの花びらが零れ落ちた。
     今までは茎が付いた花ばかり出てきていたのに、今回は花弁だけが出てきたせいか喉に引っ掛かってしまったようでウタは「んんっ」と喉を鳴らす。どんどんと胸を叩いてどうにか吐き出そうとするが、ぺったりと張り付いているようで違和感が取れない。
     これは水で流してしまった方がいいかもとウタが考えていると、突如口の中へずぼりと指が入り込んできた。
    「え゙っ……――」
     喉の奥を探られてウタは思いっきりえずく。
    「あァ、これだな」
     ずるっと抜けた指先にはピンクの濃いモモの花びらが一枚くっついていた。自分から出た花がシャンクスの指先についている様を見て、ウタはひゅっと息を吸い込んだ。
    「ど、どうしよう。シャンクスにうつっちゃう」
     おろおろとするウタにうーんと首をひねったシャンクスは「これはおれのことが好きで吐いたってことで間違いないんだよな?」と彼女へ問いかける。今はそんなことどうでもいいだろうに呑気なことを言うシャンクスへウタは「そうだけど何!?」と指先から花弁を取り上げようとした。
     シャンクスはウタに捕られないよう、花弁のついた指ごと手をぎゅっと握りしめる。
     言うことを聞かない男にウタは眉間に皺を寄せた。どういう理屈でうつるのかは分からないが、早く水で流せばなんとかなったりしないだろうか。とりあえず手を開かせて水で流してみようとウタはシャンクスを水場へ引こうと腕を引っ張るが、男はびくともしない。
     焦れたウタが「あー、もう!」と苛立っているというのに、当のシャンクスは「それならおれは発症しないな」と自信満々に宣った。意味が分からない理由で自分の安全を確証するシャンクスのことが理解できない。
    「なんで私がシャンクスのこと好きだとシャンクスが発症しないなんてことになるんだよ!」
     かんかんのウタを前にシャンクスは「だってよ」と唇を尖らせる。
    「おれはお前が欲しくて、これはお前がおれを想って吐いたんだろ? なら別に煩う事なんて何も無い」
     ウタは「おれはお前が欲しくて」の言葉にガツンと殴られ、衝撃からシャンクスの腕を引っ張っていた手から力が抜ける。「オレハオマエガホシクテ?」どういう意味で言ってるんだこいつ! と混乱したウタは「はあァァァ!?」と叫び声をあげた。
    「おれがお前のになれば、ウタもおれのだよな」
     真顔のままそんな強引ロジックで殴りかかってくるシャンクスに「最低!!」と叫んだウタはげえと白銀の百合を吐き出した。全然ロマンチックじゃないうえに、本当にシャンクスが自分のことをそういう意味で愛してくれているかもわからないのに吐き出された完治を示す花に、ウタはこの世にカミサマなんていないんだ!! と涙をぼろりと零し、地団太を踏む代わりにシャンクスへ思いっきり抱き着いた。
    「なんで私シャンクスが好きなの! 意味わかんない!」
    「好きに理由なんかいるか?」
     別になくてもいいだろとシャンクスは口元へ笑みを浮かべて抱きつく女の背中に手を置いてぽんぽんと軽く叩いた。
     震える女を腕に「それに、おれはお宝を人にくれてやる趣味はねェし、ウタがおれを好きだって言うならそれでいいだろ」と思ったシャンクスは、彼女の太腿の裏へ腕を通しその身体をひょいと持ち上げた。ウタが自分の手元にあるのであれば、シャンクスにとってその形がどんなものかなど些細な事だ。
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