2024年👙誕! 昼と夜の争いが終わって、兄弟三人で暮らす事になった廃病院。
そのロビーに置かれた年代物の柱時計から日付が変わった事を知らせるチャイムの音が聞こえる。
ああ、そろそろ食事の用意をしなければと絵本を読み聞かせていた子どもたちに断りを入れ立ちあがろうとすると、傍にいた兄に手を掴まれて引き止められた。
「兄さん?」
「ミカエラ」
「うん?」
「誕生日おめでとう」
唐突な兄の言葉に、誕生日……? と首を捻ったところで思い出す。
日付が変わって今日は7月5日。つまり自分の誕生日だと。
「やっぱり忘れてたか」
「……むしろ、兄さんが覚えていた事に驚いた。私の誕生日なんて、良く覚えていたな」
私が子供の頃は権勢を示す為に父が大規模なパーティーを催したりした事もあったが、没落して家族がバラバラになってからは祝う者もいない自分の誕生日なんてすっかり忘れていた。
そんな自分ですら覚えていなかったものを兄さんが覚えていたなんて。
「そりゃ覚えてるさ。大事な弟の誕生日なんだから。……忘れた事なんて無ぇよ。本当だ」
どこか緊張した面持ちの兄さんが、そっと私の頬に手を添える。
「俺が言えた立場じゃねぇかもしれねぇが、こうやってお前の誕生日をまた祝うことができるのが嬉しいんだ。……ありがとうな。お前が俺を、俺らの事を諦めないでいてくれたから今こうして一緒にいる事ができる」
「兄さん……」
兄さんが私と視線を合わせ、優しく微笑んで祝福をくれた。
嗚呼、私もこうやってまた兄さんに誕生日を祝福してもらえるなんて思ってもいなかった。
嬉しくて、幸せで視界がゆっくり滲んでいく。
今にも私の目尻からこぼれ落ちようとした涙は、
「は? ミカ兄今日が誕生日? 俺、聞いてませんけども??」
私の背後から響いてくる、そんな怒気をはらんだ低い弟の声でヒュンと引っ込んだ。
「俺常々言ってるよね? 報連相! 報連相が大事って! コミュニケーション! 相互理解の為の対話!! お前らの口は何のためについてるわけ!? 飯食うだけのものか!? あぁんっ!?」
兄と二人、ダンダンッ! と地団駄を踏む弟の前で正座をさせられて延々説教を受け続ける。
口を挟む暇も無く捲し立てられて、そのあまりの剣幕に大の大人が二人して項垂れて身を縮こめる事しかできない。
たかが私の誕生日くらいでこんなにもトオルが怒るとは。まさかまさか、だ。
予想外の嵐が通り過ぎるのを兄と二人、ただただ小さくなって待っていると、だんだんとトオルの語気が弱まっていき、やがて静かになったので恐る恐る目線を上げて様子を窺い見る。
視線の先のトオルは仁王立ちで唇を噛み締めぼろぼろと両の目から大粒の涙を流していて、慌てて立ち上がってシャツの袖口で涙を拭ってやった。
「ゔゔ〜〜〜!!」
「トオル、トオル、そんなに泣かないでくれ」
どれだけ拭ってやっても後から後からこぼれ落ちる涙で私の袖も手もすっかりびしょ濡れだ。
まさか、こんなにも泣かれてしまうなんて思いもよらなかった。
「その、すまないトオル。私自身、誕生日なんてすっかり忘れていて……」
「そもそも自分の誕生日忘れてたって何! でもまあミカ兄の性格的に有り得そうなのはわかる! 覚えててもわざわざアピールしないだろうなってのもわかる!! でもさ、ケン兄はなんで俺に教えてくれないわけ? なんで自分だけ抜け駆けしておめでとう言うの!? 俺だって言いたかった!!」
「いや、まさか、お前がミカエラの誕生日を知らないとは思わなくて……」
「すみませんねぇ。兄弟の誕生日も知らないような薄情者で! 小さい頃に離れ離れになったんで知らなかったんですよねぇ! だからお前が事前に教えとけよ気が利かねぇなこのハゲッッ!!!!」
再び泣いて地団駄を踏みだしたトオルを兄と子供達も総出で宥める。
結局、明日改めて私の誕生日祝いを皆でする事を約束させられて、それで何とか許してもらえる事になった。
それにしても、私の誕生日如きであんな風に駄々を捏ねられるとは。
……どうしよう。なんだか、大切に思われているようで嬉しい、なんて。
「……ちょっと、ミカ兄。なんで笑ってるのさ」
「え?」
ああ、しまった。喜びが顔に出てしまっていたのか。
「いや、まさか私の誕生日なんかでそんなに悲しまれるとは思わなかったから……その、トオルには申し訳ないが少し嬉しくなってしまって」
「悲しむに決まってんでしょーー! 大好きな兄ちゃんが産まれた大事な日だよ!? 俺だってお祝いしたいに決まってんじゃんバカーーー!!」
「うわっ!?」
「おっと!」
トオルが絶叫と共に胸に飛び込んでくる。
勢いに耐え切れず後ろに倒れそうになった体を兄さんが受け止めてくれた。おかげで無様に倒れずにすんだが、成人男性二人に隙間なく挟まれて些か暑苦しい。
「うゔー! お誕生日おめでとーーー!!」
「……うん。ありがとう、トオル。兄さんもありがとう。……本当に嬉しい」
「ウワーン! おめでとうって言っただけなのに満足そうにされたーー!!」
「え? え? 駄目なのか?」
「当たり前だろー! この程度で満足されちゃ困るんだよ! 明日のパーティーは目に物を見せてやるからな! 幸せすぎて泣いたり笑ったりしか出来なくしてやるからな! 覚悟しとけ!!」
「ええっと……兄さん、これは脅迫なのだろうか?」
「愛情表現だ。ありがたく受け取っておけ」
愛情表現、か。……そうか。
愛してくれるのか、私なんかを。
「……こんなに幸せな誕生日は生まれて初めてだ。本当にありがとう、二人とも」
嗚呼、本当に———……。
「諦めなくて良かった」
———生きる事を。
二人に心からの感謝を込めて微笑む。
するとトオルの泣き声と抱きつく力がますます強くなったし、何故か今度は兄さんまで滝のような涙を流し始めた。
ええ?! 何故だ!? 二人とも!